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『†◇†same to you†◇† 』
冠城・琉人2209)&氷女杜・冬華(2053)

 それは人間として生きる者の直感か、あるいは人に在らざる者としての能力か。
普段ならば決して通らないような人気(ひとけ)の無い道に、買い物帰りだった氷女杜・冬華は足を踏み入れていた。
表通りのその賑やかで華やかな雰囲気と相反して薄暗く、どこか黴臭さを感じる路地裏。
 その路地裏の突き当たった場所に、まるで脱ぎ捨てられた古着が無造作に転がっているかのように、黒い塊がそこに在った。
寄り添うようにしてそこにいた一匹の子猫は、冬華の姿を見つけると驚いたのかその場からさっと逃げ去って行ってしまった。
何だろうと首を傾げもせずに、冬華ははっとして駆け寄る。
「――冠城さん!?」
 そして見えた横顔に、驚き膝をついた。
それは冬華の良く知った人の顔。大切な…人の…冠城・琉人の顔。
一体何があったのかわからないが、傷付き、流れ出している血を見て、冬華は考える間も無くそっと琉人に触れた。
この人が気を失っていてくれて、ちょうど良かった、と…冬華はほっとして目を閉じる。
そして彼女の周囲にさっと流れる…冷気。
癒しの力を持つ、彼女の雪女郎としての治癒の能力だった。
 冬華は、自分が”そうである事”を隠していた。だから、琉人が気を失っていてくれて…良かった。
「大丈夫です…少し冷たいかもしれませんけど…必ず、治りますから…」
 少し恥ずかしそうにしながら頬を優しく撫でる冬華。
心なしか、苦しそうに歪んでいた琉人の表情が安らいだような気がした。


