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『桜月、咲き誇る識 』
草壁・小鳥2544)&初瀬・蒼華(2540)

 表情豊かで華やかな蒼華と、どっちかと言うと地味めで淡々とした小鳥。一見するといろいろと正反対で似合わなさそうな二人だが、何故か気は合って仲良くやっている。
 ほら、あれだろう。違いすぎる個性は衝突しあう事もなく、互いの足りないものを埋めていける、ボルトとナット、鍵と鍵穴、凸と凹、ボケとツッコミ、のような。(最後のはなんか違うだろう)

 常春の国、静岡。…と言うのはやや大袈裟だが、それでも静岡には日本のどこよりも一足早く春が訪れるのかと思う程、ここ数日は麗らかな日が続いていた。旅行をするのにはもってこいな気候だ。天気も良く、春特有の強い突風も、このところはなりを潜めていた。
 「折角キレイに桜が咲いてるのに、雨が降ったり風が吹いたりしたら台無しだものね?」
 「…それはそうだが、何故にこうも人の出が多いのかね……今日はまだ平日だよ?」
 行き交う人の、余りな混雑具合にややうんざりしながら小鳥が空を見上げる。せめて青く広がる空を見上げて、人ゴミの煩わしさから一時でも逃げるように。
 「ことチャンはいいわね、背が高いもの!あたしなんか、人の波に埋もれちゃってんのよ?」
 「その代わり、見渡す限りに続くヒトの頭の天辺を見てうんざりする事もないだろう?お互い様だよ」
 小鳥がそう言って口元で笑うと、そうかもね、と蒼華も笑った。

 ここ、静岡は小鳥の故郷である。帰省のついでに旅行をも、と蒼華も付いて来たのだ。そして、実家までの道程の間にあるここ、東伊豆の河津で花見をしよう、と立ち寄ったのはいいが、今が盛りの桜を見ようと思ったのは小鳥達だけではなかったらしい。すっかり観光地らしく人・ひと・ヒトで溢れる並木道に、二人は早くも軽い疲労を感じ始めていた。小鳥の右肩の『妖精さん』まで、疲れた表情で小鳥の顎先に凭れ掛かっていた。
 「…これじゃ、花見の旅情もあったモンじゃないね。蒼華、ちょっと休憩しようよ?」
 「そうね、どっかに御茶屋でもあるといいんだけど……あれ?」
 辺りを捜して見渡していた蒼華が、ふと視線を止めて目を瞬かせる。小鳥も釣られて、蒼華の視線の先を辿ると、そこには一本の桜の木があった。
 勿論、桜並木にあって桜の木が珍しい訳ではない。だが、何故二人の目を惹いたのかと言えば、どの桜の下にも人がいて賑わい、花見の宴もたけなわなのに、その桜の木の周りには殆ど人がいないのである。不思議に思って小鳥達はその木の方へと近付いてみる。そうして近くで見ると、その理由が分かったのだ。
 「この木…随分古いわね。大きいけど、でも……」
 「古いってだけじゃないみたいだね。朽ち果ててしまっているよ。その所為で、高さはあるのに幹は痩せ細ってしまっているし、それで花もまともに咲かないんだろうね」
 「…だから、誰もこの木の傍には集まってこないのね」
 寂しいわね、とぽつり呟く蒼華が、労わるようにその手を桜の幹へと這わせた。
 小鳥が言うとおり、この桜の枝ぶりは貧相でろくに花を咲かせていない。遅咲きなのかと思えば蕾の数自体が少なく、根本的に他の木と比べれば見劣りしてしまう為、華やかさを求めてやってくる花見客は、傍に近付かないのだろう。
 「…なんだろうね、この木だけ病気なのかな?それだったら、ちゃんと樹木医でも呼んで……」
 「違うわ、ことチャン」
 痩せた桜を見上げていた小鳥が、蒼華の声にそちらを見る。蒼華は片手を桜の幹に添わせていたが、やがてもう片手も幹に添えて眼を閉じ、そっと祈るかのような仕種をした。暫くして瞳を開き、小鳥の方を見上げる。少しだけ困ったような表情で、綺麗に整えた眉を僅かに潜めた。
 「この桜、病気な訳じゃないわ。…ううん、ある意味では病気なのかも」
 「…どう言う意味なの、蒼華」
 「ん。この桜の木ね、身体が病気な訳じゃないのよ。この子、何かを待ち望んでいる。それが心に重く圧し掛かっているから、綺麗に咲けないのよ、きっと」
 「…心の病、…って事か」
 今度は、小鳥がぽつりと呟く。ようやく幹から手を離した蒼華は、ついさっき桜の記憶を読み取った己の手の平をじっと見詰めた。

