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『相変わらずの日常 』
虚影に彷徨う蒼牙 禍鎚1245)&刀伯・塵(1528)&無月風・己浬(1581)

 男は、悩んでいた。
 自分はこのままのんびりとここに居ていいのか、と。
 青い髪。青い瞳。高い身長とがっしりと引き締まった体格は、男を年齢以上に成熟させる印象を与えるが、時折覗かせるあどけなさが、男がまだ十六歳の少年であると思い出させる。
 そんな彼――名を、虚影に彷徨う蒼牙 禍鎚(こえいにさまようそうが・かつち)という――が現在居着いているのは、古き故郷でも旧知の仲だった刀伯・塵(とうはく・じん)の住処だった。
 さて。
 冒頭より彼を悩ませているのは、ただ一つ。「‥‥このまま、ただ飯食いのまま、居候していてもいいのだろうか‥‥」であった。
 元来より生真面目な性格故、そんな悩みも出てくるのだ。此処に厄介になっている者でそんな悩みを抱えているのは彼だけだろう。他の連中に至っては、むしろ「お、ただ飯食えてラッキー」ぐらいに思っている‥‥かもしれない。
 もっとも、家主である塵が、その度に怒鳴り散らすのも、もはやここの風物詩だろう。
 だからといってそれを甘んじて受ける禍鎚ではない。
 今日もまた、いつものようにのんびりと過ごす毎日になるのかと、小さく溜息を吐いた時。
「おーい、誰か〜ちょっくら買い出しに行って来てくんねえか?」
 塵の声が大きく響く。
 家主の頼みだ。誰かしら反応するだろうと思っていたが――誰も返事をしない。
 いや、むしろ喧騒だけはどんどん大きくなっている。
 なのにいっこうに‥‥なしのつぶてだ。
 項垂れた塵塵は、のの字を地面に書き綴る。
(「ど、どうせ俺なんか‥‥(泣)」)
 その時、禍鎚は立ち上がった。今こそ、恩に報いる時だと。
「塵、俺が行ってきてやる」
 スッと立ち上がり、塵から財布を受け取ると、そのまま外へと飛び出していった。脇目も振らずに一心と。
「お、おい禍鎚、お前まだエルザードの街って‥‥」
 塵の記憶が正しければ、禍鎚はまだ街に詳しくない筈だ。
 慌てて追い掛けようとした塵を、彼の子供が肩を掴んで引き止める。
「心配すんなって。俺がちゃんとついてってやっからよ」
 不良口調で告げる息子――無月風・己浬(むげつのかぜ・きり)という名の少年の姿を見て、何故かほろりと涙が零れたのは、気のせいだろう。
 そんな父親をあっさり無視して、彼はさっさと禍鎚の後を追った。出かけにこれだけを言い残して。
「んじゃ親父、料理の方は頼むぜー」
 ‥‥何故か、塵の流す涙は止まらなかった、とか。



 人、人、人。
 あらゆる人種がごった返すエルザードの街。その一角である商店街は、平日であるにも関わらず凄い人混みだった。
 おのぼりさん状態よろしく、見知らぬ街に戸惑う禍鎚は、驚きに茫然と立ち尽くしたまま。
「禍鎚、んなボーっとしてっと危ないぜ」
 先導する己浬に手を引っ張られながら、青い髪の少年はまだ辺りをキョロキョロと見回していた。
 彼らの故郷『中つ国』ですら、ここまでの人を見たことがない。元々人死にの恐怖に晒されていた世界だ。人口もさほど多くはなかったのだろうが、此処まで人が集まる場所など禍鎚は知らなかった。
 そんな奇妙な二人連れだったが、人混みをすり抜ける間、不思議と誰にもぶつからなかった。己浬自身は慣れている事もあったが、共に同じ鬼道士の身。流れる人の気を見分ける事など造作もない。
 そうして二人が目的の店に辿り着こうとした時。

 ――事件は起こった。
 もっとも、禍鎚と己浬からすれば、事件と言うのもおこがましい些細な出来事に過ぎなかったが。

「‥‥どうする?」
「あぁ? んなの、決まってんじゃん」
 禍鎚の静かな問いに、己浬が事も無げに即答する。
「テメェら、なにくっちゃべってんだよ!」
「おうよ。こっちはお前ぇらがぶつかってきたおかげで、肩が外れちまってんだよ」
「さっさと出すモン出しちまいな」
 柄の悪い男達が五人。彼らの前に立ちふさがって、息巻いている。
 明らかに街のゴロツキといった風体の男達は、予想に違わず粋がって己浬の方に近付いてくる。おそらく二人のうち、彼の方が脅しやすいと思ったのだろう。
 知らないという事は幸せな事だ。
 いや、この場合、男達にとっては不幸であったろう。
「ええ、この肩、どうしてくれるんでい!」
「肩がどうかしたって?」
 詰め寄った、その瞬間。
 男の身体は己浬の前にあっけなく沈んだ。苦悶の表情を浮かべたまま、叫び声すら上げれない様子だ。男が押さえている肩には、己浬の手が添えられている。
「肩が外れるってのは、こういうのを言うんだぜ」
 ニッと笑う。
 その顔に怒りが心頭したのか、別の男が腕を振り上げた。
「てめぇっ」
 が、男の拳が振り下ろされるより早く、その身体が宙を舞った。一瞬で起きた信じられない出来事に、男自身の目が驚愕に見開かれたまま、地面に投げ出された。
 軽く掌を払う禍鎚が、じろりと残りの男達に視線を送る。
「‥‥これ以上、やるつもりなら‥‥容赦、しない」
 忠告のつもりだったが、どうやら連中にはその温情は解らなかったらしい。
 やられた仲間の仇とばかりに、彼らは二人に襲いかかった。

