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『推定恋心〜神様は悪戯がお好き?〜 』
ヨハネ・ミケーレ1286)&杉森・みさき(0534)


 2月14日。
 ヨハネ・ミケーレ(よはね・みけーれ)の元に、杉森みさき(すぎもり・みさき)が尋ねてきたのは、バレンタイン当日だった。
 クリスマスに貰ったケーキにヨハネが感激していたのが判ったのか、今度は手作りのチョコレートケーキを持ってきてくれたのだ。
 バレンタインデー前にみさきの双子の姉から毎年恒例のチョコレートケーキ作りのことは聞いていたので、そのケーキをみさきが自分の元に届けてくれたことにヨハネは喜びを隠せなかった。
 たとえ彼女の姉から、
「まぁ、多分あの子のことだから『おすそ分け』くらいの気持ちだと思うけどね」
と次の日に聞かされたとしても、だ。
 そのチョコレートケーキを甘党の師匠から死守しながら、ヨハネは固く決心していた。
 クリスマスにもみさきは手作りのケーキをくれたのに、ヨハネといえば不運なアクシデントでプレゼントをなくしてしまいプレゼントすら渡すことができなかった。だから、ホワイトデーはこそ絶対にこそみさきにお礼を渡すのだと。
 そう固く決心したにもかかわらず、神様はよほどヨハネに試練を与えるのがお好きなようだった―――


■■■■■


 3月14日。
 ホワイトデー当日。
 運が良いのか悪いのか、ホワイトデーは日曜日だった。
 当然日曜日は朝からミサがある。
 それだけなら良かったのだが、3月といえば結婚式シーズン。
 神前式に仏前式、人前式に海外挙式、ホテルウエディング、ハウスウエディング、レストランウエディング―――形式はいろいろあるが3月の日曜日ともなれば大安吉日でなくとも結婚式が目白押しだ。
 ということは当然、例に漏れず―――


―――こんな日に限って……!!


 ヨハネは神聖なる結婚式の最中、荘厳な式の雰囲気を盛り上げる一旦として幸せそうなカップルの為、バックでオルガンを奏でている。
 が、その実、ヨハネは心の中で叫びつづけていた。
 朝から、ミサそして1時間置きに結婚式が夕方過ぎまでずっとエンドレスで続くのだ。
 そして気がつけば、日はすっかり暮れていた。
―――こんな日に限って手が離せないなんて!!
 今日1日の全ての仕事が終わると外はすでに暗くなっている。
 本当なら、ミサが終わったらみさきに電話をかけて今日の予定を聞いて彼女を尋ねていってプレゼントを渡して―――という、計画をたてていたのだが、多分1敗因はそのことばかりに気を取られていてミサ以外の仕事を忘れていたことだろう。
 しかし、こうして頭を抱えていても仕方がない。
 とにかく、みさきに電話をかけるのがまず先だ。


