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『種の子 』
蒼王・翼2863)&桜塚・金蝉(2916)


 舗装された道の上を春先にしては冷たい風が駆け抜ける。
 古城とビールの国、ドイツを訪れていた翼と金蝉は、ウェーザー・ルネサンス様式の白壁造りの家が立ち並ぶ中、取り残されたかのようにぽつんと建っている教会の扉を開けた。強い神気で満たされているその場所は、ヴァンパイアの血を半分受け継いでいる翼には少々息苦しい場所だ。聖水や陽光、十字架などは克服してはいるものの、どうもこの気には馴染めない。
 入り口で中に入るのを躊躇している翼とは反対に、金蝉は古い教会の荘厳な雰囲気に、何か懐かしいものを感じつつ足を踏み入れた。様々な人の墓碑が埋め込まれた床は彼の靴音を反響させた。
 祭壇の前で祈りを捧げていた年老いた神父は、来訪者に気を取られることなく祈りを続け、それを終えてようやく2人を振り返った。彼の顔は2人を歓迎して微笑んではいるものの、焦燥と不安の色を隠し切れていない。刻まれた皺の深さが、彼の疲労を語っていた。
「子供の行方不明者が出ているそうだが」
 単刀直入に切り出した金蝉に、神父は些か驚きの目を向けて、それから奥へどうぞと勧めた。が、金蝉は戸口の壁に凭れかかって立っている翼をちらりと見て、必要ないと首を振る。
 神父はそうですかと微笑み、それから疲れた息を吐いた。
「手紙でも申し上げましたが……ここ数日の間に4才以上の子供が大量にいなくなりまして。警察にも届け出たのですが、一向に手掛かりが掴めず、こうしてあなた方にご依頼したのです」
 神父は青褪めた顔をしていた。攫われた子供の中に身内でもいるのかもしれない。
 翼は壁を離れて祭壇の前まで足を進めた。
「子供が連れ攫われた日のことを……何でもいいんです。詳しく教えて頂きたい」
 彼女がそう言うと、神父は小難しい顔をした。それから何事か聞き取れないような声で小さく呟くと、意を決したように話し出した。
「その……あなたのような金髪・蒼瞳の方を見た、と」
 神父の詰ったような物言いは、それだけではないことを表していた。金髪に蒼い瞳だなんて日本ならともかく、こちらでは取り立てて珍しいと言った訳でもないだろう。ひょっとすると翼とその目撃された人物が、酷く似通っているのかもしれない。
 その神父の態度に翼以上に金蝉が腹を立て、2人は子供が攫われる時間帯と場所を聞くと、早々に教会をあとにした。

 町の中はやはり静かだった。子供の声が聞こえないばかりか、通りを歩く人さえあまりおらず、見掛けても暗い顔をしているか、そうでなければ目を血走らせてあちらこちらを見張っているかのどちらかだ。2人はその通りをまっすぐ南へと下っていった。
 噴水前の広場には誰もいなかった。まだ正午過ぎだと言うのに、遊ぶ者がいないからかいやにしんとしている。そこへ来て翼は顔を顰めた。
「どうした?」
「いや……少しにおいがしたような気がしてね」
 翼の答えに金蝉は頷いた。
「ああ。極僅かだが悪しき気を感じる……それも吸血鬼の、なんだろ?」
 肩を竦めてみせた金蝉に、翼は頷き返す。それから2人の間にしばし沈黙が下りて、翼はこのことの意味を思索し、金蝉はそれを邪魔しなかった。
「違っていたらすまないんだが……ルーマニアに渡らないか?」
 金蝉は無言で腰掛けていた噴水のへりから立ち上がった。すなわちそれが了解の意だった。
 かくして一向は、吸血鬼ゆかりの地、ルーマニアのトランシルヴァニアへと向かったのである。



