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『突撃! となりの‥‥ 』
守崎・北斗0568)&シュライン・エマ(0086)&守崎・啓斗(0554)



 灯りの絶えた部屋。
 音も立てずに動く影。
 目指すものはただひとつ。
 注意深く周囲に目を配りながら、影がターゲットに最接近した。
「へへ‥‥」
 呟き。
 開け放たれる扉。
 冷蔵庫の。
 草間興信所が誇っているかどうかは知らないが、とにかく大きな業務用のブツだ。
「へへ‥‥相変わらず良いもん食ってやがるな‥‥」
 眩げに目を細めた少年が、猛然と中の食材に手を伸ばした。
 消えてゆく。
 次々と。
 食料が。
 どこぞのサイキックアニメ映画の冒頭ナレーションのように、作り置きのハンバーグが、カラアゲが、サラダが、チャーシューが、蒼い目の少年の胃袋に放り込まれていった。
 せめて温めなおしたらどうだ、という説もあるが、彼にそんな理屈は通用しない。
 守崎北斗。
 またの名を、雑食忍者。
 なんでも食べる子、元気な子。
 食べ盛りなのだ。
 とはいえ、それが他人様の家の冷蔵庫を漁る理由になるのかどうか、なかなか議論の余地があるかもしれない。
「んなもんあるかっ!」
「げぴっ!?」
 いきなり背後から蹴られ、北斗が冷蔵庫に顔を突っ込んだ。
 ウィンナーをくわえたまま。
 奇天烈な悲鳴をあげつつも口から食料を離さないのは、いっそ天晴れであろう。
「毎度毎度毎度毎度‥‥このバカが‥‥」
 振り向いた視線の先、わなわなと震える緑瞳の少年。
 身長は北斗より低いが、顔立ちはよく似ている。
 瞳の色を除けばそっくりといっても良いだろう。
 それもそのはず、彼は北斗の双子の兄で、守崎啓斗という。
「どしたの兄貴?」
 なんで震えているのだろう。
 もしかして‥‥。
「冷蔵庫あけっぱなしだから寒いとか‥‥」
「せからしかっ!!」
 炸裂する回し蹴り。
「ぎゃぴっ!?」
 吹き飛ばされる北斗。
 しかし、まだだ。
 まだ、心の刃は折れていない。
 ぐぐっと四肢に力を込め、冷蔵庫へと手を伸ばす。
「あほか‥‥」
 心の底から呆れる兄。
 無造作に弟の襟首を掴む。
 なんだかつまみ上げられる子猫みたいだった。
「あうー 俺の食い物〜〜」
「お前のじゃないだろっ」
 正論である。
 ここは守崎家の台所ではない。新宿の片隅にある草間興信所という探偵事務所の厨房だ。
 むろん、食べ物の所有権は守崎ツインズではなく所長たる草間武彦にある。
「たのむ兄貴っ。せめてそのグレープフルーツを食うまで見逃してくれっ」
「なんだそりゃ?」
「半分あげるからっ」
「だーかーらー お前のじゃないんだよ」
「話せば判るっ」
「問答無用っ」
 二・二六事件の犬養総理と士官のような会話を繰り広げながら、弟を冷蔵庫から引きはがす。
 天国の扉みたいに、冷蔵庫のドアが閉まった。
「あうー」
「ほら、帰るぞ」
 北斗を引きずったまま、台所を後にしようとする啓斗。
 と、その足が止まった。
「なしたの兄貴?」
 不審そうに、硬直した兄を見つめる北斗だったが、彼もまた出来損ないの彫像のように固まってしまう。
 題名は「兄弟絶体絶命」だろうか。
 ふたりのまえに立ちはだかるのは、黒髪蒼眸の背の高い美女。
 モデル張りの容姿をもつ、シュライン・エマだ。
 戸籍上は、シュライン・草間という。
 なにをとち狂ったかしらないが、草間武彦氏と結婚したからだ。
 世界の七不思議のひとつに数えても良いほどだが、蓼食う虫も好き好きという言葉もある。
 それに、
「ほっとくわけにもいかないじゃない。糸の切れた凧みたいにどこ飛んでくか判らないんだから」
 という彼女の言葉が本心だとすれば、一応は愛情に基づく結婚だろう。
「や、やあシュラ姐‥‥」
「どもー‥‥」
 なんだか引きつったような笑顔を浮かべる双子。
 やれやれ、と、シュラインが肩をすくめた。
 一見しただけで状況は判ったようである。
「おなか壊すわよ?」
 苦笑している。
 格が違う、といったところだろうか。
「大丈夫っ! 俺はこのくらいじゃ腹壊さないげふぅっ!?」
 無言のまま放たれた啓斗の裏拳に、せっかくの台詞も言えずに北斗が悶絶した。
 膝を折る弟の横に、がばっと正座して自らの頭をさげるとともに弟の頭を押さえ付ける。
「ごめんシュラ姐。この通りっ!」
「いやまあ‥‥」
「食欲魔神を野放しにした俺が悪いんだっ! こいつにロクなものを食わせてないのも俺の責任だっ! この場で腹かっさばいてお詫びをっ!!」
 どんどん悲愴になってゆく。
 ちなみに、ハラキリは忍者ではなくてサムライの習慣のはずだ。
「なにいってんのよ」
 溜息をついたシュラインがふたりを立たせる。
「シュラ姐っ! 許してくれるのかっ!」
「ありがとうっ!」
 涙を浮かべつつ抱きつく双子。
 聖女のような笑みを浮かべるシュライン。
「食べた分のお金は、ちゃんと報酬から引いておくからね」
 にっこり。
 感動的な空気が、一瞬で凍り付いた。
「ちっ‥‥」
 誰にも判らないように舌打ちする北斗。
 うやむやのうちに誤魔化してしまおうという双子の高等戦術は、あっさりと見抜かれてしまったようである。
 どだい、興信所の大蔵大臣の異名を取る女性に敵うはずがないのだ。
「ま、それはともかくとして、晩ごはん食べてかない?」
 救いの手だろうか。
「食べる食べるっ」
 一〇分の一秒も迷わずに、北斗が食いつく。
「少しは遠慮しろよ‥‥」
 やや躊躇いを見せる啓斗だったが、重ねて勧められると頷いてしまう。
 その動機は自分でも不分明だが、判っている事もあった。
 つまり、台所で漫才をしていても、たいして面白くないということである。


