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『花狂宴〜夢のゆめ〜 』
河譚・時比古2699)&河譚・都築彦(2775)&季流・白銀(2680)


 見渡す限りの、闇の中。
 ふわり、と羽のようなものが空を舞ったような気した。
 手に届きそうだと判断して、目で追い、腕を伸ばし、手を広げる。そして、ゆらゆらと舞っているそれを手の中に納め、握りしめた。
 すると、音もなくそれは消えた。まるで、空気に溶けてしまったかのように。

「ああ…そうか…」

 そう、口から零れた言葉は、自分にしか認められずに。
 遠くない未来を、告げているのだと。『一つの可能性』として。どちらの方向に、どの未来を選ぶのかは、自分自身が進めば解る事。今はまだ見えずにいる、それぞれの路を、しっかりと見定めながら。


 三月の終わりの夜。
 早咲きし、見事な花を咲かせた桜は、吹雪の如く散り始めている。その、木の根元で。
 散った桜が積み重なり、絨毯と化しているその場に、仰向けで倒れている時比古(ときひこ)は、雪のように真っ白なその袴姿を、鮮やかな自分の鮮血で染め上げ、迫り来る消えかけている命の炎と、静かな戦いをしていた。舞い散る桜の花が、雪のようだと、思いながら。
 傍らには、着流し姿で、長髪の都築彦(つきひこ)が、時比古を見下ろしている。
「……、…」
 時比古が何かを呟くために口を開いた。それでもそれは言葉としては作られることも無く、息を吐き出すだけで終わる。辺りを見渡し、それに対する感情を生み出す、余裕はある。それでも、時比古の心の中は荒れ狂っていた。穏やかさの裏側で、憎悪と恐怖が綯交ぜになり、狂気の中で戦っているのだ。力なく伸ばされた腕は、そこから抜け出したい、と足掻いているようにも見える。
「……お前の、望みを聞こう」
 ふとした瞬間の、言葉の音。
「………」
 不思議だと、感じた。
 都築彦のその声で、時比古の心は凪いでいった。ゆっくりと。呼吸もそこで、静かなものになっていく。
「……我が、主を…」
 震えている声に、時比古は驚き、それを止める。
 一度、溜め込んでいた空気を吐き出してから、新しい空気を吸い込み。そして確かな瞳で都築彦を見上げて。
「…白銀様を、お守り、してくれ…! …その御身も、御心も…!」
 強く、そう言い放つと、喉から生暖かいものがこみ上げてきた。その奥で溜まっていた、血である。それを止めることなく吐き出すと、時比古はまた自分で呼吸を整え、都築彦へと視線をめぐらせる。
「………」
 都築彦の反応など、解りきっていた。時比古の言葉に確かに頷き、そして徐に自分の腕を挙げ、手にある武器とも言える爪で、自分の長い髪を削ぎ落とし始める。
 ぱさぱさと、桜の上に落ちる、都築彦の髪。
 時比古はそれを黙ったまま、見つめていた。目に、焼き付けておこうとでも、思っているのだろうか。
 髪を切り落とした後、都築彦は躊躇いもせずに自分の左目を、縦にざくりと裂く。それで、外見は時比古と全く変わらない姿になった。
「これで良いか?」
 そう言う都築彦に、時比古は緩く笑みを作り上げる。そしてゆっくりと頷き、
「…有り難う」
 と声を振り絞って彼に言葉を届けた。
 ざぁ、と風が舞った。枕の花びらがそれに後れをとらずに巻き上がり、そしてまた舞い落ちる。心が落ち着いたままであった。その光景を見つめながら、時比古は安堵しているのだ。
 欲も絶望も、何にも混じり気のない、純粋な心からの願い。それが、都築彦によって叶えられると言うことに。
(…これで良い。俺の死を哀しませる事など、望まない。白銀様が笑顔のままで、在ってくれるように…)
 長く、深いため息を、ゆっくりと漏らす時比古。目が、色を失い、霞みはじめてきたが、それに逆らうことは、しない。
 心の呟きを繰り返しながら、脳裏には自分の主である白銀の微笑んだ姿を、思い浮かべていた。
 自分を呼ぶ声。自分に見せてくれた表情。自分だけが知っている、細かい仕草…。
 それを、見られなくなるわけではない。
 『時比古』として、傍で見ることが出来なくなるだけ。ただ、それだけなのだ…。
「………」
 都築彦は時比古の最期の時を、目を逸らさずに、見守っていた。心境など、見て取れる。それでも自分にはどうすることも出来ない。だから、彼の望み通りに、後は動くだけ。
 桜が風に乗り、空を舞い、そしてゆらゆらと地へと還る。それを幾度と繰り返し、桜はいつしか色を失い、世界を白銀に染め優しく時比古を覆って行く。柔らかい、羽のように。
 時比古は静かに瞳を閉じ、自分の中に流れる時計を、緩やかに止めた。その姿の上には、止めどなく白き花びらが積み重なっていった。


