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『在るべきもの 』
刀伯・塵1528

 1、独りきりの我が家

 この家、始まって以来の一大事である。
 否。珍事と言うべきかもしれない。
 目を覚ますと、家の中が無人になっていた。賑やかな子供達の声が聞こえないのである。二人とも、どこかへ外出しているようだ。
 だが、驚くべき事に、いないのは彼等だけでは無かった。
 廊下をペタペタと歩く白と黒の物体や、大きな口を開けて眠る爬虫類。それに天井からぶら下がる女幽霊に、いつか五十名に近づくかもしれないであろう透けてる精鋭部隊と、不気味な笑いをとどろかせるカエル男爵までもが、忽然といなくなっていたのである。何故か、おっさんの像まで消えていた。
 これは、天が塵に与えた孤独と言う試練なのだろうか。
 はたまた、騒動と向かい合い巻き込まれる体質の彼に、思う存分休めと言う心遣いかもしれない。
 どちらにしても、この静寂は願っても訪れた事の無い、果てしなく有り難いものだった。
 子供達の行方はいささか気になるものの、行く場所はそう多くない。用が済めば、いずれ戻ってくるだろう。
 塵は大して気にも止めず、嬉々として玄関の戸を開けた。
 温々とした陽が差し込んでくる。太陽はすでに午後に近い位置におり、風は緩く気持ちが良かった。
「良い天気だな。布団でも干すか」
 一人とは気楽なものである。
 塵はよっこらしょと、潰れた布団を持ち上げた。

 2、逢魔が時

 手持ち無沙汰にぼんやりと時を過ごす内、どうやら寝てしまったようだ。開け放ったままの窓の外が、茜色に染まっていた。
 寝る前と同じ静寂が、塵を取り巻いている。
「変だな……まだ、帰ってないのか?」
 何かに巻き込まれたのだろうか。危険な目に遭い、戻ってこれないのだろうか。
 今頃、どこかで助けを求めているかもしれない。
 なまじ心配性なだけに、嫌な考えが塵の脳裏に浮かんでは消える。
「もう、そんな小さな子供じゃないんだったな……」
 それに、彼等も『サムライ』である。その気があれば、立派に戦える。
 塵は、一人になっても捨てきれない自分の性を呪った。
 いればいるで悩み、心配する。
 いなければいないで、やはり同じなのだ。
「参ったな……」
 ここは一つ、気を落ち着けようと、塵は深呼吸をした。
 陽が沈むに連れて、部屋の中の影が動く。不安を駆り立てる光景だ。どんな小さな音も逃すまいと、塵は耳をそばだてた。
 そら。今、ドアを開ける音がするぞ。
 笑いながら、やってくる声が聞こえては来ないか?
 だが、耳は沈黙を捉えるだけだ。ひしひしと孤独感が押し寄せる。
 そう。塵は今、孤独だった。
 大禍時を迎え、心に魔が住み着いたのかもしれない。
 浮き浮きと過ごしたこの静寂が、今は嫌いだった。こんな風に長い時を独りで過ごした事が、未だかつてあっただろうか。
 塵は途方に暮れていた。
「あの時代は良かったな。いつも誰かが居た。いつも騒動が起きて、俺はキリキリと胃が痛む思いをした。だが──」
 それが、楽しかった。
「そもそも、ここは、どこなんだ? あの時代へは、もう帰れないのか? 奴らに逢う事は出来ないのか?」
 ポツリ呟いた言葉が、あぐらの上に垂れた手の甲を滑り落ちる。
 ゴツゴツとした節くれだった手。
 無骨な剣を引っ提げて、方々を走り回った手だ。
 時に、見ず知らずの村人の為。
 時に、苦渋喜びをわかちあった友の為。
 いつの日も、懸命だった。手を抜いた事は無い。
 だが、それでも、救えない命があった。
「……サムライとしての責任は果たしたが、仲間としてはどうだったんだろうな。俺よりも長生きするはずの連中が、俺よりも先に散っていった」
 死はいつも突然訪れた。その知らせを聞く度に、鋭い矢尻に射抜かれたような胸の痛みを覚えた。
 ──待ってくれ。
 塵は、いつもそう叫んでいた。
 ──何故、俺じゃない。何故、俺の仲間を連れて行く。
 ──昨日まで、そこにいてそいつは笑っていなかったか?
 ──何故、そんな奴が死ぬ?
 ──嘘だろう? 勘弁してくれ。
 自分が死ぬよりも辛い。それをいくつも味わった。
 そして、その度に思うのだ。
 もう、何も無くしたくないと。
 塵は、顔を上げた。
 先ほどより、暗さを増した部屋。目を廻らしても、独りである現実を思い知らされるだけである。
「くよくよしても始まらん……。あいつらを探しに行くか」
 溜息を一つ付いた。
 一度、後退し始めた思考は、なかなか前へ進もうとはしない。腰は重く、根が張っているようだ。
 ──帰って来い。頼む、帰ってきてくれ。
 焦燥の念が募る。
 闇が辺りを支配する頃には、絶望に包まれているかもしれないと、塵は疲れ切った眼を扉に向けた。 
 その時である。
 閉じたドアの向こうで、微かだが声が聞こえたような気がした。
「あいつらか!」
 塵は慌てて立ち上がり、窓にかじり付いた
 いた。
 薄暗がりにハッキリと、手を振る二つの影が見える。
 二人は、塵を呼んでいた。
 この声の、なんと嬉しい事だろう。
「全く……今日ほど、胃が痛んだ日は無いな」
 言葉は苦いが、塵の顔には安堵の笑みが浮かんでいる。
 逢魔が時は過ぎ、心に再び明かりが灯ったようだ。
 静けさも、孤独もいらない。
 塵は玄関の戸を開けた。
「後悔なんぞ、死んでからすれば良い。独りを味わうのも、また然りだ。人生って言う奴を、ギリギリまであがき尽くしてやる。俺はまだ生きていて、護らなきゃならんモノがあるんだからな。騒動があってなんぼ。巻き込まれ上等。それでこそ『俺』だ」
 懐に秘めた『焔』の字は、今日も赤々と燃えている。




                          終
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紺野ふずき クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年04月23日

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