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『鎮・ソロデビューへの道!〜斬の巻〜 』
鈴森・鎮2320)&鈴森・夜刀(2348)


 春うららかな陽気、各地では花見が盛んに行われているであろう日…
東京某所の公園の桜の木の下で、一人の少年が桜の木を相手に何かを呟きながら、
ひたすら両手を前に突き出したり引っ込めたりしていた。
かなり挙動不審である。
 それを見かけた通りすがりのおばちゃんが、心配して警察に通報したほどだった。
人の良さそうな駐在さんの顔を見て…その少年は慌ててその場から逃げ出したのだった。



「くっそ〜!邪魔するなよな…あの警察官!」
 鈴森・鎮はぶつぶつと愚痴をこぼしながら、桜の木から移動して同じ公園内の別の場所に向かう。
そしてベンチに座って…青い空を見上げた。
「…転ばせる事はできたんだよなぁ…後は斬る事さえできれば…」
 青い空に浮かぶ薄く白い雲を見つめ、鎮は溜め息をついた。
”カマイタチ”としてソロデビューする為に修行を開始してから早数ヶ月。
なんとか長兄の協力もあって、ターゲットである三下・忠雄を転ばせる事に成功したのが一ヶ月ほど前のこと。
 それ以来、転ばせる事に関しては…まあ少し心もとないこともありはするものの、
よほどのマッチョでもない限りは鎮でもちゃんと転ばせる事ができるようにはなっていた。
 とりあえずのところは安定した「転」の技。となると次の段階は斬る事なのだが…これがまたなかなか難しかった。
ちゃんと鎌を持っているには持っているものの上手く扱えずに斬りつけても「斬る」事ができない。
要するに、鎌自体にあまり威力がないせいで…桜の木の幹すら表面を撫でる程度にしかならないのだ。
「こうなったら…頼むしかないかな…ちょっと嫌だけど…」
 鎮はある人物の顔を青空に思い浮かべて小さく呟く。
しかしただ頼んだところで「はいそうですか」と大人しく協力してくれるとは思えない。となると…。
「ヘイ!そこの彼女!浮かない顔だね?俺と花見にでも行かない?」
「アタシ彼氏もちだから!ごめんねっ!」
「花見行くだけだからさ♪友達からでもいい…」
「人が悩んでる目の前で何やってるんだ兄貴―――っ!!」
「うわっ!?……なんだ、鎮か…ビックリするだろ〜?」
 なんと言うか偶然なのか必然なのか、ちょうど鎮が思い浮かべていた人物が鎮の目の前を通り過ぎ、
しかもナンパして断られている場面を目の当たりにして鎮は思わず叫んだ。
 その間に女の子に逃げられて…その人物、次兄の鈴森・夜刀は残念そうな顔で小さく息を吐いた。
「俺がどこで何してようといいだろ?見ろよ…女の子に逃げられちゃったじゃないか」
「そりゃあ構わないけど弟が悩んでるのを無視して目の前を通り過ぎるなよっ!!」
「悪い悪い!俺ってほら…可愛い女の子がいると…それ以外はアウトオブ☆だからさ♪」
 鎮の肩にぽんぽんと手を置きながら夜刀はニッを自慢げに笑みを浮かべた。
こんな調子の兄ではあるが、今はこの兄の専門である「斬る」事についての極意を教わらなくては先に進めない。
「…あのさ、兄貴…頼みがあるんだけど…修行手伝ってくれないかな…」
「修行?そうか!とうとうおまえもナンパに目覚めたか?!」
「鎌鼬修行だよッ!!斬るって段階の特訓してるんだけど…こないだ兄ちゃんに”転ばせる”事は習ったんだ」
「へえ…まあ俺も暇だったら喜んで手伝ってやるところだけど、生憎色々と忙しいものだからさ」
 もっともらしい事を言ってはいるが、色々と忙しい=ナンパに忙しいだけである。
夜刀は「ま、頑張れよ」とでも言いたそうな表情を浮かべると足早にその場を立ち去ろうとする。
 しかし。
「俺こないだ本場のスッゴイ本を置いてる本屋見つけたんだけどなあ…」
 わざと聞こえるように鎮は言う。案の定、逃げ出そうとした夜刀の足がぴたりと止まった。
「金髪美人大集合って感じでさ…なんだったっけ…そうそう”無修正”とか書いてたかなあ?
店員のおじいさんが俺は子供だからって見ないように隠しちゃったから…まだ売ってるだろうなあ…」
「鎮クン、このおにーさんに詳しく聞かせてくれないかい?」
 目にも止まらぬというかあっと言う一瞬の間に、夜刀は鎮の元に戻りその腕を肩にまわす。
そして鎮の顔を覗き込むようにして満面の笑みでそう言ったのだった。
「いいけど…その代わり”斬”の極意とか教えてくれる?」
「当たり前だろう!可愛い弟の頼みじゃないか!」
