『『ハートレス・ブラック』 』

倉梯・葵（1882）

【ｂｕｌｌｅｔ?T　ｓｌｕｍ】

　彼女はライラックの色の瞳にこちらを映した瞬間に、その瞳を大きく見開いた。そしてその後に瞳に涙を浮かべる。
　俺は小さな舌打ちをして頭を掻いた。
　――――あの瞳で涙を浮かべられるのは反則だ。
「ほら、ここでいいだろう。俺はお役ごめんだ」
　背中からおろしたガキ（どうやったらこんな場所に迷い込める？　と、疑問符の海に大いに俺を溺れさせてくれた男のガキで、足を怪我して歩けないというので、しょうがなく俺がここ、新市街の外れにある瓦礫場の近くにある穴からＡ国の東に位置する街…川を挟んで旧市街にあるスラムにまで連れてきた）の小さな背を俺は軽く押す。
　だけどそいつは明らかに迷子になっていた自分を探してくれていた人に出逢えたというのに、それに相応しい表情は浮かべなかった。浮かべたのはどこか困ったような表情だ（そうだな。甘いケーキが目の前にあるが、虫歯がすごく痛いという感じの表情だ）。
　――――なんとなく面倒臭い事になるような予感がする。ここは早く退散した方がいいだろう。ったく、やっぱりらしくない事はするもんじゃない。あいつらに出会う前の昔の俺なら平気でスルーしていたのに……。
　俺は何とも言えぬ苦い想いに苛まれながらあいつと同じライラックの瞳を持つその彼女の顔を見つめる。
「こいつ、引き取ってくれない？」
　そしてその女もまたひどく面倒臭い事を口にしてくれた。
「どうしてあたしがそんな薄汚い子どもを連れて行かなきゃならないのよ？」
「………はぁ？」
　――――この女が数十秒前に浮かべていた顔を自身に見せてやりたい。
「だって、あんたはこいつを探していたんだろう？」
「なんでよ？　あたしはたまたま偶然ここを通りかかっただけよ」
　彼女鼻を鳴らして言った。
　俺は苛つきに任せながら前髪を掻きあげる。そしてその女とこの周りの風景ってのを見比べる。あいつと同じライラックの瞳をしたその女の身を包む服は高級な服だった。それはとてもじゃないがスラムには似合わない…川を挟んだ向こうにある新市街になら馴染む服装だ。つまりがたまたま偶然、ってのがまったく噛みあわない服装なのだ。
「なによ？」
　上目遣いに睨むその女に俺は肩をすくめる。鼻を鳴らしながら。
「別に。ただちょっと偶然に通りがかるような服装はしていないよな、ってさ」
「嫌な男ね。とにかく早くその子ども、家に連れて行ったら？　」
　彼女は俺の顔から瞳を逸らした。
「いいよ、もう。オレ、ひとりで帰れるから」
　そして笑いながらそう言いだしたガキは怪我した右足を引きずりながら歩き出す。彼女と顔を合わせようとはせずに。
　そして彼女の方はと言うと、そんなガキに悲鳴をあげそうなほどに心配そうな顔をしながら右手を伸ばすのだが、その指先はガキの肩に触れる寸前で止まって…そのまま数秒固まっていたかと想うと悲しげに何も無い虚空を握り締めて、そうしてその手は引っ込められた。
　―――ライラックの瞳が哀しげに細められる。
「ちぃぃ。だからその瞳は反則なんだよ」
　俺は頭を掻きながら忌々しい気持ちに舌打ちをした。
　そしてよたよたと歩くそいつを片腕で荷物を持ち上げるように持ち上げて（それぐらいの扱い方は我慢しろ！！！）、もう片方の右手はそんな扱い方をされるガキへの驚きに固まった彼女の手首を掴んだ。
「や、ちょっと、あなた、何をするのよ！？」
　彼女は身も知らぬ男に手首を握り締められた事への恐怖ではなく、俺が今からしようとしている事への恐怖を感じている表情を浮かべて、俺に震えた声を出した。だが俺は聞かない。
「ちょ、ちょっと、待ってよ。放して」
　―――慌てる彼女。
　そして片腕で持ち上げられて固まっていたガキも突然に暴れ出しやがる。
「おい、こら、お姉ちゃんに何しやがる！！！　放せ・・・って、おわぁ」
「きゃぁ」
　―――言われた通りに俺は両手から力を抜いた。ガキは道の上に落ちて、彼女は後ろにたたらを踏む。
「い、痛いなー。どうして放すんだよぉ！！！」
「はっ。不思議な事を言うな、ガキ。おまえが放せって言ったんだろう？　ん？」
「う、うぐぅ」
　そしてガキは苦虫をまとめて５，６匹口に放り込んで噛み潰したような顔をした。そのまま俺はもうそいつは無視して彼女を見る。
「別に知り合いのあんたらがお互い知らない者同士を装うのは勝手だけどさ、それに俺を巻き込まないでくれる？　俺もいい加減暇じゃない。さっさとこいつを片したいんだよ。だけどこいつときたら自分の家への帰り方も知らねーとかぬかしやがる。実はここを通るのはもう５回目なんだよ」
　――――冗談ではなく本当にそうだ。ったく、この旧市街が開発に継ぐ開発の末に結局は放棄されて、迷路のような複雑な街並みになった事を差し引いても、これは洒落にならない回数だ。あいつがもしもここに迷い込んだらと想うとぞっとする。
　俺のその言葉に彼女は目を瞬かせた後に、ぷっと吹き出し、そして軽く握った拳を口元にあててくすくすと笑い出した。その表情は先ほどまでその美貌に浮かべていた冷たい表情という演技の表情よりも、やはり素の表情なだけあって、彼女に似合っていた。
「そういうところ、本当に兄弟ね」
　――――なんとなくこいつらの関係性が見えた。やれやれ。やはりなんだか面倒臭い事になりそうだ。
　とにかく俺はガキの腰に手をまわすと持ち上げた。
　そして女の方を見る。
「って、事だからこいつの家まで案内してくんない？　見える位置まで教えてくれればいいから」
「え、ええ」
　彼女は複雑そうな表情をして頷いた。
　俺はその彼女の表情に小さくため息を吐く。どうにも本当に面倒臭い事になりそうだ。いや、事態は予想外の方に進んでくれる。予想よりも更に数倍面倒臭い方へ。
「あ、兄ちゃん」
　ガキが身を前に出して大声をあげた。そしてその転瞬後にこいつなりに何かを想ったのか、彼女を弾かれたように振り返る。
　だが彼女のライラックの色の瞳はもうガキを見てはいなかった。きゅっと噛まれる下唇。そして彼女はばっと１８０度方向転換して、すごい勢いで走り去ってしまった。そうして俺はようやっとそのガキの兄貴の方を見て、ものすごく嫌そうな顔をした。


