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『LUNAR STRAIN 』
応仁守・瑠璃子1472)&イヴ・ソマリア(1548)

 佳人は薄命、彩雲は散りやすく、瑠璃は脆い…。
 詩のように纏めた其れら全て、東洋の言葉。
 故に『わたし』の傍らで腕を組む彼女には、当て嵌まらないのだろうか?――そんな勝手な感想を不敵な微笑を浮かべながら紡ぐ者。彼女こそ東洋の美女を地で往く存在、応仁守瑠璃子である。
 
 風が強かったのは、海岸が近いせいだろう。
 彼女の自慢の黒髪もサラサラと靡き、それを片手で押さえる仕草で、改めて周囲を眺め廻した。
「あらあら、見事に、囲まれちゃったわね」
 それはさながら低俗なホラー映画を彷彿とさせる様相だった。
 言葉に隣の人影が組んでいた諸手を解く。
「海岸まではちょっと遠かったかしら。それで、この連中どう料理してあげましょうか――瑠璃子?」
 声の主に絶望感は無かった。
 彼女は端整で目立つ鼻梁を、まるで故意に紛らわすよう薄いメイクを施していた。茶色の髪も三つ編みで二つに分け、服装もまた年頃の少女にしてはやや地味の装い。果ては一昔前の優等生よろしく、飾り気のかけらも無い伊達眼鏡をかけていた。一見では内向的な大人しい娘と想像が付く…。
 が、併し――髪と同色の澄んだ瞳、其処に脅えや怯み、マイナスの感情が伺えない。
 だからこそのアンバランスで不思議な魅力を醸し出している少女だった――。
「――Gaaaaaa!!」
 二人の女性を囲む「敵」たちが吼えた。
 並みの男など、それだけで腰を抜かして失禁しても可笑しくない、それほど獰猛な遠吠え(ハウリング)。
「煩いわ」
「同感――」
 も、この二人にはあまり意味を成さないらしい。
 それを不敵ととる知能が、「敵」にあったかどうかは定かではないが、徐々に周囲の輪が縮まってきた。
 それを他所に。
「まったく…貴女って結構頑固な性格だったのね?」
「あら…瑠璃子ほどではないわ?」
 やはり不敵なのだろう。
 二人の女性は間近で視線だけを微かに合わせ、端正な形の唇を吊り上げた。
 どちらの表情も覚悟を決めた、美々しいもの。
 背中をさする風の音色が途絶えた瞬間、二人にとっては最後の一幕が静かに開演された。
 
***

 遡ること少し前。
 漆黒の帳が下りる静謐――其処は明かり一つない闇、緑の茂る森であった。
 夜という時間の仕業か、木々は生き物の存在すら感じさせない冷さ。肌には絡みつく葉の類。だが、それらにもまったく表情を変えず走る人影が二つ。

