『激写ツアー・リターンズ 』

御子柴・荘（1085）＆柚品・弧月（1582）＆蒼月・支倉（1653）

　三人が、家に向かって歩いていた。てくてくと、何事もなく。
「最近何処にも行ってないんだよね」
　まず黒髪を揺らしながらぽつりと漏らしたのは、御子柴・荘（みこしば　しょう）だった。黒の目は隣を歩く二人に向けられている。
「うーん、やっぱりのんびりとしたいなぁ」
　大きく伸びをしながら青の髪を揺らし、蒼月・支倉（あおつき　はせくら）が誰に言う訳でもなく、ぽつりと言った。青の目は、間もなく到着する目的地をじっと見ている。
「そうですね、温泉なんていいですよね」
　にこにこと笑い黒髪を揺らしながら、柚品・弧月（ゆしな　こげつ）は言った。黒の目は細められ、他の二人と目的地を見比べている。
「あーでも、お金がないっていうか何と言うか……」
　苦笑しながら荘は言った。途端、弧月と支倉も同じようにこっくりと頷く。
「時間も暇も無いしですし……」
「きっかけすらないし」
　弧月と支倉は順にいい、それから三人で苦笑し合う。
「こう、ゆっくりと温泉に行けたら言う事無いんだけど……無理っぽいかな」
　荘が言うと、弧月と支倉も頷く。そして、ついに目的地に到着する。本日の目的地、弧月の家である。
「まあ、とりあえず今日は俺の家出のんびりとしましょう」
　弧月はそう言い、荘と支倉を招き入れる。そして、ふとポストに葉書が入っていることに気付いて中を確かめた。
「……荘さん、支倉君」
「え？」
「何ですか？」
　弧月の呼びかけに、二人がひょっこりと顔を覗かせる。弧月は葉書を黙って差し出す。そこには確かに、『御子柴・荘様、柚品・弧月様、蒼月・支倉様』という宛名が書かれている。
「何で俺の名前が……？」
　首を傾げる荘。
「僕の名前まで。しかもフルネームで！」
　穴が開くのではないかと不安になるほど見つめる支倉。そんな二人の疑問と全く同じ感情を抱いたまま、弧月は裏面を見る。
「……おお！」
　弧月は小さく感嘆する。裏面にあったのは『温泉への招待状』と書いてあるのだ。
「温泉、温泉ですよ！」
「え？温泉？」
　弧月の言葉に、思わず荘は葉書を見つめ直す。
「あ、本当ですね。どうしたんですか、師匠」
　支倉も思わず身を乗り出す。二人は、弧月の差し出している葉書を確認する。紛れもなく書いてある、『招待状』の文字。
「師匠、何か応募でもしたんですか？」
　一つの可能性を思いつき、支倉が尋ねる。が、弧月は首を横に振るだけだ。
「荘さんや支倉君こそ、何かにおうぼしたりしたんじゃないですか？」
「まさか。もしそうだとしたら、ちゃんと断るし」
　弧月に続き、荘も否定する。三人は顔を見合わせ「うーん」とうなる。
「まあ、いいじゃないですか。折角だから行ってみましょうよ」
　支倉が提案する。
「そうですね。丁度、温泉には行きたかった事ですし」
　弧月が同意する。
「そうだね。じゃあ、行ってみるか」
　荘が決意する。そうして、改めて三人は葉書を確認する。集合場所は、何故だか最寄のＪＲの駅であった。


