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『Hold Out! 』
天樹・燐1957)&倉前・高嶺(2190)

「良ければ今度の日曜、ご一緒に出かけませんか?」
「…良いですよ、私で良ければ」

 と、このような会話をして天樹・燐は勤務先である喫茶店で知り合い、意気投合した倉前・高嶺と出かける事になった。
 何となく…ではあるけれど一緒に出かけたら楽しそうな気がしたから。

 ――ただ。

(…最初の、溜めが気にはなりましたけど……)

 まるで誘われることに慣れてないかのような、緊迫した言葉の溜めがある様に思え、いつも明るく陽気をモットーにする燐にしては珍しく溜息を一つ。
 出来うる事なら、今すぐにでも悩みを聞いてあげたいけれどそうも行かない。
 何故なら、今日は金曜日。
 …高嶺さんと出かける日には、如何せん大量の時間だけがありすぎた。

(今、私が出来る事といえば)

 当日、高嶺さんが出来るだけ楽しい思いが出来るようにと心を砕く事くらいだ。
 ふ……と、燐は顔をあげて飾られている花へと目をやる。

 ――……アオイの花が其処にはあり、弟が言ってくれた言葉を思い出す。

『アオイの花言葉は信じる心…なんだってね。あんまり花に頼るのも男らしくは無いかと思うんだけど…それでもさ』

 信じたいんだ、好きな人に幸福が訪れるようにって。

 …そう、言っていた弟の言葉はそのまま、燐の思いへと繋がる。
 とりあえず、考えるのをやめて信じよう。

 高嶺さんに逢う当日、彼女がただ、笑って過ごしてくれるように―――



+++

 一方。
 高嶺の方も少しばかり次の休日の事について、自室にて考え込んでいた。

 …出かけるのは嫌いじゃない…と思う。
 学校帰り、従姉妹と一緒に可愛い小さなお店を探して立ち寄ることは大好きだし、誰かと一緒に何かを選ぶ、と言う感覚も、表情から窺い知れることは無いかもしれないが気に入っている。

 ただ、問題は休日だという事だ。

(……あの日も、皆からはぐれたんだっけ……見れなくなって、見えなくなって――怖くなった)

 泣いても一人だという事実が一層、恐怖心をあおるばかりで…従姉妹の姿が見えた時には安心したものだった。

(……だけど)

 怖がっていても仕方が無い事なのだと高嶺自身、解っている。
 だから、どうか願わくば。

(この事が燐さんにバレ無いよう、無事一日が過ぎるように……)

 ……願うのはおかしな事かも知れない。
 けれど、願わずには――居られなかった。


+++

 当日。
 ふたりは、仲良く街へと繰り出した。
 燐に手を繋がれ高嶺は様々な店へと連れて行かれ……最初に入ったアクセサリーショップなどでは、繊細な銀の細い光を放ち、所々に小さな薔薇をあしらったブレスレットを薦められ、断るのに苦労してしまったり、雑貨屋では「あれもこれも、皆可愛いですねー♪」と微笑む燐を見て、その伸びやかさに、いつも浮かぶ筈の苦笑さえ出ず、自然と微笑が浮かんでしまったりと……不思議なほど和やかな時間だけがあった。

 そんな中で高嶺は、やはりまだ楽しそうに様々なものを見ている燐をちら、と見る。
 忙しい喫茶店に勤めているのに関わらず、綺麗な手入れの行き届いた髪は黒々とした光を放ち……日に焼けたことさえない様な白い肌は、何処までも白く透き通っており、浮かべている微笑は、まるで時を越えて何かを知りえたかのような優しさがあった。

 ……どうしたら、このように微笑んでいられるのだろう?
 燐を見ていると、何故だろう従姉妹の穏やかな微笑を思い出して仕方がなくて知らず、掌に力がこもる。

(似ている…んだろうか。燐さんと…従姉妹は)

 そうなのかも知れない、とも思い……そうじゃないかも知れないとも思う。

 そんな事を考えていたら表情に出てしまっていたのだろうか、燐が高嶺の顔を覗き込んだ。
 至近に、見える燐の髪と同じ艶のある黒々とした瞳を見て、びくっ…と高嶺の身体が震えた。

「…何か?」
「いえ、雑貨ではもう見たいものを見れましたし…次のお店にでも行こうかと思うんですが」
 良いですか?とにっこり微笑む燐に何かを見ることは出来ない。
 一瞬、びくついてしまった自分自身を叱咤するように高嶺も微笑を浮かべ、「良いですよ」と返した。