 どきどきしながら電話のコールを数える。
 1回、2回、3回、4回……7回まで数えたヨハネが諦めて受話器を下そうとしたその時だった、
『はい、杉森です―――』
という声が聞こえた。
 一卵性双生児だけあってみさきと彼女の姉は外見だけではなく声もそっくりだ。
 だが、ヨハネにはその声がみさきのものだとすぐに判った。
「もしもし、あの僕……」
『ヨハネ君どうしたの?』
 ヨハネが名乗るより先に、みさきに名前を言い当てられて、何故かヨハネの顔が真っ赤になる。
 気が動転したヨハネは、そうだというよりも先に、
「その―――ごめんなさい!」
と、謝った。しかも、電話口だというのに大きく頭を下げて。
「僕、今日は本当に忙しくて、朝のミサが終わった後はずっと結婚式が詰まってて……えぇと、僕、式の間オルガンを弾いてたんですけど―――」
『結婚式で演奏かぁ……素敵だね』
 みさきは想像したらしく、うっとりした声をあげた。
 だが、多分、みさきがうっとりしたのはオルガンの音色をバックにした結婚式にだろうが。
「あ、でも、それを言い訳にするつもりじゃなくてっ! だから、本当は絶対に今日みさきさんに渡そうと思っていたんです―――チョコレートケーキのお礼を!」
 ヨハネはそう言ったがみさきからの答えがない。
 それは本当に、一瞬の間だったのだが、とにかく、当日にお礼を出来なかったと言う事にものすごい罪悪感を抱いているヨハネには、その沈黙はみさきが怒っている為に違いないと、
「みさきさん、怒ってますか?」
と恐る恐るみさきに問い掛けた。
『ううん、そんなことないよ』
 すると、みさきはすぐにそれを否定してくれる。
 それに安堵して、ヨハネは、ホワイトデーの仕切り直しを申し出た。
 その手には友人から貰った植物園のペアチケット。
「みさきさん、来週、時間を空けてもらえませんか?」
 その申し出に、すぐ快諾が出たので、ヨハネは、
「―――じゃあ、おやすみなさい」
と言って受話器を置いた。
 そしてヨハネは、みさきと電話で約束をしたその足で師匠である枢機卿の部屋に駆け込み、平日の休暇を申請した。
 彼の師匠は、
「えぇ、それはもちろんかまいませんけれど……でも、珍しいですね。さてはデートですか?」
と、笑顔で切り返す。
「でででで、デートだなんて、そんな!」
同僚のシスターに聞かれでもしたら、それこそどんな嫌味を言われるか判らない。
 慌ててヨハネは師匠の口を塞ぎ、それを否定して一目散に自室に逃げ込んだ。
 そして部屋に戻ると、さっき手にしていたチケットがしわしわになってしまっていることに気付いた。緊張の為よほど強く握り締めてしまっていたらしい。
 そのチケットの皺を丁寧に伸ばしているヨハネは約束を取り付けてすっかり浮かれていたので全く気付いていなかった、みさきが今日がホワイトデーだということすら気がついていなかったと言うことに。
 まぁ、世の中には知らないほうが幸せなこともいっぱいある。多分。


■■■■■


 前日なかなか眠れずにいて、危うく寝過ごしそうになったヨハネだったが結局待ち合わせの場所についたのは約束の時間よりも1時間も前だった。
 彼の手には手作りのタルトと、そしてプレゼントの入った紙袋を持っていた。
 本当はタルトだけだったのだが、植物園のペアチケットをくれた友人の、
「えぇ、ホワイトデーのお返しにタルトだけなの!? しかも、貰ったのって手作りのチョコレートケーキでしょ!! 当然、プレゼントくらい用意しなくてどうするのよ」
ホワイトデーのお返しは3倍返しが基本だよ―――という勧めもあり、プレゼントも用意した。
 みさきは喜んでくれるだろうか?―――そんな事を考えていたら、時間が経つのはあっという間だった。
「ヨハネくーん―――」
 待ち人がヨハネの元にかけて来た。
 少し息を切らしながら、
「ゴメンね、待った?」
と言うみさきに、ヨハネは大きく首を横に振って、
「ぼ、僕も今来た所です」
と小さな嘘をつく。
「良かった」
と笑顔を向けるみさきに、ヨハネは微かに頬を染める。
「ヨハネ君、今日は僧衣じゃないんだね?」
 ヨハネは自分の服装を見る。
 綺麗な水色のコットンシャツにジャケットを羽織り、下はベージュのコットンパンツ―――このコーディネートもノリノリで友人が選んでくれた。
「おかいしですか?」
 不安顔のヨハネに、今度はみさきが首を振る。
「ううん。みさ、ちょっとどきどきしちゃった」
 そう言って、みさきはいたずらっ子のように小さく下を出した。
 みさきとしてはまるで知らない人のようでどきどきしたと言う意味なのだが、果たしてヨハネがどうとったのか―――杉森みさき、罪な女である。
「じゃぁ、行こうヨハネ君」
 ごくごく自然に差し出された手を、ヨハネは緊張しつつ手に取った。


