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『星巡りの日 』
渡会・〓人2941)&盾原・柑奈(2907)

 絵を描いていて心から良かったと思った。初めてだった。
 生まれついてからの天職。それが至極の喜びにつながっている事実に、僕は長いこと気づかないでいた。
 巡り来るその日になるまで――。

「おい、?R人!! お前、やっぱりやったな!!」
 突然の背中からの声に僕は飛び上がった。
「な、なんですか荻元先生。びっくりするじゃないですか」
「また、顔に絵の具がついてるぞ――って、そうだよ! お前、やったな!!」
 語尾が上がっている。ニカニカと嬉しそうにしている顧問の顔を見て、僕は肩をすくめた。
「意味が分からないんですけど……」
「あ、そうか。実はな、お前は興味ないって言ってたが、ニ紀展に出展しておいたんだ。通ったんだよ! 最終まで!!」
 僕は困惑と驚き、そして喜びが胸に込み上げた。ニ紀展は歴史の長い展覧会で、新人の登竜門とも言える。自分の作品がそこで評価されたことに目を見張るばかりだ。
 言葉を失い、視線を泳がせていると顧問が背中を叩いた。
「1ヶ月後にこの街でもニ紀展の展覧会がある。よかったな! 自慢していいんだぞ」
 自分のことのように語調を上げている顧問の声が遠くに聞こえる。僕は只々、頭を下げて逃げるように家に帰った。絵を見るのが好きな母が喜んでくれるだろう。そして何より、たくさんの人の目に僕の絵が映る。もしかしたら、出会えるかもしない。僕の絵を知っている人に。
 夢で僕の名を呼ぶあの人に。
「あなたの絵筆の中に生き続ける」と言ってくれた人に。
 繰り返す輪廻。あるならば信じたい。一般に前世と呼ばれる過去の女性に、僕は出会いたいと思うのだ。耳覚えのある声とともに。
 描き続けている柑奈さん……彼女であるようにと祈りながら――。

                         +

 迷っていた。ずっと。
 なかなか出会えない理想の絵。私のイメージにぴったりと合う絵は、誰が描いているというのだろうか?
「盾原部長! まだ、決めてないんですか?」
「……ああ、ごめん。一生の物だもの、私の心に響くものでなくてはね」
 なるほどと鼻を鳴らす下級生を眺めて、そっと溜息をついた。ずっと私だけのタロットカードが欲しいと思っていた。もちろん通常のものとは違う、私だけの占術具。すべてをかけて占う心の映像。そのためには、心とリンクする絵柄が必要になる。それは私の占いを必要としてくれるお客様のためと、私自身のため。
 ――もうすぐなのに……。
 私は探し求めていた。ずっと過去に失った者を。
 貴族の娘だった私。その姿を描いてくれた雇われ絵師だった彼。父に反対されても愛していた。追い出され、さ迷っていた彼を探し当てたのに、私は彼を残して天に召されてしまった。だから来世を祈った。永遠に愛していると誓った、ただひとりの人。
 前世の記憶と笑う人もあるかもしれない。けれど、これが私の現実。物心ついた幼少からの。
 タロットカードの的中率では誰にも負けないつもりの私も、自分のこととなると全く駄目だ。辛うじてカードに示されたのは、出会う時期だけ。
  【7の月 光は陰り星が流れる】
 たったこれだけの指針。私の心と関係なく過ぎていく時間。唯一知っているのは親友の純華だけ。応援してくれる彼女にだけは打ち明けているけれど、不安ばかりが胸に積み上がってしまう。
 私は彼だと分かるだろうか。
 彼は私だと分かってくれるだろうか――と。
 そんな折、展覧会のチラシを本屋のカウンターで見つけた。
「ニ紀展……? そう言えば、ちゃんとした画家の絵というものを見たことがなかった」
 呟いた瞬間に行くと決めていた。迷うことの多い私にとって、珍しく早い判断だったと思う。

 次の日曜日。日頃は現代アートを中心に展示しているという美術館に足を運んだ。受けつけで名前を書き、順路通り廻る。
 入ってすぐ、ひとつの絵に目を奪われた。
「これは……知ってる」
 どこで? 分からない、けれど懐かしさの込み上げる風景画。白を基調とした柔らかな筆さばき。そっと佇む人物が確かにそこに息づいているように感じる。
「なんて、素敵な絵……。これだわ、私の探していた絵は!」
 思わず大声を上げていた。周囲の目に小さくなりつつ、添えられた題名と作者を見た。
 『白き朝に〜渡会?R人〜』
 まだ高校生だと、美術館員が話しているが耳に入った。まさか、同い年?
 驚いた。事情を話し、美術館員に作者のことを尋ねると、なんと自分と同じ学校の生徒だったのだ。深々と頭を下げ、空にも浮かばん勢いで翔けた。
 これで占うことができる。彼のことを。
 頼もう、この人に。渡会?R人という名を胸に抱いて、私は家へと向かって翔けた。