【ｂｕｌｌｅｔ?U　ｂａｒ】

　明度の低い照明に照らされた店内を満たす音楽はひどくノイズの混じったざらついた音楽だった。
　紫煙と精の匂いが飽和しきれないほどに孕まれた空気の香りはこういうスラム街にあるバーには馴染みの香りだ。
　俺はそんなバーで、酒の入ったグラスを傾けている。
　カコーン、と琥珀色の液体の中で氷と氷がぶつかり合って奏でる音。それはこんなひどく耳に残るようなノイズ混じりのざらついた音楽が溢れる店内だからこそ、とても澄んだ音色に聴こえた。思わず口元に微苦笑を浮かべてしまったのは、そんな音色を奏でたグラスを大きく見開かれたライラックの瞳が覗き込んでいる様を容易に想像できたから。
「重症だな、俺は…」
　俺は額を覆う前髪を掻きあげながら店の天井にある明度の低い照明を見つめた。視界に映るのはティンダル現象によって視界に映る店内を漂う塵や埃といった微粒子。だけど脳裏に浮かぶのはふわふわのライラックの髪に縁取られた美貌に幼い子どものような無邪気な笑みを浮かべるあの困った迷子の顔。
　

　はなれるな、言えなかった言葉。
　――――あの日から俺は指先をかすめたまま会えなくなった彼女を探している。


　見捨てる、という選択肢は浮かばなかった。
　―――――ただ、探して出してその後の事は、まだ俺にもわからない。


　それはきっと俺は明日、というモノを想像できないから。
　――――いや、究極的には今日というモノにすら俺は執着していない。


　自分の生にすら興味が無い。


　無機質な日々。
　無機質な生。
　無機質な自分。
　無機質な世界。
　無機質な・・・・・・・・・・・・ｅｔｃ


　照明にかざした手。浮かび上がる手を走る血管。そこを切れば溢れ出す赤い液体。
　だけど俺はそれが他の人間と同じモノだとは思えない。
　ひょっとしたら機械なのは俺の方なのかもしれない。俺はあの彼女のように世界に興味を持てない。自分ですらどうでもいい。ただ自分を認識するとしたら、その表現は生きている人間ではなく、電気信号によって動く水、炭素、アンモニア、リン、塩分…たんぱく質の塊。そうとしか感じられない。
　別にそう想う事に悲しみとかは感じない。
　子どもの時に見た…母の最後……死に逝く彼女の左胸に開いた赤く咲く花。それが俺の思考を決定した。それから今日までの年数…成長した分の俺に詰まっているのは赤く咲く花の花びら。それが俺を構成している。
　だから俺には生にも自分にも興味は無い。死んだらそれまで。動かないたんぱく質の塊になるだけだ。


　それでも最近の俺が、今日と言うモノに何かしらを感じるようになったのは探し物があるから。
　あの迷子を見つけるまで、そんな違和感のある落ち着かない感覚が俺を惑わせるのだろう。それが嫌なのかどうかはまだわからないし、やはり興味は無い。


