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『流浪の孤鳥 』
ぺんぎん・文太2769

 世は理不尽と不条理とに満ちている。
 ――それは我輩がそれを実感した、そんな事件だった。



『皆様ご覧下さい! 今顔を出しましたのがわかりましたでしょうか!』
 興奮口調でまくし立てるアナウンサーの声と、どこかの川らしい映像。画面に映し出されたそれに、本日はどうやら幼稚園がお休みだったらしい子供が反応した。まだ短い指を画面に向けて、最高指導者にして絶対権力者にして、とても大好きで優しい(事もある)存在に精一杯の大声で訴える。
「ままー。ぺんぎんー!」
「え?」
 その最高指導者にして絶対権力者にして、とても大好きで優しい(事もある)、母親という存在はあわててエプロンで手をぬぐって子供の側へとやってきた。
「ぺんぎんさんがどうかしたの?」
「あのねぺんぎんなのー」
 子供はつたない言葉で懸命に驚きを母親に伝えようとする。母親はきょとんとしながらも子供の指し示す画面を覗き込んだ。
『もう少し細部まで確認できる映像でなければ確定は出来ませんが、現在の映像で判断するにイワトビペンギンに酷似しているようです。イワトビペンギンは――』
 現在は学者らしい初老の男がなにやらイワトビペンギンの解説をしている。
 どうやらペンギンが話題らしいことは確認できたが、午後のワイドショーでなぜ行き成りペンギンが話題になっているのか、それが母親にはさっぱりわからなかった。
「ぺんぎんー、見たのー見たいよー」
 子供はかなり興奮している。不思議に思いつつも画面の前に腰を落ち着けた母親はその数分後には驚きの声を上げていた。

『津守川でペンギン発見! 名前はツッシーに決定!』
 全国を賑わせたアザラシ騒動のペンギン版。それがワイドショーで大々的に報道されていた。

 まあもっとも、母親がそのままその場に腰を落ち着けてしまった理由はその後に流れ出した大物女優の離婚記者会見の為だったりしたが。



 我輩が事態を理解するに要した時間はそう長いものではなかった。
 我輩はテレビや新聞といったものからは敢えて距離を置いている。我輩はそれらに、というよりも正確には世俗そのものにあまり興味がない。
 それでもこの事態を理解するに当たってさして時は必要なかった。
 ――実に残念なことに我輩は俗世に興味はないが、俗世のことに全く無知ではなかったからだ。興味はなかろうともある程度世俗の情報は仕入れていないと、命にかかわる事態にも陥りかねない。いくら年を重ねようとも自ら死を選ぼうというものは少ない。少なくとも我輩は愛するものがある以上、まだ生きていようという意志は持ち合わせているのだ。
 そう、その世俗情報を持たなかったら今頃はいつものように獲物をあの真っ黒な鳥どもと争い、あえなく病に倒れていたかもしれない。それもまたひとつの日常であり、平穏で少し退屈な日常に投擲される小石であり、言ってしまえば楽しみの一つでもあったというのにだ。今はあの真っ黒い鳥どもが我輩の獲物を奪いにくれば接触を避けておとなしく譲ってやることにしている。
 おのれ鳥インフルエンザめ。
 ――我輩ともあろうものが話がそれてしまったようだ。
 そう、我輩は理解していた。
 我輩の気に入りの塒である周囲に出来た黒山の人だかり。なにやら筒を持った人間だの黒い機械を抱えた人間だの、よく光るやはり黒い小型の機械を抱えた人間だのが山ほどである。
 これはつまり報道というものだ。
 我輩の塒を報道しているのだ。何が面白いのかはわからないが。
 我輩が獲物を狩りに川へと潜れば『きゃー』という黄色い声が上がる。ツッキーとか言う呼びかけも聞こえる。
 実に騒がしい。
 我輩の愛する平穏とは程遠い。
 実に迷惑な、迷惑な事態が起きている。
 それを我輩は理解していた。理解するより他なかった。



イワトビペンギン 
英名Rockhopper penguin  
学名Eudyptes chrysocome chrysocome

ペンギン科。体長50cmになる。岩場をピョンピョンと飛び跳ねながら移動することからこの名前が付いた。目の上の黄色い飾り羽根が特徴。沿岸の岩場の小石や雑草で巣を作り、卵を2つ産む。ペンギンの中では気性がやや激しい。小魚やオキアミなどを食べる。(海遊館、イワトビペンギンより)



 という生き物とはまた別の生き物が彼ぺんぎん・文太(ぺんぎん・ぶんた)である。よく似ているが残念ながら彼はイワトビペンギンではなく温泉ペンギンである。勿論学名はないし、彼のほかにそんなペンギンがいるという話も聞かない。
 温泉と日向ぼっこを愛する、鳥もののけである。
 しかし見た目は単にペンギン。それが橋のたもとなんぞに住み着けば、そして見つかれば、この事態は必然といってもよかった。
 すっかり単なる橋のたもとは観光名所。商魂たくましい自治体は文太に『ツッキー』などと名前をつけてその写真やら名前に因んだ饅頭やらせんべいやらを売り出し、頭の中身に簾が入っていそうな女子高生を中心としたツッキーファンクラブ『いわとびんのかい』が発足。連日文太のプライヴェートを狙ってマスコミが張り付く。
 とても当然で、そして滑稽な光景が展開されることとなっていた。



「……」
 我輩は本日何度目になるかもわからぬ溜息を落とした。
 何が面白いというのだろうこの人間どもは。我輩は単なるペンギンである。それ以上でもそれ以下でもない、平凡な温泉を愛するぺんぎんなのだ。
 こんな騒動には極力かかわりたくない。何より落ち着けない。
 我輩は潮時を実感した。
 ここは、温泉街にも近いし、獲物も狩りやすいいい塒だったが、こうなってしまっては致し方ないだろう。
 ただ漂うのみ……今の我輩はそういう存在なのだから。



 鳥目、という言葉がある。
 実際鳥類の多くは光のない状態では活動することが出来ない。それ故に、撮影もファンクラブも夜は実に大人しかった。
 そこに文太の活路があった。
 やっぱり鳥目であちこちぶつかったりしたけれど。ちょっと痛かったりもしたけれど。
 しかし動物園に入れられるのも街の生きた観光名所となるのも温泉のない冷たい北の海へと投擲されるのも御免こうむりだった。
 そしてあちこちぶつけてすり傷つくって猫に追われ犬に吼えられようとも頑張った文太はなんとか包囲網を抜け出すことが出来たのだった。



「…………」
 我輩はキセルを深く吸い込んだ。内臓に染み渡る煙の味は普段より苦く感じた。
 ただ流れる。
 我輩はそういう存在、何故かという理由はもう忘れてしまった……ただ、流れる、それだけが目的だ。
 明日はどこにいるのだろう。
 それは我輩にもわからない、未来の話だった。



 そして突如として姿を消したツッキーの謎はまた波紋を呼び、その橋のたもとは新たなるミステリーゾーンとして、結局観光名所となったというが、それは文太の知らない話である。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
里子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月15日

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