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『煙管とペンギンと光合成 』
相生・葵1072)&ぺんぎん・文太(2769)


 柔らかい日差しが降り注ぐいつもの川原。
 ぽかぽかと暖かい陽気に包まれ絶好のお昼寝日和……もとい光合成タイムなのだが、仕立ての良いモノトーンのスーツを纏った青年―――相生 葵は憂鬱そうに溜息をつくだけだった。
「はぁ……」
 長い長い溜息は本日何度目のもの、だろうか。
 日差しに淡く透き通る翡翠色の髪が端正な横顔に落ちかかり物憂げな影を作る様は、遠目にみればかなり乙女の心を擽る絵になる図であるが、それもそのはず、彼は顔が命のホストクラブ『音葉』のナンバー5ホストであった。
 そして彼の憂鬱の原因も、その仕事先での事にあった。

「――――ちょっと、まだなの?」
 イラついた女の声が、まだかとせかす。それに軽く頭を下げながら、なんとか希望に添うようにしようとするが、どうにもこうにももたついてしまって駄目だった。
「まったく、NO5も大した事ないわね……煙管一つ満足に扱えないなんて。――他の子呼んで頂戴」
 ついに我慢の限界、といった調子で女がパンツスーツに包んだ肉感的な足を組んで、葵に向かって『お役御免』宣言を突きつけた。
 スリッドの際どいチャイナドレスが似合うだろうな……なんてどこか現実逃避的な思考をしつつに、葵はすごすごと退散するほか無かった。
 入れ替わりに入っていった同期のホストが、馬鹿に仕切った視線を送ってくるのも気にする余裕も無しに―――――。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…―――――っ」
 ずぶずぶとこのまま地球の裏側まで沈みこんでしまうのではないかというくらい、めっこりとへこむ葵。
 彼のモットー『水と女性と光合成は僕にとって不可欠のもの』にあるように、葵にとって女性を喜ばせる事は生き甲斐に近いのである。
 否。女性を前にしての歯の浮くような甘い台詞のフルコースを見る限り、本能とも言えるかもしれない。
 それが……その彼が、事もあろうに女性の不興をかってしまったのである。落ちこまない訳が無い。
―――――ぺむっぺむっぺむっぺむ。
 ふと、マリアナ海峡より深く沈みこんでいた葵の耳に何やら聞き覚えのある妙な足音が聞こえてきた。
 やがて、その主は微かに草を踏みしめる音と共に彼の横へと腰を降ろす。
「……ああ、君か」
 くぃっ。そんな擬音がふさわしいような仕草で小さな手を挙げて見せたその主は、人の姿をしてはいなかった。
 白と黒のツートンカラーに仙人の眉毛のように伸びた毛。小さな手足に嘴、白い体毛に覆われたふっくらとした柔らかそうな腹部……動物園の人気者(?)イワトビペンギンに酷似した姿をした彼は文太というれっきとしたもののけである。
 彼は、いつもの如くヒノキの湯桶を小脇に抱え、手拭いを肩に引っ掛けて…――まさにひとっ風呂浴びてきました、という格好をしていた。
 ひょんな事で知り合った彼とは、こうして出くわす事が稀にあった。
 文太は葵の横の草むらに湯桶を置きちょこんと腰を落ち付けると、湯上りの体に春のうららかな日差しとそよ風心地良いのか黒いつぶらな瞳を糸のように細めて紫煙をくゆらせていた。
 なんとものどかな光景に憂鬱を忘れそうになった葵の瞳が、文太の手にあるものに釘付けになる。
「……!!それ煙管だよね?もし時間があるなら……僕に煙管の使い方を教えてくれないかな?」
 がばっと身をのりだすと、かくかくしかじかで事情を説明した後、丁寧に頭を下げて煙管の使い方について教えを請う。
 イワトビペンギンに必死に頼みこむ美青年の図、というのも傍から見れば滑稽な印象があるかもしれないがそんなことは当の葵は気にしている余裕など無い。
 かなり使いこんだ様子がある煙管を見る限り、文太ならばスマートに煙管を扱う方法を知っているに違いないのだ。
「………………」
 やがて、頼みこむ葵を無言で見つめていた文太がおもむろに刻み入れを引っ張り出し、一度灰皿にくゆらせていた中身を出すと小さな手でどうやるのか……刻みタバコを器用に丸めて煙管の雁首の先にある火皿に詰め込む。
 そうして金属で出来た吸い口を嘴に咥えると、レトロなマッチに火をつけ煙管に着火する。
 流れるような一連の所作の後、再び先ほどと同じように紫煙がゆらゆらと立ち昇った。
「……………」
 ぴくぴくと長い眉毛のようなそれを跳ね上げる動作をしてる文太は、『ほれ、やってみろ』と言わんばかりである。
 何事も練習、と素直に頷いて葵は彼にマッチを借りると実験台になってもらう事にする。
 ついでだからと刻み煙草の詰め方も勉強してみたのだが、これが又、多すぎても少なすぎても固く丸めすぎても駄目で、加減が難しいのだった。
 中々煙管などというものに触れる機会がない現代人の葵は、もたついてしまい何度も何度も同じ事を繰り返させる事になったが、文太は文句一つ言う事も無く、時に厳しく身振り手振りによる指導を加えつつに葵の練習に付き合ってくれた。
 そうして微笑ましくも真剣な練習が暫く続いた後、
「…………どうかな?」
「…………」
 人間であれば親指の一つでも立てそうなタイミングで、文太が葵の問いに右手をあげてみせた。
 それを合格サインと理解した葵が、嬉しそうな微笑みを浮べる。
「ありがとう。君のおかげでもう怒られずに済むよ」
「…………」
 感謝の言葉をのべる葵に向かって、ぱたぱたと片腕を振って見せる文太は『葵の努力の賜物だ』とでも言うようであり、やがて傍らにおいていた湯桶を持ち上げると、葵に火をつけてもらった煙管を口に立ちあがった。
「……今度御礼に、温泉を探り当てて君だけの天然温泉をプレゼントさせてもらうよ」
 立ち去ろうとする文太に向け、営業用スマイルではない笑顔を向けてそう声をかけると文太は片手を振り向かないまま片手を挙げて答えた。
「―――さて、お仕事に行かないとね」
 いつのまにか黄昏時にさしかかっているのに思わず笑みを零して、葵は来た時とは打って変わった明るい表情で、修行の成果をみせるべく、仕事場へと向かっていった。


―おしまい―
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東京怪談
2004年04月07日

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