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『ゆめうつつ 』
榊杜・夏生0017
●ミステリー同好会の現状
「おーい、さぁーかきもりー。何かいいネタ、どっかに転がってたかー?」
「んー、今探してるとこー」
 パソコンのマウスを動かしながら、榊杜夏生は振り返ることなく答えた。夏生の在籍するミステリー同好会部室での出来事である。
 今、夏生に話しかけてきたのは同期の部員であった。夏生が『ゴーストネット』の掲示板を見ながら心霊ネタを探しているのと同様、向こうは向こうで山のような資料を漁っていた。
 このミステリー同好会、現在の部員は7名。平たく言えば弱小クラブの1つである。弱小クラブ、しかも心霊ネタを扱うクラブとくれば、一般には何だか暗くてひっそりし、細々と運営しているイメージがあることだろう。が、ここの場合はちと事情が違っていた。
 というのも、OBや心霊オタクな顧問のカンパにより機材が提供されていたことがまず挙げられる。夏生が触っているパソコンもそうだが、最新のカメラやらICレコーダーやらと、クラブの規模の割りにはなかなか備品が充実しているのである。一説にはクラブに割り当てられた予算より、カンパの方が上回っているという話もあるが、それはさておき。
 それから大方の想像通り、部室には歴代部員の残したレポートやら資料が山と積まれている。資料の中に心霊ネタやミステリースポットなどを扱った本があるのは当然だが、何故か世界探偵小説全集なんて物もあったりするのはご愛嬌。しかし暗いということはなく、部室は常に明るく保たれていた。
 クラブの主な活動は、ミステリースポット潜入調査などを載せた『恐怖新聞』の発行、それと『心霊ツアー』と銘打った夏の合宿との2つ。ここにちょこちょこと細かい活動や、突発的な活動――思い付きとも言う――などが加わってくる訳だ。
「あー、でももう『心霊ツアー』の行き先考えなきゃいけないなんて早いですよねー」
 後輩の部員がそう口にした。すると先程の同期の部員が、今の疑問に答える。
「馬鹿。今のうちにある程度絞り込んでないと、新入部員への売りがなくなるだろー? 場所をびしっと決めてたら、それに誘われてふらふら入ってくるかもしれないだろー?」
「……何とかホイホイみたいですね、それ」
 後輩部員の釈然としない様子のつぶやきを聞き、夏生はくすっと笑った。言い得て妙な表現である。
「一緒にすんなって! まあ行き先で悩むのも、毎年のことだもんなー。あ、おい。5年前の先輩のレポートどこだ?」
「え、そこないですか? おっかしいなあ……ちょっと探してみます」
 同期の部員に言われ、後輩部員が棚の奥などを調べ始めた。
「……そうかー、考えたら毎年こんなことやってるんだ。へー」
 同期の部員が言ってた言葉に対し、改めて感心する夏生。毎年毎年、よく続いてきたものである。だからこそ、現在でもクラブの主な活動として確立されているのだろうけれど。
(あれ? このクラブいつ出来たんだっけ?)
 マウスを動かす手を止め、夏生はふっとそんなことを思った。一口に毎年などと言ってるが、そこそこの年数を経ているはずだ。
「えと、確か……」
 頭の中の記憶をひっくり返す夏生。確か去年入部した年で、ちょうど20年目と聞いた気もする。
「……あたしまだ生まれてないや」
 夏生が生まれる前からクラブが存在したと考えると、なかなか感慨深いものがあった。言い方を変えれば、夏生の歴史よりも少し長い歴史がこのクラブにはあるということだ。
(20年の歴史かぁ。やっぱり色々な人がここで神秘の解明に青春をかけ、様々な想い出残していったのかな……今のあたしたちみたいに)
 過去の部員の活動に思いを馳せる夏生。想い出の一端は、目に見える形ではレポートとして残っている。目に見えない形としては、部室のあちこちに想い出が擦り込まれていることだろう。
「普段はそう意識しないけど、重みがあるんだね……あふ……」
 夏生はしみじみとつぶやくと、小さく欠伸をした。何故だろう、急に睡魔が襲ってきた。
「……ねむ……」
 ごしごしと目を擦る夏生。だが眠気は覚める所か、ますます強くなり――夏生の意識が一瞬途切れた。