 そして。

「ったく、しょうがない連中だな」
「‥‥同感だ」
 わずか一分後。
 二人は何事もない顔をして、頼まれた買い物をするべく店の中に入っていった。



「‥‥く、くそぉ‥‥アイツら、絶対ただじゃおかねえからな」
 難を逃れたごろつきが一人。
 前方に見える男二人を、気付かれないように尾行をしていた‥‥無駄な努力だと知りもせずに。


「――でさぁ、ひょっとしたら連中のお礼参りがあるかもしんねえな」
 物騒な発言を、何故笑顔で言ったりするのか。
 息子の態度に思わず胃が痛くなりそうな隠居願望の男、塵。
「‥‥来るなら来るでいいさ。ちょうどいい運動になる」
 戦う事を生き甲斐とする少年は、普段は見せぬ笑みを浮かべて、塵を更に呆れさせる。
「お、お前らなあ‥‥」
 もはや言葉もない。
 禍鎚はともかく、己浬は塵にとって今でも子供の印象が強い。だからこそつい口喧しくなってしまうのだが。
「己浬、お前本当に大丈夫なのか?いくら強いからって相手は」
「ちょっと待った!」
 心配する塵を、己浬は手を差し出して押し留める。
 父親たる彼の気持ちが分からない訳じゃない。おそらく彼の中では、自分はまだ十一歳の子供なのだろう。
 だが、実際問題、今の己浬は二十一歳の青年だ。とっくに大人に負けない身体を手に入れているのだ。
「親父の気持ちはすっげぇ嬉しい。だけどよ、俺はもう二十一だぜ。いい加減大人なんだ。日吉ならともかく、俺の事はもうそろそろ心配すんの、止めにしねえか親父?」
 一人前の男の顔で。
 そんなコトを言われた日には、塵パパったら感涙にむせび泣いてしまいそうだった。正直、じんわりと目頭に涙が滲んでいたりする。
「そ、そうか‥‥お前も大人になったんだな‥‥」
 この時。
 塵の中でようやく己浬の存在が大人として認識されたのかもしれない。
 そんな親子の感動対面を横目で眺めていた禍鎚は、何故だか懐かしい気持ちが沸き起こっていた。ぽっかり空いた心の穴に、じんわりと暖かいモノが流れ込んでくるような。
 三者三様の感慨深さを味わいながら。
 夜は、ゆっくりと更けていく――。



 その夜。
 焔隠れの庵は、総勢五十名以上にも及ぶゴロツキ集団に取り囲まれた。
「おらぁ、出てきやがれ!」
「てめえら、ボッコボコにしてやらあ」
「とっととあの二人を出しやがれ!」
 ガラの悪い怒声が夜の静寂に響く。
 寝入りばなを起こされて不機嫌な塵。うざったるい‥‥そう思うのだが、さすがにこれ以上続けられては安眠妨害だ。一応ここには他の連中も眠っているのだ。もっともその程度で起きるような柔な連中が、ここに居るとも思えないのだが。
 とにかく。
 出てこいというのだから、出ていってやろう。
 どこか嬉しそうな顔を隠せない己浬と禍鎚を引き連れて、塵達三人は気怠そうに表へと出た。

「おーおー、しっかりやる気満々じゃん」
「肩慣らしにはちょうどいいな」
 場所が狭いと言って、近くの広場まで連中を案内した三人。
 己浬は肩を何度も回し、禍鎚は指を軽く鳴らしている。そんな二人を見ながら、持ってきた木刀を構える塵は、念のためとばかりに釘を刺す。
「いいか、お前ら。相手はゴロツキとはいえ仮にも一般人だ。武神力なんか絶対使うなよ」
「わーってるって。別に殺したりはしねえよ」
「‥‥少し痛い目を見るだけだ」
 ホントにわかってんのか、おい。
 と突っ込みたくなるぐらい、二人の目は好戦的に変わっている。
 かくいう塵の方も、徐々に気分が高揚していくのがわかる。所詮、三人とも同じ穴のむじな。サムライとして典型的な戦闘好きなのだ。
「ったくしょうがないな」
 苦笑混じりの呟きは、どうやら向こうの連中の気に障ったようだ。
「やっちまえ!」
 誰かの掛け声と同時に、男達が一気に迫ってくる。
 三人は、その勢いをいとも容易く受け止めた。

