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『『焔』 』
藤水・和紗2171)&眞宮・紫苑(2661)

 出逢った時から「何故?」が付き纏う……何故?

 ――問い返してばかりでは答え等出ない事も知っているのに………

 だが、何時の日も疑問だけが絶えず浮かぶ。

 何故だ――?

 何故……?


                       ◇◆◇


 趣味の良い調度品が並ぶ室内。
 其処に、ふたりの人物が居た。
 一人は、壁に寄りかかり座っており、夜のような漆黒の髪と、そして同じく夜を纏ったような黒いシャツを着ていた。
 室内が暑いのか、ボタンを留めるのが億劫なのか――黒いシャツから覗く肌が灯りにさらされている。
 瞳を閉じているのは、どうしてか、僅かに眉間によった皺が苦しそうに歪む。

 そして、もう一人は。
 壁に寄りかかった青年の首近く、覆い被さるように触れていた。
 まるで、其処から何かを飲み干すように。
 黒く長い艶やかな、髪が――さらさらと、その度、不似合いな音を立て、揺れる。


                       ◇◆◇

 血を吸い取る時に嚥下する音は立てない。
 静かに、静かに、まるで祈りを込めて食べる人々のように藤水・和紗の食事には音がない。
 …ただ「食事」とは言っても。

「…待てよ、和紗。…がっつき過ぎだぞ?」

 ――普通の人の「食事」とは違うものであるのだけれど。

 一人の男性の首筋に埋めた唇。
 其処から、和紗は血を吸い上げる。
 人間が、水を飲み物を食べなければ飢えてしまう様に。
 和紗の主食は「血液」――それも、飲めるものが限られていると言う、本当に下手をすれば食事には事欠く事が多いのだが。

 だが。

 それでもこうして、和紗へと血液を提供してくれる「雇い主」が居る。

 この事は和紗にとって有り難い事なのかも知れなかった。


                       ◇◆◇


(不思議だ……)

「がっつき過ぎだぞ?」と言う言葉に己を取り戻し、和紗は眞宮・紫苑の首筋から離れようとした。
 けれど、紫苑の手が和紗の頭に触れていて上手く離れる事が出来ない。
 なので、そのまま。
 紫苑の身体に凭れ掛かるようにして和紗は瞳を閉じる。

 いつもより、丹念に記憶操作を施しつつ、そして、また和紗は理性を取り戻した自分の思考を再び追う。
 不思議だ、とも思い……何故、とも思う。
 紫苑の血は、まるで極上酒の様で、いつも我を忘れてしまうのだ。
 ただ、和紗は酒には酔えない……だからこそ、紫苑の血で酔える事が不思議だし……、また。

(きっと………俺が飢えている所為もあるのだろう)

 そうとも考える。
 でなければ、解答等出てくるはずも無く……更に何故と思うことに。

「…和紗、眠いのか?」
「…何で、名を呼ぶんですか」
 ―奇妙な問いかけだと解っている。
 解っているが止められない。
 そして、いつも出てくる答えは同じなのだ。
「……変なことを聞く。解るからに決まってるだろ?」
 ……答えが出ない疑問が多い中。
 これほど、何度も問いかけ、答えられた問いも、そうあるまい。
 その度に安堵する、自分の心も、解せない。
 他の人であれば、恍惚の内に倒れ、自分が施した記憶操作の術によって血を吸われた事も全て忘れている筈なのに……何故、紫苑には記憶操作も効かず、失血の手前で必ず止める事が出来るのか……

 おかしい。
 ――いいや、可笑しくなど無い。

 相反する二つの声。
 自分でさえ、どうして良いか解らない疑問符。

 可笑しいですよね、紫苑にこの力が効かないと言う事にほっとするだなんて……寧ろ、そう言ってしまいたくなる気持ちを堪えて。
 未だ頭に触れ、和紗の髪を撫でる、紫苑の手から離れた。

 視線が絡まる。
 冴え冴えとした紫苑の瞳に対し、きっと自分の瞳は奇妙な色合いをもって紫苑に見えている事だろう。
 出逢った頃から、全く変わらない自分の姿と同等に。



                       ◇◆◇


 紫苑は不思議な色を称えている和紗の瞳を見、出逢った時の事を思い出していた。

(確か――出逢ったのは……)

 暗い闇、という物ではなく明るいネオンの光、どぎつい彩色が施されたビル群が浮かんでは消える。
 賑やかな声と、逆に何かに怯えるような声。
 全てが混ざり合い、雑音になる――そう。出逢ったのは、確かに夜。……それも通常の人々ならば既に眠りにつくような、時間。