 一つ…、綺麗に編んだ三つ編みを揺らし、眼鏡の奥で光る茶色を細め、前方の闇を鋭く見据えて走る朝比奈舞、否――イヴ・ソマリア。

 一つ…、繊手に日本刀を握り、油断なく背後の気配を窺いながら、何時でもその鯉口を切れるように油断なく走る応仁守瑠璃子。

「――っ、奴ら、確実に追いついてきているわね!」
 忌々しげに唇を開く瑠璃子。
「……………」
 直ぐ隣を併走するイヴは目線だけを瑠璃子に飛ばした。
(本来の力が使えれば、あの程度の相手に後ろは見せないのだけれど…)
 内心では瑠璃子以上に忌々しい思いなのだ。『力』ある身として、この逃走劇は結構な屈辱であったから…。
 事の発端はある宗教団体の奇怪な噂の調査依頼受けた時から始まる。
 民間の扱いとなった調査を引き受けた彼女イヴ・ソマリアと、浅からぬ仲であった応仁守瑠璃子の二人。互いに組む形で、僅かの間に色々調べまわった結果、向かった先はとある無人島であった。
 「五島列島の無人島で宗教団体が合成半人半狼を作っている」との情報を掴んだのが理由だ。真偽のほどは定かではなく、常識で考えれば一笑に付す噂である。しかし彼女たちは潜入した。
 女の勘――だろうか?
 何か根拠があったのだろうか?
 勿論――様々な調査の過程を経た結論に過ぎない。
 ともあれ事無く潜入に成功した二人。更に深く諜報を進めた結果、驚くべきことに噂は全て事実であったのだ。
 妖しげな宗教団体の存在。
 彼らが生み出したとされる半人半狼の怪物。
 ホントに悪い冗談としか思えない代物。
 島の隠された研究施設まで潜り込み、幾つかの証拠を入手した二人は、映画の中でお目にかかるような存在を密かに目視し、思わず顔を見合わせたものだ。もっとも驚愕というほどではなかった。瑠璃子はこの手の存在に対して職業柄少なからず免疫があるし、イヴに至ってはこの世で最強の幻想種とされる『竜』とすら、戦ったことがあるのだから。
 本当ならばこの場で彼らの悪巧みを阻止したいところだったが、二人はあくまでも民間の調査員という立場であり、また不思議なことに島に潜入した途端に不思議な枷を嵌められてしまっていた。無理に戦うことは控えるしかなかった。
 故に、此処は証拠の品だけを押さえて一時引き上げる。
 筈だったのだが―――、
「――っ、そう、上手くは行かないのが、現実なのかしら?」
 三つ編みが頬を流れ、それを忙しそうに払い退けたイヴが愚痴る。
「愚痴ってる暇はないわよ!?――奴らの気配、徐々に近づいて来ている。この分だと海岸まで辿り着く前に…」
 (―…いいえ、森を出た直後に追いつかれて、殺られる…)
 全力で走りながら冷静な分析。瑠璃子の額には微かに汗が滲む。
 二人の女性は普遍的な衣装に身を包みながら、非凡な疾走で森を流れた。
 これが並みの追っ手ならば差は開かずとも縮まるまい。
 併し、後方から迫り来る相手は人の手で造り出されたとはいえ、人狼という怪物なのだ。その走りも、疾走というよりも疾駆。まさに闇を駆けるが如くであった。
 どれほど闇を駆けたか、漸く木々の隙間から、前方に開けた丘陵が見えてきた。
「イヴっ!――奴ら森を出たところで襲ってくるわよ!」
 背後に迫る殺気が強まりつつあるのを感じた瑠璃子。
 隣に厳しく声をかけながら、日本刀の鍔を微かに指で上げる。
 ――二人は逃げ切れない。
 ともすれば少なくとも、此処は私が足止めしなければ、と瑠璃子は決めていた。

***

 瑠璃子はともかくとして、傍らのイヴの目論見はどうであったのだろう。
「さてと、――貴女は先に行って」
 森を抜ける手前で唐突に立ち止まった瑠璃子。慌てて立ち止まり振り返ったイヴに掛けられた言葉、淡白であり、あまりにも簡素すぎて、聡明なイヴですら一瞬意味を掴みかけた。
「!?――な、何を…」
 が、瑠璃子の考えを悟れば、イヴの顔色がさっと変わる。
「この島の変な仕掛けも、海岸まで逃げ切れれば少しは弱まるかもしれないでしょう? 海まで行けば貴女の能力で逃げ出すことも可能だわ」
 それに――折り良く海岸に出られれば『味方』が現れる可能性もある。連絡を絶った瑠璃子、事情を知る祖父がそのまま手を拱いているはずは無いと確信していた。
「ほらっ、早く――!」
 そう、唇を動かした瞬間だった。背後から強烈な殺意と、死を運ぶ危険極まる風唸り。イヴの視界にも其れは捉えられたのだろう。
「瑠璃子―!!!」
 その叫びとほぼ同時にやってきた、直撃すれば内臓を深く抉りとる人狼の爪撃。
 ―――くっ、
 ずば抜けた反射神経と日々の修練、経験の賜物だろう、からくも身を捻り避ける。
 それもただ避けるのではなく、舞踏のように相手とすれ違いざまに、鞘から白刃を抜き放ち。
「Gua!!」
 なまじ必殺の間合いに居た「敵」の不運、超人的な肉体能力を誇りつつも首が絶たれれば意味を成さない。見事すぎる斬人の刃は振るった瑠璃子にも予想外の成果をもたらした。
 宙に狼の首が舞い、血が鮮やかに噴出、重い音と共に「敵」の体が草上に沈んだ。
「っ――、分かった? 私はそう簡単にやられはしない、だから後ろは安心して任せて頂戴」
 刀が吸った血を周囲へと払うと、油断なく気を配らせる。が、その方膝から下は朱に染めていた。腹部を襲うはずだった人狼の爪が、そのまま足下へと滑ったのだろう。刹那の応酬で致命傷を外したかわりに負った傷は、決して軽症ではない怪我だった。にも拘らず相方への心配を打ち消すためか微笑は絶やさない。
「………………」
 朝比奈舞を名乗る三つ編みの少女、イヴ・ソマリア――。
 瑠璃子にとっては良くも悪くも謎の多すぎる女性は無言だった。
 この場合イヴだけでも逃げるが最善であろう。敵は今倒した一体だけではないのだ。異能力を揮えない戦い、勝ち目は端から在り得ない。
 が、併し…。
「お断りするわ―!」
 沈黙は僅か。返答ははっきりしていた。
「――イヴ…?」
 この反応には少々驚く瑠璃子。
 寧ろ顔色を変えて怒り出したのはイヴの方であった。
「嫌よ…私は一人で逃げる気なんてない。――瑠璃子、あなたその怪我隠しているつもり?結構な深手だって…悪いけど夜目にもバレバレだわ。そんな怪我人の癖して私を庇おうなんて無茶、随分と笑わせてくれるわ。第一私はそんなに軟じゃないの!!」
「――なっ!?」
 あまりにも辛辣な拒絶の言葉。
 あっけにとられてる瑠璃子を尻目に、イヴは彼女に歩み寄りもう一度はっきりと言う。
「だ・か・ら、瑠璃子を一人だけ見捨てるような真似は嫌!!!」
 自然顔を見合わせる形。
 例え変装していても隠し通せない端正な顔のイヴ。彼女の瞳は強い意志と、気高い誇りを失っていない。そしてこの様な状況にも関わらず、立ち居振る舞いは一段と気品と威厳に溢れていた。
「貴女…」
「ふふふ…納得できたかしら?」
 瑠璃子の言葉の意味を十分理解した上で、共に戦おうとイヴは言っているのだ。
 そうと悟れれば、瑠璃子は溜息交じりの微苦笑を零す。
「あなたを誘って二人で依頼を受けた理由…ホントはね」
 