 ――この後「良いですよ」と言ってしまった自分自身に対し高嶺は酷く後悔したけれども。


+++


「お姉さんが手伝ってあげますね♪」

 ――確か、そんな言葉を言われ、「何を…」と言おうとした瞬間、高嶺にしては珍しく大声を出しそうになった。
 次のお店、と言うのはブティックだったのだが、入った途端にこの仕打ち……いや、仕打ちと言うのはおかしいかもしれない、けれど!
(な、何故、こんな事に……ッ!?)
 何と言っても燐の力が強すぎるのだ……道場に通っている高嶺にしても女性に暴力をふるう奴は言語道断!と考えているので、まさか自分自身が「何するんですかっ」と殴るわけにも行かず……追剥ぎ同然に身包み剥がされ、少し――いや、かなり引き攣ってしまうような服を着せられ、トドメには携帯についているカメラで写真を撮られてしまい……。

 先ほどのアクセサリーショップや雑貨店での穏やかな時間が、まるで嘘の様に見え、思わず腹いせと言うよりは――仕返しと言うような気分で「じゃあ燐さんはこれで」と、彼女が着るには抵抗があるだろう洋服を薦め、ると、一瞬だが燐の表情が戸惑うような顔に変わる。

 が。

「…駄目ですよ? あたしも着たんですから、これじゃあ…お相子になりませんしね」
 と、半ば強引に着せ返し、無事に着替えた燐を見て高嶺は「うっ…」と言葉につまった。
 ……やはり、選んだ服に問題があったのかスカートは長身の燐には際どいばかりに短く、上着もあまりに小さすぎた。
 照れる、と言うよりも困ったような顔を浮かべる燐。
「…お相子に…これでなったんでしょうか……?」

 ぽつり。
 呟く言葉に申し訳なく思い、「ごめんなさい」と高嶺は素直に謝っていた。

 それを聞いた燐は、くすくすと手を口にあてて楽しそうに笑って――「いえいえ♪」と呟いた。


+++


(……あら?)

 ブティックでの買い物も終わり……疲れを癒すのと、色々と見て回った所為か少しばかり小腹が空いたのとで食事をしていると。
 燐はふとあることに気がついた。
 人が少ないショップの時は気がつかなかったが――僅かに高嶺の表情が引き攣っているように見え、心の中で燐は首をかしげた。
 料理は高嶺自身が注文したものだから、嫌いなものがあるはずもなく……これはまず置いておいても。
 …まさか自分自身が嫌われている?とも一瞬考え…違うとも思う。

 では――なんだろう?

 此処の店はかなり人が多く収容できるカフェ形式のスタイルを取っており、普段なら広すぎるだろう店内でさえ休日と言うことも手伝い、右を向いても左を向いても沢山の人で埋め尽くされていた。
 そう言えば、人ごみの中でも高嶺は困ったような顔を浮かべては居なかったろうか?
 …中々表情は読み取りにくくはあるけれど、もしや、と考え…そして納得する。

(高嶺さんは人が多いところが余り得意ではないんですね……)

 だからああも一緒に出かけませんか?と言った時に、少し溜めの時間があった訳だ。
 燐は、食べ終わり、少し時間が経ったら此処から出ませんか?と言う言葉を高嶺と告げると。
 はい、と言う返事が返って来た――そのすぐ後に「人に酔った様だから公園に寄りたいんですが」と聞き返し……燐は「勿論。疲れたまま、さよならは辛いですから♪」と言うと、自分自身が高嶺へと何が出来るだろうかと言う事を、真剣に考え始めた。

 ――だって、出来るのならば何時でも、好きな人には微笑んでいて欲しいから。

 …おかしい事じゃ、ないはずでしょう?



