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『住めば都か天井裏も 』
丹下・虎蔵2393)&本郷・源(1108)


 ぎしい、がたん、ぎしい、ごとん、ぎしい、ぎしい。
「……何ぢゃ、騒々しいのう」
「鼠捕りが何ぞ、持ちこんできておるのじゃ」
 ずずず、と和服の少女がふたり、ぴょいと天井を見上げたあと、何事もなかったかのように茶をすすった。
 ぎしい、がたん、ばき、ごとん、ぎしい、ぎしい。
 あやかし荘『薔薇の間』は騒音に見舞われていた。おまけに、ぱらぱらと埃や木屑も落ちてくる。天井裏に、大きな生物が生息することになったのだ。その生物はとりあえず人間というものに分類され、日本人であり、丹下虎蔵という名前もある。『薔薇の間』を牛耳る本郷源に雇われた……いや、設置された『鼠捕り』であった。虎蔵には忘れてはならない任務があったが、源にそれを明かすわけにもいかず、いろいろあって身分は『鼠捕り』なのだった。
 けれど、それでも構わない。住むところも、天井裏で構わない。
 無垢な恋愛というものは、ひとを盲目にさせるもの。
 隻眼の虎蔵6歳が淡い恋心を抱く相手が、同い年の源であるとしても、本人がそう主張するのならば――誰がなんと言おうと、虎蔵は恋をしているのだろう。
 ぎしい、ぎしい、ごとん。
 『鼠捕り』は満面の笑みで、埃にまみれながら、引っ越し作業にも似た天井裏の整備を行っているところだ。

 ほんとうは、あやかし荘の管理人は気を利かせて、虎蔵に部屋を用意しようとしたのだ。あやかし荘には無数と言っても過言ではないほどの数の部屋があり、大部分が空室である。それを虎蔵はことわった。『影』である彼は、ふつうの暮らしをしてふつうに対象を見守るだけでは失格なのだ。彼もまだ6歳ながら、いやにその辺りが漢であった。
……しかし、少女が住む部屋の天井裏に住み、少女の暮らしぶりを見守るという行為は、6歳の少年だからこそ許されるものであるような気がしないでもない。
 誰の助けも借りないまま、虎蔵は整備という名目の引っ越し作業を続けていた。
 天井裏は、見る見るうちに――誰も客観的に見ている人間はいないが――立派な生活空間へと変わっていった。なんということでしょう! これも匠の成せる技なのだ、たぶん。
 まず持ちこんだのは新品の卓袱台だ。今の日本、探してもなかなか見つかるまい。
 つぎに、茶箪笥。これも、ここまで『和』といった風情のものはなかなか見つかるまい。
 そして招き猫にみかんが入った鉢に急須、玉露、湯呑み、ガス炊飯器、冷蔵庫、二層式洗濯機……は排水用ホースが繋げず断念、唐草模様の布団、木製ケースに入ったテレビ(チャンネルはダイヤルで変える)、鉱石ラジオ、ねじ巻き式の時計。
 ……丹下虎蔵は、6歳である。
 ふむう、と彼は満足な溜息をもらした。
 ぎしい、ぎしい、ぎしい――
「おっ」
「おお」

「はッ?!」
 突然背後で上がったふたつの声に、虎蔵は振り向いて息を呑んだ。
 出入り口にするために取り外しが利くようにした天井板を持ち上げて、和服の少女がふたり、虎蔵の住まいを覗きこんでいた。
 本郷源、そしてあやかし荘に棲みつく座敷童子瑠璃。
「これはまた、様変わりしたものじゃ」
「ここも工夫次第では住めるものなのぢゃな」
「み、源さま! 危のうございます!」
「なめるな、『鼠捕り』! わしは獣の化身であるぞ!」
 源はその言葉の通り、すたっと天井裏に見を翻した。見様見真似で、瑠璃も続く。すたっと降り立つと同時に、埃が舞い上がった。
「ぅ、けほけほ」
「あああ、そ、その辺りはまだ掃除が……」
「わかっておるならすぐに始めんか! ねずみどころかカビ男も出そうじゃ」
「ぎ、御意!」
 腰に手を当てて頬をふくらませる源に平伏し、虎蔵はほうきとちりとりを引っ掴むと、出入り口の周辺を掃除し始めた。実は、その辺りはかなり初めの頃に掃除していたのだ。しかしここは古いあやかし荘の天井裏、ちょっとやそっとの掃除で掃ききれる量の埃ではない。
 虎蔵が埃と格闘している間、源と瑠璃はきゃいきゃいと虎蔵の住居を見てまわっていた。

「おお! この卓袱台は新品ではないか!」
「良いのう、わしの部屋の卓袱台をそろそろ換えようかと思うていたのぢゃ」
「瑠璃殿瑠璃殿、見やれ! みたらし団子じゃ!」
「それも、6丁目の『なごみ堂』のものではないかっ!」
「うむっ、旨い!」
「旨いのぢゃ!」
「これ、『鼠捕り』!」
「は、はっ!」
「何をしておる、茶じゃ!」
「気が利かんのう!」
「御意! すぐに!」

