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『風櫻守 』
季流・白銀2680)&河譚・時比古(2699)&季流・美咲(2765)

 春の柔らかい風に、乗せながら。
 舞い散る櫻が土に帰るのは嫌だと言わんばかりに、空を待っている。
 春は、今のこの時期が一番美しい。
「や、シロ」
 全校集会終了後の、渡り廊下。級友達と教室に戻ろうとしていた白銀(しろがね)を、そう呼ぶ声が聞こえた。
 足を止め視線を送れば、櫻の木に寄りかかり、白銀を見つめている人物が居る。
「…美咲、何か用かい?」
 白銀は微笑みながら、声の主にそう言葉を作った。視線の向こうに居るのは、季流 美咲(きりゅう みさき)。白銀の通う学校の中等部に通う中学生だが、位置づけは白銀の叔父に当たる。『黒髪黒眼』の、まさに季流家の理想に叶った容姿を持つ、少年だ。
「ん〜、こーゆー時でもねぇと2人で話できねーもんな。いつもは『シロべったり』がいるし?」
 白銀が級友を先に行かせ、彼へと歩み寄るのを見ながら、美咲は軽い口調で白銀の問いに答えた。白銀のことは『シロ』と、そして『シロべったり』とはおそらく白銀の護衛である時比古(ときひこ)のことを指しているのであろう。
 そんな彼に苦笑しつつも、白銀は美咲の寄りかかる櫻の木の下まで足を進めた。
「で、何だい?」
 美咲に向かい、話を促す白銀。
 『完璧な微笑み』と、『屈託のない笑顔』。言うまでも無く前者が白銀であり、後者は美咲だ。促され口を開く美咲に、受け答えをする白銀。何気ない会話を続けているそんな二人を傍から見る分には、何も支障も無いように思える。お互いに、『崩さなければいい』だけの、話だ。
「…ってさ、シロはどう思う?」
「そうだね…」
 他愛の無い会話が、続く。美咲の最近の身の回りの出来事だったり、中等部の話だったり…様々な。それを白銀は微笑みながら、頷き返す。殆ど聞き役になっているのも気に留めずに。
「…なぁ、シロは罪悪感とか抱かないワケ? あの男の父親殺したの、シロって言っても過言じゃないじゃん」
 ふいに、美咲が話題をガラリと変えた。笑顔を崩すことは無く。
 その言葉に、逆に表情を変えたのは、白銀のほうであった。微笑みは脆くも崩れ、端麗な顔は少しだけ強張っているかのように、固まっている。
「………」
 あの男の父親、とは時比古の父親を指す。
 『季流』の当主が死ねば、仕える『河譚』も死ぬ。当主であった白銀の父は、彼が生まれたときに事故に遭い他界し、その時に仕えていた時比古の父も、亡くなっているのだ。それが、季流家と河譚家の軌条の上に敷かれた、避けることの出来ない運命。
 ちら、と美咲の視線が動いたのを、白銀は知らない。彼は白銀の僅かな反応でさえ、全てその目に留めているらしい。
「それにサ、シロが傍にいるせいであの男も命縮めるんじゃない?…ま、オレは影響ないけどネ」
 両腕を頭の後ろで組み、軽やかな口調で『止め』の言葉を白銀に送る、美咲。動けなくなっている白銀の横を通り過ぎ、そのすれ違い様に、彼の表情をまた盗み取る。そしてまた満足そうに、口の端を上げていた。
「おっと、次は移動授業だっけ。じゃな、シロ」
 美咲は始終笑みを絶やさなかった。最後は独り言のように言葉を繋げて、白銀の傍を離れる。
 白銀はそれに頷き、出来る限りの笑顔を作り上げて、美咲を見送った。
 ざぁ、と風が櫻を舞い上がらせ、白銀の銀髪さえもその風に乗せられる。それを押さえながら、彼はその場に立ち尽くしていた。…動けないのだ。櫻の木を見上げ、その青い瞳は曇らせたまま。
 その姿を目に留めたものが、居る。
 控え室の窓から、自分が誰よりも知る後姿を確認し、足早にその場から白銀の傍へと駆け寄る人物―――時比古だ。
「白銀様」
 その声に、ビクリと、肩を震わせる白銀。
 今だけ、何故か避けたくなるような、感覚に陥った。振り返ることさえも、躊躇わせる。
「…どうかなさいましたか?」
 時比古が白銀の前まで回りこみ、少しだけ身をかがめて、様子を伺う。そこで初めて白銀は視線を動かし、時比古の存在を認めた。
「………」
「白銀様…?」
 時比古が、ゆっくりと腕を上げ、白銀の肩にその手を置いた。彼は白銀の感情の無いような表情に、内心焦りを感じたのだ。
 すると白銀は時比古を見上げ、言葉に詰まったような表情で何かを訴えようと、口を開く。
「…河譚、お前…」
「はい?」
 白銀は、そこで喉を突いていた言葉を、死なせた。
 時比古の柔らかい表情を前に、次の言葉を生かすことが出来なかったのだ。