 草間興信所には、事務所スペースの他に住居部分がある。
 自宅券事務所なのだから当然だ。
 住居には部屋が四つ。
 草間とその妹、それにシュラインの寝室が一つずつと、居間である。
 食事などは居間で採ることになっている。
 もっとも、調査の仕事などが入っている場合には、自分のデスクで食べたり出先で済ませたりと、けっこう不規則になってしまう。
 だからこそ、皆で一緒に食べれる機会をシュラインも妹も大切にしていた。
 食事は大人数で食べた方が美味しい、という哲学のふたりは信奉者であり実践者なのだ。
「せっかくだから、腕を振るいました」
「たくさん食べてね」
 そういって、義姉妹が次々と皿を運び込む。
 歓声をあげる北斗。
 すまなそうに頭をさげる啓斗。
 双子でもけっこうリアクションが違う。
「背反する相似形、ってやつだな」
 ナイター中継などを眺めつつビールを飲んでいた家長どのが笑った。
 今シーズン、野球は広島が好調なようだ。サッカーの広島は最下位だというのに。
「なんだよそれ?」
 啓斗が訊ね返す。
「心理用語のひとつよ。双子とか、あまりにも似通った容姿を持つものは、自然と役割を分担して区別化していくってやつ」
 答えたのはシュラインだった。
「そんなもんかねぇ。いただきまぁす」
 生返事で、さっそく北斗が箸をのばしはじめた。
 鰹のたたき。ポン酢の甘酸っぱい味が舌に嬉しい。
「ま、学者のいうことなんてそんなもんさ。共依存にしてもそうだが、なんにでもレッテルを貼りたがるんだよ」
 軽く手を合わせた草間も、筑前煮に手を伸ばす。
 今日のメニューは、和風仕立てのようだ。
「相変わらず美味しいよ。ハニー」
「ありがとう。ダーリン」
「なにやってるのよ? ふたりとも」
 くだらない会話を棒読みでやっている北斗と義妹を、じとっとシュラインが睨んだ。
「いやぁ、せっかくだからシュラ姐とダンナの日常風景を」
「再現フィルムでもう一度、というやつですね」
「零ちゃん‥‥古すぎ‥‥」
 呆れるシュライン。
「でも、本当に美味しいな」
 心からの讃辞を、啓斗が送った。
 洋食は全般的に苦手な彼だが、和食に関してはちょっとうるさい。
 雑食性の北斗とは違うのだ。
 その啓斗を唸らせるのだから、シュラインの腕はかなりのものである。
 もちろん、料理屋とか割烹などとは比べるべくもないが、なんというか、
「暖かい‥‥母さんの味ってこういうものなのかも‥‥」
 とは、口には出さぬ想いだ。
 彼ら双子は、すでに両親を亡くしていた。
 母親の料理というものも、とうにその記憶を味蕾は失っている。
 それでも、シュラインの料理に母の面影を重ねてしまった。
 感傷か。
 それともなにか別の感情があるのか。
 年上の女性(ひと)に憧れる年代だといわれれば、ムキになって否定するだろう。
「おかわりっ!」
 思索に沈もうとする啓斗の耳に、弟の声がとどろく。
 なかなか豪快だ。
 遠慮という文字は、北斗の辞書には載っていないのだ。
 くすくすと笑いながら、シュラインがご飯を盛りつける。
「啓斗は?」
「いや‥‥俺は‥‥」
「遠慮しないで」
「うん‥‥」
 照れくさそうに茶碗を差し出す緑瞳の少年。
 このとき、彼女の夫もまた茶碗を出そうとしていたのだが、機先を制されてしまった。
 哀しそうな顔で、ふたたびビールに口を付ける。
 暖かな団欒。
 双子を除いてまったく血のつながりのない男女が、ひとつのテーブルを囲んで食事を楽しんでいる。
 一昔前の家庭ドラマのような光景だった。
 晩酌に逃げていた家長が、
「シュライン。そろそろ俺も飯‥‥」
「おかわりっ!」
 北斗に遮られる。
 哀しみの怪奇探偵。
 こうして彼は、今日もまた酒に逃避するのだった。
「ふたりとも、お風呂入っていきなさいね」
 にっこりと笑うシュライン。
 なんとなく頬を染めて、双子が頷いた。

