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『アフロを狙うべきなのだ 』
上社・房八2587)&本郷・源(1108)



 父親と娘の関係程、幸せという絶頂よりの不幸という奈落を示す物があろうか。少なくとも彼、記憶の倉庫を歩いても等価は見当たらない。
 愛ゆえに生まれる悲しみ。だがそれでも、愛を捨てる事は出来ない。永遠の罰、ならば罪は何処にあるのか、教えてくれるなら教えてもらいたい、だが、
 彼の娘は答えずに、ただ冷徹に言う。
 芸術家の名言より、映画の最後のセリフより、心に突き刺さる。
「お父さん先にお風呂入らないでよ」
 お父さんが入った後は変な物が浮くから。と。
 果たして自分は深い密林を抜けてきただろうか? 否、有り得ない、何故ならこの苦悩する男、上社房八の職業は、冒険家でなく美容師だから。
 確かに、客の毛が裾を入り口として、汗を糊とし肌に張り付く可能性は否定できないし、風呂に入る前のかけ湯では落としきれぬかもしれない。だがそれ以外の物が浮かぶなど、自分特有の物が浮かぶなど、存在しない事象なのである。
 つまりそれを具現化する程に、娘は彼を敵としている。
 ……要約すれば父離れであるが、我が子にスキューバーラブの房八にとって、語り尽くせぬ現実なのである。その内、筆舌にすら不可能になるのだろうか。
 長く続くトンネルである、行けども光明は差さない。その精神の光景は肉体にも作用し、まずは彼の容姿を一変させる。姿もスタイリッシュであるべき美容師なのに、メガネはずれ、その先の瞳はゆるやかに生気を失い、そして医者の不養生、髪もぺたりとでこに張り付いている。彼と朝出会った馴染みの従業員すら、一時別人と判断した理由となった気力は、勿論の事仕事も放り出させた。美容室の椅子に座る。うつむきで見える清潔な床も、眩暈の霧で汚した。
 思う程に苦しいのに、恋のように素敵じゃ無い。まるで造形美も無い質量だけの銅像が、上杜八房の混濁とした意識を、ゆうくりと圧殺しようと、した時、
 声が聞こえた。
「たのもう! なのじゃ」
 幼い女の子の声だった。
「ぬ? なんじゃお主ら、豆鉄砲を食った鳩でもあるまいに」
 髪を切る方も切られる方も、今が21世紀である事を思わず確かめる、可愛げな着物を着た童女の声だった。
「まぁ良い、それよりも手が空いてる者はおらぬのか!」
 童女の声だった。
「わしは急を用してるのじゃ。聖なる尊きを侮辱する馬鹿どもに、鋼の真実を叩き付ける戦があるのじゃッ!」
 快活に言い放つ、その声は、
 娘に良く似ていた。
 ――上杜八房に、幻を見せるには十分な
「ええいここにはおらぬのか、わしの必要に応じる者が」
「いらっしゃいませ」
 混濁した意識による、霧がかかった視界、だがその中で、八房は見た。
 我が娘の姿を、そこに。
 例えその娘が着物を着てようと、そして時代劇口調であろうと、年齢が近いという現実だけで、面影が重なる幻が生じたのである。
 そして立ち上がった男を、メガネはズレてるわ髪はへたれだわ服もしわしわだわ、カリスマ美容師の片鱗も見せない容姿であるが、瞳だけは虚ろながらも輝いてる男を、着物の幼女は見て、言った。
「わしは源じゃ」
「はい」一つ会話を交わした時には、席へと源を座らせる八房。
「所望はもう決まっておる」
「どのように?」二つ会話を交わした時には、少女がすっぽりと納まる布を。
 そして、三つ目の会話。「わしが望む髪型は、」
 目の前の鏡に映る、娘という幻は、
「今世紀最大のアフロじゃ!」
 そう、言った。そう、言われた、八房、
「……今世紀最大となると、カラーリングは紫でよろしいですね」
「あったりまえじゃ」
 その応答として、周囲の者達の口が小鳥が餌を求めるように開けてるのを関知せず、八房はただ、にこりと笑った。
 下準備が必要だ。仕上がりの際に、美しく力強く、それでいて母なる海を思わせる造形の為には。ハサミを取り出す。
 八房はアフロがなんたるかを知っていた。
 彼はアフロ教の信者だった。
 五行の魔術師の姿、カリスマ美容師の姿、娘を愛す父の姿。その裏に、供に生きているそういう性質。発揮される時がこの美容室で来ようとは。感じる、この子のアフロの心を。ナンバーワンでありオンリーワンでもあるアフロの心を。
 髪に、ハサミを入れた。
 緩やかな時が流れ始めるように。
 だがその実は、張り詰めている。これから臨む境地は、ただ一本の毛すらおろそかに散らす訳にはいかない。それでいて少女は急いでいる。
 質と速さ、それを両立するアフロの心が、八房にはあったのだ。
 それが解ったから源も、一見美容師には見えないダメ親父な風貌に、髪を、否、自分の存在全てを委ねているのだ。二人は今、アフロで繋がっている。
 アフロとは、夢と幻を超越した場所にありながら、唯一我等の身に降臨する物。
 かつて名も無き民が記した言葉。やがて心の書として語り継がれ、今、東京の美容室に脈々と流れている言葉。
 ハサミの音が止まる。
 この美容室で流れている時は、今やこの二人のみ。従業員と客は福音を授かる修道者のように沈黙している。
 時計の針の音が、作用しているのは源。そして八房。彼女の焦りを知らない八房では無い。十分、それがタイムリミット。
 用意したのは、アフロを仕上げる為の神器一式。虹のように並ぶ何種類もの液体、森のように多様のロッド、既製とは明らかに違うドライヤー。――そのどれも、従業員にとっては初出。一体いかなる技で、一体いかなる素早さで、和服の少女に、アフロを降臨させるのか。
 果たして、それは恙無かった。
 見える動作であった。ロッドを振るい、液体をかけ、ドライヤーを取り出すまで。
 しかし、その所要時間は九秒。
 果たしてこれが、まるでカリスマ美容師の風体でなく、意識が遠くで彷徨ってる男の技だというのかっ! そんな心の中の叫びが、何処からか漏れて聞こえてくるよう。
 九秒の間に用意された道具は、余す事無く彼女に注がれたのだ。まるで光速のように過ぎ去った瞬間を、心の中に焼き付けた者は数名。
 その記憶の写真も、次には吹っ飛ぶ事になる。
 ドライヤーを構える。「お客様、よろしいですか」
「うむ」
 八房は、言った。
「博士、ついに完成したのですね」
「うむ。この薬品と薬品を混ぜ合わせるのじゃ」
 何が起こっている。
「とうとう透明薬が。博士、凄いです」
 何を話しているんだ、「助手よ、完成した暁にはまっさきに飲んでよいからな」まるでこの内容は、「ありがとうございます! 博士、それでは早速」これは、「よし、行くぞ!」まるで。
 コント番組の科学者のコント、落ちは、確か、
 爆発――
「「どかーん」」

