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『リーフ・リーフ 』
チェリーナ・ライスフェルド2903)&硝月・倉菜(2194)

 春の香りを乗せて、風が倉菜の横を通り過ぎる。きっと息を切らして走ってくる彼女を待っていた。
 薄桃色の桜の花びら。僅かに霞んだ青空に舞う。
 雪の如きその風景。倉菜の青紫の瞳に映っては、あの日のことを思い出させた。
 2年前の清夏のことを。

                  +

「私、倉菜。日本に戻ってきたところ。チェリーナは元気?」
「クラーナ…わたし――わたしは、元気よ! 今、どこにいるの?」
 電話口のチェリーナの声がわざと明るくしてるものだと気づいた。

 ――どうして?

 硝月倉菜とチェリーナ・ライスフェルドが出会ったのはアメリカ。旅行者として出会った二人は、3年前にチェリーナが日本に移住してしまってからも、長い間友人でいた。もちろん今でも。
 祖父と同居することを言い出したのは倉菜本人。ずっとアメリカに暮らして学年が終了した15歳の時のことだった。楽器職人である祖父の手仕事を間近で見たいと思ったのが、希望の動機だったかもしれない。でも今は……。
 不安が心をもたげる。チェリーナのアメリカ人らしい明るさと人懐こい微笑みは、倉菜をいつも暖かい気持ちにさせてくれたものだった。だから、今もこうして電話しているのは、会いたいからなのに。
「そう。おじいさんも会えるの楽しみにしてるはずだよ。倉菜の楽器づくりの腕もきっと上がるね」
「そっちも晴れてる?」
「いい天気よ。朝から暑いけどね」
 会話を続けても一向にチェリーナは『逢いたい』と言ってはくれなかった。心なしか、話を逸らそうとしているようにも感じる。倉菜は迷った。

 ――無理に逢っても喜ばれないかもしれない。彼女の中で、私という存在は離れていた距離と時間とともに変化してしまったのだろうか。

 そんな風には思いたくなかった。クールと言われ続けた倉菜。すぐに打ち解け、いつまでも傍で笑い合っていたい思う相手は稀だった。出会ったばかりのチェリーナを思い起こす。屈託のない笑顔。誰にも心優しく、快活で相手の目と心にまっすぐな気性の持ち主。その彼女が離れていただけで、感情が移り変わるとは思えなかった。
「これからチェリーナに逢いに行ってもいいかしら?」
 迷った末、倉菜は自分から伝えた。金髪碧眼の友人はどう答えるのだろう……。不安が過る。
「わたしの家、鎌倉だよ。遠いのにいいの?」
「もちろん。時間はたくさんあるから」
 一応のイエスをもらい、胸を撫で下ろす。倉菜は鞄を肩にかけ直し歩き出した。