 仕事後の興奮を抑えきれなかった、駆け出しの頃。
 今の年齢も、人に言わせれば「まだまだ若僧」と言われるだろうが、その時はまだ十歳になるかならないかの頃。
 本当の意味で「まだまだ子供」だった頃だ。

 ……人を殺すたびに味わう、どうしようもない昂揚感と(今となってはそれはもう失せてしまったけれど)、熱さ、それをどうにかしたくて――冷静に、なりたくて、声をかけたのかもしれない。
 だが、今も、当時を思い返す度に「何故、声をかけるのが和紗で無ければならなかった」かが解らないまま。
 誰でも、良かった筈だ――夜の街に自分のような子供がうろついてても、誰も気にするものが居ない、あの場所では。

 なのに。

 何故、声を――そして、何故………。


 血を、与えたのか。
 黒い瞳に紫がかかった、暮れていく夜へと変化する空のような、その不思議な色合いに惹かれたからなのか――……血を吸われる時の首筋に火が付いたような熱さ、首筋以外の全てが冷えていく感覚が仕事の興奮をが鎮めさせて行く事に気付いたのは、失血で動けなくなっては困ると思った時。

「待ってくれ」と和紗へと声をかけたのも、その時だ。

 驚きに見開いた和紗の瞳が不思議な光を放つ。
 まるで、俺が此処に居ないように不思議な物を見たかのように、見つめ続けて。

 だから。
 俺が此処にちゃんと居るのだと言うことを伝えたくもあり、また――鎮静剤代わりにもなって欲しくて。
 ……契約を持ちかけた。
 このように血を吸い続ける和紗なら常に血液は必要だろう――そして、俺以外の血を吸うのであれば、逆に俺が提供してはいけない、と言う事にはならない。

 ふらつく頭を叱咤し、声をかける。

「あのさ」
「……何ですか?」
「血を吸わせるから、これから鎮静剤代わりになってくれないか?」

 …更に驚きに見開かれていく瞳。
 が、ゆっくりと見開かれていた瞳も柔らかな微笑へと形を変える。
 …いいや、微笑では無かったかもしれない。
 困ったような表情だったのかもしれないが笑みにしか見えなかった。


 そして。
 その時から、ずっと最後の締めの遣り取りは変わらない。
 時に言葉を変えることもある。
 疲れたような和紗へと気遣う言葉になることも。

 だが、どれも意味合いは同じ。

「紫苑、俺が分かりますか?」「分かるぜ、和紗」……何故、何度も聞くのだろう、その不思議な問いかけが気になりつつも、俺自身、和紗に言えないままの言葉がある。

 "今では仕事で興奮なぞしないから、この契約自体が無効だ"と。


 なのに言うことは出来ず、和紗へと血を提供してしまう。
 この関係が続いているのは何故だ――?


                       ◇◆◇


 …何故、と言う問いが常にふたりへとついて回る。
 何故……と繰り返しても互いの間で答えなど出ない事は解っていながらも、問い掛ける。
 決して、互いが触れ合えない自らの心の中で。
 言えるはずの無い言葉を押し包みながらただ静かに。

「そろそろ……俺はお暇しますね。今はふらついて立てないでしょうが……」
「解ってるさ、ちゃんとベッドで寝ろと言うんだろ?」

 心配しなくてもちゃんと、そうするさ。
 笑いが篭ったような紫苑の声に和紗は微笑むと、 見つめあっていた視線を柔らかく逸らし、立ち上がった。

「その通りです。が、ちゃんとそのようにすると言う言葉を信じましょう。また…次に逢った時、風邪をひいていたら笑いますからね?」
「了解」

 軽口をたたき、立ち去っていく和紗の背を見送りながら、紫苑はまた、次の仕事が終われば、確実に和紗へ連絡を取ってしまうだろう自分を自覚していたし、和紗もまた――「何故」と考えながらも呼ばれれば来てしまうだろう自分を解っていた。

 契約は無効なのに血を与えてしまう。
 酔える程の血を飲みながら、また記憶操作を――効かないかもしれないと思いつつ施してしまう。

(何故……?)

 …答えは返らない。いつも、同等に打ち寄せては返る漣の様に同じ。

 ……未だ、ゆらゆら揺れ続ける、熱を孕むことの無い焔のような感覚を互いに持て余しながら。

 誰に言葉を言う事もなく、静かに和紗は夜の闇へと溶けていった。




・End・
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年05月03日

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