『俺を、恨んではいないか?』

 死なせた言葉。
 それは、あまりにストレート過ぎて、そして自分にとっても、残酷な言葉に取れて。
 どうしても、喉から先へと、進ませることが出来なかった。
 そんな時、緩やかな風が二人の間に櫻の花弁を運んでくる。まるで、舞いを舞っているかのようだ。
「…綺麗だな。美しい櫻の下には死体が眠るという――俺は美しく咲かせるより、生きて近くにいて欲しい」
 白銀は櫻の花弁を手にし、時比古にそう言うと、一旦言葉を止める。そして一呼吸した後、もう一度口を開き、
「…お前は…いるよな?」
 と繋げた。自然と時比古の腕に、自分の手を置きながら。確かめるように。
「………」
 時比古は言葉なくそれに微笑むのみであった。いつもと変わらぬ、優しい微笑み。
「……河…」
 そんな時比古に白銀が何か、言葉を繋げようとしたとき、無情にも校内の予鈴が響き渡る。
「…もう、お戻りください、白銀様」
 そう言う時比古の表情が、残念そうに見えたのは、白銀の思い過ごしなのだろうか。それでもそれ以上を考えることは無く、白銀はゆっくり口唇を閉じ、少しだけ困ったように笑い、頷く。
 そこで崩れた、二人の間の脆い『空気』を取り戻したくても、現実が邪魔をする。白銀はそっと時比古の傍を離れて、踵を返した。渡り廊下へと戻り、そこで時比古を振り返り、笑顔を再び贈ってから彼はその場を後にする。
 後ろで括った白銀の髪が、風に揺れた。そこだけ、時間が遅くなったかのように、ゆっくりと。櫻の花弁と共に。時比古はそれを目で追い、一瞬、腕を上げたがギリギリで自制をかけ、主の背を見送る。
「…白銀様…」
 虚しく空(くう)に残される、主へと向けられた、手。
 残された時比古は、空気を握り締めた後、それを自分へと戻し、白銀が手を置いていた部分に置き強く握り締め、暫くその場に立ち尽くしていた。


『シロは罪悪感とか抱かないワケ?』

『シロが傍にいるせいであの男も命縮めるんじゃない?』

 白銀の脳裏に繰り返す、美咲の言葉。
 足早に廊下を突き進みながら、言葉の攻撃に遭っているような感覚に、白銀は苦渋の表情を浮かべていた。

『シロは…』

『シロが…』

『あの男の命…』

「……っ、…」
 人気の無い廊下で。
 白銀は堪らず足を止めて、壁に肩をぶつける形でよろけた。
 美咲の笑顔が、恐ろしく残忍なものに見えて仕方なかった。そう思わずには居られない程、彼の言葉は重く、白銀を責め続けている。
 白銀は美咲の性格を熟知しているつもりだった。それでも、読めない部分が多すぎる為に、少なからず白銀を苦しめる。
 白銀の脳裏には、美咲の笑顔、そして言葉。それから時比古の微笑が渦を巻いて巡っていた。それは、後から後から、湧き出している湯水の如く。目を閉じれば追い討ちをかけるように、鮮明になっていく。
 こんな時程、時比古に傍にいてもらいたいと思ったりもする。決して、口には出すことは出来ないが…。
「…河譚…」
 胸の辺りを握り締め、口から漏れた言葉に、白銀は思わず弾かれたように瞳を見開いた。そして震えている手を、口元に持っていく。
「何、を…」
 何を、言いたかったのか。時比古の名を呼んで、彼に何を求めたかったのだろうか。今の白銀には、奥深くで燻る感情に、行き届かない。
「……戻らなくては…」
 独り言を繰り返した後。
 一度、深呼吸をして。
 息を飲み込み、動揺をそこで、無理矢理止める。
 白銀は姿勢を正して、身を預けていた壁を離れ、また前に歩みだした。
 苦しいほどの、思いは多々ある。それでも、現実と言う時の流れには逆らえない。今は、逆らってはいけない。
 そう思った白銀は、自分の教室へと再び、足早に進むのであった。
 ひらり、と一つの櫻の花弁を、残して。
 それから程なくして、本鈴が高らかに、校内を駆け巡り響き渡った。


 春の景色を彩る、櫻達が見守る中で。白銀、美咲、時比古。それぞれの想いは、深い位置にある。
 惑わす思いと共に揺れ動き、狡猾に、もしくは募る想いに変わっていく。そこには誰も、踏み込めない。
 いつか必ずそれに辿り着き、扉が見えたとしても。今はまだ誰一人として、踏み込んではいけない領域なのだ。
 舞い散る櫻に、全てを隠し通しても。
 

-了-

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季流・白銀さま&河譚・時比古さま&季流・美咲さま

ライターの桐岬です。今回も楽しく書かせて頂きました。
美咲くんは、とても興味深い子ですね。書いていて楽しかったです。
少しでも残忍さを出せていればいいなと思うのですが…。
そして白銀くんと時比古さんも、今回もそれぞれに苦しんでいますね(苦笑)。
大好きな桜を絡ませてのお話、今回もご満足頂けると幸いです。
ありがとうございました。

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。

桐岬 美沖。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月26日

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