「ここいいかしら？」
　耳に残るノイズ混じりのざらついた音楽とセットになっている声。俺は声の方は見ずにぞんざいに中途半端にあげた手を振った。
「ああ、興味無いからいい」
「あら、つれないのね？　知らない仲じゃないし、それに猫ちゃんとお酒を飲むよりかは楽しいと想うのだけど？」
　――――別に好きでこいつと酒を飲んでるわけじゃない。
　俺は最近は酒を飲む店を探すのに苦労する原因となった猫を一瞥してから、了承もした覚えが無いのに勝手に俺の前の席に座った女を見た。
「あんた、昼間の」
　立ち去った女だ。
　彼女は金糸のような前髪の奥にあるライラックの色の瞳を悪戯好きそうに細めた。
「こんばんは。先ほどはどうも」
　頬杖ついた彼女は、軽く右手をあげてウェイターを呼ぶ。そしてブランデーを注文した。もちろん、ウェイターは当然のようにテーブルに置かれていた伝票にそのブランデーの分も書き記していく。
「ちぃ」
　――――どうして俺が、猫やこの女の分まで金を払わなきゃならない。
「ねえ」
「あん？」
「彼、どうしていた？　なんか言っていた？」
　――――なるほどね。商売よりも目的はそっちなわけだ。まあ、わかっていたけど。
「彼、って誰？」
　俺がそう意地悪を言うと、彼女はライラックの色の瞳を細めた。なんとなく脳裏で重なるその彼女とあいつの顔。
「ちぃ。やっぱり、その目の色は反則だな。あいつもそうだけど」
　俺は頭を掻きながらぼやいた。彼女は小首を傾げる。
「ねえ、何を言ってるの？」
「え、ああ、いや、何でもない」
　俺はドッグダッグを無意識に弄りながら顔を横に振った。そしてため息をひとつ吐いて、彼女に言う。
「あの牧師さんはあんたの事は何も言わなかったよ。ってか、気づかないふりをしていた。あのまんま優しい笑みを浮かべながらガキに『おかえり』って言って、それで俺もスラムの教会に連れられていって、昼飯をご馳走になった。ただそれだけ。会話のかの字にもあんたの事はでなかったよ」
「そう」
　彼女は泣きそうな顔をして頷いた。多分、わかっていたのだと想う。だったら訊くなよ。
　そして沈黙。ただ耳朶に届くこの店に溢れたざらついたノイズ混じりの音楽。
「お待たせしました」
　テーブルに運ばれてきたブランデーを彼女は一気にあおった。奢った方にしてみればもう少し味わって飲んで欲しいものだが、まあ、そういう飲み方をしたくなる時もあるので、それは黙っていた。ただ違う言葉を口にする。
「さっきも言ったけど、俺は別にここに酒を飲みに来ただけだから、商売するなら他のテーブルに行った方がいい」
　――――昼間会った時、彼女はその身に高価な服を着ていたが、今はその豊かな胸の谷間を強調する胸元が大きく開いた黒のドレスを着て、化粧もまだ幼さの残る彼女の顔には派手すぎる厚い化粧がされていた。要するに彼女は娼婦だ。昼間は昨夜新市街にお持ち帰りされた客に新市街で買ってもらった服を着ていたのだろう。すましたあの街ではあーいう服装が義務付けられているから。
「俺は金で女を買う趣味は無い」
「それよりも仔猫ちゃんとお酒を飲んでた方がいいって？」
「ああ、そうだよ」
　―――好きに言え！！！
　しかし彼女は間髪入れずに咲いた花のようにふわりと笑うと、
「嘘。本当は大切な娘がいるからしないのでしょう？」
　・・・。
「どうしてそう想う？」
「だってあなた、すごく優しい瞳をしているもの」
　――――俺は唖然とする。ハートレス・ブラック…心の無い黒の瞳を持つこの俺を捕まえて、どうしてそういうセリフをほざけるかな？
「って言うか、だからその瞳でそういう事言うなよ」
「だからそれって何よ？　さっきから」
　頬杖ついて、もう片方の手で図々しくも俺のグラスを持って、中の琥珀色の液体を揺らしながら彼女はけらけらと笑った。
　俺は憮然としながら口をつぐむ。
「あら、黙秘？　まあ、別にいいけどね。だけどさ、その代わりと言ったらあれだけど、今夜、あたしを買ってくれない？」
「はあ？　冗談。だからさっき言ったろう、俺は……」
　そこで俺が苦虫をまとめて５,６匹口に放り込んで噛み潰したような表情をしたわけは、彼女の泣きそうな顔を見てしまったから。まるですがるような幼い迷子の子どものような表情とライラックの色の瞳。
「ったく。今日は本当に厄日だな」
　頭を掻きながら俺は席から立ち上がると、テーブルの上に酒代。そして彼女の手に今夜一晩の金を、彼女を見張っている男達に見えるように手渡して、
「ごめんなさい…」
「ああ」
　――――好きな男に会ったその日に、身も知らぬ男に体を弄られる悲しみを彼女に感じさせたくないという感情を抱いた自分自身に驚きながらも、俺は頷く。
「やっぱり、あなた、優しいわ」
「言ってろよ」
　折れそうなほどに細い彼女の腰に手をまわし引き寄せた彼女の体からはライラックの花の香りがした。