●どっちの心霊ショー
「……りさん、榊杜さん!」
「は、はいっ!?」
 自分の名を呼ばれると同時に肩をぽんと叩かれ、我に返る夏生。眠気など一瞬にして吹き飛んでしまった。
(危ない危ない、寝ちゃうとこだった)
 夏生は苦笑し、再びパソコンを動かそうとした。が、先程まで目の前にあったパソコンがどこにもない。
「あれ? おかしいなぁ……ねえ、あたしパソコ……」
 他の部員に尋ねようと、何気なく後ろを振り返る夏生。その瞬間、夏生の動きがぴたっと止まった。
(――え?)
 そこに人は数名居た。しかし、誰1人として夏生には顔の見覚えがない生徒ばかり。今さっきまで居たはずのよく知った部員たちの姿が、どこにも見当たらなかったのだ。
「どうしたの、榊杜さん?」
「榊杜、何エサ欲しい魚みたいに、口ぱくぱくやってんだ?」
 口々に夏生に話しかけてくる見知らぬ生徒たち。その口調は、まるで知り合いかのように。強い違和感を覚える夏生。
「え……と。ここ……ミステリー同好会の部室……だよね?」
 違う部室にでも居るのかと、思わず確認をしてみる夏生。すると見知らぬ生徒たちが、ぷっと吹き出した。
「寝惚けてるの? それで合ってるわよ」
「全くたるんでるなあ。夜更かしせずに、早く寝ろよー」
 どうやらミステリー同好会の部室で間違ってはいないらしい。じゃあ、この見知らぬ生徒たちは新入部員か何かなのだろうか。しかし、だとしてもここまで知り合いかのように話しかけてくるものか?
 その時夏生は、違和感を感じていた要素の1つに気が付いた。どことなく、見知らぬ生徒たちの容姿が古臭いのだ。
(あ? この制服……)
 そして分かった。そういえば制服が違うのだ。見知らぬ生徒たちが着ている制服と、夏生が着ている制服と。見知らぬ生徒たちが着ている制服は、夏生が着ている『今の』制服に変わる前の物で――。
(もしかして……ここって過去の部室?)
 今ある情報から導かれる答えは、どうしてもそうなってしまう。けれども普通に考えるなら、そうであるはずがない。今考えたことが正しいとするならば、夏生はタイムスリップしてきたことになるのだから。
「夢見てるのかな」
 ぼそっとつぶやく夏生。睡魔に襲われる前にクラブの歴史のことを考えていたのだ。こんな夢を見ていても何ら不思議ではない。むしろ、こちらの方が現実的である。
「むー、それにしてもいい天気だ。よし、野球でもすっか!」
 見知らぬ生徒の1人が、何故か野球のバットを手にして窓の外を眺めていた。この生徒も部員であるのだろう。
「いやその前に、何でバットがここに?」
 素で突っ込みを入れる夏生。突っ込みは別の見知らぬ生徒からも入る。
「ダメよ。今日中に、夏の合宿の候補地決めるんだから。野球やってる暇なんかないわよ」
 ……どこかで聞いたようなことのある内容だ。
「反対だ!」
 とその時、激しく机を叩く音が聞こえた。夏生が音のした方を向くと、日本地図を広げた机を挟んで見知らぬ生徒2人が睨み合っていた。そしてあれこれと言い合う。
「富士の樹海は無謀だろ! 今は実績を重ねてゆく時期なんだ! 無理ない場所を選ぶのが当然だろ? 10年20年続くクラブにするつもりならな」
「でもな、お前の言う高野山もどうかと思うぞ? かなり遠いじゃないか。部員の金銭的負担を考えろよ。10年続く前に破産するぞ」
「だからって樹海はないだろ!」
「よーし、だったら榊杜の意見聞こうじゃないか」
「……分かった。第3者の公平な目で見てもらおう」
 そう言って、2人がじろりと夏生の方を見た。急に話を振られて戸惑いを見せる夏生。
「へ、あたし?」
 夏生が自分を指差して確認すると、2人は同時に頷いた。こうなると、何かしら意見を出さないと収まらない。思案する夏生。
「えーっと……樹海はさすがに準備万端の上で、最新の注意を払わないと難しいんじゃあ。高野山は方向性は悪くないと思うけど、やっぱり遠いのが……かなぁ? だから高野山の方向性で、関東近郊のスポットを探すのがいいと思うけど……どう?」
 どちらの案も推すには決定打が欠けていたと夏生は感じたので、とりあえず中間の妥協案を出してみた。
「榊杜がそう言うなら、再考だなー」
「いっそ富士山にでも登ってみるか? 霊山なんだからある意味、あそこもミステリースポットだろ」
 仕方ないといった様子で、新たな候補地の検討に入る2人。夏生の意見は難なく受け入れられたようだ。
(ふう、やれやれ)
 ほっと一息つく夏生。ほっとしたからだろうか、またしても睡魔が襲ってきた。夏生はその眠気に抗うことも出来ず――夏生の意識が再び一瞬途切れた。

●夢ですか?
「おーい、さぁーかきもりー。……榊杜!」
「は、はいっ!?」
 自分の名を呼ばれると同時に肩をぽんと叩かれ、我に返る夏生。そしてきょろきょろと辺りを見回した。
 目の前には使用中のパソコンがあり、周囲にはよく知った部員たちの姿がある。何も変わりがない、いつもの風景がそこにあった。
「人が『心霊ツアー』の候補地探してんのに、寝てんなよー。たく」
「あ……ごめん」
 同期の部員にぶつくさと文句を言われ、夏生は素直に謝った。それから大きく息を吐き出した。
(夢かぁ。でも当たり前だよねー)
 苦笑する夏生。夢で当然、夢だからこそ皆知り合いのように自分に話しかけてきたのだろう。夢とは都合のいい物なのだから。
「あれぇっ? 何だこれぇっ? 先輩、奥にこんなのあったんですけど……」
 後輩部員が素頓狂な声を上げた。夏生は何気なく視線を向け……声を失った。
 後輩部員が見覚えある古びたバットを手にして、そこに立っていた――。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月19日

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