 振り下ろされた木刀が、一人の男の身体を撃つ。
「ヤローッ!」
「甘い」
 背後から別の男が詰め寄れば、瞬時に身体を反転させた塵が、返す刀でその鳩尾を突いた。苦悶の声すら上げることなく、男はその場に崩れ落ちた。
 不利を悟ったか、連中は複数で塵を囲もうとする。手にはナイフや短刀といった刃を持って。
 が、それに怯える事なく、彼は堂々と二の足でしっかりと立っていた。
「そんなもので俺がやれるか!」
 一閃。
 塵を中心に円を描いた軌道は、あっさりと男達の刃物を叩き落とした。
 そして、今度は逆に彼らが恐怖する番だった。

 禍鎚の拳が男の顔面を殴打する。
 力をセーブしているとはいえ、屈強の腕から繰り出された衝撃だ。受け身を取る事の出来なかった男は、あっけなく吹っ飛ばされていった。
 そんな彼の背後から迫る連中は、己浬の跳び蹴りであっけなく気絶する。
 禍鎚と己浬。
 お互い背後を庇う形での連携技に、男達はいとも容易く倒れていく。
「なぁんだ、大したことない連中だな」
 挑発する科白を己浬が発すると、男達は顔を真っ赤にして突っ込んでくる。そんな彼らを、位置を入れ替えた禍鎚の足払いが薙ぎ倒した。
 肉弾戦を得意とする鬼道士二人を相手に、連中はあまりにも分が悪すぎた。
「準備運動にも‥‥ならんか」
 呆れたように禍鎚が呟けば、倒れた男の一人が激昂する。
「て、てめえら!」
 懐に入れた手。
 掴み、取り出したのは黒光りする短筒のようなもの。『中つ国』出身の彼らにとって、それは未知の武器。
 狂気に歪んだ男が笑みを浮かべ、その先端を禍鎚に向ける。
「死ね!」
 叫ぶと同時に、男の手にした武器から火花が散った。
 音を越えて飛んでくる鉛の弾。禍鎚の捉えた視界の中、自分に向かってまっすぐに。
「禍鎚ッ」
 隣で叫ぶ己浬の声が遠い。その集中力が一点に注がれた、次の瞬間。
 素早く伸ばした腕が、飛んでくる弾を容易く受け止めていた。
「なっ!?」
 驚愕に見開かれる男の目。その前で、禍鎚はニヤッと笑みを見せた。
 見せびらかすように受け取った弾を地面に落とす。
「こんな飛び道具でやられる程、俺はナマってない」
「ひっ!」
 慌てて逃げようとした男の行く手を立ち塞いだのは。
「お前で、最後だぜ」
 ぐいっと持ち上げられた男の身体。この繊細な細腕の、どこにそんな力があるというのか。
 もはや恐怖に彩られた表情のまま、男は身を竦ませる。
 が、それで手を抜くほど、己浬は甘くはない。
「――でやっ!」
 大きな弧を描き、男の身体は宙高く投げ飛ばされた。

 そして。

「おっしゃ! こっちもこれで最後だ」
 塵が向かってくる最後の一人を薙ぎ倒した直後。
 大きく宙に舞っていた男の身体が地面に落ち、ズシンという音を立てた。



 訪れたのは、夜の静寂。
 月明かりに照らされて、累々と築き上げられた屍の山(まだ誰一人、死んではいない)の中に立つ三人の影。
「なかなか良い汗を掻いた」
 戦闘終盤の緊張感を思い出し、禍鎚は満足げに頷く。
「ま、それなりにいい運動だったしな」
 久々に身体を動かし、ご満悦な己浬の頭を、塵がポンポンと軽く撫でる。
「お前もだいぶ成長したんだな〜」
 父親としての嬉しさなのか、淋しさなのか。なんとも言えぬ表情を浮かべる塵。
 が、三人の誰の顔にも、すっきりした爽やかさがあった事を付け足しておこう。
 そうして月が中天を指し示す頃。
 三人は、なごやかに談笑しつつ、帰宅するのであった。


 ――――あのぉ‥‥男達の後始末は?
塵:「んぁ? んなの、ほっとけほっとけ。どうせアイツらがなんとかするさ」
己:「そうそ、いつもどおりにな」
禍:「‥‥ヤツらは、雑食だ‥‥」

 ‥‥‥‥‥‥‥え?(汗)

 誰もいなくなったその場所で。
 カサカサという音を――誰も聞いてはいけない‥‥。

【終】

●ライター通信
 こんにちは、葉月十一です。
 この度は発注いただき、ありがとうございました。サムライの戦闘‥‥思いっきり血湧き肉踊ってしまいました(苦笑)。ラストがああなってるのは、まあ塵さんの家ならこんなのもいるかなーと思って…(マテ)。
 実は今回、サムキン時代にイラストが凄く好きだったお三方のキャラを扱えるとあって、かなり舞い上がってしまいました(苦笑)。おかげで納品がまたもやギリギリです(汗)。
 それにしてもライターとして、こうして彼らの物語が書けるとはホントに夢のよう……夢なら覚めて! じゃなくって覚めないで!(ぉい)
 それでは、いつかまたどこかで。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
葉月十一 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年03月22日

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