 トランシルヴァニアに入ってすぐに南下し、カルパチア山脈へ入った。喉かな風景を背に、2人は山の暗い方へと入っていく。暫く歩くと霧の濃く覆われた湖に出、そこで翼は足を止めた。
 辺りはすでに夜の気配が強くなっていた。
「ヴァンパイアの始まりはこの場所なんだ。彼らはこの地で行われた迫害や虐殺で生じた吸血鬼騒ぎに便乗して、捕虜や移民の血を啜った」
 夜が深まるにつれて、霧はさらに濃くなっていった。それに紛れて現れた姿に、翼は少なからず衝撃を受けた。
 そこには翼そっくりの吸血鬼がいた。
「気に入っていただけたかな?貴方の、クローンは」
 頭上から声が聞こえて、2人は空を振り仰いだ。強い風が吹き、周囲を覆っていた霧を消し飛ばして行く。開かれた視界には、数多い子供の姿が見て取れた。
「キミは……!」
「お久し振り、義姉さん。油断していると危ないよ?」
 背後に殺意を感じ、翼は咄嗟に身を翻した。自分が今し方いた場所に、鋭い刃が振り下ろされる。殺気を漲らせて襲いかかって来る子供たちは、恐らくあの異母弟が操っているものと思われた。それに……
 白銀に輝く刃が、翼を狙って一閃した。翼はそれを抜き身の動作で振り払い、返す一撃で相手との距離を取る。重い金属のぶつかりあいに、剣が甲高い悲鳴を上げた。
 翼そっくりの、けれど生気のないクローンが、反撃の隙を狙っていた。
「どうして……」
 恐ろしい、というよりはただ痛かった。この、虚ろで意志のかけらも感じられない者が自分のクローンだということが。翼はそこに有り得たかもしれない自分を見て、疼いた胸を押さえた。
(もしもなんて馬鹿らしいことだと、わかっているはずじゃないか)
 そう自分に言い聞かせてみても、今はその言葉すら空回りする。『もしも』がこうして実体として表れるということは、強い説得力があった。

 ――BANG!

 突然の銃声に翼は顔を上げた。前に傾いでいく己のクローンの向こうに、金蝉の姿が現れる。水平に伸ばされた右腕の手には魔銃が握られており、その銃口は橙色の硝煙を燻らせていた。
 合った目は、漆黒の鋭い輝きを湛えていた。
「……同じような人間は2人もいらねえんだよ」
 吐き捨てるように呟いた金蝉の言葉に、翼は少し笑った。とても彼らしいと思ったからだ。
 クローンを倒されたことによって焦った異母弟が、矛先を翼から金蝉に変えようとする。だが翼は宙に飛び上がると、自らの体内に流れる吸血鬼の血によるチャームの力を使い、子供の意識を自分の手中へと納めた。
「この程度で僕に挑んでくるなんてね……甘く見られたものだ」
「くそっ!」
 異母弟は小さく吐き捨てると、風を切って翼に襲い掛かって来た。翼はそれを軽く避けると、白銀の刀身を横に薙いで異母弟の首を刎ね、そして手をかざして消滅の力を使った。今度は、光の力だった。

「――おい、とっとと帰るぞ」
 東の空が濃い橙色に染まり始める中、少し苛立った声が響いた。翼は彼の放った弾丸の残した硝煙に似ている空に、見惚れていた顔をはっと引き戻した。闇の濃い夜は終わり、朝が訪れようとしていた。
「喫煙者の肩身の狭い国に、いつまで俺をいさせる気だ」
 そう言う彼は、今まさに口に咥えた煙草に火をつけようとしているところだった。そういえば、街中ではずっと吸っていなかった気がする。一呼吸おいて、細長い紫煙を吐き出す彼を見て、翼は苦笑した。
「ルーマニアのワインは安くて味もなかなかだと評判なんだ」
 翼の台詞に、ようやく金蝉はその口角を持ち上げる。
「そりゃあ是非試してみたいな」
 まだ半分も吸っていない煙草を湖に投げ入れて金蝉は、まだ覚醒していない子供と共に歩き出した翼のあとを追った。

 朝が、来ていた。



                          ―了―
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東京怪談
2004年03月29日

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