　――――――――――――――――――――

　どうやら俺は仔猫の名前の付け方を間違えたらしい。普段よりも強くそう想えるのは、そいつが昼間から昨夜入ったバーに真っ直ぐに向かうからだ。
　俺は非常に苦々しい想いをしながら猫にくっついて、店内に入った。だけど別に俺がそうしたのは猫に餌をやるためじゃない。今日の早朝にモーテルで別れた彼女の事も気にはなっていたから。
　――――ものすごく忌々しい事にあのライラックの瞳とスカイブルーの瞳をしたあいつらの事が他人事とは思えずに、気になってしょうがないのだ。
「ったく、面倒臭い事はごめんだって言うのに」
　唯一の戦友とあいつと同じ瞳の色をした牧師と彼女。自ら厄介事に頭を突っ込む自分が堪らない。
　昼間のバーは閑散としていて、広い店内に客もまばらだった。
　あのざらついたノイズ混じりの音楽も聴こえない。ただ換気扇の音だけが流れていた。
　この店が彼女らの仕事場であり待機場である事を彼女から聞いていたのだが、しかし昼間のこの店に彼女はいなかった。
　見定めるような男どもの視線や、娼婦達の視線に声を無視して俺はカウンターに座り、猫の餌のウォッカと、自身の昼飯を注文する。
　カウンターの向こうにいる男は愛想笑いのひとつも浮かべずに注文された商品の作成に取り掛かった。
　頬杖つきながら俺は近くに女がいない事を確認すると上着のポケットから取り出したくしゃくしゃの煙草の箱を口に持っていった。そしてくわえた煙草の先にライターで火をつけて、紫煙を吐き出す。
　そう言えば俺は自分がほぼまる一日煙草を吸っていなかった事を思い出し、紫煙と一緒にため息を吐いた。昨日のちょうどこの時間より少し前にあのガキを見つけて、それで迷路のようなスラムの街を彷徨うはめになり、そしてあいつと同じあのライラックの色の瞳の女と、唯一の戦友と同じスカイブルーの瞳の牧師と出逢ったのだ。ほんの少し怪我した迷子のガキを家まで連れて行ってやるという非常にらしくない行動をしたせいで、どんどん自分が泥沼にはまっていっている気がした。ひょっとしたらライラックの色とブルースカイの色をした瞳を持つ奴らは俺を困らせたりするのが先天的に趣味であるのかもしれない。
「やれやれ」
　紫煙混じりにぼやいた俺は煙草を灰皿に置き、代わりにようやくカウンターに出されたハンバーガーにかぶりついた。
　そうやってハンバーガーを食っていると、新たに店に入ってきた男達が俺の隣に座った。自然とそのヤニと薬のせいでしゃべり方がおかしくなっているそいつらの声が耳に届いた。
「馬鹿な女だ。大人しく娼婦をしていればよかったものを」
「ああ、まったくさ。そうすりゃあ、生きてられたのにな。あのライラックの瞳は結構客にも人気があったってのに」
「それでどうなるんだ、あの女は？」
「決まってるさ。【魔獣】の餌に…あ、なんだ、おまえ？」
　――――気づくと俺は席を立ち、そいつの横にいた。
　その男の顔には見覚えがあった。確かに昨夜、彼女を監視していた男だ。
「なんとかぁ――――ぎゃぁ」
　俺は表情は変えずにそいつが座る椅子の足を、足で払った。椅子から転げ落ちたそいつは尾?骨を打ち付けて、顔と同じ不細工な声をあげた。
「てめえ」
　もうひとりの男が腰の鞘から剣を抜き払い、俺に斬りかかってくる。しかしその動きはてんで素人だ。俺はそれを紙一重で上半身を逸らして避けて、代わりにカウンターの一撃をそいつの顎に叩き込む。
　口から撒き散らす砕け散った前歯の破片と血で空中に弧を描きながら後方に吹っ飛んだそいつはもう無視して、俺は座り込んだまま呆然としているもう片方の男の腹部に蹴りを叩き込んだ。気絶はさせずにただ胃袋の中身を吐き出させる拷問用の蹴り方で。
　そして俺は腹を抑えながら蹲るそいつの後頭部に足を乗せて、そいつが床の上にばらまいた吐瀉物の上にそいつの頬を沈めさせた。
「なあ、あんたらが話していたライラックの色の瞳の娼婦って…」
　俺は彼女の名前を口にした。案の定、そいつは彼女だと話した。
「彼女はどこにいる？」
　そう問うと、男は黙った。
　俺はもう一度質問を繰り返す。淡々としたしゃべりで。
　しかし男は身を震わせながらも口を開こうとはしなかった。
「なるほど。どうやらまだ、理解していないようだな？」
　――――自分の立ち居地を。
　俺はそいつの後頭部に乗せていた足をどけて、代わりにそいつの顎の下につま先を滑り込ませると、そのまま足の動きだけでそいつをひっくり返らせて、仰向けにし、カウンターの上に置かれたブランデーの瓶をそいつに見えるように手に取って、その中身をそいつにかけてやった。そしてしーんと静まりかえった店内に俺はライターの火をつける音を奏でさせる。
「彼女はどこにいる？」
　もう一度淡々と問う。
「し、新市街Ａ地区メインストリートの３２だ」
　俺は左手に持った煙草を口にくわえて、右手のライターで火をつけて、紫煙を大きく吐き出すと、カウンターの上で勝手に人の昼飯に口をつけている猫に顎をしゃくった。
　猫は心得ているようにひらりとカウンターから飛び降りると、店の出入り口に向う。俺も煙草を吸いながらそれに続いた。
「待ちやがれ。生かして帰すと想うか」
　後ろから聞こえたあの吐瀉物塗れの男が上げた押し殺した声。だけど俺にはどう聞いても弱い犬が遠吠えを吠えているようにしか聞こえない。本当に滑稽だ。
　そしてその遠吠えに続いて、店内にいた客たちが手に持った鞘から剣を抜き払ったり、拳銃の銃口をこちらに照準する音が流れる。
　――――状況だけを見れば、俺は窮地に立たされているのだろう。だけど俺は別に何も感じない。生に執着せず、死に恐怖を感じない俺は、だから・・・
「やれやれ」
　振り返って、まずは口にくわえた煙草を、先ほどかけてやったブランデーめがけて投げつけてやった。
「ぎゃぁぁぁーーーーー」
「にゃぁー」
　火の付いた上着を慌てた仕草で脱ぎながら不恰好なファイアーダンスを踊るその男を尻目に仔猫はひと鳴きして、悠然と出入り口に向った。
　そんな猫に俺は肩をすくめる。
　そして近くにいた男を殴り倒し、奪い取った剣を構えた俺はぺろりと唇を舐めて、肉薄してくる奴らを迎え撃つのだった。


