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『スウィート・"クロガネ"・ホーム 』
賈・花霞1651)&蒼月・支倉(1653)&バルコフ・クロガネ(1715)


■2月14日■

 使用人とコックが追い出され、心配そうに様子を伺う中、キッチンが甘い香りに満ちている。そんな、2月14日のクロガネ邸のキッチン。使っているのは賈花霞と蒼月支倉の、血も姓も違うが仲がいい兄妹と――動く茶色の熊のぬいぐるみ。
 支倉がチョコレートクリームを乗せたら、完成だ。
 ふたりは父バルコフに贈るためのチョコレートケーキを作っていた。べつにバレンタインは恋人限定のイベントではあるまい。子から父に渡すことを咎める人間はいないだろう。
『でもこの形ァねエだろう、なんでハートなんだよ』
 が、ケーキの形を咎めるものはいた。茶熊がぽくぽくテーブルの端を叩きながら毒づく。茶熊の言う通り、「おめでとう バレンタイン」(この文句についても、茶熊はクレームをつけた。『なんでおめでとうだ』)とショコラクリームで書かれたケーキは、紛れもなくハートのかたちをしていた。
「なんでって……ほら」
 頬をふくらませて、花霞はチョコレートケーキのレシピが載った雑誌を熊に見せた。なるほど、写真には「St.Valentine's Day」と表面にクリームで書かれたハート型のチョコレートケーキが写っている。チョコレートギフトレシピは、花霞が買っている雑誌の、今月号の特集のようだ。かア、と熊が頭を抱えた。
『少しは応用するってェこと考えろよ。ケーキはハートの形でないとダメってことないだろ。ハート型のモンは恋人のモンって相場が決まってる』
「いいじゃないか、僕、父さん好きだよ」
「花霞も!」
『……そーいう問題か? ……そーいうことにしとくか……』
「甘いものって、疲れた身体にいいって言うからさ。父さん、いっつも働いてるから、絶対疲れてるよ。今日に間に合うかわからないけど、夜に帰ってくるって言うから」
『ま、あのダンナはこういうことにいちいち感激するだろうな。どうせならもっと派手にいこうぜ』
「どうするの?」
『ハダカのまんま渡すのはアレだろ』
 一旦どこかの部屋に引っ込んだ茶熊は、がちゃがちゃと賑やかに何かを引っ掻きまわしたあと、ケーキ用の箱を持って戻ってきた。

 幸いなことに、兄妹の父バルコフ・クロガネは、バレンタインデーのうちに帰宅した。それも、まだ花霞と支倉が起きている時間だった。バルコフにとっては、ふたりは元気に出迎えてくれることだけでも嬉しい贈り物だったのだが――兄妹はにこにこしながら、大きな箱をバルコフに渡した。
「何だね、これは?」
「「あー、振らないで!!」」
「?!」
「テーブルの上であけて!」
「承知した、わかった、了解だ」
 かすかに箱から漂う甘い香り。ずっしりとした重量感。振るな、ということは形が崩れやすいものだろう――。
 そう、バルコフは多忙な日々を過ごしていたために、自分の誕生日も忘れていたし、この日がバレンタインデーだということなどさっぱり頭になかったのである。
 だがダイニングのテーブルの上で箱を開けたとき、バルコフはすべてを理解した。
「ああ、そうか。今日は――」
「バレンタインおめでとう、パパさん!」
「おめでとう、父さん!」
 ぱちぱちぱちぱち。
『……なんでおめでとうだ』
 頭を抱える茶熊をよそに、バルコフは目頭を熱くした。
「……これは、おまえたちが?」
「うん」
「もちろん」
『俺が証人だ! 最初ッから最後まで見ててやった』
 箱の中に入っていたものは、5人で食べても余りそうなほどに大きなチョコレートケーキ。素人には難しいと言われているチョコレートコーティングも完璧、さすがは私の子供たち。香り高いショコラクリームで書かれた「おめでとう バレンタイン」、何と器用な。さすが私の子供たち。
『よかったな、愛されてるぞ』
 バルコフの足に、隻眼の黒熊(言うまでもないがこれも動くぬいぐるみだ)がぽむと手を置いた。
「そうだな、愛されている」
『泣くなよ』
「泣かせてくれ! ここで泣かねば漢がすたる!」
『馬鹿! 漢なら、泣くのは人生で三度だけにしなけりゃならないんだぞ!』
 チョコレートケーキにフォークを突き立てながら男泣きのバルコフに、兄妹は笑顔を見せ合った。実は、あのチョコレートケーキは三度目の正直なのだ。失敗に失敗を重ねた上でようやく完成させたもの。泣くほど感激されては、作った甲斐以上のものがあった。作るのも、後片付けも大変だったが――すべて、無駄ではなかったのである。
 そしてバルコフは、6人分はありそうなケーキをひとりで平らげそうな勢いで食べていた。彼の胃袋は宇宙に繋がっているらしかった。
「ありがと、くまさん。おかげでパパさんよろこんでた」
『俺が何をしたよ。全部お前らが……ぅぐぇ』
「ねようねよう! いいゆめ見られそう」
「あー、明日練習休みだ。ラッキー」
 バルコフはまだ感激している最中なので、子供たちは邪魔をしないことにした。花霞は茶熊をしっかり抱きかかえ、支倉は明日の予定を考えながら、笑顔で階段を駆け上がっていった。