 詩を朗読するように言った、擬音語の後、
 まるで爆発で、倒壊した研究室、灰色の煙が漂う中、服をボロボロにした、
 博士の頭のように、否、それを超越して、

 紫色のアフロはそこにあった。
 太陽を思わせる大きさ。

 アフロとは、命が弾ける瞬間。宇宙創生の再来である。生命来たりて走るのである。生ける神話の発動である。
 従業員と客が放心する中。仕事を終えて全てを見届けた八房は、アフロ作成の為の神器を美容室の奥に収めに行く。そして数分後に戻ってきて、「いかがですか?」
 鏡には満面の笑顔が映る。
 それは娘の笑顔だった。
「……戦があるとの事でしたね」
「その通りじゃ」
「それならば、ご武運をお祈りして」
 そう言って八房は、どこからかなにかをとりだした。
 それはかわいらしい柴犬であった。だが、唯の犬という訳じゃない。
 虹色のアフロを被った柴犬である。
 無言で、しかしはちきれんばかりの笑顔を輝かせて源はその犬を抱える。そして店の入り口を出て、見送りの為外に出た八房の、ズレためがねの瞳を見ながら、
「行ってくるのじゃ!」
「またお越しくださいませ」
 年齢と性別を超えた、熱い友情があった。紫色のアフロをふさらせて、そして虹色のアフロの犬を引き連れて遠くなって行く源。眩しい、ああ、眩しい。
 彼女とアフロドッグの未来が、何処までも続いていくように見える。
 その強き真実が、娘で疲労していた八房を、元に戻した。美容室に戻った後、メガネのズレを直し、整髪薬で髪型を整えた八房は、従業員の一人にこう語った。
「夢を見ていました。愛しい娘にアフロを授ける夢です」
 なんとも言えない表情の従業員に、こう続けたのだった。
「とても眩しかった、とても愛しかった。また、生きて行こうと思います」


◇◆◇


 補足事項。
 上杜八房にとって源とのファーストコンタクトは、夢として処理されている。かつ、その時の八房の姿は普段の姿とは別人である。という訳で、源はアフロの戦を終えて年が開けた後、マダムとなる為にもう一度この店に寄る事になるのだが、店の地理や部屋の内装がアフロの力の前で霞んだ事も相まって、その時の出会いがファーストコンタクトのようになった事を記載しておく。勘違いが解けるかどうかは、与り知らぬ話だ。
 そしてアフロを仕上げたその日、すっかり生気を取り戻した八房が、夢でなく、現実の娘にも素晴らしきアフロを与えようと、冗談として言った所、
「馬鹿」
 世界で一番心に刺さる二文字が襲来した事も、ここに記しておく。
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東京怪談
2004年04月05日

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