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『遼遠来へ啼く 』
河譚・都築彦2775)&河譚・時比古(2699)


 舞い降りる白きもの。
 それは空からの使者。
 はらはらと音も無く、真綿のように。
 地に足を着けば、ほたほたと微かな音が耳を掠め、そしてまた息を潜める。
 天を仰げば、真白の翼が視界の端をゆっくりと流れていた。

 翼を持つものは、また夢を見る。悠久の淡い夢を。
 例え願いが届かなくとも、その声音で祈るように。天高く。
 彼の者は、先を見ている。可能性の一つとして、未来を見ている。それが、自分にとっては悲しくてならないのだ、と。
 どうか、聞き届けて欲しい。
 『私』の声を、聞き分けて欲しい。
 翼を持つものの、切ないほどの声音は、空気に溶けて、静かに消えた。


 直垂姿に、黒く長い髪。
 雪の絨毯の上に仰臥する、男。その着物は血で染まり、そして傍らの純白の雪をも、徐々に紅く染めていく。…都築彦、である。人の姿で、傍に立つ自分の半身、時比古へと、視線を向けた。もう、生命の灯火が薄らいでいるようだ。
「…主君の、元へと行け」
 震える腕で、自分を見下ろしている静かな時比古を、払う。
 時比古は暫く、動けない状態であったようだった。何かを言おうと口を開いたのが、言葉を見つけることが出来ずに、そのままその場から姿を消す。
(…これで良い。己は何も持っていないから、今逝っても良い)
 時比古の後姿を見えなくなるまで、見送った後。
 都築彦は遠い目をしながら、心の中でそう呟いた。灰色の景色が、霞んで見える。
 いつまでも薙ぎ払えない、空しさと、苦しいほどの切なさ。
(過ぎた願い、だった…)
 恋した者の、鮮やかだろう色をその目に焼き付けることも無く、自分は終わりを告げる。それが唯、切ないのだ。
 過ぎた願い。それ以外の何者でも無い。それでも一瞬でもいいから、彩色で目に留めたかったと、思ってしまう。叶わぬ事、であるが。
「………」
 天から舞い降りる雪が、別のものに見えた。ゆっくり、ゆっくり…そうまるで、羽根のようだ、と。
 そこで思い出したかのように、都築彦は自分の懐にしまってあった小袋を、力を振り絞って取り出した。中には、よく遊びに来ていた、小鳥の羽根が。
「これだけが、己の物だ…」
 独り言を漏らし、羽根を自分の目の前にまで、持ってくる。
「……しろ…」
 その『確かな色』に、都築彦は目を瞠った。
 今も降り続ける真白なこの雪と、同じ色。鮮やかな純白の羽根。
 あの暗い岩牢の中では、灰色にしか映らなかった、小鳥の羽根の色。
「何だ…はは!」
 都築彦は笑った。軽やかに。
「己の不確かな目でも、見えたぞ、お前の本当の羽根の色が…!」
 天に向かい、言葉を投げる都築彦。
 脳裏には、彼を癒してくれていた、小さな友人の姿が、繰り返し流れてくる。日々を共に過ごした、風景と共に。
 そこは、誰もいない、静かな場所だった。どこまでも続く白き絨毯に、自分の身体だけが置かれている。
 不思議と、冷たさは感じられない。
 降り続ける雪が羽毛のように、思えた。
(そうだ…己はこれで良い。充分だ…)
 心の呟きさえも、か細く。
 都築彦はゆっくりと瞳を閉じ、羽根を握り締めた手を胸の上に置いた。
 頬には、一滴の泪が流れていたが、都築彦はそれを自分で確かめることもせずに。
 ぱさぱさ、と彼に羽毛が降り続けていた。そこは、居心地のいい寝床だとさえ、錯覚できる。
 天の使者は、流れゆく刻(とき)を止めた青年を、いつまでも慈しむかのように、その身で彼を包んでいた。


 こんな山奥でも、天からの暖かな日差しは望めるものだと、思いながら。
 『彼』はその場を目指し、歩みを進めていた。神域と呼ばれる、その場所へと。『河譚』であるが、『どちら』とも判別が付かない。
 その頭上を掠めるものが、ある。
「………」
 『彼』がそれに視線をやると、その先には空から舞い降りてきたのだろう、小鳥が羽根を休めるために、ゆっくりと降下している姿が目に入った。
 その『彼』とは距離を取り、離れた木の枝に降りた小鳥は、こちらを伺っている。
 何処にでもいるような、小鳥だ。
 しかし何故、その姿を見ると、こんなにも胸が締め付けられるのか…。
 そんなことを思っていると、小鳥と、目が合ってしまった。
 小鳥は、首を傾げてみたりして、それでもこちらを伺っている。…自分を、見知っているのだろうか。ならば…。
「…ごめんな。俺は君の知っている人じゃない」
 そっと、笑いかけるつもりであった。しかし作った笑顔は、いとも簡単に、脆く崩れ去り。
「…だが…どうして、…」
 涙が出るのだろうな…と。言葉を続けることが出来なかった。急に瞳からあふれ出した、熱いものが、それを止めたのだ。
 どういうわけか、涙を止めることが出来ない。
 物凄く、哀しかった。じっとこちらの様子を伺っている、小鳥の姿が。胸を、鷲掴みにされた気分だった。
「………」
 間を置き。
 ピルル、とか細く高い声が、風に乗り木々を巡り歩いた。
 小鳥が、鳴いたのだ。哀しげに。それは、誰かを呼んでいるようにも、聴こえた。
 とん、と枝を蹴り、小鳥はその場を飛び立つ。
 そして『彼』を一瞥した後、大きく羽ばたき、何処かへと飛び去っていった。一つの羽根を、残しながら。
 『彼』はその羽根に、目を奪われた。涙を流したまま目を見開き、空を舞う羽根を、見つめている。
 どうしようもない、喪失感。
 小鳥の声が、いつまでも耳について離れなかった。あれほどまで物哀しく、鳴けるものなのかと、思わせるほど。
 空を舞う羽根は、地に辿りつく前に、音も無く消えた。『彼』はそれを、不思議だとは思わずに、そのまま立ち尽くしていた。時間さえをも、忘れ去りながら。


 ああ、何と哀しき未来への道標だろうかと。
 翼を持つものは嘆いている。
 その耳には届かない、届くことが叶えられない声音で。出来るなら、『どちらとも解らない』彼の者が、『自分だけの知っている者』であって欲しいと、僅かな野心までも抱きながら。

 舞い降りる、白きもの。
 それは空から、否、天からの使者である。
 はらはらと音も無く、真綿のように。時には羽毛の如く。
 避けられない運命を、逆らって見せて欲しいとさえ、願ってしまう。
 知り合ってしまったから。そして触れてしまったから。
 目を閉じてはいけないと、思う。
 閉じてしまえば、哀しき映像だけが、脳裏に浮かんでしまうから。
 どうか、一日でも長く。一刻でも遠く。
 流れる景色だけが、全てであればいいと。そう願いながら、小さな体のその者は、羽ばたきを止めることは無かった。



-了-

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河譚・都築彦さま&河譚・時比古さま

ライターの桐岬です。
この度はご兄弟でのご依頼有難うございました。
未来の可能性の一つ、と言うことで、都築彦さんよりと、
視点が小鳥さんよりになってしまいましたが…如何でしたでしょうか?
何だかどちらをとっても切なすぎて、苦しいですね(苦笑)
後半は、曖昧なものに脚色させていただきました。悩んだ結果です(苦笑)。
今後も頑張ります。

※誤字脱字が有りました時は、申し訳ありません。

桐岬 美沖。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月05日

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