【ｂｕｌｌｅｔ?V　ｍｏｔｅｌ】

「何もしないから心配しないで」
「それは男が言うセリフだ」
「そして男って、それを信用した女をベッドに押し倒すのだから、ひどい生き物よね。だけど心配しないで、あたしは本当にあなたを押し倒さないから」
　――――俺は肩をすくめる。
　その部屋は安物のベッドが部屋の真ん中に置かれただけのひどく安っぽい部屋だった。
　ベッドに腰掛けると、スプリングがぎしっと軋む。
「ねえ」
「ん？」
「何も訊かないの？」
「興味無い」
　俺はそのままベッドに転がろうとしたが、もう既にそこには猫がちゃっかりと陣取っていたので、俺は顔をしかめながらも横にずれて、寝転がった。
　そして天井を見つめながら誰とでもなく言う。
「ただ眠るまで暇だからその間は退屈しのぎに何か聞いてるかも。なんかあるなら独り言でも言ってれば？」
「ええ」
　視界の端で彼女は頷いて、口を開いた。


　彼女の話はとても痛い部類に入る話だった。
　彼女と牧師である彼氏の過去。
　二人の育ての親だった先代の牧師の死。
　その牧師を殺すきっかけを作ったのは彼女で、それは弟の薬代のためで、だけど彼女は牧師が殺されるとは知らされてはいなくって、そして彼女が騙されたのはそれだけではなく、弟の薬代すらももらえず、弟は結局は死んでしまった。
　そして大きくなったら結婚をする約束をしていた彼と彼女はそれが原因で別れ、
　それでも彼女がこの街のスラム街で生きていくいために……そしてこっそりと稼いだ金をここスラムに捨てられていく子どもを引き取り育てている教会に匿名で寄付をしているのは、やはりこの街に、そこに彼がいるから。
　本当に不器用な事だ。


　俺は腹筋だけで上半身を起こし、硬いベッドから立ち上がると、部屋の隅に置かれた冷蔵庫から酒を取り出した。現金にも猫はプルトップを開けた瞬間にその匂いを嗅ぎつけたように顔をあげて俺を見る。そんな猫に泣きそうな顔をしていた彼女はくすりと笑って、そしてそれが引き金となったのか、堰を切ったように押し殺した声にならない声で泣き出した。
　俺は彼女の隣に座り、泣いている彼女を抱き寄せた。そして彼女の顔を俺の胸に埋めさせながら言う。
「遠慮せずにガキみたいに声をあげて感情のままに泣けばいい。この世には泣きたくっても泣けない奴もいる。泣けるって事は本当にすごい事なんだから、だから声をあげて泣けばいい」


　そう言いながらも俺がこの立場なら自分自身では決して泣けないだろうと漠然と認識していた。
　いや、あいつのように涙を流す機能がついていないとかそういう事じゃない。俺の瞳にある涙を流すという生体機能は今でも使われる事なく残っているはずだ。
　だけどもう俺からは泣く、という選択肢は無いし、
　そして泣きたい、と想う感情も欠如してしまっている。
　そう言えば左胸に一瞬で赤い花を咲かせたあの母親の死を見た時も俺は泣いていただろうか？
　自分が最後にいつ泣いたのかすら記憶には無かった。
　だいたいからして泣く、という行為は精神を落ち着けるための精神的行動だ。だから心が壊れている俺にはその思考が無いのだし、涙も流す必要が無いのだろう。
　そういう意味では、本当に俺よりも涙を流せない事を淋しいと想えるあいつの方が人間なんだと想う。確かに。
　そしてもしも俺が今自分自身に下したこの心理学的診断結果をあいつに話したら、そうしたらあいつはやはりライラックの髪に縁取られた美貌を哀しげに歪ませ、ライラックの瞳から目には見えぬ涙を流すのだろうか？


