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『『SUGAR COAT』 』
九重・蒼2479

 寒い?
 ―――大丈夫。

 寒くないの?
 ―――うん、大丈夫。

 本当に寒くないの?
 ―――ああ、寒くないよ。大丈夫。


 ――――――――――――――――――――


「おにいちゃん」
 ―――そう呼ばれた瞬間に彼女は俺が守ろうと想ったんだ。


 テレビ画面を見ながら泣いている妹。
 彼女は画面に映るなまはげを見て、泣いているのだ。
 父や母はとても楽しそうに笑いながらそんな妹を優しく宥めている。
 その時はまだ俺は九重の家族の一員になったばかりで、正直どういう態度をとればいいのかわからなくって、それでただそれを見ていた。
 その家族の輪の中に入りたい気持ちはあった。俺をおにいちゃん、と呼んでくれる彼女を俺は何よりも誰よりも大切に想っていたから。それだけ嬉しかったから。
 だけど自分がどういう態度を取ればいいのかわからない。どうすればいいのかわからない。ただそれに幼いながらももどかしさを感じた。
 ああ、こういう時の感情を言うんだろうな、と想った。ハリネズミのじれんま、って。


 それでも俺がそうしたのは少しでも九重の家の一員になりたかった?
 いや、確かにそういう面もあったのだろうがそれが全てではない。
 ただ、彼女の笑う顔が見たかった。
 そう、ただそれだけで、そしてそれで充分なんだ、俺には。
 今も昔も。
 彼女は俺の大切な妹だから。