†◇†same to you†◇†


「不意打ちとは卑怯ですねぇ…まあ、悪魔に卑怯も何もありませんけど…」
 肩口から流れ出る血を、破れたコートの袖で簡易的に止血しながら琉人は呟いた。
薄暗い路地の壁に寄りかかり苦笑いを浮かべて深く深呼吸をする。
いつもだったら、常に周囲の気配には敏感に反応する事ができたはずなのだが、今日は少し気が緩んでいた。
少し、他の事を…ある女性のお店の事を考えていたから。
 ”それ”の気配に気付いた時には、すでに”それ”は琉人の肩をその鋭い爪で切り裂いていたのだ。
決して俊敏ではない動きでも、巨大で重く圧し掛かるような一撃は、思いのほか深く。
『逃げるのか!逃げろ!逃げろ!逃げても無駄だがな!!』
「今日はえらくにぎやかな悪魔さんのようですね」
 重そうな巨体を揺らし、頭部に大きな角を携えた”それ”は、目の前に立つ琉人を楽しげに目を細めて見下ろした。
悪魔と言うのは人の恐怖や悲しみ、憎しみといった負の感情に得てして快楽を得るもの。
この目の前の”それ”も琉人の負の感情を糧にしようと思っていたのだろう…しかし、琉人の顔に恐怖の色は無かった。
いつものようにのほほんとした表情で、”それ”を見上げていた。
『貴様ァ!』
「賢い悪魔さんってものは、あまりそう喋るものじゃないんですよ?それに、そんな不恰好な姿をしてませんし」
 悪気があるわけではない。あくまで思ったことを素直に言っただけのことだ。
しかし”それ”は琉人の言葉が言い終わらないうちに、次の攻撃を仕掛けた。重圧のある腕と、重そうな羽根の先に着いた鋭い刃を。
肩に負った傷をかばいながらも琉人は上手くそれらを避けていく。
隙を見て、こちらから攻撃を仕掛ける事を頭に描いていた。しかし、その考えは突然の第三者の登場で崩れることになる。
「あ!危ない!!」
 琉人がその第三者の姿を見つけ、咄嗟にそちらに意識を向けた隙を逃すほど、その悪魔は馬鹿ではなかった。
一瞬だけ背を向けた彼の背中を刃が薙いで行く。倒れこむ琉人の腕には、一匹の子猫が抱かれていた。
 それから後の事は、よく覚えていない。ただ、猫と傷をかばいながら戦って、戦って…
「………さん…城…さん…らぎさん…冠城さん…?」
 はっと開いた琉人の目に、見慣れぬ部屋の天井と…白くぼんやりとした誰かの顔がゆっくりと映りこむ。
なかなか焦点が定まらず、数回瞬きを繰り返してみて初めて目の前にいる者の存在に気づいた。
「と、ととと…冬華さんっ!?っ痛ッ…」
「だめです!そんな急に動いては…傷は深いんですから!」
 驚いて起き上がった琉人を、冬華は子供を叱り付けるように少し強い口調で言う。
あまりそんな風に言われたことの無かった琉人はそれこそ驚いてその動きを止めた。
「あ…ご、ごめんなさい!その、私…吃驚して…心配だったから…それで…」
 冬華はうつむき加減で、琉人を見つけてからの事を話した。
今いるのはあの路地裏のすぐ近くにある冬華の知り合いの喫茶店の従業員用の休憩室と言うことで、
倒れていた琉人を冬華が見つけてそこに運び、これまた知り合いの医者を呼んで治療をしてもらったと言うことだったのだが…。
人間の医者が治療をしたにしては、あまりにも傷口の治癒が早いような気がした…の、だが…今はそんな細かい事は後回し。
「ご心配おかけしてすみません…いやあ、突然ネコバス程の大きな猫さんとケンカしてしまいまして…」
「お、大きな猫ですか?」
「そうなんですよ〜!私が夕飯のエサをひっくり返してしまいまして…激怒した猫さんに引っ掻かれてしまったんですよ」
 かなり苦しい言い訳と言うかごまかしではあるが、この東京という都市はそういった猫がいてもおかしくないかなと思わせる何かがある場所である事には違いない。
しかしそれにしても無理やりな言い訳だが、冬華は琉人のその言葉を信じて納得したのか「そうなんですか」と微笑みながら頷いていた。
「あの…冬華さんが私を見つけた時には猫さんはいました?」
「いいえ…大きな猫さんはいませんでしたけれど…子猫が一匹いただけです…」
「そうですか。それは良かった」
 ほっとする琉人。それはあの子猫が無事であったことと…冬華があの悪魔に遭遇しなかった事に対しての安堵の溜め息だった。
「冠城さん、あの…」
「すみません冬華さん。着替えたいので少しの間だけ一人にしてくれませんか?すぐ済みますから」
「え?あ、は…はい…!私、部屋の外で待ってますから、終わったらノックしてくださいね」
「わかりました。すぐに着替えます」
 琉人はにっこりと微笑んで冬華にぺこりと頭を下げる。冬華は微笑んで部屋の外へと出て、ドアを閉めた。
 部屋の中。琉人は痛む傷を堪えて立ち上がり窓の外に目を向ける。幸いここは一階。すぐにでも外に出られる状態だった。
あの悪魔を確実に倒してはいないことは本能的にわかる。となると、再び琉人を狙ってやってくる事は確実だった。
一緒にいる冬華を巻き込むわけにはいかない…だから、こっそりと部屋を抜け出して…確実に倒してからまた戻って来ようと思っていた。
 部屋の外。冬華はドアにもたれ掛かるようにして床を見つめていた。
なんとか傷の治療に関しては誤魔化したものの、嘘をついていると言う罪悪感にチクリと心が痛んだ。
それに、どうにも琉人の事が気になった。よく色々な事件の依頼を受けて仕事をしていると聞く。その仕事で大きな事件に巻き込まれているのでは…そんな思いを拭い去ることはできなかった。
 琉人が部屋の窓を開いて外に飛び出し駆け出したのと、冬華が思い切って部屋のドアを開いて声をかけたのはほぼ同時だった。
誰もいない部屋を見た瞬間、冬華はすぐに踵を返して部屋を飛び出して外へ通じる通用口へ向かう。
外へと飛び出し、向かった先はあの裏路地だった。