+++

 そうして。
 ふたりは、公園に来ていた。
 高嶺は良く、この小さな公園に来ては何をするでもなく夕日を眺める事があると言いながらブランコへと腰を降ろす。

 ギシ……。

 軽い軋みの音を立てて僅かにブランコが揺れた。

 キィ……と錆び付いた音が数度、響くと、幾分高嶺の緊張もほぐれてきたのか、「すいません」と言い下を向く高嶺に、燐は目線を合わせるべくしゃがみこむ。

「人ごみは苦手ですか?」
「……嫌いなんです、人ごみ」
「それはどうして?」
「それは……多分、私が人ごみの中で迷子になった事があるからです。…誰も気付かず、誰もあたしの事を呼んでくれなかった……あたしが声を出して叫んでも、あたしが叫んでるなんて夢にも思いはしない……」

 何遍も何遍も。
 呼んだのに叫んだのに、誰も気付いてくれず歩いて行ってしまう――居なくなった事さえ確認してくれなかった大人たち……。

 その中で、唯一自分を探してくれたのが従姉妹だった。
 泣きそうになった瞬間に、柔らかな手であたしの手を押し包み「高嶺ちゃん、見つけた♪」と言って連れ戻してくれた……。

(だから、その時から)

 怖かった時の事を思い出すから、人ごみは嫌い。
 出来うるのならば見通しのいい所で、迷わない所で買い物をするのが好き……――


 呟く高嶺の言葉は鋭角な刃のようだ。
 燐の胸に沢山の思いを降らせ、また、こうして「私に出来ること」を与えてくれた天の采配へと感謝したい気分になる。

 燐は高嶺の瞳を見、「大丈夫ですよ」と言うと、その手を掴んだ。
 少しばかり高嶺は、驚いたのか瞬きを何度か繰り返す。
 そして、燐は立ち上がり――「連れて行きたいところがあるんです。大丈夫、人ごみは通りませんから」、そう言い、歩き出した。

 何処へ行くのだろう…?戸惑う高嶺へと、浮かんでは消えて行く疑問符だけを残して。


+++


『信じたいんだ――』

 自分でも何かを出来るって。
 姉さんはいつも、そう教えてくれたよね……と、大好きな弟の言葉を燐は心の中で幾度も繰り返す。

 行き付けの花屋で、いつものように店員と軽い口論があったりして高嶺を驚かせてしまったけれど……それでも花と一緒に送りたい言葉があったから。

 腕一杯に抱えきれるだろうかというアオイの花束。
 誰に贈るのか、問い掛けるような高嶺の視線が薄青とトランスバランの包装紙を重ねた花束へと注がれるが、あえて燐はまだそれには答えず、リボンを幾重にもかけられて行く過程を見ていた。

 アオイの花言葉は――そう、「信じる心」……燐と、燐の弟が祈るようにして持ち続ける事の心の一つ』でもある。
 …何をさて置いても己に負けずに信じる心こそが大事だから。
 ダイヤはダイヤで磨くと言う。
 眩い光を放つ極上の石は、不屈の精神の現れでもあり……正しくこれらに通じるものが「信じる」と言うことにあるのではないかとさえ…思う。

 微笑を浮かべ高嶺へと花束を差し出すと、
「アオイの花言葉は信じる心、大丈夫、私も協力しますから頑張りましょう」
 と言い、嫌いなものは嫌いじゃないようにしてしまえば良いんですよ、とも囁いた。

 嫌いなら、まずは嫌いと思う心を消してしまえばいい。
 ……最初は、ホンの些細な一歩からで良いのだから。

 だから、まずは。

『信じよう』

 ……何時しか嫌いなものが嫌いでなくなる日を、祈るように。

「あ……有難う、ございます」

 最後まで色々な意味で驚きっぱなしだった高嶺の瞳に漸く穏やかな光が生まれ――今日、初めて燐は高嶺が浮かべた微笑の中で一番素晴らしい微笑を、見れた。




・End・


+ライターより+

天樹燐様及び、倉前高嶺様。
今回は発注本当に有難うございました、ライターの秋月 奏です。
さて、今回は珍しくライター通信をつけさせて頂いておりますのは
タイトルの件について補足があったからでして(^^)

こちらのタイトルには「頑張れ!」と言う意味も含まれてます。
中々、嫌いなものを嫌いじゃなくすと言うのは難しいと思います。
正しく一人だったら「何をどう頑張るんだ?」です……。でも一人より二人、二人より三人…と
協力してくれる人がいたら頑張れることって沢山あるだろうな、とも思い。
お二人の友情がこれからの日々に良い実をつけて行くことを楽しみにしておりますv

それと今回、久方ぶりに倉前高嶺さんを書く事が出来、本当に嬉しく思いました♪
少しでも気に入っていただけた部分があったならば嬉しいのですが……!
ではでは、今回は本当に有難うございました。
また何処かで、お逢い出来ることを祈りつつ……。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月02日

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