 子供たちが寝室に入り、ケーキがだいぶ減ったところで、ようやくバルコフは我に返った。隻眼の黒熊は何も言わずに、バルコフの正面の椅子に座っていた。
「味も良かった。子供たちはパティシエになれるだろう」
『ああ、将来有望だ。で、わかってるんだろうな?』
「何を?」
『おいおい』
 黒熊は呆れたあとに椅子を降り、卓上カレンダーを持ってきた。2月をぺろりとめくって3月を出す。
 ぽふぽふと14日を示されて――ああッ、とバルコフは仰け反った。雷に打たれた勢いだった。
 2月14日と3月14日はセットなのだ。バレンタインデーにチョコレートを贈られた男は、贈ってくれた者にお返しをしなければならない。いや、べつに誰が強請しているわけでもないのだが、そういうことになっている。バルコフはホワイトデーの存在も忘れていた。
「きみが居なければ、親子の絆に亀裂が入っていた!」
 がし!
 バルコフは、嫌がる黒熊を強く抱擁した。
『お、贈られたものの大きさは愛の大きさだ。それに見合ったお返しをしなけりゃならん。それが漢だ』
「その通りだ! よし、来月の14日は休みをとる!」
 しかしながらそれが親子の絆に亀裂が入る日になろうとは、バルコフも熊も、勿論幸せな夢をみる兄妹も知らなかったのであった。
 ……知る由もなかった。
 ……冷静に考えてみれば、想像もつくが。


■3月14日■

 支倉と花霞にとっては、短い3学期のうちの1日。珍しく父が家にいるのに、と嘆きつつも、父が家に居るという理由だけで欠席するわけにもいかない。
「今日はすぐかえってくるからね!」
「僕も! 練習、1時間だけだし!」
「そんなに急ぐことはない。ゆっくり帰ってきなさい。急ぐといいことはないからな」
「はあい」
「行ってきまーす!」
 子供たちはぱたぱたとクロガネ邸を出た。にこやかに手を振っていたバルコフは、子供たちの姿が見えなくなった途端に、くるりと表情を一変させた。
「さあ、やるぞ!」
『おう!』
 ぽてぽてと黒熊がキッチンに持っていくのは、『男のCooking』なる料理雑誌だ。3月の特集はホワイトデーのための手作りお菓子。バルコフが装備……もとい身につけたものは、三角巾と割烹着だ。ついでに黒熊も着させられた。
『いいか、レシピ通りに作れば何とかなる!』
「わかっているとも!」
『……言ったそばからなんで牛乳かき混ぜてんだ!!』
「泡立てたらクリームになるんだろう? どぅるぁあああ!」
『馬鹿かァア!!』
 この光景を兄妹が見なかったのは、幸か不幸か、
 いや、不幸だ。
 有り余る富を使えば、ウェディングケーキ並みのお返しを買って贈ることなど造作もない。だが、子供たちは自分たちの手で作った世界に一つしかないケーキを贈ってくれた。それに見合う、いやそれ以上のお返しをしなければならない。そう考えたバルコフは、料理などさっぱりやったことなどないにも関わらず、真っ白なケーキを作って子供たちに贈ることにした。ホワイトデーだけに白いケーキ。
 ……キッチンを追い出された使用人とコックは、2月14日のときよりも心配そうにキッチンを覗いていた。

 あの子たちは甘いものが好きなはずだ! 砂糖100グラム追加。
 支倉は今が大事な時期だ! プロテイン大さじ5追加。
 花霞には花が似合う! 菊の花びら33枚。
 金にものを言わせて手に入れた最高級苺(『1個』500円)をくらえ!
 直輸入のバニラをぶつ切りにしてトッピングだ! おお、何と香り高い!
 そうだ、祖国ロシアの味覚も堪能してもらおう! キャビアとサワークリームで決まりだ!