 小鳥と蒼華は、二人並んで桜の根元に座り込んでいる。ぽつりぽつりとしか花が開いていないそれは見るからにうらぶれ、こうしているだけで小鳥達でも気が滅入って来そうだ。それでもそこを離れ難く思うのは、桜の思いを知ってしまったからだろうか。膝を抱えた蒼華が、顎を仰け反らせて空を仰ぐ。本当なら、桜色の靄に隠れて青空は欠片しか見えないだろうに、今は、空色の中に桜色の絵の具を数滴落としただけの、素っ気無い風景しかなかった。
 隣で蒼華がしているように、小鳥も顎を仰け反らせて空を仰いで見た。すると、小鳥の視界には、蒼華が見たのと同じような色彩の風景の他に、白い羽根で宙に浮いている妖精さんの姿も目に入った。
 「…何、どうしたの?」
 小鳥が小声で話し掛けると、妖精さんは小鳥の右肩へと降りてくる。ちょこんとそこに立って、小鳥の耳元で何かをもしょもしょと語り掛けた。
 「……え、呪い…?」
 小鳥の呟きに、蒼華も振り返る。蒼華には妖精さんの姿は見えないが、小鳥にそう言う存在がいる事は知っている。なので、小鳥と妖精さんの話が終わるまで、声を掛けずに静かに、待った。
 「…何だかよく分からないけど、この桜の木は何か曰くがあるみたいだよ」
 「曰く?さっき言ってた、呪いって言うのの事?」
 「呪いってのは大袈裟だったけどね。でも似たような感じかな。この木は、過去に何かの罪を犯してしまったのだそうだよ。その罪が未だに消えないから、この木の願いも聞き届けられない。罪を償わない限り、望んでいる何かってのが訪れる事は無い、だってさ」
 小鳥が、妖精さんから告げられたお告げの内容を伝える。蒼華が座った位置をずらして、再び桜の幹に片手の平を添わせた。
 「…それじゃ、このコはずっと何かの罪を背負ったまま何かを待ち続けていたのね。きっと、その罪もずっと償いたかったけど、自分では動く事が出来ないから、それも叶わずに。…可哀想ね」
 「…そうだね…でも、その罪ってのが何なのかって事まではさすがに分からないみたいだね。余りに昔の話らしくてね」
 溜息混じりに小鳥が呟く。蒼華の手の平から伝わってくる桜の記憶は、とにかくひたすらに何かを待ち続ける想いが延々と繰り返されるだけだ。恐らく、ずっとずっとその想いだけに捉われ続けてきたから、それ以外の記憶は無くしてしまったのだろう。それをも感じて蒼華は切なくなる。樹木の寿命は人間とは比べ物にならないのだから、これからも果てしなく長き時を、そんな思いだけを抱いて生きていかなければならないなんて。
 「ねぇ、ことチャン」
 「…んー?」
 「あたし達で、この桜の木を助けてあげられないかしら?」
 蒼華の言葉は、小鳥には予想の範囲内だったらしい。聞き返す事もなく、困ったなぁと言う笑みを、だが優しい笑みを浮かべて、小鳥はこくりと頷いた。


 二人がやって来たのは、近くの資料館である。地元の話題が豊富な資料を集めた公営の図書館兼資料館で、小さいながらも地元関連の資料に関してはそれなりの質と量を誇っていた。
 なにしろ相手は物言わぬ樹木である。小鳥の妖精さんのお告げは一方的なので、小鳥が望む情報をいつでも貰える訳ではない。蒼華の能力を持ってしても、あの桜の木が何の罪を背負っているのかを聞き出す事はできない。桜の中に、その当時の記憶があれば読み取る事もできるが、かの中には、何かを待ち続ける、その思いしか残っていなかったのだから。
 それで二人は考えた末、何かそれに関連するような事が伝承や噂話となって言い伝えられていないだろうか、と思い付いたのだ。あの桜の木はかなりな樹齢の古木である。日本の各地には、その土地由来の古木に関わる伝承や伝説、言い伝えなどが残されている事が多い。日本人と樹木と言うのは、昔から深く、生活と密接した関係にあるからなのだろう。
 「…蒼華」
 設置されているパソコンの検索機能で調べていた小鳥が、蒼華の名前を呼ぶ。別の場所で本を開いて見ていた蒼華が、その本を胸に抱えて近くへとやって来た。
 「どうしたの、ことチャン。何かあった?」
 「ウン…このおとぎ話なんだけどさ…何となくだけど、あの桜に関係あるんじゃないかって思ってね」
 そう言ってパソコンの画面を指差す。そこを覗き込んだ蒼華が、声に出して、だが周りを憚ってか、小声で読み上げた。
 「うーん、…ええと、なになに……」
 そのおとぎ話とは、こんな話だった。

