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『世界の風景・旅行奇譚【ドイツ編】 』
ヨハネ・ミケーレ1286)&ライ・ベーゼ(1697)


 本当に楽しみにしていたのだ。
「それは羨ましいですねぇ」
 ニコニコ。
「お、お願いします」
「ええ、私は構いませんよ。私は、ただちょっと最近忙しくて」
 ニコニコ。
「……お手伝いします」
 色々と……本当に何時も以上にやる事が増えてしまう事になったのだが、それでも何とか全てこなす事が出来た。
 これも全てメンデルスゾーン没日記念コンサートの為だと健気にも耐え切ったのである。
 途中手伝わせている事を知って、怒ったシスターが師匠を止めてくれたのも大きな要因だったりもするのだが、これはまた別の話だ。

 11月2日夜。
 ヨハネ・ミケーレはギリギリ飛行機に飛び乗り、無事に空の旅人となった。
 飛行機は約11時間ほど、フランクフルトから国内線で芸術の街ライプツィヒへ到着。
 日本とドイツの時差は8時間。
 少しばかり仕事や機内そして少しばかりの時差の疲れはあった物の、見渡す景色や町並みはヨハネを元気づけるものであった。
 もう少し遅い時期であったのなら、町はクリスマスカラーで埋め尽くされるのだろう。
 出来る事ならそれも見てみたかったが、流石に無理だ。
「やっぱりいいですね、本当ならもっとゆっくり観光もしたいですけど……」
 長期間休むと帰った時が大変そうだなんて事を考えてしまい、慌てて首を振る。
「いまは考えないほうがいいですよね」
 そろそろ約束の時間だ。
 待ち合わせをしていた相手と一緒にコンサートの予定なのだが……来ない。
 何かあったのだろうか?
 そんな事を考えた頃だった。
 ホテルのフロントに呼ばれ、手紙を手渡される。
「ありがとうございます」
 送り主は待ち合わせの相手から、内容は簡単で簡潔。
 どうしても急な用事が入っていけなくなったとの事。
「ああ……」
 とても残念だったが、しかたないだろう。
 当日になってからだったために、別の誰かを誘う事も出来ない。
 二枚のチケットを眺めながら、腰を落ち着けた喫茶店でコーヒーを飲み思いをはせた。
 ここはヨーロッパで証明できうる最古のカフェだそうで、歴史上の人物としている有名な音楽家達も来ていたかも知れないと考えたら、自然と沈んだ気分も良くなってくる。
 今とは違う景色かも知れないが、同じようにコーヒーを飲んでいたと思うと浪漫ではないか。
「………あれ」
 ハタと顔を上げる。
 ヨハネの意識を戻したのは、サッと新聞で顔を隠した人物だ。
 よく知っている人だった気がする。
「………?」
 気のせいかと思ったのだが……降り立ったののは一匹のカラス。
「よお、見てきてやったぜ! まったくカラス使いが荒いよなぁ!」
「ば、バカッ喋るな」
 とても良くない口調、喋ったのはカラス。
「やっぱり!」
 カタリと席を立つと更に相手は新聞紙で顔を隠そうとしたが……それより早くヨハネが声をかける。
「こんな所であえるなんて奇遇ですね」
「………そうだな」
 ライ・ベーゼは諦めた様にため息を付いた。
「ライさんはどうしてここに?」
「そう言うそっちは……」
 行ってからしまったという様な顔をしたが、ヨハネは笑顔で。
「僕はメンデルスゾーンを聞きに。ほら、今日は没日記念コンサートですから」
「そうか、それは……俺はそろそろ忙しいからこれで」
「なぁに言ってんだよ、もう俺の仕事は終わりだ、俺はここでカワイー女の子を眺めにぎゃーーーーー」
「だ・ま・れっ!」
「えっと、あのっ!」
 首を絞められたカラスがグッタリとした所で、ハタと気づく。
 目立ちすぎた。
 周りがライを見る目はカラス(生物)を使った腹話術をしていると思い始めたのだ、いぶかしむならまだいい、暖かい視線の方がもっと嫌だ。
「場所を変えたほうがいいと」
「……そうだな」
 ここで同意してしまったのである。
「よかったら一緒にコンサート行きませんか?」
「なんで?」
「来るはずだった友人がこれなくなって、そうしましょう」
 言うが早いかライの背を押して目的地へと向かい始める。
「お、おい! 俺はまだ何も……」
「凄くいいですから、ぜひ聞いてみてください、何処がいいかというと」
「あのな……俺は付きあってる暇は残念ながら無い」
「そんな事言わないで下さいよ、一人じゃ寂しいじゃないですか」
「幾つだ!」
「お願いします、僕達友達じゃないですか」
「まて、ちょっと待て!」
「見捨てないでください!」
「しがみつくな!」
 往来での口論はいささか目立ちすぎた、しがみつかれる様子は誤解されかねない。
 結局、渋々ライはコンサートは付きあう事になった。


