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『アイ・アンダスタンド 』
海原・みなも1252)&ラクス・コスミオン(1963)



 日本というのは、奇妙な国だと、ラクス・コスミオンは思っている。
 歴史に関しては、どの国にも一物含んだ思惟が働いており、日本もその例外ではないから、そんなにはおかしいとは思っていない。
 文化に関しても、その時系列に沿った範囲内での確立だと感じている。
 若者のそれ、特に昨今の言語の乱れに関しても、しっかりとリファレンスしてみれば、何かしら原因が見えたから、これも異質なものと感じてはいない。
 今のところ、ラクスが疑問に思っているのは、ただの二つだ。
 箸というものを使う。
 メイドを雇う。

  ◆ ◆ ◆

 居候させて頂いている家人が留守の折りは、この"メイド"という少女が、自分の世話をしにやってくる。
 世話をすることがおかしいのではない。
 家人の心遣いと、メイド自身の奉仕には、嬉しさと感謝を禁じ得ない。
 そのおかげで、自分がやらねばならぬ使命――失われし禁書を探し出し、持ち帰るという崇高にして危険、しかも骨の折れる使命――に、それほどの負担なく取りかかれているのは、紛れも無い事実だ。
 趣味と言うよりは、呼吸をするように行っている読書だって、思う存分やれている。
 いつかは、何かしらの形で以って、家人やメイドには良い形で報いなければならないと、強く思っている。
 ……それでも、そんな気持ちとは別に、奇妙な、胸の奥がこそばゆくなるような気持ちも、確かに感じている。
「持ってきました〜」
「ありがとう……そこの棚の空きに、入れておいて下さい」

 肯いて、持って来た本を棚に差し込んでいく後ろ姿を見ながら、ラクスは思う。
 小間遣いを雇う文化は、多かれ少なかれ、どこの国にも存在している。
 けれど、その小間遣いが、ここまで華美に見えるのは、この国だけだ……と。
 ラクスは知らない。
 その文化が日本独特のものであり、そして、ひどく小規模な社会構造の中で確立された文化だということを。

  ◆ ◆ ◆

 海原みなもは、日々考えている。
 自分のまとうメイド服というものに、一体、どれだけの意味があるのだろうか、と。
 メイドとは、主人に奉仕する者である。
 だが、自分がこの嗜好に踏みこんだ時は、その職業に対しては、あくまで美的な魅力しか感じていなかったように思う。
 それはメディアの功罪だ。
 本を棚に詰めながら、ラクスが言っていたことを、みなもは思いだしてみる。
 認知されるということは、時としてその本質を見失わせる――流行というのがそれなのだ、と。
 本当の意味でモノが持っている深い魅力は、表に出されない……深淵というものは、人を遠ざけることの方が多いからだ。
 みなもは考える。
 この、メイド服ないし、メイドというものも、そうなのではないか?
 男女問わず、何かしらの感性を魅きつけてやまない何かが、この服をまとった存在には隠されている。
 それはともすれば、エロスのようなものであるのかもしれないし、人が人を支えるという、崇高ですらある善き心の象徴でもあるかもしれない。と、みなもは感じていた。
 ……そして、その二つは、早々交わる要素とは思えない。だから、みなもは悩んでいるのだ。
 無理も無かった。まだまだ、彼女は若い。
 屋敷を掃除する。
 紅茶を入れる。
 食事を作る――それは、家を守るものであれば、何もメイドではなくても出来ることだ。
 自分のやっていることは、メイドというイメージの皮を被っているだけの、普通の家事行動なのではないか――だとすれば、そこに、メイドであるという必然は存在しない。
 けれども、そのイメージに支えられていることも、確かにある。
 "伝統ある派遣企業の一員"というのは、そのイメージを表面的なものに留めない肩書きなのだろう。
 そう思っているからこそ、みなもは自分のやっていることに、尊厳と誇りを注ぎ込めることが出来ている。
 けれど……現代のメイドって、なんなんだろう?
 そんな、彼女の疑問はなかなか拭われるものでもなかった。
 みなも自身、そのモチーフの入り方が、決して純粋なものでもなかったから、そのギャップを無視することは出来ずにいた。

  ◆ ◆ ◆

「……今の世の中のメイドって、どう思いますか?」
「……メイド、ですか」
 あまりにも真剣な表情だったから、ラクスはちょっぴり、首を傾げてみた。
 どう思う、と言われても、こう思う、としか返せない。
 だが、それは、目の前の人間が求めることなのだろうか――それが解せないだけに、ラクスはうーん、と唸った。彼女は真面目だった。
「こういう格好をして、こういうことをするのって、どういうことなんだろうって思って……」
 自分のやっていることを理解できずに、悩むことは良くある。
 インドアの本の虫とは言え、様々な人生の縮図も見て来たラクスには、そのことは分からないでも無い。
 とは言え、目の前の年若いメイドにとっては、重大な問題なのだろう。
 しかし、そこに、他人が解答を提示することは、出来ない。
 と言うよりは、そうだと言い聞かせたとしても、結局は理解するのは、本人の作業なのだというのが、ラクスの考えだった。
「どうして、そういうことをすることになったのか、を考えて、それが良ければ、良いことかと思いますけど――」
「うーむ……」
 頬に手を当てて悩むみなもを、同性とはいえ可愛いと、ラクスは思う。
 着ているものの様式美もさることながら、考える若い感性というものに、ラクスは輝きを見出していた。
 それは、自分も忘れてはいけない情熱だ。
 ラクスは自問する。
 自分は、どうして本を読むのか?
「そうですね――ラクスは、本ばかり読んでいますけど、それはやっぱり、本を読むのが好きだからなんです」
「それは……良く分かります。いつも真剣で、声をかけるタイミングとか、いつも伺っちゃっています」
 正直なみなもに、ラクスは人好きのする苦笑を浮かべて、言を続けた。
「みなも様は、メイドの仕事をするのは、嫌いですか? そういう格好をして働くのが、嫌いですか?」
「き、嫌いなわけないです! むしろ、大好きなことで――」
「それでいいんだと、思いますけど?」
 あっさりとした言葉に、みなもの瞳が、くりくり、と瞬いた。
「自分のやっていることの、根っこの真理など、すぐに分からなくていいのです」
「と、言うと……」
「どんな形でそれを知って触れたか、など、その人の好みの前では、結局理由でしかなくて――重要なのは、それを行う上でどのように結果を残すか、ではないかとラクスは考えています」
 手付かずになっていた冷たい紅茶のストローを一吸いして、ラクスはこう考えを締めた。
「事実、ラクスは、みなも様の仕事で、とても助けられているのですから」
「……そうですか! よかったぁ……」
 エプロンドレスに両手を当てて、体全体でほっとするみなもに、ラクスは微笑を禁じ得なかった。
 ラクスは知っている。
 真理は一つだということを。
 それが好きなことか、愛していることか――結局はそこに行きつくのだということを。



 少なくとも、自分は本を読むことが好きだから、こうして読書している。
 
 
 
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東京怪談
2004年04月30日

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