 いろとりどりあれば形もさまざまなチューリップ。
 春らしく明るいオレンジ色のポピー。
 水面に写る姿を眺めるように俯いた水仙。
 ガーベラ、花水木、クロッカス、すずらん―――溢れんばかりのいろとりどりの花が2人を迎えてくれた。
 そしてなんといっても圧巻だったのは、視界全部が黄色で覆われた広場。
 そこは一面の菜の花畑だった。
 その菜の花畑を縦断する、人が2人並んで歩いても肩と肩が触れ合うくらい細い道を2人はゆっくりと歩き、菜の花畑の中心に差し掛かったところでヨハネが足を止めた。
「?」
 みさきが小さく首を傾げる。
 ヨハネはゆっくりと大きく深呼吸をして、そして、精一杯の勇気を出してずっと手にしていた袋をみさきに差し出した。
「みさきさん、これ貰ってください」
「え?」
「バレンタインのお返しです」
 少し俯いて目を瞑り差し出した袋を受け取ったみさきは、
「開けて見ても良い?」
と、ヨハネに問う。
 ヨハネが頷くのを見て、みさきは紙袋に入っていた小箱を開けた。
「うわぁ」
 プレゼントの中身はクリスマスのリベンジも含めて購入したイヤリングとペンダントのセットだった。
 音符の形をしたイヤリングに立体的なピアノのチャームがついたネックレスのセットは、友人に付き合ってもらったお店でこれを見たときに、みさきにプレゼントするならこれしかないと―――ヨハネがひとめで気に入ったものだ。
「これ、ヨハネ君が選んだの?」
 ぶんぶんとヨハネは首を縦に振る。
「かわいい……ねぇ、ヨハネ君つけて!」
 みさきにせがまれるままに、ヨハネはまずネックレスを付け、次にみさきの柔らかな耳に順番にイヤリングをつけた。
 その時、どん―――と軽い音がした。
 それは、細い小道を追いかけっこをしながら走って来た子供の1人がヨハネの背中にぶつかった音だった。


 そして、次の瞬間、唇に柔らかな何かが触れた。
―――え……?
 ヨハネの唇が触れたのは紛れもなく、みさきの花のような薄紅色をした唇で……


―――えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?


■■■■■


 動転しきったヨハネは植物園からずっと手を繋いだままであることにも気が付いてない。
 みさきの少し驚いた顔を思い出してヨハネはあれっきりみさきの目を真っ直ぐに見ることが出来なかった。みさきの顔を盗み見はするものの、すぐにその視線は彼女の唇に止まってしまい結局また赤面して目を逸らす―――その繰り返しだ。
 ばっちり、あの偶発的な事故はヨハネのファーストキスで―――そして奇しくもあれがみさきのファーストキスでもあるのだが当然ヨハネがそんな事を知る由もない。
「……」
「……」
 もう、ただただ無言で2人は植物園を後にした。
 そして、あっという間に気が付けば2人はみさきと彼女の姉が同居しているマンションの付近に到着していた。
「じゃあ」
「は、はい」
 そう言われてもヨハネはまともにみさきの顔が見れなかった。
 ヨハネが見送る中、マンションに向かって歩いていくみさきの後ろ姿が少しずつ小さくなりかけたその時、不意にみさきが振り向いた。
「ヨハネ君!」
「はははは、はい!」
 思わず返事をしたヨハネに、みさきは満開の笑顔で、
「ありがとう!」
と、言った。
 今日見たどんな花よりもきれいな笑顔を浮かべたみさきの胸元と耳元を飾るヨハネのプレゼントが夕日にきらきらと光っている。


 その姿にノックアウトされたヨハネは、みさきの姿が消えてしまった後も呆然とその場所に立ち尽くしていた。




 イヤリングが付け易い様に少し上を向いていたみさき。
 みさきの身長に合わせて少し屈んでいたヨハネ。
 走って来た子供。
 いくつかの偶然が重なった結果がアレだったわけだが―――
 

 神様はやっぱり、よほど悪戯好きらしい。


Fin
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年04月01日

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