▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『貴方の悩む事と言えば 』
新久・孝博2529)&新久・義博(2516)


 何故、これ程までにいがみ合う事があるのだろう。
 ほんの僅かな行き違いがきっかけなのだと思うのに。
 どうして事が大きくなるのだろう。
 …きっと誰も悪い訳ではないのに。


 新久孝博は悩んでいた。
 憂いを帯びた瞳でひとり机に向かっている。
 その机の上は乱雑に色々と置いてある。…今は、片付けるまで気が回らないよう。
 それ程に孝博は『ある事』に必死だった。


 関連する様々な資料は頼み込んで借りて来た。
 大学で学んでいる事で、役に立つ事は。
 …幾ら調べても似た前例が、適したテストケースが見当たらない。
 どうしようもなくなって六法全書とにらめっこしていても何も始まらない。
 上手く穏便に持って行けるような方法が、見つからない。


 頭の中が沸騰しそうだ。
 どうしたら良いのかわからない。
 ………………どうしたら、誰も傷付かずに…この件が解決出来る?


■■■


 寝息すら聴き取れそうな静かな部屋。
 なのに、扉が開く音すら聞こえない。
 けれど、今まで無かった筈の姿がそこにある。
 …それは、彼の場合は特に驚く事でもないのだが。
 既に今生の生を失った、『形』としてはあまりに希薄な彼の場合に限っては。
 必要さえなければ実体である事に拘りはしない。


 新久義博は弟の部屋に入って来ている。
 扉も開けずに。
 悩ましい心のままに、密かに顔を見に訪れる。
 弟――孝博の。


 …孝博はベッドに入る事もせず、机に着いたそのままで寝入っていた。
 あどけなささえ感じられる程の寝顔。
 義博は静かに息を吐いた。
 その表情は柔らかい。


 それとなく目で探し。
 側に無造作に置かれていた彼の上着を見付け、義博は、そ、と孝博の背にかけてやる。
 …触れる必要が出てくれば、その時点で実体化は成っている。
 義博は孝博の寝顔を優しい目で、見ている。


 ただ、逡巡している事も確かで。


 義博にとって、人の夢の中に入る事は容易い。
 夢の中に入れば、その相手の心を支配する事が出来る。


 …弟の夢に入れば良い。
 夢とは言えそこでなら自分の思う通りに…。


 何度その考えが浮かんだ事か。
 …それでも、義博はゆるゆると頭を振る。
 義博は孝博の夢に入った事は一度も無い。
 入らない…入れない。


 …出来ませんよ。


 既にわかってはいる彼のその心。
 孝博の心、その真実を察する事は出来ても突き付けられたくはない。
 直接、その心を見るなどと…。
 考えた途端、止まってしまう。
 …弟の中に於いて、完全に否定される私の本当の想いを。


 ………………何者をも恐れない筈の私が、な…。


 義博の顔に浮かぶのは自嘲の笑み。
 …そう、いつも悩んで、終わる。


 けれど今日は、それ以上に、出来れば話がしたかった。
 近頃、毎日のように帰ってくるなり自室にこもっている弟と。
 いったい何があったのだろうか、と。
 …想いは遂げられずとも大切な事は決して変わりない弟の事、心配にもなるのですよ。
 思いながら、義博はふと、孝博が上体を預けている机の上を見る。


 何か、知人のトラブルを解決する為に法律やら何やら調べていた様子で。


 これが、理由ですか。
 まったく。
 …孝博らしい。


 自分の身など二の次で。
 こんな、疲れ果てるまで他人の為に尽くす事は無いのに。


 物事はすべて美しくは済まないのですよ。
 貴方はきっと悲しむでしょうが。
 誰も、傷付けないで済む方法など。
 どう探そうと見つからない事も、多いのですよ?


 義博は孝博の寝入る机の上を改めて見遣る。
 様々な資料がそこには散らばっていた。
 彼の知人の事も、知人のトラブルの相手の事も記された書類も然り。


 …義博は静かに、孝博の髪を撫でている。


■■■


 …私は結局何も出来なかった。
 唇を噛み締める孝博の姿。
 自身を責める弟の姿。
 兄はそんな弟を励まそうと声を掛けている。
 義博の心からの優しい表情は他ならぬ彼にだけ向けられる。


「貴方は出来る限りの事はした、そうでしょう」
「…けれど」
「これもすべて運命。運命には逆らう事は出来ませんよ」


 貴方の知人を苦しめていた人物たちが非業の死を迎えた事も。
 貴方の預り知らぬひとつの運命。
 人ひとりの手で助けられるものには限度がある。
 ならば、手が届く相手を助けられれば良しとしなければ。
 貴方こそが壊れてしまう。


「…せめて貴方の知人だけは無事で良かったと思いましょう」
「けれど私は…助けられたかもしれない人たちを…っ!」
「何も貴方のせいじゃない。助けられなかった人たちも、貴方がどれ程心を砕き尽力していたのか知ったなら…きっと感謝している事と思いますよ」
「そうで…しょうか…」


 ひどく落ち込む孝博の姿。
 …貴方の悩む事と言えば、いつでも人の事ばかり。


 そんなに、悩む必要は無いのですよ。
 貴方の知人を苦しめていた相手の心は、貴方の心にどうしたってそぐわない。
 初めから、穏便な解決法など無かったのです。
 貴方がどれ程尽力しようと。


 彼らに与えられた死と言う運命が、華麗なる悪夢の拷問官の手を動かせたのですよ。


 貴方の為に穢れるのはむしろ私の喜び。
 貴方は私の行動や心を知らなくて構わない。


 貴方には私の存在以外の何も背負わせたくはないのですから。
 貴方は貴方の信念のまま、その通りに歩んで行けば良い。


 …ただ、少しは自分の身体の事も考えなさい。孝博。
 貴方が健やかである事こそが、私の…いえ、貴方の心に響く言葉で言うなら、周囲の皆の為でもあるのですからね。


【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.