 そもそも虎蔵が何故掃除をしているか、などという根本的なことを、源が綺麗さっぱり忘れているのはご愛嬌というか、お約束である。
 カセットコンロで湯を沸かし、虎蔵が茶を淹れたときには、すでに源と瑠璃の興味は他に移っていた。唐草模様の布団をぼふぼふと叩いたり踏んだり「良い柄ぢゃ」と誉めたりで忙しい。
「あ、あの、源さま。粗茶が入りましたが」
「む? 左様か。どうれ」
 ずずず。
「ぬるい! まずい! だめじゃだめじゃ!」
「まさに粗茶ぢゃ!」
「も、申し訳ございませんでしたッ! こ、この虎蔵、腹を切ってお詫びを……!」
「いいからみかんを持ってくるのぢゃ!」
「じゃ!」
「御意! す、すぐに!」
 ばたばたと虎蔵が冷蔵庫の脇にどけられたみかん鉢へと走る。もうもうと立ちこめる煙、そして咳き込む源と瑠璃。
「けほけほけほけほ、これ! ちゃんと掃除をせんか、息も出来ぬわ!」
「労咳を患うたら如何してくれるのぢゃ!」
「ぎ、御意ッ!」
 そして虎蔵は、みかん鉢を差し出してから、出入り口側に置いてきたほうきとちりとりを取りに走る。
 ぎしい、ぎしい、ごとん、ぎしい、がたん、ばきっ。
「せっせっせーの、よいよいよい」
「おーてーらーのおーしょーさんがー」
 ぎしい、ごとん、べきばき、ごとん。
「……のたねーをまーきーまーしー」
 ばきっ!
「ええい! 『鼠捕り』! もう少し静かにせんか!」
「しかし、暗いのう。遊びには向かぬようぢゃ」
「団子も埃をかぶって……わあ!」
 源が珍しく悲鳴のようなものを上げて飛び上がった。
 卓袱台の上に置きっぱなしになっていたみたらし団子を、ネズミがかじっていたのだ。それもかなり大きいネズミだった。
「これ、『鼠捕り』! おぬしのその銘は飾りか!」
「な、『なごみ堂』の逸品がっ!」
「! 源様、瑠璃様、お伏せください!」
 ほうきとちりとりを投げ捨て、虎蔵は袖口からずらりと苦無を抜き出し、抜き出した瞬間に投げていた。載せられた念によって、苦無は意思あるもののように飛んだ。苦無はネズミの脳天を捕らえ、その骸を卓袱台に縫いつけた。
「ご無事でしたか?!」
「たわけー!」
「あおっ!」
 瑠璃のドロップキックを食らい、虎蔵は埃の中に倒れ伏した。瑠璃は地団太を踏みながら声を上げた。
「この卓袱台はわしが貰い受けるつもりであったのぢゃぞ! 鼠なぞを縫いつけおって!」
「団子も食べられなくなったではないかっ、粗忽者!」
「も、申し訳ありませんっ……!」
「詫びる前に、すぐに『なごみ堂』に行ってくるのじゃ!」
「わしは餡を5本と、ごま3本ぢゃ!」
「わしはみたらし10本じゃ!」
「御意! すぐに!」
 虎蔵は言われるがままに天井裏から下り、迷路のようなあやかし荘の中を駆け抜け、6丁目の和菓子屋へと走る。空気が清々しい。これまで1ヵ月以上も天井裏で暮らしていたのだから余計にそう感じる。
 本来ならば、彼は瑠璃に命じられる義理はないはずなのだ。そもそも、源に命じられることすらおかしい。彼は、源の影を勤め、源を何者からか護る立場にあるのだから。
 任務には冷徹であれ、と忍はいう。私情を挟んではならない。彼ら影の世界は無情なものであるべきなのだ。
 虎蔵は、知っていたのだが――
 とりあえず今は、走らねばならない。
 今頃源と瑠璃が天井裏に飽きているだろうということは、露ほども考えていなかった。
 彼は残った片目すら、最早見えてはいなかったのである。
 ただ、視界に御用達と化した和菓子屋が入ったとき、虎蔵は安堵の微笑を浮かべた。源が団子を頬張って喜ぶ顔が、その看板に重なった。


「また、ネズミぢゃ!」
「『鼠捕り』! 居らぬのか?! ――ええい、肝心なときに!」
 すでに天井裏から下り、遊び部屋のひとつでお手玉をしていたふたりの間を、ネズミが横切ったのである。『鼠捕り』は、いない。
 源がほうきを、瑠璃がちりとりを持って、ネズミを追いかけ始めた。
 そのほうきとちりとりは、無論、『薔薇の間』の天井裏から持ち出してきたものだった。

 ちなみに、だが。
 天井裏に置かれていたはずの虎蔵の家具は、何をどうして下ろしたのか、源が『薔薇の間』にあり――源が使っている。
 天井裏は、以前と変わらず、ネズミと埃のものになっていた。

「ただいま戻りました、源様! ……あれ?! 源様! ……ああ!! 影が光を見失うとは、何たる失態……! 腹を切ってお詫びを!!」
 嗚呼、
 とめる者はない。





<了>
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東京怪談
2004年03月25日

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