 ――父と違い謎の多く強力なイヴ
 私は警戒していたのだと――。

「イヴの…本当の姿を知りたかったからよ…」
 吐息を吐くように紡いだ。
 罪の意識に近かったのだろう。
 その挙句、彼女を死の危険に巻き込んでいるのだから。
 瑠璃子の告白をどう取ったのか、イヴは華奢な肩を竦めて見せ、わざとらしく嘆息した。
「ああもぅ、この状況でテンション下げないの!!――それじゃ、まるで私たち助からないみたいじゃないっ!――私は嫌、死ぬ気なんてさらさらないもの」
 声高に言い切ると自分の服の袖をビリビリと破き、瑠璃子の足元に屈んで傷口の応急手当を施し始める。
「イヴ…――っ!」
 足下に掛けた声が、途端痛みに引き攣った。
「これでよし、さあ…さっさと脱出しましょ!!」
「………」
「瑠璃子!?」
 意外過ぎるほど手際よいイヴ、もう一度此方を覗き込むその眼差しは美しく燃えていた。何のことは無い――彼女は彼女、イヴ・ソマリアという相方は別に何を隠すでもなく。
 瑠璃子はゆっくりと瞬きをすると、胸裏にわだかまっていた「しこり」を息と共に吐き出した。
 瑠璃子の瞳にも強い意志、煌きが戻り始める。
 見届けたイヴは唇を緩めた。
「それでよし、先ずは…この冗談みたいな島から逃げ出してからよっ!」
 頷く瑠璃子、振り返って追っ手の後続を窺い二人は走り出す。
 足を負傷した瑠璃子を庇うように、その肩を貸して森を抜けるイヴ。
(私は、絶対に貴女を見捨てない。この島から逃げる時は必ず「二人」でよ)
 其れは絶対の誓いと決意であった。

***

 そうして丘陵での最終幕が始まった。
 円を描くように此方を取り囲む敵――その全てが人狼。
 数は軽く10を越すのだから、最早絶望的な状況だろう。
 月の下で、互いに背中を庇いあう様な姿勢。
 朝比奈舞ことイヴ・ソマリアは素手。瑠璃子は抜き身の白刃を握るも、片足を負傷。
 特に瑠璃子の負傷した足は、衣服の切れ端で簡素な血止めが為されていたのだが、無理に走り過ぎたせいで出血が激しい。既に膝下は真っ赤に染まりつつある。
「悔しいけど、これじゃ満足に剣も揮えないわね――イヴ、貴女…心得はあるんでしょ?」
 握った刀、背中を預けるイヴへと促す瑠璃子。
「確かに、剣ならば扱えるけど――でも、瑠璃子はどうするつもりなのよ?」
「素手で十分…」
「……冗談でしょ?」
「本気――」
「………」
 ふざけている調子ではない。また諦めている風でもない。信じ難いことだが素手になることへの恐怖よりも、深い自信すら感じられた。
「大丈夫よ…二人で何としてでも生き延びるんだから!!」
 力強い瑠璃子の言葉に、イヴは促された刀を受け取った。
「当然っ!」
 相槌を打った瞬間。
 輪を縮めていた「敵」が一斉に飛び掛ってきた。
 ―――、
 静かに刀を請願へと構えたイヴ、無手で凶爪を迎え撃とうとする瑠璃子。
 二人の女性それぞれに、二体の「敵」が同時に向かう。
 殺戮を確実とする四方からの攻撃は、しかし誰もが、いや瑠璃子のみが予想していた銃声の響きによって瓦解したのだった。