 態度違うしっ!と、ツッコミたいところをぐっとこらえて鎮は内心ガッツポーズをしたのだった。
これでやっと”斬る”事に関してもクリアできる、と喜んだ鎮だったのだが…。
「それで何をどうやったらいいんだ?」
「さあ…?」
「さ、さあ…って…」
「いや、だって人に教えるなんて事したことないし」
 腕を組んだまま鎮を見下ろして、あっさりと言う夜刀。
一番上の兄とは違って、確かにこの兄の性格上そうではあるだろうが…。
「鎌で切るだけだろ?」
「それができないから聞いてるんじゃん!」
「なんで出来ないんだよ?」
「それがわかったら苦労してないっ!!」
 なんともそのやりとりに思わずムカっとして”変身”のために使っていた気が抜けて鼬の姿に戻る鎮。
「わかんねぇんなら教えようないじゃねぇか!」
 言い返した夜刀も思わずつられて鼬姿になったのだった。
「とりあえずやってみろよ」
「わかってるよ!」
 鎮はてとてとと二本足で立って、何故か都合よく落ちていた一枚のベニヤ板を立てかけてその前に構えた。
鼬姿の決して長くはない両手を組んで、夜刀はそれを見つめる。
具現化した鎌を鎮は両手でしっかりと持ち、精神集中してその板へと斬りつける。
ペコンと板がしなるような音がして鎮の小さな身体は後ろへと反動で弾き飛ばされたのだった。
「おまえ…こんな薄い板一枚斬れないのかよ?!」
「だからそう言ってるじゃんか!!」
 尻餅をついてぶつけた部分をさすりながら涙目で訴える鎮。
夜刀は組んでいた腕を解いて、やれやれといった風に両手を上げて肩を竦めた。
「不器用だな…俺だったらこんな板一瞬で何分割もできるぜ」
「そ、そりゃあ兄貴は専門だから…!!」
「いや…俺はお繊細で器用だからさ…まえと違って寝小便した事もないし」
「かっ、関係無いだろそんなこと――!!なんだよ!兄貴だって前に女の子追いかけててミゾに落ちたくせに!」
「それこそ関係無いだろ!?」
 鼬姿のまま、顔をつき合わせてにらみ合う二人…いや、二匹。
今にも噛み付きそうな勢いに見えない事もないのだが、なんともこぢんまりしていて端から見ていたら実に可愛い。
「見てろよ!絶対にマスターしてやるかんな!!」
「おまえに出来るのか?ベニヤに弾き飛ばされるような奴が!」
「兄貴みたいにナンパしてるそばからフラれてる奴に言われたくないね!」
「なんだと―――?!」
「なんだよ―――!!」
 ムカっとして、鎮は思わず夜刀に向かって鎌を振り下ろす。
どうせ威力も無いと夜刀は避ける様子も見せずに得意になっているのがまた腹が立つ鎮。
案の定、鎮の鎌は兄の鎌にきっちりとガードされた。
「そんな状態じゃあサンシタどころかアリ一匹斬る事はできねぇぜ?」
「う、うるさいっ!!」
 ほとんど兄弟喧嘩をしながら二人はその後、何度も同じような事を繰り返す。
夜刀はひたすら、「なんでできないんだ」だとか「情けない」だとか、
「それでもこの夜刀様の弟か!」だとか…ひたすら鎮の神経を逆なでするような事ばかり連発し、
その度に鎮は顔を真っ赤にして夜刀へと食って掛かる。
そんな事がしばらく続き、そろそろ疲れたなあ…と夜刀がぼんやりと思ったその時、
「余所見するなよっ!!兄貴の馬鹿野郎―――ッ!!」
 渾身の力をこめて、鎮は鎌を振り下ろした。先ほどまでと違う雰囲気に、咄嗟に夜刀は脇に避ける。
その後ろにはあのベニヤ板。また跳ね返されるのか?と、夜刀が注目したその瞬間…
スパッ!と…実に気持ちの良い音が響いて、ベニヤは縦に真っ二つに割れて両脇へとゆっくりと倒れて行く。
 まるでスローモーションのようにその様子を見つめた二人、いや、二匹は…ゆっくりと互いに視線を交わし合い。
「……や、やった!!やったよ兄貴!!できたよっ!!」
「よくやったぞ鎮!さすが俺の弟っ!やればできると思ってたぜ!」
 普段なら「いつだよ」とツッコミそうになるところだが、今は嬉しくて鎮はそれどころではない。
綺麗に切れて割れたベニヤ板を少し潤んだ瞳で見つめながらにこにこと微笑んでいた。
「頑張って良かっただろ?」
「うん!見てくれよ!できたよ兄貴!!」
「そうだろそうだろ!まあなんだ…俺の特訓が厳しかったのはアレだ。
ほら、”重いコンダラ持って試練の道を”…ってよく言うだろ?アレだよ、アレ」
「それ、”思い込んだら”だろ…しかも兄貴の特訓と関係ないじゃん…」
 夜刀の妙な発言を聞いて、板を手にしたまま、鎮はどこか冷ややかな視線を兄へと投げかけたのだった。