 冬華があの裏路地に足を踏み入れた時、琉人を見つけた時と明らかに空気が違っている事を感じることが出来た。
黒くタール状の空気がねっとりと体にまとわりつくようなそんな感覚。その重い空気が、冬華の背後で動く。
「…冠城、さん?」
 振り返ろうとした冬華の頭上に、あの悪魔の重く太い腕が振り上げられた。
『後ろの正面だ〜あ〜れ〜…』
「!?」
 振り返った冬華の顔面を目掛けて悪魔はニヤッとした顔をして、腕を振り下ろす。
相手が女だろうと誰だろうと容赦の無い攻撃を仕掛けた刹那、ゴッ!!と、鈍い音がして吹き飛ばされたのは冬華ではなく…悪魔の方だった。
「冬華さん!お怪我はありませんか?!」
「か、冠城さん!!」
 右手を前に突き出し、左手で冬華を自分の後ろにかばう琉人。互いに驚いた顔をしたままの視線が絡み合った。
「どうしてこんなところに…」
「冠城さんの姿が見えなかったから…私、不安で…」
「冬華さん…」
 視線を絡めたままで見詰め合う二人。しかし、その二人の顔にさっと影が落ちる。
『来やがったなァ!今度こそ殺してやる!』
「下がっていてください!」
 琉人は冬華を後ろにぐいっと押すと同時に、悪魔に向けて構える。
「冠城さん!」
「大丈夫です…すみません…ごめんなさい」
 琉人は少し寂しげな笑みを浮かべて冬華に謝罪の言葉を告げた。
それは、巻き込んでしまってすみませんという意味と、そしてこれから自分がやろうとしている事に対しての意味もあった。
決して冬華を騙していたわけではない…けれど、結果的にはずっと正体を隠して嘘をついていたことになるのだから…。
「悪いですが、負けるわけにはいかないんですよ…私は…」
「纏魔ッ!!」
 琉人の掛け声とともに、黒い煙のようなものが琉人の体全体を覆って行く。
やがてそれは形を成し、彼の体を包む鎧へと変わっていった。その姿は、決して『人』とは言えない…ある種、異形の姿だった。
「そんな…まさか…冠城さん…」
 驚きのあまりに、目を見開いてその場に座り込んでしまった冬華を、琉人は寂しそうに目の端にとらえた。
これでもうきっと以前のような関係にはなれないし、恐怖を感じてもう二度と話すことは出来ないかもしれない。
けれど、彼女の事を守れるのならそれでいいと思った。それでいいと…。
『死ね!この悪魔めッ!』
「おかしなことを言いますね…悪魔はどっちですか」
 纏魔を使い、武装化することで琉人のあらゆる能力は最大限に発揮される。負っていた傷も回復し、ほぼ万全の状態で琉人は悪魔へと仕掛けた。

 目の前で繰り広げられている激戦と言える戦いを、冬華はほぼ呆然とした状態で見つめていた。
それは、ずっと普通の人間だと思っていた琉人が目の前でその本当の姿を見せたことへの驚きから、だった。
しかし琉人が思っているような「恐れ」や「嫌悪」といった感情から来る驚きではない。
ただ…自分だけではなかったのだ、という驚きだった。