 手紙で日本にきて異能力が発現したとチェリーナは書いてきていた。倉菜も幼いころから特殊な能力を持っていた。友人がより近くなったようで、嬉しく思ったことをふと思い出した。綴られた文字が残像のように浮かんでくる。チェリーナも嬉しかったのだろう、文字が踊っていた。
 そんなことを考え、ようやく到着したチェリーナ宅のドアを叩いた。
「いらっしゃい! 待ってたよ」
「これ、お土産。好きでしょ」
 アメリカらしい極甘のお菓子を手渡す。招き入れられた部屋はチェリーナの好きな色に揃えられていた。
 弾む会話。出された紅茶を口に運び、倉菜は安堵していた。けれど、一様の想い出話をした後で、再会の興奮が過ぎ去っていくのを感じた。
「今、何か楽しんでいることはないの?」
「……あったんだけどね」
 倉菜はまだ話足りなかった。しかし、いくら話しかけてもチェリーナの返事は切れ味の悪い短いもの。以前の彼女はそんなことなかった。何が変わったというのだろうか。倉菜は人慣れしていない上に、元々の無口な性格も災いして自ら話題を出すのに疲れてしまった。気持ちが冷めてしまった倉菜は立ち上がった。
「もう…帰る」
 日頃、無表情な倉菜の口元がわずかに歪む。理由もなく、チェリーナが自分を嫌煙するはずないと信じたかった。
 ドアノブに手を掛けた時、チェリーナの声が飛んだ。
「クラーナ! ……ごめん。待って」
「――チェリーナ…?」
 振り向いた倉菜は唖然とした。鞄を取り落とす。チェリーナはやや癖のある短い金髪を両手で掴み今にも泣きそうだった。そんな顔を倉菜は見た覚えがない。いつも微笑んでいる姿しか――。
「わたし…わたし、異能力が消滅したんだよ!!」
 倉菜は合点がいった。ずっと自分を避けようとして、どこか暗さを隠した会話をしていた理由は、今の言葉にすべて集約されている。
 座り込んでしまったチェリーナは、かけ寄った倉菜にポツリポツリと話始めた。それは異能力に目覚めて嬉しかったことから始まり、今通っている学園で参加した対妖魔戦の想い出に至る。
「ごく最近のことよ。無くなる時も発現した時と同じで急激だった」
 異能力を得てわずかに数年。若くして衰えたことへの衝撃。仲間と共に戦えない悔しさ。
「嫉妬していたのよ……能力がなくなったなんて、手紙には書けなかった」
「チェリーナ……」
「わたしずっと嘘の手紙を書いてた。文字なら平気だった――けど、クラーナに逢ってしまったらダメ。ダメだったの」
 倉菜は胸が痛んだ。あの明るいチェリーナ。どんな気持ちで自分の手紙を読んでいたのだろう。気づいてあげることのできなかったことを強く後悔した。きっと心が乱れたに違いない。
 失いたくなかったもの。
 失ってしまったもの。
 本当の辛さは本人にしか分からない。倉菜は自分の心をチェリーナと同調させるを許されなかった。自分に置き変えても、それはやはり自分たげの問題。例え親友であっても手出しの出来ない、精神的な部分なのだ。
「私はここにいるから」
「クラーナ……。わたし、間違ってた。人を羨んでも何も変わらないんだよね。どれだけできるか分からない……けど」
 倉菜はそっと震える肩を支えた。チェリーナはそれに答えるように右手を伸ばし握り締めた。零れ落ちる涙が、カーペットとジーンズを濡らす。
「私は傍にいるから。だから、何も恐がらないで」
「わたし、頑張る。クラーナに恥じない心を持つから。……誓うよ」
 夕暮れの光が差し込む部屋。窓からはしっかりと葉を茂らせた桜の木。風に揺れ耳に届く葉ずれの音。
 ふたりは再びつながった心と心を確認したのだった。

                          +

 軽快な靴音。ずっと走ってきたらしい少女が倉菜に手を合わせた。
「ごめん! 待ったよね」
「何かあった? 鼻の頭キズできてる」 
「うん。仔猫がさ、木から降りらんなくなってたの」
 屈託のない笑顔。これからずっと傍にあるモノ。チェリーナは倉菜の通う幅の広い怪奇現象の多い神聖都学園ならば、自分だけの力でも何かできることがあるのではないかと考えたかららしい。理由はともあれ、倉菜はチェリーナの傍にいられることが嬉しかった。
 口の端を緩ませると、チェリーナは金の髪をそよがせて微笑んでくれた。そして、思いっきり抱きつかれた。
「おはよ! 今日からお願いします!!」
「チェリーナ。私こそ、これからも宜しくね」
 柔らかく笑む少女の上で、桜が風に踊っていた。

 満開の桜も時期に葉桜になるだろう。花盛りは過ぎても、またそこには別の美しさが生まれてくる。倉菜もチェリーナもまた、同じ枝に揺れる葉の一枚に過ぎない。能力の差など、心通わせた者同士には僅かなこと。
 倉菜は新しい春の奏でる旋律を耳にした。共に揺れて、暖かな風を感じる。
 その奇跡を。


□END□
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 初めまして。ライターの杜野天音です♪
 友情は本当の心を語り合えた時に、真の友情だと言えるのでしょうね。胸に秘めることは時として、自分を追い詰める。笑顔を失うことはきっと能力を失うことよりも悲しいことだと思います。
 本来、一人称で表現することが多いのですが、倉菜嬢の場合は三人称がベストと感じました。如何でしたでしょうか?
 気に入ってもらえたなら幸いです(*^-^*)
 チェリーナ嬢はもっと元気な姿も書いてみたいものです。倉菜嬢の笑顔が目に見えるようです。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年05月03日

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