 財布を握り締めて入ったゲームセンター。
 前に家族でカラオケに来た時に、父親が挑んだクレーンゲーム。俺はお小遣いすべてを握り締めてそれに挑戦した。
 このゲームで重要なのはテクニックだ。
 俺は的確にクレーンと目標のうさぎの人形との角度を計算する。
「ダメだな、角度が悪い」
 ―――どうする?
 ここは数百円捨てて、周りの人形を動かし、それによって目標のうさぎの人形の角度を修正しようか?
 いや、ダメだ。限られたチャンス。それでは分が悪い。
 俺は頭をふり、店内を見回した。
 まだ他にうさぎの人形はないだろうか?
 店内を歩き回る。
 ―――そうして俺の心がぶるりと身震いしたのは、まだ他にあのうさぎの人形が景品にされているゲームがあったからだ。
 それはタイヤの穴の中にラグビーボールをもう一回り小さくさせた楕円形のボールを通すゲームだ。一回300円。所持金は1000円。余裕だ。
 俺は店員に300円渡して、ボールを一個受け取る。
 高校・大学とラグビー部で、しかも背番号2番、フォワードのフッカーであった父に俺はボールの投げ方を習っていた。
 父曰く、ボールを投げる時は右利きなら左足を前に出して半身の姿勢を取るべし。左手はボールに添えて、そして右手の指はボールの紐の縫い目と縫い目の間に合わせて添えてそして振りかぶり、左手でボールの軌道を操作し、右手は投げる瞬間に素早く下に下ろしてボールに縦のスピーンをかけてやる。あくまでその動きは自然に。あとの要領はバスケットボールのフリースローと一緒だ。
 そしてそのボールは当然の如くにタイヤの穴の中に入り、店員が鈴を鳴らす。伊達に日曜日などに父親とラグビーボールで遊んではいない。
「おめでとうございまーす♪ さあ、あそこに並べられた景品から好きな奴を取っていってね」
 そうにこりと笑った女の店員に俺はうさぎの人形を指名した。
 そのうさぎの人形はこのゲーム会社オリジナルのぬいぐるみで、ここのゲームでしか手に入らないレア物だ。
 ―――そう、だからこそ妹はそれを欲しがった。なかなか学校に行けない妹は、よく窓から家の前の道を見ている。その道を歩く妹と同い年ぐらいの女の子たちは皆その人形を持っていて、だから妹はいつか自分もあーやって学校に行けるようになったら、そうしたらすぐに友達を作れるように皆が持っているあのうさぎの人形を欲しがったのだと想う。
「いい誕生日プレゼントができた」
 そう、今日は彼女の誕生日。兄妹となって初めて迎える日。自然に笑みが零れてくるのを止められない。
 一刻も早く彼女の笑う顔が見たくって、俺は家に帰ろうとする。だけど……
「うわぁ――ん」
 幼い女の子の泣き声。ダメだと自分に言い聞かせながらも目は自然とそちらに行ってしまう。クレーンゲームの前でその子は泣いていた。その子の隣にはちょうど俺と同じ歳ぐらいの男の子。泣いてる女の子も妹と同じぐらいだ。
 見ればわかる。何がどうなって、どうして彼女が泣いているのか…。
 俺が見切ったうさぎの人形は、さらに先ほどよりも角度を悪くして、泣いている女の子を見つめている。
「ほんの数週間前にもあーやって泣いていたよな」
 ―――俺の大切な妹も…。
 だからものすごく困ったような、今にも怒りそうな、そして泣きそうな自分と同い年ぐらいのそいつの気持ちもすごくわかった。だから俺はそうした。
「これ、あげる」
 俺は泣いている女の子にうさぎの人形を差し出した。
 泣いていたカラスがもう笑う。
 女の子は涙に濡れた顔に満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「うん」
 そして俺は兄の方を見る。
「いいのかよ?」
 ぶっきらぼうに言う。兄のプライドを崩されたからじゃない。俺がそれを持っていた理由もちゃんと彼にはわかっているからだ。
 だけど俺はそんな彼におどけたように肩をすくめて、にやりと笑って言う。
「んにゃ。俺はただゲームがやりたかっただけで、別に景品なんかはどうでもいいから、だからちょうどいい。気にすんなよ」
 そう言うと、そいつは頭を掻きながらちょこんと頭を下げた。
 そして妹に「よかったな」と言うと、満面の笑みを浮かべた顔を頷かせた彼女の手を握る。
「じゃあ、俺らは帰るから。その、ありがとうな」
「ああ。バイバイ」
「「バイバイ」」
 そうしてその兄妹がゲーセンから出て行ってからもちろん、俺は前髪を掻きあげた手で額を覆って天井を見上げるのだ。
「あー、もう、俺の馬鹿」
 だけどせずにはいられなかった。
 そしてそれを後悔はしないし、言うつもりもないけどもしもそれを聞いたのなら必ず妹はにこりと笑ってくれるはずだから、だから俺はそれでいいと想った。うん、俺は間違った事はしていない。
「よし。クレーンゲームにチャレンジだ」
 もはやうさぎの人形はこのクレーンゲームの中にある一体のみ。
 そうして俺はクレーンゲームに100円を入れた。
 ・・・。


「ただいま」
 沈んだ声。
 ばたばたと玄関まで走ってきて出迎えてくれた妹はそんな俺の顔を見て小首をかしげ、そうして俺が両手で持って体の後ろに隠している【それ】に興味を持つ。
「おにいちゃん、なにそれ?」
 ―――君への誕生日プレゼント。
 だけど俺がそう言えないのは・・・
「あの、ごめん。こんなのしかあげられなくって……」
 それは最後の100円でどうしようもなくなって取った鬼のぬいぐるみ。なまはげを見て泣く彼女にそんな物を渡してどうする俺?
 せめてもの救いはその2頭身の鬼のぬいぐるみが男の俺から見てもかわいいと想えるデザインであること。
「その、誕生日おめでとう」
 ―――1000円あったら、もっと違う物が買えたのに………。
 だけど………
「おにいちゃん、ありがとう」
 

 それは本当に胸がきゅっとなるぐらいにとてもふわりとして優しい温かな笑み。


「え、あ、いいの?」
 ―――だってそれは鬼のぬいぐるみだよ?
 だけど彼女はそんな俺の戸惑いも他所に鬼のぬいぐるみをぎゅっと抱き寄せて、鬼の顔に頬をくっつけた。
「おにいちゃん、この鬼さんのぬいぐるみ、大切にするね。ありがとう、おにいちゃん」
 

