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『鈍色に乗りて進む姉妹 』
海原・みあお1415)&海原・みその(1388)


「めーおーせい? み=ご?」
「みあおには、まだわからないかもしれませんわね」
 久し振りに父親に会えたみあおはしかし、早速頭の中が軽く混乱してしまっていた。海原姉妹の父親は、突然やってきて突拍子もないプレゼントや頼みごとをしては去っていく。かなり、謎多き男であった。父が言い残していった単語を繰り返しては、ふみゅうと唇を尖らせて、「むずかしいや」と落胆した。
「大丈夫。簡単なことですわ。要は、わたくしとみあおのふたりで旅行に行っておいで、ということなのです」
 海原家長女みそのがその場にいた。みそのはいつも通り穏やかににこやかに、しかもわかりやすくみあおに説明した。勿論その甲斐あって、みあおの難しい顔は一瞬でぱっと明るくなったのである。
「えっ! そうなの?!」
「ええ。冥王星とは、行き先です」
「めーおーせい、みあお、いったことないよー。いいなあ、うれしいな」
 しばらくぱたぱたと跳ねてから、みあおは「あっ」と固まった。
「えと、3人ではいかないの?」
「ああ」
 みあおが暗に指している青い髪の次女を思い出して、みそのは困った笑顔になった。
「あの子は、行けば壊れてしまうでしょう。わたくしのように始めから壊れていれば、それ以上壊れることはありません。みあおには、壊れるものがございませんからね。ですから、あの子は連れていくわけには参りませんの。わたくしとみあお、ふたりで参りましょう」
「……」
「……あら、これもまだわからないことでしたね。すみません」
「……むずかしいや」
 そもそも、みそのに突然、旅行の話が持ちかけられたのだった。ここのところ無理をさせているからと、父親はみそのを気遣ったらしい。ここのところ、みそのは父に楽しい仕事をさせてもらえた恩を感じてはいたが、無理をさせられているといった不満はまったく抱いていなかったので、寝耳に水な話ではあった。
 それでも、冥王星への旅は楽しいものであったし――
 そばには、久し振りに父親の顔を見て喜ぶみあおの姿があった。
「お父様、出来ましたら、みあおも……」


 みあおに渡されたのは、失われたはずの魔女の秘薬を改良したもの。素肌にまんべんなく塗れば、空を飛ぶことが出来る薬。海原姉妹の父親の手にかかれば、それは宇宙をも飛べる薬へ進化する。
 そしてもうひとつ、黄金色に輝く蜂蜜酒を渡された。
 宇宙に行けるということを説明してもらったみあおは素直に喜び、ぱたぱたと飛び跳ねながら準備を始めた。携帯ゲーム機に、大好きなお菓子とジュースを青いリュックに詰める。少し前に父からもらったデジカメも、ちゃんと電池の充電をしてからリュックに入れた。それから、ブタさん貯金箱に入っていた全財産。
「準備は済みましたか? そろそろ運び手をお呼びしますよ」
「ああん、まって! きがえとパジャマとハブラシ!」
 ぱたぱたと自室に駆け戻るみあおの後ろ姿を見送って、みそのは穏やかに微笑んだ。

 イア! イア! ハスタア! ハスタア クフアヤク ブルグトム ブグトラグルン ブルグトム アイ! アイ! ハスタア!

 ばさばさという羽音、うぎゃうぎゃというやかましい声、蝙蝠の翼持つ異形の運び手はみそのの詠唱と石笛によって呼び出された。本来ならば、蜂蜜酒を飲んだものが呪文を唱えるべきであり、また、水の属性を持つものにはいい顔をしない種族であるのだが、みそのが父親の名前を挙げると、運び手はしぶしぶと言った風に頼みを聞いたのだった。
 魔女の秘薬改を身体に塗りつけ、念のために最新鋭宇宙服を着込んだみあおは、異形の運び手に抱え上げられた。
 かさかさとしたその蟲のような腕の感触に、みあおは笑った。


 冥王星までの旅路は快適なものだった。運び手は彗星や小惑星を何の苦もなくひらりひらりとかわしては、時折みあおをあやすかのように放り投げて受け止めたり、くるりと蜻蛉を切ってみせたりした。みそのは黒い人魚の姿で、運び手が運ぶ風とともに泳いでいた。
「今日の道は、わたくしが以前にとった道よりも、ずっと短そうですわ。さすがは風の使者さまです」
「(当たり前じゃ、ふふん!)」
 運び手はみそのにがあっと凄んでみせたが、誉められて悪い気はしなかったようだった。しかしながらかれは、ふと脇見をして、ぎゃうっと驚きの声を上げたのだ。
「いかがなさいました?」
「(笛の音じゃ! 笛の音じゃ! 白痴の父たる母! 畏れ多いわ、先を急ぐぞ!)」
「……?」
 みそのは耳を済ませたが、宇宙に笛の音が響くなど、夢の世界以外に起こりえることだろうか。何も聞こえはしなかった。みそのが首を傾げている間に、運び手は全速力で冥王星に向かっていた。
「きゃあ、はやーい! すごーい!」
 みあおの歓声は、宇宙服のヘルメットの中だけに響いていた。