　葉書に指示してあった駅に到着し、三人はきょろきょろと辺りを見回した。
「葉書によると、この辺りに引換所があるはずなんですけどね」
　弧月は葉書を確認しながら呟く。
「でも、それっぽい看板とかも見つからないんですけど……どうですか？」
　支倉が手を額に当てて確認しながら、荘に尋ねる。
「ええと……あ、あれ！」
　荘が指差したのは、一枚のポスターであった。妙に古めかしい書体で「温泉ツアー引換はこちら」と書いてある。何故だか、筆で。
「……なんだ、こっちにあるんですね」
　弧月がにっこりと笑ってポスターの示す方に向かって行く。
「師匠、待って下さいよ」
　支倉がそれを慌てて追いかける。
「……嫌な予感がしないでもないけど……いっか」
　荘が続けてついていく。だんだん人気のなくなっていくのも、三人は気にせずに進んでいく。そうして辿り着いたのは、駅の裏の広場であった。がらんとし、人気もなければ何も無い。
「……師匠、本当にここなんですか？」
「……みたいですけど」
「弧月、支倉君。あれ」
『やっほー』
『ひっさしぶりー』
『やっときてくれたんだー。遅いねー』
　三人を出迎えたのは、どこかで見たことのある面子であった。ふわふわと空中を浮遊し、楽しそうにけらけらと笑っている。……以前、写真を撮れとせがんできた、達の悪い幽霊達だ。
「……成仏したんじゃ……」
『ないんだよねー』
　呆然とする荘に、楽しそうに答える幽霊達。
「消えたんじゃ……」
『ないんだな、これが』
　口をぱっくりと開けている支倉に、けらけらと笑う幽霊達。
「なるほど。舞い戻ってきたんですね」
『まあ、あったりー』
　ぽん、と手を打って妙に納得する弧月に、パンパンと手を叩いて喜ぶ幽霊達。
「今度は一体何でしょうか？」
　荘が大きく溜息をつきながら尋ねると、幽霊達は三人にそれぞれ何かを手渡す。
「桶……の中に何か入ってますね」
　弧月が手渡された桶の中を探る。中に入っているのは、浴衣とタオルと、絵葉書であった。
「これって一体……？」
　支倉が尋ねようと顔を上げた瞬間、幽霊達の手に何かが光った。カメラである。
『撮るのー』
『前は撮って貰ったから、今度は撮るのー』
「……つまり、この絵葉書の場所に行って、写真を撮らせろと」
　荘が纏めると、幽霊達は手を叩いて喜んだ。その通りだと言わんばかりに。三人は小さく溜息をつき、浴衣に着替え、絵葉書を確認する。計三枚もある絵葉書には、それぞれ道端温泉、鳥越の湯滝、祖母谷温泉とある。三人は顔を見合わせ、大きく溜息をつくのであった。


　道端温泉。石川県金沢市にある無料では入れる温泉である。小学校の近くにある、無人ポリバスの温泉である。
「……道端だよね？」
　荘がじっとポリバスを見つめながら呟いた。
「……まさしく、名の通りですね」
　弧月が辺りを見回しながら呟いた。
「……ああ、でも暖かいですよ」
　支倉がポリバスに手を入れながら励ますかのように言った。幽霊達が待ち構えている為に、早く入って早く写真を撮って貰わないといけない。だが、狭いポリバスは一人しか入れそうに無かった。三人は互いに顔を見合わせる。
「……じゃんけん？」
　荘が提案すると、幽霊達からブーイングが起こった。
『三人とも、一人ずつ入ればいいじゃない』
『入っちゃえ入っちゃえ』
『折角来たんだから、皆で入れば？』
　きゃっきゃっと楽しそうな幽霊達に、三人は諦めて一人ずつ入ることとなった。それぞれポリバスに入り、幽霊に写真を撮らせる。その間にも、通行人たちが通って物珍しそうに見ていった。こうして温泉に入っているのは珍しくも何ともない。問題なのは、温泉につかりながらポーズをとったり、突如「パシャ」という音が聞こえてくるということなのだ。気付けば、まばらながら見物人が出来ていた。
「……さ、さあ次に行きましょう！」
　最後の入浴者であった支倉が慌ててポリバスから飛び出した。幽霊達は満足そうに『はーい』と返事をして楽しそうである。
「大変だったね、支倉君……」
　恥を忍びつつも、一番初めに入った荘が、ぽんと支倉の肩を叩く。
「でも、いい湯でしたね」
　人目を忍ぶように二番目に入った弧月が、支倉のもう一方の肩をぽんと叩いた。
「二人とも、いいじゃないですか！……僕なんて、僕なんて……」
　支倉はそう言い、そっと桶に入っていたタオルで目尻を拭った。一番のギャラリーに晒されたことは、きっとトラウマにも似た思い出となると、妙に確信するのであった。


　どどどどどど……。勢い良く流れ落ちていく水と、もくもくと上がっていく湯煙。
「……ものすっごい光景なんですけど！」
　滝の音が大きい為、自然と大声になりながら支倉が言った。三人の目の前には、巨大な滝壷があった。秘湯と呼ばれる、岩手県の鳥越の湯滝である。三人は手摺を乗り越え、立ち木にザイルを張り、慎重に絶壁を降りていく。
『落ちたら仲間だねー』
　足場などあっても無くても関係の無い幽霊達が、きゃっきゃっとはしゃいでいる。
「やかましい！まだそっちに行く気はないんで！」
　幽霊達に向かって、荘が突っ込む。やはり、大声である。
「でも、落ちたら確かに仲間になりそうですねぇ」
　弧月はごくりと喉を鳴らす。ゆっくりと、慎重に降りていく。そうして、三人とも無事に到達する事が出来た。ほっと息をついていると、頭上で幽霊達がつまらなさそうにしながら『残念』『がっくり』と言い合っている。
「……一人くらい、仲間にしようと思ってここを選んだんじゃないんでしょうか？」
　ぽつりと弧月が呟く。
「……かもしれないね」
　ぼんやりと頭上の幽霊達を見ながら荘が呟く。
「……ごめんですけどね」
　顔を少しだけ青くしながら、支倉が呟く。
『はいはい、ちゃっちゃと湯につかってー』
　少しばかし残念そうな感情を含みながら言う幽霊達に、三人の額に、ぴきっと青筋が立つ。
「……しめたい」
と荘。
「……消したいですね」
と弧月。
「……殴りたい」
と支倉。だが、そんな三人の心の中を知るはずもなく、幽霊達は三人を急かす。三人は仕方なく湯につかり、カメラに向かう。その時でも、幽霊達は『笑顔かったいねー』だの『もうちょっと楽しそうに笑ってほしい』だの、文句をつけまくる。
「……ぶっとばしたい」
　ひきつりながらの笑顔のまま、三人の心は一つとなった。パシャリ、という音と共に、三人の額にもピキッという音が鳴り響いたかのようであった。


