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『桜恋歌 』
桜木・愛華2155)&藤宮・蓮(2359)

 藤宮蓮のぶっきらぼうさと強引さは、今に始まったことではないが、それにしても、今回も、あまりに話は急だった。
 春休みも終わりに近付く、桜の見事なとある深夜、傍若無人に携帯電話が鳴り響く。こんな時間に何ですかと眦を釣り上げる母親から、こそこそと逃げ隠れるようにして、はい、と送話口に答えると、向こうにいたのは、言わずと知れた、高校の生意気な同級生だった。
「れ、蓮くん……今、夜の12時……」
 桜木愛華は、既にパジャマに着替え、歯磨きも終え、後は寝るだけの体勢だ。ぬいぐるみのアリエルと猫のマリアが、階段の下で、もはや準備万端と、胸を反らせて堂々スタンバっている。
 もう少し待ってねと合図して、愛華は、急いで階段を駆け上る。親に会話は聞かれたくないという、微妙な乙女心のなせる技である。
 居間を離れ、部屋に閉じこもれば、長く話すことも出来るだろう。淡い期待が、少女の頬を、はんなりと染めていた。
 が、電話の相手は、筋金入りの超朴念仁だ。女にもてるが、女の気持ちには、甚だ疎い。
 明日、暇だろ?と、何だか決めつけたような言い方で、いきなり会話の火蓋を切った。愛華の声が、一気にトーンダウンする。
「暇って……」
「前に約束しただろ。明日、出かけるぞ。弁当作って、10時に駅前に来いよ。いいな」
 ぶつん、と、切れた。
 愛華が、やや呆然として、携帯を見つめる。
「暇って……」
 お弁当?
 お弁当を、作らなければいけないの?
 困った。何も用意していない。冷蔵庫に、肉はあった? サラダ菜は? ミニトマト! 切らしていたらどうしよう? お弁当に赤の彩りは必須項目だ。
 卵はある。ウィンナーもある。アスパラは無かった! コンビニに買いに走らなきゃ。ああ、それに、あれも。これも……。
「れ、蓮君の馬鹿ぁ! どうしてもっと早くに言ってくれないの!」
 頭の中は、既に明日のデートのことでいっぱいだ。断ればいい、という、極めて常識的な考えなど、脳の片隅にも浮かばない。
 慌てるあまり、足下にまとわりつくマリアの長い尻尾を、踏んづけてしまった。
 痛いよ〜、と、子猫が悲鳴を上げる。それを抱き上げて宥めていると、今度はぬいぐるみがヤキモチを焼いて、えいと腕の中に飛び込んできた。
「あ。あ。明日の服も決めないと!」
 猫とぬいぐるみを放り出す。
 初デートの日のように、寝惚け眼で出かけないことを、祈るばかりである。



 寝不足もせず、遅刻もせず、翌日、愛華は、蓮の待つ駅前へと無事向かうことが出来た。
 珍しいことに、蓮は、先に来ていた。
 まだ高校生の愛華を連れ歩くことを、もしかすると、少し、意識してくれているのかも知れない。いつもより、随分とラフな格好をしていた。年上のお姉様方に合わせる必要もなく、あるいは、本当に好みの服を着込んできたのか。
 洗いざらしのジーンズに、黒いTシャツ。踵を踏みつけて履きやすくしたスニーカーに、暗い色合いの格子柄の上着。
 気合いを入れてめかし込んできた愛華は、何だか、気が抜けてしまった。学校で見かけるよりも、更に幼く見える蓮が、顔つきだけは相変わらず無愛想なまま、歩き始める。
「どこに行くの?」
 愛華が聞く。
「公園」
 蓮が答える。
「だからお弁当を?」
 愛華が、首を捻る。もしかして、ただのピクニック?
「桜がさ、見頃なんだよ」
 ぽそりと、蓮が呟く。
「悪くないだろ。たまにはさ」
 もしかすると、一生懸命、愛華が喜びそうな場所を、考えてくれていたのかもしれない。
 気が張るような高級な店を覗くよりも、見頃の桜の下を歩く方が、何倍も、好きだ。ひらひらと舞い落ちる花弁に包まれているだけで、春の日溜まりにいるような、優しい気持ちになれる。
「桜……綺麗だろうね」
「そうだな……」
 眩しげに、天を仰ぐ。青い色彩の下で、蓮が、ほんの少し照れ臭そうに、笑った。