(ああ、また来たぞ。みっつめの星に住む生物だ)
(今回は2匹か)
 頭らしき頭もない意思持つ菌類たちは、独特の声を交わし合い、一通り困惑した後で、海原姉妹を温かく出迎えた。まだ年端もいかない菌などは、きゃいきゃいと騒ぎながらみあおの周りを飛び回っている。みあおが挨拶をすると、聞いたこともない声に驚いてか、小さな菌はおとなたちの陰に隠れてしまった。
「あーん、きらわれちゃった……」
「驚きになっただけですわ。時間はありますから、お部屋でゆっくりお話をしましょう」
 凍りついた石を組み上げて造られた宿には、地球にはない装置や家具じみたものがところ狭しと詰め込まれていた。この種族はあまりものを片付けようとは思わないらしい。
「い石卓ののち中央ににああるボボタンをお押せば、ち超次元のの夢をと投影し、け経験するこことがか可能でです。ししかしももうじきち『中心』ののあ行脚がは始まります。ち『中心』をごご覧にななるのはき危険です。おお控えくだささい」
「ありがとうございます」
 奇妙に震える地球の言葉で、案内役はそう告げると、部屋を出ていった。やはりみあおには、むずかしい話であった。むう、とみあおは唇を尖らせる。
「ちょーじげんとかちゅーしんとか、わかんない」
「超次元の中心につきましては……実際に、行ってみましょうね」
「え、いいの? 『おひかえください』って、やめてくださいってことだよね? それはわかったもん、みあお」
「大丈夫。ここに来れたのですから、見て、聞いたところで、何の問題がありましょう」
 みそのは微笑み、案内役が言っていたらしい小さな石卓に歩み寄った。
 黒光りするボタンが、確かについている。
 ポチッとな、とばかりに人魚はそのボタンを押した。


 風の運び手が慌てていたのは、重なる次元の隙間から、その笛の音を聞いたからなのだろう。
 ひゅるるるるゅるるるるるりゅ、
 狂える笛の音が宇宙を馳せる。
 ひゅゅるるるるるぃよゃるるる、
 笛の音が上り詰めようとしたときに、宇宙の中心が腰を上げた。それがその場を動くのは、とても珍しいことだ。みそのは仕える神から、宇宙を生み出した宇宙の中心について何度も話を聞かされていたし、夢の中で何度も見ている。
 だが、腰を上げたところを見たのは初めてだったかもしれない。
 おっきいね、たいようさんよりずっとおっきいんだね、
 みあおはほああと口を開けて、踊る中心に目を奪われていた。
 ひゅるるるるるるるゅるるるる、
 太陽よりも大きな中心が、笛の音に合わせて身をよじった。
 みそのが、ふと視線を下に向ける。黒々とした混沌が、笛の音に合わせて踊りながら這い寄ってきているところだった。
 かはは、と混沌は笑いを漏らす。
 かの者の娘たちか。壮健なようだな。せいぜい生きろと伝えておけ。笛吹き248号と57号からも、よろしく、だそうだ。
 はい。
 みそのがにっこりと微笑んで頷くと、混沌は這いずりつつ踊りながら、中心のそばへと戻っていった。
 おとーさん、しりあい多いね。
 お父様ですから。
 すごいなあ。
 そのとき、鈍色に輝く翼持つロープのようなものが、みそのとみあおを縛り上げるようにして掴み、羽ばたいた。とって食いはしない、と翼は告げた。宇宙の混沌がもてなせと仰るから、生ける焔によって温められたハリの湖に入り、双子が集めた旨い有機体の味覚を楽しむがよい――と、笑いながら言ったのだ。
 そしてふたりの姉妹の現実たる夢は、翼もつロープの言った通りにすすんだ。
 黄の星を望める湖は、湯気を上げていた。冥王星で冷えた身体を、じっくりのんびり温めることになった。湯が少しヘンな匂いがすると、みあおは素直にクレームをつけたが、毛むくじゃらの巨人が持ってきた豪勢な食事のようなものに驚き、喜んで、さきの発言を却下した。
 巨人が唸り声のようなことばを放つ。みそのが読み取ったところによれば、この巨人も姉妹の父親によろしくと言っているらしい。
 みあおは父の顔の広さに、またしても感服した。
 音楽は続いている。
 永遠に続き、また書き換えられつづける楽譜が織り成す、壮大なハーモニー。それは宇宙の中心から放たれ、星を戦慄させ、瞬かせた。年老いた星は音楽に堪えられず、爆発して死んでいく。砕け散る星は、地球の花火と比べるもおこがましいほどに美しく、また儚いものだった。
 おとーさんやおねえさんもいっしょだったら、もっとたのしかっただろうなあ。
 星の死を見上げるみあおの銀の目は、星の死のようにきらきらと輝いているのだった。
 そして、夢は終わりを告げた。ふたりの姉妹が、目を覚ます。


 みあおとみそのを起こしたのは、あの幼い菌だった。菌は首をぴょこぴょこと傾げながら――どうやら、もじもじしているらしい――奇妙に歪んだ黒い石の置物を、みあおに手渡した。
「ありがとう! おねえさんに、おみやげにするね」
 みあおの宇宙服が、ピイピイと鳴いた。どうやら、もう時間切れであるらしい。宇宙服の中の空気の流れを読み取って、みそのは旅の終わりを知った。
「楽しみましたか?」
 みそのが、少し乱れて湿ったみあおの髪を撫でた。
「うん、すごくたのしかったよ!」
 みあおは聞いた笛の音を真似ながら、もらったお土産をリュックに詰める。
 リュックの中に入っていた食べ物は凍りついていて、みあおが触れた途端に粉々に砕け散った。
 崩れる有機体が、星の光並みの太陽光を浴びて、きらきらときらめいた――
 それもまた、旅の想い出のひとつとなった。




<了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2004年03月22日

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