 また、空を舞うものが彼らを導く。
 何処を見渡しても、切なさだけが胸を突いた。それでも、進むしかないのだ―――。


 葉に付いた朝露が、手水鉢に雫を作っている。小さな音を、奏でながら。
 季流家に、新しい朝が訪れていた。
 屋敷中に何か、新しい風が吹き抜けたような、そんな感覚を誰もが感じ取っているのだろう。
 白銀(しろがね)が、当主として『季流』と言う玉座についてから、一夜明けたのだ。
「………」
 空気を深く吸い込み、一度閉じた瞳を開いた白銀。その瞳には、昨日までの『僅かな濁り』など、全て消え失せていた。迷いも何もかも。振り返ってはならないと。それは許されない現実なのだと、心の中で言い聞かせ、夜を明かした。勿論、一睡もしていない。
 姿勢を正し、正座をしたままで、白銀は傍らにいるはずの者の『帰り』を、待っていた。
「…、」
 コトリ、と物音一つ。
 それで白銀は、背後に感じた気配に振り返る。そこには見慣れた自分の側近が、静かに佇んでいた。
「……?」
 知っている筈の、顔。白銀は頭の中で昨日までの自分の記憶を辿り、確認をし始めた。何か、変だと。
 目の前の人物に、何か違和感を感じるのだ。
 それでも、瞬時に、事を理解する。
「……白が…」
「…待て」
 白銀は、相手が自分の名を呼ぼうとした瞬間に、それを留めた。
 心の奥で、『ああ、そうか』と呟いた。
 目の前にいるのは、他でもない『河譚』だ。それでも、昨日までの『河譚』ではない。同じ顔をしているが、あまりにも違いすぎる。
 それは、白銀にしか、解らないこと。
 ふ、と、白銀は小さく笑った。河譚には気づかれないように。
(…まったく、お前と言うやつは…)
 心の呟きは、誰にも聞き取れることが出来ずに。
 白銀は河譚へと足を運び、彼の左目に、静かに手を沿えた。直後、淡い光と暖かさが、河譚の目の周りを覆い始める。白銀の、精霊の力である。
「…勿体無いことをするな、折角の目を――『都築彦』」
「……」
 次の瞬間には、『自らで傷つけた』左目は、完治していた。白銀の姿を、両の目で、確認が出来る。そして真名を呼ばれたことに、河譚は僅かな同様を見せていた。
「泣くと思ったか…? 泣いたら気付かれるだろう、『あいつ』に」
 そう言いながら、白銀は再び笑みを作る。それでもそれは、あまりに切ない。そう、感じずにはいられない。
 見えない絆が。
 どこまでも続く、固い絆が存在するのだと、河譚はそう感じ取る。『彼』から記憶は、勿論全て受け継いでる。それでも、掴めないものが、存在するのだと。
「…さぁ、付き合って貰おうか。私に」
 白銀が、静かにそう言った。
 その瞳は今まで見たことも無いような輝きに満ちている。壮絶なまでに、鈍く光ながら。
 全て、終わらせるのだ。
 この胸の奥の、引裂かれるような思いが、未来に受け継がれることの無いように。
 宿業と言う名の、時の流れを止める為に、白銀は今、立ち上がる。それが、どんなに辛く、苦しい現実であっても。
 白銀の中の『痛み』までには、到底届くことが無いだろうから。


 花弁は、人を狂わせる。
 その、可憐な姿で舞いながら、隠し持った妖艶さで惑わせる。
 見る者によっては、羽の如く。
 想い、希望、そして未来までも。
 巻き込まれてしまった後は、気がつけないものなのだ。甘く切ない、その幻惑には、誰も逆らうことが出来ない。
 追ったものが、どの花弁を選ぼうとも――。

 先に口にした言葉は、目が覚める前に、記憶の中でゆるゆると溶け、消えていくのである。


-了-


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河譚・時比古さま&季流・白銀さま&河譚・都築彦さま

いつも有難うございます。ライターの桐岬です。
毎回、文字数が少なくて申し訳ありません…(汗)
そして今回も、勝手な脚色ばかりしてしまいましたが、如何でしたでしょうか。
時比古さん贔屓な私としては、切なかったです(苦笑)。
今後も頑張りますのでよろしくお願いいたします。
誤字脱字がありましたら、申し訳ありません。

桐岬 美沖。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月12日

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