 朧月が東京の濁った空に浮かぶ。
 窓から路地を眺めれば、手を振る啓斗と北斗。
「気を付けて帰るのよ」
 手を振り返すシュライン。
「ま、あのふたりなら、多少の危険は笑って乗り越えるだろ」
 横に並んだ草間が微笑した。
「そうね」
 と、曖昧な笑みをシュライン浮かべる。
「ところでな。俺の飯なんだが‥‥」
「ジャーはもう空っぽよ?」
「やっぱり‥‥」
 はらはらと落涙する怪奇探偵。
 一升炊きの炊飯器を食い尽くすとは、なかなかの強者の双子だ。
 もっとも、夜食用にと、おにぎりと折り詰めをを与えたのはシュラインなのだが。
「やれやれだな‥‥」
「武彦さんの分は、べつに用意してるけどね」
 くすくすと細君が笑う。
「‥‥確信犯だろ?」
「ご名答」
 ゆっくりとふたりの顔が近づき、唇が触れ合いそうになったとき、
「あのぅ。私そろそろ寝ますんで、続きはその後でどうぞ」
 背後からかかる声。
 ほのぼのと緑茶などをすすっている義妹のものだ。
 むろん彼女も居間にいたのである。
 ばつが悪そうに頭を掻く夫婦だった。


  エピローグ

「なあ兄貴」
「なんだ?」
「シュラ姐ってさ」
「うん?」
「なんか、母さんみたいだよな」
 にへへ、と、北斗が笑う。
「それ、本人には言うなよ」
 内心で同意しながらも、啓斗がたしなめた。
 朴念仁の彼だが、さすがにそれくらいの配慮はできるのだ。
「わーってるよ」
 頭の後ろで腕を組む北斗。
 ちょっと考えてから、
「だから、姉さんなんだろ」
 と、付け加えた。
 ちらりと、弟に啓斗が視線を送る。
「そうだな」
 紡がれた声は、大気に溶けていった。
 おだやかな。
 おだやかな夜。
 並んで歩くふたりの髪を、花の香りを含んだ風が揺らしていた。









                       おわり


PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2004年04月28日

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