　大分日が落ちかけていたのも分からないまま、三人は暗いトンネルの中を歩いていた。三人は残り一つの温泉地をただただひたすらに目指していた。長い長いトンネルは、ぽちゃんと時々落ちてくる水ですら、恐怖の対象にしてしまうから不思議だ。
「……何となく、一生出れない気がしてきません？」
　弧月がぼそりと問い掛ける。
「え、縁起でもないことを言うのは止めて欲しいんだけど」
　慌てて荘が突っ込む。
「そうですよ、師匠。本当にそうなった時、悲しくなるじゃないですか」
　ちょっと違った視点で突っ込む支倉に、納得する弧月と手をひらひらとふって否定する荘。そして、きゃっきゃっと楽しそうな幽霊達。『出れなかったら仲間だ』と、妙に嬉しそうだ。
　ようやく出る事の出来たトンネルの向こうには、目指していた祖母谷川に出てきた。三人は息をほっとつく。だが、ゆっくり息をつく暇すら与えられないまま、祖母谷温泉へと目指した。日が傾いているのだ。一刻も早く温泉に入ってしまい、このツアーを終わらせなければならないという使命感でいっぱいだった。
「さてと……」
　川原に降り立ち、まずは湯船を作った。手作りで、だ。温度調節の為に、川の水を引き込んだりして、中々大変である。
『頑張ってー』
　楽しげに、そして大して応援する気も無い幽霊達の声が、苛立ちを増長させる。そうして、ようやく完成したときには汗だくであり、また太陽も谷間に落ちようとしていた。三人は温泉に入り、ほっと一息をつく。
『もう、写真撮るんだから』
『こっちに視線くれないと、困るっつーの』
　ぴき。疲れをとる事すら許さぬ幽霊達の言葉に、三人の笑顔はひきつる。
「俺たち、疲れたんだけど？」
　荘が言うが、幽霊達は『しらなーい』と言ってけらけらと笑う。
「……少しくらい、休ませてくれてもいいと思うんですけど？」
　弧月が言うが、幽霊達は『えー』と文句を言うだけだ。
「いいから、もうさっさと撮ればいいじゃないですかっ」
　支倉が自棄になって言うと、幽霊達は漸くカメラを構えた。相変わらずトロトロとしながら『ほらほーら』だの『こっちこっち』だの『笑って笑って』だの、文句が多い。そうして、やっと幽霊達が写真を満足して取り終えたのは、太陽がすっかり向こう側に隠れてしまった時であった。
『ありがとうー』
『仲間にならなくて残念だったー』
『じゃあねー』
　口々に言いながら消えていく幽霊達に、やっと三人はほうっと息をついた。最後の写真は、さぞかし笑顔が引きつっていた事であろう。ざわざわと、川のせせらぎが三人を包み込み、また沈んでしまった夕日の残光が空に光る。一番星が光り始める。そんな中、空を見上げながら弧月がそっと口を開いた。
「……ここで、キャンプですね」
　既に帰ることの出来る時間ではなかった。日はしっかりと落ちてしまったし、ここに来るまでにかなりの時間がかかったのだから。
「……そうだね」
　遠くを見つめながら、釈然としないままに荘は頷く。
「……はい」
　何故か泣き出しそうな目をしながら、それでも口元だけは笑みを浮かべて支倉も頷いた。
　体は温泉のお陰で温かいのに、何故だか心が冷たいような気がしてならなかった。三人の耳に、あの楽しそうな幽霊達の声が、残像のように残っているのであった。

＜激写ツアーは湯煙の中幕を閉じ・了＞

PCシチュエーションノベル（グループ３）

霜月玲守

東京怪談

2004年05月03日