 そもそも生クリーム(というよりも根性で泡立てた牛乳)をいちばん最初に作っていた時点でかなり間違っているのだが、いろいろなものが入ったスポンジケーキ(のようなもの)も焼き上がり、バルコフは意気揚揚と飾りつけに入ったのだった。
 ちなみに黒熊は呆れてもうものも言えずにいる。
 スポンジは冷めてからクリームを乗せるものだが、時計を見てバルコフは焦った。いろいろやっているうちに、小学校がそろそろ終わる時間だ。
 妙にサラッとしたクリーム(二度目だが、これは根性で泡立てた牛乳)を、焼き立てのスポンジに絞り出す。たちまちゲツグツと煮立つクリーム。
 これぞ地獄絵図だった。
 バルコフが「ふー」と満足な溜息をついたとき、ようやくこれまでずっと黙っていた黒熊が口を開く。
『……本当にこれを贈るのか?』
「勿論だ! 完璧だ!」
『……これは何だ?』
「ケーキだ!」
『お前、いつも高いケーキ食ってるだろ……こんな形してたか?』
「形の歪みは手作りが出す味のひとつだ!」
『俺は食わんぞ』
「当たり前だ、これは子供たちのものだ!」
『……あいつらも食うかどうか……』
「さあ、片付けなければ。発つ鳥は後を濁さない。おまえたち、手伝っておくれ」
 にこやかに手招きされた使用人とコックは、とても激しく猛烈に後悔していた。何を言われようが、手を貸すべきだった……。


 朝に家に居ても、学校から帰ってみれば急用が入ってもう居ない――というのが、ふたりの父だ。花霞と支倉は、揃って急いで帰宅した。花霞は支倉がバスケの練習を終えるまで、しばらく高校の前で待っていた。小学校は早くに終わる。花霞はひとりで先に帰ることも出来た。だが揃って顔を見せなければ、何故か意味がないように思えてしまったのだ。
「ただいま!」
「ただいまー!」
「おかえり」
 出迎えてくれた顔に、花霞と支倉はほっとした。バルコフはまだ家に居た。
「今日は何の日か、わかっているかい?」
「え?」
 にこやかなバルコフの問いに、兄妹は顔を見合せた。
「3月14日……」
「あ、ホワイトデーだ!」
 ぱっと顔を輝かせた花霞に、バルコフは大きく頷いた。
「そう、お返しがあるよ。ダイニングに行ってごらん」
「ほんとに?!」
「わあい!」
『ま、待て! ……ああ……』
 ぱたぱたと喜びながら駆けていく兄妹に、黒熊はかける言葉もみつからず、ただむなしくもふもふとした手を伸ばした。涙も出ない黒熊の肩に、もふっと茶熊が手を乗せる。
『黒兄ィ……』
『茶……』
 時を同じくして、ダイニングで、ひッと凍りつく息があった。

「こ、ここここれ、父さんがつ、作ったんだね?」
「よくわかったな」
「わ、わかるよ」
 こんなのおみせにうってないもん(わるいいみで)、という台詞を、花霞は慌てて飲み込んだ。でろりどろりとした恐ろしい風貌のケーキ(にはとても見えない物体X)に、兄妹は青ざめた。
 だが、父バルコフはこのために休日をとって、今までかかって作ったのだろう。そして父を無碍に出来るようなふたりではなかった。
「あ、ありがとう……さ、さっそく食べよう……ね、花……」
「……あう……」
 熊や使用人やコックがかなり心配しながら見守る中、ふたりはテーブルにつくと、フォークをケーキ(だとバルコフは主張している異様な物体)に突き立てた。


 そして、呼びつけられる救急車。


「あああっ、花霞! 支倉!」
 腹痛と吐き気と幻覚で病院に搬送される子供たちを、バルコフは泣きながら見送った。
「な、何故こんなことに!!」
『原因はお前だ』
 べふ、と黒熊が哀しみに打ちひしがれるバルコフの後頭部を殴りつけた。
『ホレ、これ食ってみ』
 茶熊がバルコフ作のケーキをひとかけ、バルコフ・クロガネの口元に差し出した。


 ぱくり。




<了>
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2004年03月18日

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