　猫によってベッドから床に落とされた缶が中身を零しながら転がっていって、壁にぶつかってとまったように、俺はただ、俺の腕の中で感情を剥き出しにして声の限りに泣き続けていた彼女が泣きやむまでそんな事を考えていた。彼女のライラックの色の瞳から零れ落ちた涙の熱さだけを感じながら。


　――――――――――――――――――――

　朝、目を覚ますと、隣に彼女はいなかった。
　そして枕元には一通の牧師宛の手紙が残されていた。


　その手紙を見た俺の心にはただ彼女が泣き疲れて眠る前に口にした言葉がよぎった。


　あたしが黒の服を着るのは、それが喪の黒で、
　そしてそれが消せない黒………あたしと彼の手にこびりついたままの牧師さまの消せない血の色だから。


【ｂｕｌｌｅｔ?W　ｃｈｕｒｃｈ】

「あ、葵さん。昨日はどうも」
　やわらかに細められたブルースカイの瞳。優しい笑み。彼の周りに集まるたくさんの弟妹……この教会で面倒をみるスラムの子どもたち。
　―――――ただ違うのは・・・
「あ、葵さん？？？？」
　胸元を鷲掴んでやった牧師は顔に戸惑いとほんの少しの恐怖の表情を浮かべた。
　子どもたちが泣き出す。
「ちょ、ちょっと、葵さん、どうしたんですか？　やめてください」


　ブルースカイの瞳に映る俺の顔は、記憶にあるもう一つのブルースカイの瞳に映る俺の顔とは似ても似つかなかった。


　俺は牧師の胸元を掴んでいた手を離した。
　咳き込みながら彼は俺を見つめる。
　そんな彼に俺は頭を掻きながら、手紙を渡した。
「これは？」
「本気で訊いてんの？」
　そう質問に質問で返してやったのはそれが俺の性格だからではなく、本気でこいつにムカついているから。
　そして彼はその手紙に目を落とした。文面を読む。そこに何が書いてあるのかは知らない。だけどそれを読む彼の顔は、彼女と同じく大好きな優しい母親とはぐれた幼い迷子のそれと同じだった。
「葵さん、彼女はどこに？」
　俺は素直に彼女の居場所を話す。
　そしてそれを聞いた彼は、目を大きく見開くと、脱兎の如く俺の横をすり抜けようとした。俺はその彼の手首を掴む。
「待てよ。どこへ行く気？」
「決まってます、彼女を助けに行くんです」
「なぜ、今更？」
　彼は言葉をつぐむ。そして顔を横に振って、叫んだ。
「違う。違うんですよ、本当は。本当は前の牧師さまを殺してしまったのは僕だった。彼女の弟の薬代を手に入れたかったから……だから僕は薬代をくれると言うマフィアの言葉を信じて………ほんの少し牧師さまと話すだけだからというあいつらの言葉を信じて、牧師さまを連れて行ったんだ。だけど牧師さまは殺されて、彼女の弟も死んでしまった。しかも彼女は皆に彼女が弟の薬代欲しさに牧師さまをマフィアに売ったと勘違いされて、このスラムの街にすらもいられなくなった。僕は怖かった。僕がそうなる事が。だから何も言えなくって……。彼女が娼婦になって、このスラムの端で生きている事だって、僕への当てつけだと想ってしまっていた。恐怖が僕の心を曇らせていた。彼女はこんなにも僕を想ってくれていたのに。それなのに僕は……。だから僕はァ」
「彼女を助けに行くと？」
「はい、だから葵さん、この手を放してください」
　そのブルースカイの瞳に映る俺の顔は、記憶の中にある戦友の同じ色の瞳に映っていた俺の顔と重なった。
「手を放す条件がある。それを聞くなら、放してやるよ」
　――――本当に俺にとってはこいつのブルースカイの色の瞳と、彼女のライラックの色の瞳は反則だ。


【ｂｕｌｌｅｔ?X　ｒｅｓｉｄｅｎｃｅ】

「なんだ、おまえらは？」
「悪党さ」
　俺はにやりと不敵に笑って、言う。
　屋敷の門を警備していたそいつは腰の剣を鞘走らせようとして、
「遅い」
　俺は抜かれる最中だった剣を持つその男の手を掴み動きを止めると、そのままそいつの足を払った。倒れたそいつの腹に思いっきり蹴りを叩き込む。
　門番は四人。つまりは残り三人で、そして俺の視界に入るのは二人。だが俺は慌てない。死角に入り込もうとしたひとりにクールに先手を打つ。俺の放つ鋭い突きはまるでそいつの軌道を知っていたようにクリーンヒット。拳には肋骨を砕く感触。
　そして素早く俺はターンすると同時に腰に帯びた剣を鞘走らせる。
　その剣は横薙ぎに打ち込まれた剣を捌く。バランスを崩すその男。
　俺はそれを見逃さない。ブレイクダンスを踊る要領で体を沈めて、そして石畳についた左手を軸にその男の足に下段蹴りを叩き込む。
　後は左腕の力とバネだけで体を跳ね上がらせて、落下と同時に両の膝をそいつの腹部に叩き込んだ。そのまま前転。そしてその勢いを利用して立ち上がり、剣の切っ先を残りに向ける。
　二人が剣を構えなおし……俺はそれをさせない。
　一気に石畳を蹴って、ひとりの間合いに踏み込み、そして横薙ぎの一撃を叩き込む。そのままその勢いを利用して半回転し、打ち込まれる剣撃を剣で受け止める。
「馬鹿な。貴様は死が怖くないのか？」
　――――そう言った男の顔が青ざめたのは、俺の黒瞳…ハートレス・ブラックの瞳にその答えを見たからだろう。そしてその男にもはや勝ち目が無いのは当然だった。
「すごい。葵さん、あなたは…」
　俺は肩をすくめる。
「今はそんな事はどうでもいい。行くぞ」
「あ、はい」


