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『 涼しく香る、血の臭い 』
友峨谷・涼香3014


 京都の店を開く、居酒屋『涼屋』。
 僅か二名で切り盛りするこの店は今日も繁盛しており、忙しなく動いていた。
「続出しとったんやんなぁ‥‥。性質の悪そうな奴がおるみたいやなぁ」
 其の片割れである健康的な小麦色の肌を持つ、『涼屋』の看板娘・友峨谷涼香が何ともなしに呟く。
 丑三つ時――つまり、午前二時。この日最後の客が涼屋から立ち去ると、彼女は店の法被を脱ぎ、愛用の鞄を持って店の外に出る。其のとき――
「何処へ行くんや?」
 帳場から彼女の父親が顔を出し、訊ねる。其の問いに涼香は、
「なに、何時もの野暮用や。朝には帰ってくるから、飯用意しとってや」
 と、笑顔を作って答え、力強く蹴って全速力で路上を駆ける。瞬く間に、彼女の姿は闇に消えた。

 京都は過去の時代から魑魅魍魎が住まう"魔都"とされ、数多くの伝説を残す都である。彼の有名な陰陽師・安倍晴明も、其れ等を祓う役目を担っていたという伝説もあるくらいだ。
 彼女が訪れた場所、其処は――邪なる波動を放つ、異形の存在が屯する路地裏の小さな空き地だ。
 闇に溶けるが如く漆黒の肌に爛々と輝く真紅の瞳を共通点とする、闇の者たち。形状は様々で、人間のように二足歩行する者や獣のように四つの足で立つ者、果てには雲の如き多数の足を持つ者までいる。
 無数とも思える数が闇に蠢く其の者たちを、琥珀の瞳で全く怯える事もなく見据える涼香。
 其れも其の筈。
 表は巷でも評判な居酒屋の看板娘、裏はなんと、超一流の退魔師なのだから。彼女も安倍晴明の如く、異形の者と戦う者なのだ。
「お〜、ぎょうさんおるなぁ。さて、退魔師・友峨谷涼香、あんた等を成仏さしたるで」
 彼女はそう言い放つと、愛刀《紅蓮》を抜き放ち、片方の手には数枚の符札を持つ。
 そして彼女は、大地を蹴って闇へと迫る。
 ひとりで向かってくる彼女は、彼等にとっては無知で無謀な存在に見えるかもしれない。だが、其の認識は成り立ちはしない。
 其れは、すぐに照明された。
 異形の者は得物である蟷螂のような反り返った刃を、涼香へと振るう。鋭利な刃は彼女の肉体を切り裂こうと迫るが、巧みな足捌きで其れを避けて《紅蓮》を横に薙ぐ。名の通り赤き炎の刃は闇諸共異形の存在を斬り裂き、首を飛ばした。
 首が闇の尾を引いて宙を舞っている合い間にも、涼香は刃を振るう。滑らかに流れる赤は、肉薄する存在を次々と斬り伏せていく。彼女の戦い振りは、正に"一騎当千"。鬼気迫るものがあり、目に付く異形の者たちを迅速且つ的確に滅ぼしていった。
 だが、怯むどころか彼等は逆に火が付いたらしく、彼女へと向かっていく。ある者は刃を煌かせ、ある者は牙を剥き出しにし、彼女の血肉を求めて。しかし、拙い攻撃は舞を踊っているかのような涼香の動きで全て回避され、しなやかな肉は勿論、毛筋ほどの傷も付けられない。
 これを見ても、涼香と彼等の実力差は天と地の差ほどはある事が判るだろう。
 馬鹿のひとつ覚えの攻撃は其れでも続き、業を煮やした彼女は手に持っている符札を投げつける。其れが闇の者たちに貼り付けられると、符札から電流のような白い輝きが放たれ、奴等の身体を打ちのめす。彼女の力が宿った符札を受けた異形者は跡形も無く消滅した。
 更に涼香はもう一枚の符札を、敵ではなく上空へと投げる。符札はよれる事も無く真っ直ぐ虚空を進み、魍魎たちの頭上に達すると止まった。
 次の瞬間――雷が轟く。
 符札から放たれる輝かしい白光の雷撃は雨の如く降り注ぎ、真下にいる闇の者たちを撃ち砕いていく。多くの魍魎が痺れ、砕かれ、死に至っていく。
 符札の効力が切れた雷を終わりを告げると、其処に立つ者はかなり少なくなっていた。其れでも、結構な数だが。
 構わず、涼香は疾駆する。闇を裂き、殲滅する為に。
 一方的な殺戮は、暫くの間続く‥‥。

 西の空が白む。世界が光に包まれ、闇が消え去る夜明けの刻だ。
 そして、涼香が佇む空き地にも陽の光が差し込む。黒い血と肉がばら撒かれた凄惨な空間にも。
 大地や建物の壁には多くのどす黒い血痕と肉片が附着しているが、涼香には頬に附いた一滴の血痕だけだ。彼女の服は勿論、頬を除いた全ての肌に黒の血液は無かった。
 凄まじい光景であるが、一度日光が触れると、血や肉は霞のように消え去る。暖かき光によって浄化されたのだろう。
「こないな血生臭い事ばっかしとるから、恋人のひとりもでけへんのかもしれんなぁ‥‥。さて、帰って飯喰おう。腹減ったわ」
 陽を浴びた為に血糊が附着していた《紅蓮》も元の美しい赤い輝きを取り戻し、彼女は其れを一振りして鞘に戻す。そして鞄を肩に提げて、店で用意されているであろう食事に向かって駆ける。
 これからは裏の顔で人々を助けるのではなく、表の顔で人々を癒す時間だ。


 ライターより

 初めまして、「東京怪談」では初お目見えとなるしんやです。
 へっぽこであるうちに発注してくださって、本当に有難う御座いました。拙い文章ですが、精一杯頑張りました。
 戦闘シーンはやっぱりいいですねぇ。でも、マンネリしないように工夫して書いていかなければいけませんので、別の意味で大変だったり。
 ‥‥って、其れはどんなシーンでも言えますね。失礼しました。(汗笑)
 では、機会があればまた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しんや クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月26日

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