『今日は無事に一日が定時でおわりました…』
 三下・忠雄は仕事の帰り道、暮れる夕陽を見つめながらのんびりと独りごとを呟いた。
平和に終わって行くであろう一日を予想しているそばから…まさか二匹の鼬に狙われているとも知らずに。
「いいか、狙いが定まったら気合いで行け!」
「お、おう!!わかった!!」
「迷いは捨てるんだぜ?それだけに集中して渾身の力で行けよ!」
「わかってる!!」
「おまえの力じゃ全力で行ってやっと斬れる程度だからな…」
「わかってるって!!」
 こそこそっと電信柱の陰から、鎮は三下が前を通り過ぎるのを待つ。
目の前を通り過ぎた瞬間を狙って仕掛けるつもりなのだ。
なんだかんだいいつつも、兄の夜刀もしっかりと応援してくれているわけだし、
きっと今日は無事に成功をおさめて晴れて「斬」を制覇できる!と鎮は少しドキドキとした気分だった。
「来たぞ!迷わず行け!」
「三下覚悟―――!!」
 鎮は鎌を構えた状態で電信柱から飛び出して三下に背後から飛び掛ろうとする。
しかし、その瞬間…三下と鎮の間に割って入るように、横手から歩いてやってきた仕事帰りの美人OLの姿が夜刀の目に止まった。
サラリと長く風になびく綺麗な髪、ミニスカートから見えるスラリと伸びた細くしまりのある足。
―――本能の赴くまま、咄嗟に飛び出す、夜刀。
「綺麗なお姉さーん!俺と一緒に夜桜でも…♪」
「って兄貴―――っ!?」
 そして響いた鎮の驚きの声。
刹那、聞こえたのはガスッともゴスッともゴリッともつかない聞くからに痛い音だった。
思わず時が止まる小さな鼬二人、いや、二匹をよそに…美人のOLさんはスタスタと去って行く。
まるでそのOLが通り過ぎるのを待っていたかのように…夜刀の頭からぷしゅー!とばかりに血が噴出したのだった。
しかも…鎮のかわいらしい鎌が突き刺さったままである。これがシリアスな話なら死んでいるところだ。
「コメディでよかった…ってそうじゃない!!何するんだ鎮―――!?」
「あ、兄貴こそ何するんだよ!?飛び出してきたのはそっちだろ!?お陰で失敗したじゃんかー!!」
「なんだと!?自分の失敗を人のせいにするのか!?」
「俺のせいじゃない!!今のは美人OLにつられて飛び出した兄貴のせいじゃんか!誰が見ても!!」
「何度も言ってるだろ!俺は美人と見るとまわりはアウトオブ眼中だって!」
「開き直るな―――!!」
 とうとう鼬二人、いや、二匹は取っ組み合いをはじめて地面にごろごろと転がる。
『…可愛らしいなあ…じゃれてるんだ…』
 よもや今自分を狙っていて失敗してケンカになった鼬の兄弟とは思いもしない三下は、
可愛い鼬がじゃれあってるとでも思ったのか、微笑ましげに見つめながらその場を通り過ぎていく。
『今日も一日、平和でよかった…』
 呟いた三下の声は、ケンカに夢中になっている鎮の耳に届く事は無かったのだった。