　――――――――――――――――――――

　門番のレベルから想像した通りに屋敷内の護衛の兵も大した腕はしていなかった。俺と牧師は兵のひとりから聞き出した【魔獣】の部屋にいとも簡単に突入した。
「な、なんだ、おまえらは？」
　――――飽きるほど聞いたセリフ。
「悪党だよ」
「悪党だと？」
「そうさ」
　俺は不敵に笑ってみせる。普通は第三者の目から見れば狂ったコレクターの手によって【魔獣】の餌として殺されそうになっている彼女を助ける俺は正義の味方なのだろうが、俺にとってはそれは冗談じゃない。反吐が出る。だから俺は悪党と名乗った。狂ったコレクターの屋敷を破壊する悪党だ。
「えーい、兵は何をしている？」
　ぶくぶくに太ったそいつは俺がぶち破ったドアを睨みながら声を荒げた。
　俺は剣を構えながら肩をすくめる。
「すべて俺が倒した」
「な、何を馬鹿な？」
　しかし事実だ。
「さあ、どうする？」
　――――だがそこでそのぶくぶくの貴族が浮かべたのは、不敵な笑みで、それに眉根を寄せた俺は転瞬後にその意味を体感した。
「ならば貴様が餌となれー」
　そう叫ぶそいつの右手に視線が行った時には、そいつは握り締めたそのスイッチのボタンを押していて、そして俺がいた足下は開いて、俺は下に落下した。
「くそぉ」
　着地した俺は、閉まっていく天井と、鎖で宙吊りにされている鉄製の鳥篭に閉じ込められている彼女を見比べて舌打ちした。
「うがぁーーー」
　そんな時、聞こえた声。そして感じた殺気。
　無意識に俺は身をよじり、そして結果それが俺の命を救った。なんと俺の後方にあった壁に穴が開いたのだ。
（馬鹿な。しかしどうなっている？）
　――――俺は絶句する。俺の目には別段この【魔獣】が何かをやったようには見えなかった。
　そして更に俺の全身の毛穴が戦慄に開く。
　俺はまた身をよじった。
　―――やはり、壁に穴が開いたようだ。
「どういうことだ？」
　俺は怖気と共にその【魔獣】を見る。そいつは言うなれば手足が生えた巨大なおたまじゃくしだった。グロテスクな事この上ない。
　顔だけはどこか間抜けに見える物だが、何かしらの攻撃によって、次々と壁に穴を開けていく。人体に当たれば、おそらくそれだけでその部位は千切れ飛ぶだろう。
「ふあはははは。大人しく餌となれ、この悪党が」
　スピーカーを通して聞こえるあいつが喜ぶ声がひどくウザイ。
「くそがぁ」
　舌打ち混じりにそう感想を述べた俺の視界にその時、その天井にある照明道具が入る。なんとなく何かが見えた気がした。
　俺は壁に追い詰められる……ふりをして、壁に背を預ける。俺の頭上にあいつの攻撃によって開けられた穴はある。そして右手で剣を持ちながら、左手で壁を触る。
　――――そしてそれによって俺はこいつの攻撃方法を悟った。やはり天井を見た瞬間に閃いていた考えは正しかったようだ。


　ヒントはコレクターとしての性であろうこの【魔獣】の特殊性を存分に楽しめるために作ったのであろう天井の照明装置と、
　そして濡れた壁。
　元軍人であり、そして科学者を舐めないでもらいたい。


「答えがわかれば簡単だ」
　俺は両手で剣を構える。そして叫んだ。
「牧師ぃー。その馬鹿をぶん殴って、天井の照明装置を点けろぉー」
「ま、まさかおまえどうして・・・って、あ、おまえは、うぎゃぁーーー」
　スピーカーから聞こえた声。
　【魔獣】は自分の飼い主に何かがあった事を一応は理解しているのか、スピーカーを見ていて、そして照明が点けられる。
　

　天井から零れる赤い光。


「おい、【魔獣】、俺との最後の勝負だ」
　そして俺と睨み合う【魔獣】。口から・・・・


「来たぁ」
　鋭く細めた目にそれを捉えた俺は、俺に向かって射出されたそれを、紙一重で避けると、生物すべての弱点であるそいつの頭部目掛けて、ホルスターから抜き払った拳銃の銃口を照準して、トリガーを引いた。