「のんびりするよなぁ…………俺、こういうの……」

 嫌いじゃないんだよ。
 蓮が呟く。微かに、苦笑を滲ませた。

「似合わないけどさ……」



 自然の散策を楽しむ者もいれば、早くも宴会モードに突入している者もいる。
 楽しみ方は、千差万別。騒ぐのも、和むのも、自由だ。
 一際艶やかに咲き誇る桜の下は、既に先客で埋まっていた。少し遠くに花を眺めるのも悪くはないかと、蓮と愛華は、まだ芽生えて間もない芝の上に腰を落ち着ける。
 まさかデート先がただの公園だとは夢にも思っていなかった愛華は、ごく短いスカートを履いていた。地面にぺたりと座ると、草がちくちくして、どうにも落ち着かない。
 我慢我慢と言い聞かせて、手作り弁当を口に運んでいたが、ついにぱっと立ち上がった。立ち上がると同時に、蓮が、上着を愛華に放る。意地の悪い微笑を浮かべて、少年が、少女を見やった。
「我慢大会、もう限界か?」
「き、気付いていたの!」
「お前って、本当にわかりやすい奴だよなぁ……」
「ひどーい! ずっと我慢していたのにっ」
「怒んなよ。ほら、ちゃんと敷物を提供してやっただろ」
 ぶっきらぼうだけど、時々、思い出したように、優しい。
 初めて一緒に出かけた時も、そうだった。緊張した冷たい掌が、火照った額に、心地良かった……。

 不意に、遠くで、何かが割れる音がした。

 驚いて、蓮と愛華が振り返る。桜の大木の下で宴会をしていた一団の様子が、妙だった。みな呆然として、おたおたと一人の人間を取り囲んでいる。倒れた男は、喉を押さえ、手足を藻掻くように動かして、ひどく苦しそうに呻いていた。顔色が、見る間に紫色に変わってゆく。
「な、何……?」
 同じく呆然とする愛華の横を擦り抜け、蓮が走った。人垣を掻き分け、男に声を掛ける。
「大丈夫か?」
 男は、むろん、答えない。手足に痙攣が始まっていた。
「馬鹿が……」
 蓮が、男の背後に回り、鳩尾を支えて俯かせる。何が起きたのか、何が始まろうとしているのか、この中でわかっているのは、蓮だけだった。男の背中の、肩胛骨の真ん中あたりを、力一杯叩く。
 一度。二度。三度目で、男の喉を塞いでいたものが、ぽろりと落ちた。
「大口開けて、飲み食いしているからさ」
 間抜けだよなぁ。
 肩を竦めて、少年が、身を翻す。まだ衝撃の抜けきれていない愛華の手を引いて、走った。
 礼を言われるのが、嫌だったのだろう。涙ながらに感謝されるなんて、全然ガラじゃないやと、少年は、そっぽを向いた。
「凄い……蓮君。凄いね」
「何が」
「だって、命の恩人だよ」
「誉めたって何も出ねぇぞ」
「何か期待して誉めた訳じゃないもん」
「だよな。おまえにそんな機転があるとは思えねぇよ」
「失礼ーっ!」
「ほんとのことだろ」
 まだ、繋げたままの手が、温かい。目の前にある背中が、予想外に大きくて……戸惑う。小さな愛華の歩調に合わせて、長い足を、必要以上にゆっくりと進めてくれている様子が、何だか、彼らしいような……彼らしくないような……。
 いい加減、離さないと悪いかな。
 愛華が、やや遠慮がちに、手を振り解こうとする。蓮が、行くな、とでも言うように、握り締めた指先に、一層の力を込めた。
「れ、蓮君?」
「桜。まだ、しっかり見てねぇだろ」
「え、えっと……でも」
「でも?」
「は、恥ずかしい……」
「誰も見てねぇよ」
 俺は、見られても、一向に構わないけど?
「蓮君、寒くない? 上着、着た方が」
「そうだなぁ……」
 上着を着るために、一旦、手を離した。愛華が、露骨にほっとする。一生懸命、握り締めていた拳を、さすっていた。蓮が、もう一度、浚うようにその手を掴んで、自分の上着のポケットに、突っ込んだ。
「れ、れ、れ、蓮君!?」
「この方が暖かいし」
「いやでもその……」
「ばーか。気にするものが違うだろ」
「え?」
「桜」
 今を盛りにと咲き誇る、うす桃色の花が、二人の上に、舞い落ちる。
 ひらひらと。ふわふわと。
 一つ一つの花弁が、それぞれに、祝福を与えるように。毎年、変わることのない懐かしい薫りが、優しげに、儚げに、見えない衣を、棚引かせる……。
「桜……か」
「綺麗だねぇ……」
「なんか、頑張っているよな」
「え?」
「いや。毎年、変わらずに、花を咲かせるからさ。もう、けっこう、歳のはずなんだぜ? この桜……」
 見上げた先の枝が、誇らしげに、花を揺する。
 まだまださ。
 桜が答える。愛華にだけは、聞こえる声で。
「うん……まだまだ、これからだよね?」
 お前たちもね?
 桜が、笑う。
 花弁の流れが、ほんの微かに、変化の兆しを見せてくれた。

「これからだよな」

 手を繋いだまま、歩き始める。
 桜の声が、聞こえたのだろうか。
 蓮が、一度だけ振り返り、見事な枝振りに、小さく小さく、礼をした。

「俺たちも……」





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東京怪談
2004年04月14日

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