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『背中あわせの鏡 』
ノージュ・ミラフィス2060

 アンティークショップ「モノクローム・ノクターン」
 其処には一つの大きな鏡がある。
 普段は、やはり年代ものであろうと思われる繊細なレースがかけられているが、その鏡と生半可な気持ちで瞳を合わせてはいけない。

 鏡は全てを現す――。
 そう、全てを。

 ……見たくは無いものだろうと気付きたくなかったものであろうと――等しく、映し出すから……。


                          +++

 声が、聞こえれば遺跡だろうと樹海だろうと、何処へでも行く。
 それが、ノージュ・ミラフィスがアンティークショップを営む理由でもあるかもしれない――……もう一度、必要とする人の手へと、渡すために。
 そして、ノージュ自身がそれらの商品に出逢うために。

 あの大鏡…別名「真実の鏡」との出逢いは、ある遺跡から始まる。
 すえた匂いと、埃の充満する中は滅多な事では、此処の遺跡へと訪れはしないだろう人の方が多いだろう事を示していた。
 暗闇の中で、ノージュの青銀の髪だけが僅かな光を放ち――印象的な蒼の瞳は何処までも暗闇の中にあるもの達を映し出し……、
「…確かに…此処から聞こえたと思ったんだけどなあ……」
 ぼそりと呟く声は少女特有の柔らかさで、居る場所のみに微かに響く。
 一体何処から、声は聞こえたのだろう……「私を探して」と言う、聞いた人の心をむしり取る様な、痛切な響きは。

(見つけたら……お店に置いてあげたいのに)

 実際、ノージュには「この商品で一儲け〜♪」と言う概念は無い。
 確かに店には、遺跡から、樹海から……様々な場所で拾ってきた骨董品が多い。
 だが、それらはまた商品の意思を汲んでくれる人にのみ譲りたいと考えても居る。
 お陰で店は閑古鳥…とまで行かないが、のんびりまったりな営業速度でしかならず……、その中にあって、これで良いのだと素直に思えるのは――商品を渡した時に嬉しそうな人の顔と商品の声があるからこそ。

 かつて人だった自分自身を重ね、嬉しそうな表情を見る事が出来て本当に幸せで。

 瞳にそっと、指を這わせる。
 自らの肌の白さを瞳に映す幸せは言葉では言い尽くせないものだ。
 人だった頃には光さえ瞳に無く、何処までも暗闇しか無かったから。

 ふと、瞳の横に動くものが見えた様な気がし、振り返るとひたすら大きな鏡がノージュ自身を映していた。
 いいや――ノージュ自身ではないのかもしれない。
 もしかしたら…これは夢なのかもしれない――だって、ほら。

(……鏡には決して見れなかった頃の私が立っているんだもの)


                          +++

 鏡はこの日、あまり機嫌が良くなかった。
 何故なら、随分久しぶりに、この部屋に誰か自分以外のものが訪れたからだ。
 まだ歳若い少女だろうに暗闇に怯える事無く、惑う事無く何かを探し、そして、
「…確かに…此処から聞こえたと思ったんだけどなあ……」
 等と、明るい口調で言う始末。

 一体何を探していると言うのだろうか。
 ……鏡は此処で誰にも望まれないまま置かれてしまったと言うのに。

 決して自分が望んでこうなった訳ではないと鏡は思う。
 喜ばれるから映してきただけの事だ。
 ――…真実を、彼等が望む真実と内面を、ただ映しただけに過ぎないのに……人は鏡を忌み嫌い、いつしかこの場所へと出てこられぬ様にと置いて行ってしまった。
 何と勝手な事か………!

 だから。
 そう…だから鏡は少しばかり、何かを探し回る人物へと嫌がらせをしたくなってしまったのだ。
 この場所でならば映し出す事が出来る――見るのも辛いだろう真実さえも。

(見るが良い)

 何を探しているかは知らないが……自分が持っている、真実の姿を。


                          +++

 瞳に光が無かった、人間だった頃の姿。
 それはノージュにとって、少しの衝撃を与えたものの今現在を思えば些かも辛い事ではなかった…寧ろ、逆に嬉しく思う事が出来た。

 …決して見れないだろうと思っていた頃の自分。
 光が無く、虚ろな視線を彷徨わせながら、きょろきょろと寂しげに何かを待つ、自分……。

「…凄く懐かしい…でもね?」

 もう二度と鏡には映せない自分が居るのも、事実。
 人から決別して吸血鬼となった時から覚悟はしていたけれど。
 今でも人間に戻りたい、留まりたいと思う時もあるのだけれど。

「でも哀しみに溺れていたら前なんて見えないわ」

 ――そう。
 吸血鬼となった時点で、それに感謝する事があるとすれば。
 それは歳月の長さに他ならない。
 吸血鬼に年数なんて関係ない、幾らでも間違えていると気付けば、やり直しがきく長さがある。

 人間が嫌い、と思う事もあれば、また逆に愛しくて仕方ないと思える事があって。
 壊してしまいたい、けれど壊せない、とも思い。
 …耐えてる訳では、きっと無くて――。
 耐えている訳じゃないけれど――この歳月は「あたし」の永さ、なんだ。

 鏡へ、触れる。
 ……その時には、もうノージュの過去の姿は映らず……暗闇だけが鏡へと映り…、触れた事で埃が其処から、舞い落ちた。

(…ああ、聞こえる……この鏡だ――あたしを呼んでいたのは。見つけてって叫んでたのは)

「だから、こうして此処に居る……貴方の心の声を聞く事も出来た。……ねぇ、行こう?」
『――何処へ』
「あたしのお店。大丈夫、貴方の引き取り手が居なければ、あたしが毎日磨いてあげるから」
『ふん。耐えてきたその姿勢には感心するが私は趣味が激しいぞ?』
「うん、多分そうだろうなって考えてたんだけど……じゃあ、良いの?」
『良いも悪いも…もう、掴んでいるだろうが』
「それもそっか♪」

 ふふっ。
 楽しそうに微笑を浮かべるノージュに、鏡はやれやれ…と人の姿だったら肩を竦めているだろう声を出す。
 暗闇が、ポウッと明るい光を発したかと思うと、もう既に其処には鏡の姿も――ノージュの姿さえも無かった。


                          +++

 それが出逢いにしてはじまり。
 少しばかり気難し屋で、でも寂しがりやの鏡とノージュのこれからの日々のはじまりであり……互いが話す時に思い返す日の最初、でもある。

 そして、今現在。
 ノージュは今日も今日とて、毎日の日課として鏡を綺麗に磨きあげる。
 真実の鏡を欲しがり、また鏡自身が行っても良いと言う人が現れるまで――きっと、毎日磨き続けるだろう。

 生半可な気持ちでは覗けない、鏡。
 だが真実が映し出されようとも怯えずに、きちんと見つめる人であるならば――アンティークショップ「モノクローム・ノクターン」……貨幣価値よりも、それに込められた想いを汲み取れる方にだけ、当店一番の自慢の品……お譲り致します♪






―End―
PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月05日

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