 ありがとう、その言葉を口にするのはきっと俺の方。
 ―――だって今、俺は泣いてしまいたいほどに胸が嬉しさで苦しいから。


「うん、誕生日おめでとう」
 ―――ただ君がにこりと笑ってくれるだけで、俺はものすごく救われる。本当にありがとう。

 ――――――――――――――――――――


「ねえねえ、蒼、お父さんにこれなんてどうかしら?」
「うん、いいと想うよ、母さん。父さんの雰囲気にもその色は似合うと想うし」
「そう? じゃあ、母さん、レジを済ませてくるわね」
「ああ。じゃあ、そっちの荷物も持つよ、母さん」
「ああ、うん。ありがとう、蒼」
 ―――母との楽しい買い物デート。


「おわぁ。こら、蒼。もう少し弱いボールを投げてくれ」
「何言ってんの、父さん。前は年寄り扱いして弱いボールを投げるなって言っていたじゃない」
「う、ううん、そうか?」
「そうだよ。もう本当に父さんは勝手なんだから」
「勝手なんだから、お父さんは♪」
「勝手なんだから、お父さんは♪♪」
「なんだ、三人でくすくすと笑いおって。こら、蒼。男同士なのに裏切る奴があるか。これでもくらえ。超弾丸ボールだ」
「残念、余裕だよ♪」
 ―――晴れた日には家族でお弁当を持って、運動公園に遊びに行って、そうしてそんな事ばかりやって、心の奥底から笑っていた。


 貼られていく思い出と言う名の写真。
 増えていく記憶のページ。
 それらはすべて温かく俺を包み込んでくれる。
 そう、すごく温かいんだ、それは。
 そのとても優しい俺を包み込んでくれる九重という家の家族愛は。だから俺は……



 ねえ、蒼?
 ずっとずっとずっと名も…顔すらも知らぬ父と母、そして自分の知らぬ血に怯え哀しんで心を閉ざし、
 一条の日の光も届かぬ暗闇に閉ざされた地で抱えた足の膝に顔を埋めて震えていた蒼、
 あなたは寒くない?
 もう寒くないの?


 ああ、寒くないよ、もう。
 俺には九重と言う家が…帰りたいと想う場所が、帰れる場所が、大切な人たちができたから、もう寒くないよ。


 ――――君がただ俺の隣で笑ってくれる。それだけで俺は幸せな気分になれるから。



 ― fin ―


 **ライターより**
 こんにちは、九重蒼さま。
 ライターの草摩一護です。
 いつもありがとうございます。

 どうだったでしょうか?
 ほのぼのじんわりとしてもらえたでしょうか?

 今回は家族愛をテーマに書いてみました。
 昔はたった独りぼっちだった蒼さん。
 だけど今は九重という家族があって、
 父親、母親、妹の愛情に包まれている。
 もう本当にきっと蒼さんは寒くないでしょうね。
 そんなにも温かい物は絶対に無いはずですから!!!


 ちなみにラグビーボールの投げ方は草摩が高校時代にラグビー部だった時にやっていた投げ方ですね。^^
 九重父のポジションがそのまま僕のポジションでした。フォワードの中でも一番大変で、んでもってナンバーエイトのポジションの次に面白いポジションかな?^^
 だからたま〜にあーいうゲームがある場所があるので、あの投げ方は本当に使用できる投げ方なのですよ。ちなみに昔取った杵柄で、この手のゲームは嘘冗談大げさではなく結構成功率高いですね。ふっふっふ。
 この時期はよく高校のすぐ隣にある公園にまでボールを持ってランニングしに行って、そのまま皆で花見をしながらパスの練習をしていたものです。そしてよく先生に怒られていました。^^;


 それでは本当に今回もありがとうございました。
 少しでも九重PLさまの読後の心がふわりとなっている事を祈っております。
 失礼します。^^


PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月07日

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