                                +

「あなたは――」
 そう言ったまま、初めて会う渡会?R人という生徒は私を見つめ固まってしまった。続く沈黙。夕暮れの迫る理科棟、占術部の部室。紹介してくれた知り合いが、困惑したように彼の目の前で手を振っている。
「渡会さん、どうかしました? 私が占術部の部長をしています盾原柑奈です」
「…え……あ、あの……僕は」
 彼は目が覚めた顔を振る。恥ずかしそうに下を向いて口篭もった。
「絵を描いてもらいたいんです」
「ど、どんなモノ……ですか?」
 タロットカードだと告げると、彼は目を輝かせた。何故?
 彼が嬉しそうにしている理由がよく分からないまま、私は言葉を続けた。
「ずいぶんと数が多いんですけど、渡会さんは忙しいでしょうか? あ……お礼、私あまり出せないんですけれど――」
「大丈夫です! お礼なんていりまん。ぜひ、僕に描かせて下さい!」
「本当ですか…よかった。時間がないんです。この後すぐに打ち合せをしてもいいでしょうか」
 彼の口の端が僅かに上がった気がした。
 うなづいてくれた彼を残し、紹介者がドアを出て行った。夕暮れの部室に私と彼のふたり。出会ったばかりだけれど、私は渡会さんに安堵の気持ちを抱いていた。彼の描く絵と同じく、渡会さんの放つイメージが『柔らかな白』だからかもしれない。

 すでに絵柄は決めていた。その図案を渡会さんに見せる。ひとり用の机を挟んで対面に座った彼がノートを受け取った。
 ――あ、また……。
    どうして?
 説明をする合間に彼と目が合う。その度に視線を逸らして困ったように横を向く。僅かに頬が赤いのは気のせいだろうか?
「全体的に同じ色調で描いてもらえると嬉しいんです」
「…………へっ? す、すみません。聞いてなくて」
「全体の色調のことです。渡会さん、どこか身体の具合でも悪いんですか?」
 上の空の渡会さんに問い掛けた。初めて、私はまっすぐに彼を見つめた。線の細い印象、穏やかな色を放つこげ茶の瞳。やっぱり絵を描く人なんだと思った。さっきまで描いていたらしく、頬に絵の具がついている。
 小さく笑ってしまった。申し訳なくて、ハンカチで彼の頬を綺麗にしてあげようと右手を伸ばした。
 白いレース。
 枇杷色のカーテンが風にそよぐ。
 沈んでしまった夕日。
 わずかに斜のかかる彼の顔。
「柑奈さん……」
 伸ばした手に彼の手が添えられていた。
「え? あ、あの……渡会…さん? 手をはな――」
「僕は――僕は、あなたを探していたんです!」
 添えられただけだった手が力強く私の手を握り締めた。あまりにも突然のこと。戸惑う心。
「わ、私は私には決まった人がいますから!」
 振りほどいて、自分の右手を左手で包み込んだ。まだ、彼の熱が残っていた。胸が締めつけられる。理由なんて分からない。私の探している人でないことだけが分かる。
 彼じゃない。今はまだ【7の月】じゃない。
「すみません……あなたの気持ちも考えずに。以前、あなたを見かけたことがあるんです」
「もうその話はしないで……。とにかくカードの絵お願いします」
 席を立った。

 これ以上、私を惑わさないで。
 私の心は前世に失った彼だけの物。お願い、惑わせないで。

 ノートを渡会さんの胸に押しつけ、私は彼をドアの向こうへと追いやった。遠ざかっていく足音が耳に届く。
 自分から拒否しておいて、静まり返った世界に残ったのは後悔。
 ――どうすればよかったの。
 問っても、幻影の中の彼は答えない。ゆっくりと重なっていくはにかんだ笑顔。
 私はドアを背にしたまま座りこんだ。
 さっき突き放した人に、もう逢いたいと思っている自分の心が理解できないまま。

 星は巡る。
 時がくれば。
 それはいつ?
 それは誰?
 心を揺らして夜が来る。
 零れる涙は誰のために?

 途方に暮れる私だけになった部室を闇が包もうとしていた。


□END□
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 続きを書く幸せ♪ ライターの杜野天音です!
 どうしてもサービスシーンを作りたくて、不器用な?R人くんにがんばってもらいました(笑)
 互いに思い描くのは過去の幻影。それが次第に現実のものとなっていくことに、?R人くんは喜びを、柑奈さんは戸惑いを感じているのでしょうか。きっとつながっている赤い糸。時代を超えても――と信じたいですねvv
 今回もまたありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月19日

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