 ガッと言う音が響いて、琉人の体がビルの壁に叩きつけられる。
万全に傷が回復したわけではないのだろう…本来の彼ならば避けられるような攻撃を何度か受けて、言わば劣勢だった。
地面に膝をついて、少し肩で息をする琉人。じりっと言う音をさせて、悪魔がその頭上に拳を振り上げた。
 避けられるか…
瞬間的に琉人はそう思い、立ち上がろうとする。しかし思いのほか受けていたダメージが大きかったのか、ガクッと膝が崩れて再び倒れこんだ。
今、自分と戦っているのはそんな彼に慈悲を向けるような相手ではない。
 容赦なく振り下ろされる悪魔の腕は…
しかし、瞬間的に琉人の周囲に彼を守るように張り巡らされた白く冷たく…しかし透明な、氷の壁によって跳ね返された。
「…これは…いったい…」
 何が起こったのか理解できない琉人の目に、長く白銀の髪を靡かせた女性の姿が入り込んでくる。
琉人を守るように彼の前に立つその姿は…彼にとっては驚き以外の何ものでもなかった。
「冬華さん…まさか…貴女は…」
「ごめんなさい。冠城さん…話は後でします…今は」
「―――そうですね」
 防御壁として張られた氷の壁には、癒しの力でもあるのだろうか。
琉人は自分の体力が回復していくのを感じた。いや、力もそうなのだろうが…目の前にいる冬華の存在が何よりの回復剤かもしれない。
『小娘がぁ!!』
 予想外の展開に、悪魔は怒りを隠さずに襲い掛かる。
冬華の防御壁でそれを避け、すかさず琉人が間合いをつめると渾身の力をこめて殴りつける。
初めて互いの事に気付いた二人だったのだが、そのコンビネーションはまるで以前から共にそうであったかのように感じられた。
『この俺がこの俺が貴様ら如きにッ…雪女の小娘なんぞにッ!』
 はき捨てるように叫んだ悪魔。その言葉に、冬華はぴくりと反応を示し。
「……今、私のこと…”雪女”って呼びましたね…?」
 静かに呟いた彼女の言葉は、琉人がこれまで聞いた事のないような冷たく、怒りに満ちた声だった。
「冠城さん!手加減無用ですっ!一気にやりましょう!」
「えっ…あ、はい!お任せください!」
 突然の冬華の性格の変わりように、琉人は驚き思わずポカンとしつつも急いで気を取り直して悪魔に向かい合う。
「瘴滅!」
 掛け声と共に、琉人は右手に凝縮した”怨念”を悪魔へと思い切り叩き込む。
内部から壊死を起こし全てを崩壊させる程のその力を、相手の体内へとこれでもかとばかりに注ぎ込む。低級魔族ならば、この時点で消滅しているだろう。
しかし、以外にもその悪魔は持ちこたえていた。ギリギリのところで。
「冠城さん!下がってください!」
「はい!」
 そして不意にかけられた冬華の声。疑う事もなく琉人は返事をしてすぐに後ろに飛び退いた。
「玉塵攻囲!」
 同時に、高く澄んだ通る声がその場に響き、悪魔の周囲を取り囲むように槍状になった氷塊が何本も出現する。
「二度と私を”雪女”なんて呼ばないで下さいね…」
 怒りのこもった眼差しを向けて言うと同時に、氷の塊が悪魔の全身を余すところなく突き刺して行く。
琉人の瘴滅により内部からの大きなダメージを受けていた悪魔は、冬華の玉塵攻囲による外からの攻撃に耐えられず…瞬時に消滅する。
 まるで霧が晴れて行くような感覚がその場に広がったのを感じ…二人はほっと胸を撫で下ろした。



 纏魔の武装を解いて、いつもの姿に戻った琉人と、髪を結び直してこちらもいつもの姿になった冬華は…何も言わずただ黙って見詰め合っていた。
何を話せばいいのか思いつかなかったのだ。どう言おうか、何から話し始めようか…色々と考えてばかりで。
 しかし、いくら考えてもちっともまとまらない。
けれど何か言わなくちゃいけない、何か…そして、二人はほぼ同時に口を開いた。
『お互い様ですね』
 はっとして口元に手を寄せる冬華と、驚いて目を丸くする琉人。その次の瞬間には、互いに微笑みあっていた。
「吃驚しました…まさか冬華さんが…」
「私もずっと冠城さんの事…」
「いえ、すみません。黙っているつもりはなかったんです…いずれは、いつかはと思っていたんですけれど…」
「私も同じです…冠城さんには本当の事をお話しなきゃって…ずっと思ってて…だから…」
「やっぱり、お互い様ですね」
「そうですね」
 くすっと微笑む冬華の表情を、琉人はほっとした気持ちで見つめていた。
彼女の前で力を使った時には決別すら脳裏に浮かんだけれど…意外な結果だけれど、そうならなくて良かったと。
「それにしてもずいぶんと活発に動いたので少し疲れましたねえ…」
「じゃあ、うちにいらして下さい…疲れた後は、甘いものですよ」
「いいですねえ!ではケーキと、それから美味しいお茶をいただきに参りましょう」
「はい」
 冬華はニコッと笑みを向けて嬉しそうに頷いた。
そして二人は並んで裏路地から表通りの賑やかな空気の中へと歩いて行く。
偶然だったのか、必然だったのか…たまたま通りかかって気になって、冬華が足を踏み入れたあの裏路地から。

 そんな二人を見送るように、一匹の子猫がみゃあ、と小さく泣き声をあげたのだった。






†◇†終†◇†





※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
※それぞれのサイドから描写したので入り混じっていて読み辛くなってしまいました。(^^;

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月14日

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