　ガァ――――ウンッ


　奏でられた銃声は死の天使が歌う鎮魂歌。


　そして俺はそれでも死なないそいつにダブルアクションリボルバーのトリガーを引き続けた。六発全部撃ち込み、それでもまだ生きているそれは、更に俺に向って【それ】＝水を射出してくるが、もはや拡散する光にそれはｉｎｖｉｓｉｂｌｅ・ｂｕｌｌｅｔ＝見えない弾丸ではなく、見える水鉄砲となっている。だから俺はそれをすべてかわし、床を蹴って、ジャンプし、最後のとどめとそいつの頭部にスラッシングを叩き込んだ。


【ラスト】

「大丈夫だったか？」
　俺は上からの操作で降ろされた鳥篭の蓋を剣の一撃で南京錠を壊して開けると、彼女に手を差し伸べた……いや、その手を俺は引っ込めて、後ろに六歩下がる。俺は邪魔者だ。
「あ・・・」
　彼女は開いた扉から姿を出した彼を見て、ライラックの瞳から涙をぼろぼろと零した。
　そして彼も泣き出す寸前のような子どもの顔で、鳥篭の中で立ち尽くす彼女の前に立った。
　――――しかし、お互いがお互いに何と言っていいのかわからずに、顔を俯かせている。本当に不器用な。
「別にさ、この今の状況に流されて抱き合ってキスのひとつでもすれりゃあいいんじゃねーの？　助けた者と助けられた者…それがセオリーだろ？　それにさ、そうやって流されればようやくおまえら前に進められるぜ？　流されるのだって悪い事じゃない。つまずくのは前に歩いている証拠。おまえら二人ならどっちか片一方がつまずいたら、そしたら手を差し伸べられるだろう。そうやって生きていけよ、おまえら二人一緒にさ」
「葵さん・・・」
　ブルースカイの瞳で俺を見つめるそいつに俺は頷いた。
　そして牧師は、鳥篭の中で立ち尽くす彼女の手を掴み、引っ張り出すと、彼女を抱きしめた。
　彼女はライラックの色の瞳からぼろぼろと涙を流しながら、そんな彼の胸に手をあてて彼を後ろに押すが、それでも牧師は彼女を抱きしめる。
「ダメ、放して。あたしは、あたしはダメ。あたしはもうすごく汚れてしまった。あなたの側にはいられない。あなたを好きだけど、側には一緒にはいられない」
　まるで懺悔をするようにそう声にならない声で訥々と言う彼女。だけどその彼女を牧師はぎゅっと抱きしめ、そしてふわりと笑った。
「馬鹿だなー。君は汚くなんかないよ。ああ、汚くなんか無い。僕がそう言ってるんだ。それでいいだろう？　君が背負った傷はきっと僕には知りたいけど理解することのできない・・・痛み。そんな痛みに震える君に僕は何ができるのかわからないけど、だけどずっと一緒にいる。僕は君を連れて帰りたいんだ、僕らが育った教会に…僕らの家に。だから帰ってきて」


「はい」


　そして彼女は彼の胸に額を押し当てて、ようやくはぐれた母親に出逢えた迷子の幼い子どものように安堵しきった泣き声をあげた。


　そうして俺はそのスラムの街を後にした。
　俺は迷子のあいつを探している。
　あの二人のように俺らには帰れる場所は無いかもしれないけど、だけど帰れる場所が無いから逆に何処までだって飛んでいける事もある。
　見つけた後の事はまだ俺には考えられない。だけど今はただこの世界を彷徨う迷子のあいつを見つけてやりたい、そう想い、今はそれでいいと想った。
「にゃぁー」
　相棒の仔猫が鳴き声をあげる。取りあえずはまたこいつに餌を与えられる店を探さないといけないようだ。
「やれやれ。探す物がまた増えたな」


　―　ｆｉｎ　―


　＊＊ライターより＊＊

　こんにちは、倉梯葵さま。はじめまして。
　今回担当させていただいたライターの草摩一護です。


　おまかせという事でこういう物語をご用意させていただきました。
　葵さんの設定は何もかもツボで、それらを余す事無く描写できる物語を書いたのですが、ちょっと僕のイメージが先行しすぎていないか、不安であったりします。＾＾；


　あ、ちなみにあの作中に出てきた【魔獣】とは鉄砲魚と同じ能力を持っていて、餌となるモノを射出した水で攻撃して、弱った所を食べるという設定です。
　それでどうしてその水鉄砲がいきなり見えるようになったかと言うと、天井にある照明の拡散する光によって、水が見えるようになったのです。ティンダル現象というモノを利用した科学者らしい葵さんの機転なのです。＾＾


　と、言うように自分ではカッコいい葵さんの魅力的な部分をすべて詰め込んだノベルにしようと想ったのですが、内面などはやはりＰＬさま独自の確固たるモノがあるので、少し心理描写が心配なのですが、
　それでも僕は心理描写、戦闘など等…このノベルを本当に楽しく書かせていただけたので、本当にご依頼してくださって嬉しかったです。＾＾
　また草摩の葵さんでよろしければ、ご依頼してくださいませね。
　誠心誠意書かせていただきますので。


　それでは今日はこの辺で失礼させていただきます。
　本当にご依頼ありがとうございます。
　それでは。＾＾

PCシチュエーションノベル（シングル）

草摩一護

聖獣界ソーン

2004年04月12日