***

 一方的な殺戮で終るはずだった戦いが好転したのは、警察と自衛隊による救出部隊の登場が理由であった。人狼の多くが遠距離から打ち鳴らされる銃弾を浴びて怯み出す。そして陽動されるように瑠璃子やイヴの囲みを解いたのは、偏に「敵」の知能程度が低かったお陰であろう。
 二人は一応の虎口を逃れた。
「所詮は一応に過ぎないみたいだけれど…」
「ホント、ある意味さっきよりも危なくない?」
 確かに10体の人狼は海岸から現れた救出部隊の陽動に乗せられた。そして隙を見て警察隊の一部隊が彼女たちの元へと廻り込んだのだが…。
 丁度、警官隊と瑠璃子、イヴに割って入るような形で一際大きく、強靭な肉体を持つ人狼が現れたのである。
 瑠璃子とイヴを助けるつもりの警官隊は、この敵に難なく一蹴された。
 さながら「敵」のリーダーとでも言うべきか。
「―――イヴ!!?」
 向き直った人狼が二人に、先ず得物を手に握ったイヴへと襲い掛かったのを見て、瑠璃子が叫ぶ。
「そう簡単に――!!!!」
 潮風を引き裂く轟音。額の先に感じながら間一髪で一撃を外すイヴ。しかし間髪入れずに顔目掛けて繰り出された二の腕。
(速い――)
 と、即座に何処を狙われたのか直感し、飛びのいたイヴも尋常ではなかった。
 飛び退く際、三つ編みが豪腕の余波を受けて勢いよく風に踊る。
 が、しまったと気づいたのはイヴの方。
「瑠璃子―!!」
 痛恨の叫び。
 彼女は「敵」から飛び退き過ぎたのだ。
 この人狼は明らかに他の連中よりも知能が高かった。間合いを空けたイヴには気を止めず、そのままくるりと反転し、負傷する素手の瑠璃子へと襲いかかったのである。
 ――自らの喉に弾丸のように流れた凶悪な爪。
 足に負傷を負っている為に咄嗟の動きが出来ずにいた。
 が、恐怖は無い。
 あるのは――。
「破――!!!」
 一瞬だった。
 目視したのではない。喉先に熱い奔流を感じ、逆らうことなく四肢が動いたのだ。
 無事な片足、その爪先を軸に腰から上が。
 流れるように、まさに華麗に、人狼の巨体が円を描いた瞬間だった。
「―――」
 片手投げ。
 それは傍目から『空気投げ』に近い妙技であった。
 普段の瑠璃子に意識して出来た例は無い。が、それが突然この局面で出たのだ。離れて見ていたイヴには、あたかも魔術のように映ったかも知れない。
 しかし投げた方も投げた方ならば、投げられた方も人間ではない。
 自らの勢いも手伝って派手に吹き飛ばされたはずの人狼は、土に片手を付けるだけで着地し、再び瑠璃子に飛び掛った。
(――流石に二度は出来ないわよね?)
 精神力と傷の負担。片膝を土に落とし、それでも迎え撃とうとする瑠璃子。
 きつく噛み締めた唇からは一筋の血。
 迫り来る死の予感に、思ったのは――。
 が、迫りつつあった死の風は、新たな救援者によって届くことは無かったのである。
 そう――人型兵器を駆る、『彼』によって。


 短い時が流れ、イヴと瑠璃子、二人の肌に浮かぶ汗に吹きつけた潮風、心地好いと感じる頃。人狼たちは鎮圧され、二人の女性は特殊部隊に保護された。
「あたしぃ、テレポートを使う必要はなかった?」
 と、瑠璃子の隣で腰に手を当て、イヴが呟いた。
 それは今夜一番の軽い響きを宿していたし、安堵感も伝わった。
 実は最後のあの瞬間、片膝を付いた瑠璃子の前へ、イヴがテレポートを使って庇うように立ちはだかったのだ。いつの間にか異能力を押さえつけていた枷は消失していたらしい。
 彼女の少し拗ねたような、呆れたような、其れでいて揶揄するような呟きが瑠璃子には嬉しかった。
 生き残れた。
 二人で無事に生き延びられた。
 そして自身を窮地から救ってくれた存在も、二人の近くへとやって来る。
 穏やかな笑顔、瑠璃子はイヴに紡ぐ。
「私の自慢の弟よ。…貴方にとっても、そうなるわ」
 ――と。

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2004年03月29日

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