 半ば強制的にではあったが、本当にいい演奏だったお陰かまんざらでもない様だった。
 余韻に浸りながら会場を後にした途端、堰を切った様にヨハネが感想を述べ始める。
「来て良かった……やっぱり音が違いますよね! ドイツでこの演奏を聴けるなんてがんばった甲斐がありました!」
 それだけの価値は十分すぎるほどにある。
 今、この瞬間の音は今しか聞く事は出来ないのだから。例え心に残るとは解っていても感動するには十分すぎる物だろう。
「そうだな、いい演奏だった」
 正直な台詞。
 ライにも本当にそう思えて、それを口にしたのだが……それが大きな間違いだった。
「そうですよね、この良さが分かち合えるなんて感激です! メンデルスゾーンは本当に素晴らしいんですよ。前期ロマン派を代表する作曲家なんですけどね、実は以外と保守派なんですよ、決められた枠の中で,節度を守りながら驚くほど多彩な音楽を作り出して……」
 止まらない、おそらくこのままでは一生止まりそうにないと感じた。
「お、おい……」
「歴史的にはあまり幸福といえないんですが、なにせナチスの時代のドイツに生まれたんですから、きっと苦労したんでしょうね。けどですね、中でもヴァイオリン協奏曲ホ短調だけはメンデルスゾーンの名前を伏せて演奏されて、当局もそれを黙認していたという事実がどれほど素晴らしいものか……」
 止まらない。
 こそりと足を止めたライが考えた事は、このまま帰ろうという事だった。
 少しずつ距離を取り始めたのだが……。
「へいっ! そこのピュアキュアガール! 俺とお茶しなぐっぎゅーー!!!」
 首輪が締まり落ちるカラス。
 当然の様にヨハネが振り返る。
「あれ?」
「………」
 何に当たればいいのか?
「あー、っとだな、そろそろ俺は……」
「えっ……そうなんですか?」
 帰ってしまうのかと思うととても残念だ。
 せっかく他にも色々と回りたい所があったのに、すぐ側まで来ている。
 感動は分かち合った方が良いに決まってるのだが……。
「悪いな、俺も暇じゃ……」
「そうですか、無理強いは出来ませんよね」
「じゃあな」
 これでいいと振り返ったライの側を黒い物が残像の様に飛んで行く。
「ふっかーつ! 俺様のあいは永遠だぜぇ!」
「ま、まてっ!」
 向かう先はお約束の様に清楚な装いのシスター、止める間もなく向かってしまったのである。
 聖トマス教会に。
「あ、あのカラスっ!!」
「待ってください」
 走るライを追いかける。
 斯くして次の目的地は決定した。


 聖トマス教会。
 表的な教会の一つでバッハの晩年の地でもある。
 音楽を愛するものならば、誰もが訪れたいと願う場所だ。
「…………!!」
 言葉に言い表せないほどの感激に浸っているヨハネに、結局逃げ切る事のできなかったライ。
 対象的な表情をしていた二人の原因は、教会の前ですでに1時間45分ほど話を聞かされていた所為でもある。
 建築とその歴史。
 改築をされた年数から、その芸術的な作りについてや、バッハについても延々と。
 この分では中に入ればどうなるだろうかと思ってしまうものだ。
「そろそろ中に入りましょうか」
「……そうだな」
 大分疲れていて、抵抗する気力もない。
 入り口でヨハネが一冊30セントを払い案内書を受け取る。
 簡単なものだが、日本語版もそろえられているのだ。
「おみやげにもう少し貰ったほうがいいですよね?」
「……好きにしてくれ」
 自分用はもちろん保存用やおみやげまでしっかりと。
 一つ一つ丹念に見て回っては、目を輝かせ嬉しそうに説明をする。
「ここでオルガンを弾いたり生活をしていたんですよ、歴史の重みを感じませんか? 過去と現在を繋ぐ宝と言わずして何と言いましょうか」
「ああ……」
「見てください、あのステンドグラスから差し込む光の何て見事な事でしょうか」
「そうだな……」
「あっ、あっちにバッハのお墓が!」
「そーか……」
 返事がだんだんとないがしろになっているのだが、その程度は気にしないとばかりにヒートアップしたヨハネのトークは延々と続く。


 だがこれも閉館時間の16時までと思って耐えていたのだが……。
「は?」
「ああっ、何て素晴らしい! ありがとうございます」
 あまりに熱心にヨハネが見ている物だからと……声をかけてくれた神父と仲良くなってしまったのだ。
「………」
「本当に来れて良かった!」
 意気投合してしまったヨハネと神父は、お茶をすると言う話に至ってしまっている。
「そちらの方も如何ですか?」
「そうですよ、ぜひ歴史のすばらしさに触れましょう!」
「……………」
 それは善意からの物なので断りづらいのが質が悪い。
 鞄の中では藻掻いているカラス。
 収集がつかない。
「………誰か」
 何故かそこにも突き合わせれる事になっていたライが解放されたのは、ヨハネが日本に帰宅する直前だったという。



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九十九 一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月19日

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