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『ひまわりとたんぽぽ 』
弓槻・蒲公英1992

 花に例えるなら向日葵、薔薇、チューリップ。
 女の子はまさに、花畑に咲く色とりどりの花に似ている。けれど、見た目に美しい花がどれも素晴らしい内面を持っているかは、手折って傍に置かなければ分からないものなのかもしれない。
 ここにひとりの少女。名は蒲公英。
 春の野に咲きし、ささやかな花の名と同じだ。彼女もまた、葉の伸びゆく夏を待ち侘びる者のひとりだった。

<報告>
 午前6時32分。ベランダにて、スズメにパンをあげている姿があり。キョロキョロと周囲を確認して、プランターに水をやる姿も同時に目撃。
 父親はいない模様。柵ごしに誰かを探す様子が見てとれるため、父親は仕事に出かけているようだ。
 三交替?
 出勤時の服装をチェックする必要あり。

 午前7時12分。早めの登校らしい。学校まで15分の距離。
 白いセーラーに黄色のタイ。長い黒髪は結んでいないようだ。赤いランドセルが目に眩しい。綺麗に使っていることがよく分かる。
 ……おや、誰か後ろをついて歩いている?
 ここからの距離では把握できない。しばらく様子を見ることにする。
 10分経過。
 突然、目の前に少年が現われた。同じ校章、蒲公英の制服を男子物に変更したデザイン。同じ学校の人物らしい。
「お、おはよう……。今日もカワィ――かっ髪長げぇな! 足遅せぇんだから、遅刻すんなよ!」
「おはよ……う…うん。ガンバるね」
 何を言いたかったのか、急に語調を強めて立ち去る少年。彼の背が見えなくなってから、ようやく返事を投げかける蒲公英。少年は返事を聞かなくてもよかったのだろうか。か細いが可愛らしい声なのに。そう言えば、彼女を追っていた人物の気配が消えたみたいだ。
 さて、彼の行動はイマイチ不明だが、蒲公英に言った指摘は正しいようだ。
 確かに遅い。
 周囲に同じ学校に通う小学生が増えるに従って目についてくる。蒲公英は非常に歩くのが遅い。ゆっくり、まるで地面を踏み込むことを楽しむように、何かを踏まないか確かめるように。
 不思議なことに鳥の中で一番警戒心が強いと言われるスズメが、彼女の周りを飛び回っている。何か関係があるのかもしれない。
 チェック。

 午後12時38分。給食終了。
 本日はスパゲティナポリタンと肉団子のコンソメスープに春雨サラダ――奇妙な取り合わせだ。
 ――おや? 蒲公英の姿がない。
 クラスの女子がクスクスと笑っている。もっとよく聞いてみよう。
「ねぇ〜! 大体、彼に近づきすぎなのよ、あの子」
「今朝見た!? ファンクラブの私だって、まだ彼から挨拶してもらってないのに」
「そうそう」
「ずっとあそこにいるといいんだわ、ね」
「先生だって、屋上の用具入れなんて覗かないもん」
「いい気味よ。泣いてたら、大げさに心配してあげる…ふふふ」
「彼に気づかれないように……うふふ」
 互いに顔を見合わせる3人の少女。朝、蒲公英に声を掛けていた少年の元へと走っていく。サッカーボールを蹴っていた彼はうるさそうに手を振って、水道に向かった。
 なるほど、3人の少女は蒲公英がいないことに関わっているらしい。理由はこの少年。それも分かる気がする。クルクル変る表情、元気な瞳。太陽を射抜く眼差しはヒマワリを思い出させた。
 視点を変える。耳を澄ませるとドアを叩く音。多少ガタが来ているらしく、音はドアの大きさを考えると軽い。再度大きな音がして、蝶番がずれドアが外れた。
「……とーさま…」
 小さく肩が震えている。叩き続けたのだろう。両小指の??腹が赤く腫れていた。それでも涙は零れていない。結構、我慢強い子らしい。
 彼女を閉じ込めたクラスの女子が囁き合うのを背に、蒲公英は昼からの授業にちゃんと出ていた。

 午後4時02分。
 校庭の済みで飼っているウサギ。そして水仙の咲いている花壇。どちらも養い手を待っている。けれど生徒の姿はない。
 理由を分かる気がする。こんなにもいい天気なのだ。学校全体で世話をしている動植物よりも、遊びに夢中になってしまうのだろう。ふむ、蒲公英はひとり水をやっている。
 ひどく楽しそうにみえる。どうやら世話をするのが好きらしい。ひとり――というのが、気持ちを楽にしているのかもしれない。
 赤い宝石の如く瞳。なるほど、輝くは純真さか。

 午後4時45分。
 帰宅。父親はいない様子。
「……ただいま、とーさま…。いって…らっしゃい」
 部屋に残っていたのは父親がいたことを示す飲みかけのコーヒー。入れ違いらしい。
「神…社に行け……ばよかった……かな…」
 心ここあらず、ベランダでぼんやりと夕日を眺めていた。
 傍にはやはりスズメがいる。肩に乗りはしゃぐように遊んでいる。そんな能力を持っているのだろうか。
 追調査を希望。

<以上>

 たんぽぽは野に咲く花。踏まれても踏まれても、美しい花弁を広げ綿毛となって空に舞う。
 蒲公英もまた、名に相応しき少女。


□END□

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 ライターの杜野天音です。なかなか納得がいかず、遅くなりました。
 ちゃんと「報告書風」になっているでしょうか? 不安です……。
 しかし、いったい誰が蒲公英ちゃんをつないでいるのか。満足頂けたなら幸いです。
 ありがとうございました! 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月09日

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