「だいたい兄貴はいつもそうなんだよ!!こないだだって…!」
「終わった事ほじくり出すなよ!にーちゃんだってなあ…」
「そう言う時だけ兄貴ヅラするなよっ!もっと弟の手本になるように…
「……って待て鎮!サンシタいねぇぞ?!」
「えっ!?ってホントだ!いつの間に!?」
 鎮と夜刀の二人が、すでに三下が居なくなっている事に気付いたのはそれから十分もしての事だった。
それまでひたすらなんとも兄弟ならでわの情けなくもあり馬鹿らしいような言い争いを続けていたのだ。
はっと我に返って冷静になってみたものの…。
「どうするんだよ…!兄貴のせいだかんな」
「すぐ人のせいにするのはよくないぜ…?」
 ふうっと息を吐いてまるで”弟のイタズラを諭すいいお兄ちゃん”のような表情になる夜刀。
それがまた鎮にとってはカチンと来る。
「まあいないもんは仕方ないな。で、鎮!その海外仕込みのスゲー本のある書店ってのはどこだよ♪」
「失敗したんだから教えるわけ無いじゃん…」
 弾んだ声でしゃーしゃーと聞く夜刀に、鎮はジトっとした視線を向けて静かに言う。
「なんだと!?おまえという奴はおにーちゃんに嘘をつくのか!?」
「だからっ!ちゃんと成功してたら教えてるよ!
それが兄貴と来たら、まともに教えてくれないしいざ打倒三下!って時にはOLに目がくらんで邪魔するし!」
「あ〜あ〜あ〜!!そうかよ!おまえがそんな心の狭い奴だとは思わなかったぜ!」
「俺が悪いみたいな言い方すんな―――!!」
「悪いじゃねえか―――!!」
 まさに同道巡り。
せっかく冷静になったというのに、二人の鼬兄弟は再び取っ組み合いのケンカをおっぱじめたのだった。


 かくして、鎮の「斬」修行は見事に失敗で終わったのだった。
頑張れ鎮!負けるな鎮!ソロデビューするその日は近い!………かもしれない。





【=終=】


※長兄さんを”兄ちゃん”、夜刀さんを”兄貴”と呼び分けて書かせていただきました。(^^)
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月02日

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