 その昔、この村には貧しいが働き者で性根の良い男が住んでいた。嫁入り・婿取りの話には事欠かない人気者であったが、何故か本人はどんなイイ縁談にも消極的で、その事を不思議がる者も多かった。
 実は男には、密かに想いを寄せる娘がいたのだ。相手は村一番の庄屋の一人娘。やがて男は、一大決心をして、己の想いを伝えようとする。そのきっかけとして、村に一本だけある桜の木が今年最初の花を咲かせたら、娘の元へと行こうと決めていた。
 が、結局、桜の花が咲く前に娘は隣町の庄屋の次男坊を婿に貰ってしまう。男が桜に、例年より咲くのが遅かった事を責めるが、自然の摂理を否定した事で山の神の怒りに触れ、それきり姿を見なくなった…と言う話である。

 「…でもこの話だと、桜は何にも悪い事はしてないんだよね。この話が事実だとしても、咲くのが遅かったのは、例えばその年だけ寒さが続いて開花が遅かっただけって感じだろうし、それこそ自然の流れだから、桜にはどうする事も出来ないし。それで罪だと言うのなら、寧ろ桜じゃなくて気候そのものに掛かって来そうなものじゃないの?」
 資料館から再び桜の木の元へと戻って来た小鳥が、花の乏しい枝を見上げながらそう言う。夕暮れが近付き、花見客も昼間に比べればかなり数が減っている。元々人が集まらないこの木の回りには、小鳥達以外には人の姿は無い。小鳥が、拳で軽く木の幹をコツコツと叩いた。
 「…ねぇ、ホントのところはどうなのさ。教えてよ、サクラノキさん」
 「……本当に、ただの偶然だったのかな……?」
 え、と小鳥が傍らの蒼華の顔を見た。蒼華は、また木の幹に手の平を添わせた状態で、一本の枝に一輪だけ咲いた花を見上げている。
 「…どう言う事なの、蒼華」
 「だから、ね…花が咲くのが遅かったのは、単なる気候の所為だったのかな、って事。もしかして、この桜の木が意図的に開花を遅らせたのだとしたら…?」
 「…この木が、意図的に?それじゃまるで、この桜の木は男に告白の切っ掛けを与えたくなかった、と……」
 「もしも、もしもね…? …このコには魂があって、その男に恋をしていたとしたら…? 娘に想いを告げる為に自分の開花を待たれていたとするなら、それを阻止しようとわざと花を咲かせずにいた、…とか……」
 「…意図的に、男の恋路を邪魔したから、そして結果的に男の命を奪っただろうから、その罪を…?」
 この桜の木は、背負っている。自然の摂理に逆らったのは、実はこの桜の方だったのかもしれない。もしかしたら男と娘は結ばれる運命にあったのに、その赤い糸を断ち切ってしまったから…。
 「…それならきっと、この木が待っているのは、その男なんじゃないかな。自分が恋した男を待ち続ける、でもその男がいなくなってしまったのは、己の所為。この木の罪が贖われるとすれば、その時切れた赤い糸を元に戻す事だろうけど、そんなの不可能だし。…第一、その男に逢いたいと願っても、男が生きていたのはもうずっとずっと昔のハナシ…」
 「…切ないね。堂々巡りよね、それってば」
 ぽつり、と蒼華が呟いた。小鳥はただ溜め息を零すだけだ。

 次の朝、二人は河津を発つ前にもう一度、例の桜の元へとやって来た。相変わらず、その桜の木には花が乏しく、当然愛でる人も少ない。二人はほぼ同時にそっと溜め息を漏らした。
 その時だ、急に吹いた春風が、二人の傍を通り掛かっていた一人の女の子の帽子を飛ばしてしまった。黄色い花飾りの付いたその帽子は空高く舞い上がり、小鳥達の目の前の桜の木の枝に引っ掛かってしまったのだ。
 「…あれれ」
 「ことチャン、取ってあげなよ。ことチャンなら、背が届くでしょ?」
 蒼華に言われて、やれやれ、と小鳥が手を伸ばし掛ける。その手を、妖精さんが袖を掴んで引き留めた。
 「…ナニ。何か用……」
 「……あ」
 小鳥が妖精さんに話し掛けている間に、向こうからやって来た一人の男の子が女の子の傍へとやってくる。どちらも幼稚園の年長組ぐらいの年齢だろうか。桜の枝の下で引っ掛かった帽子を見上げ、泣き出しそうな女の子を男の子が慰める。そして、男の子は桜の木に登り始め、枝から帽子を取ると女の子の方へとふわりと投げて寄越した。
 その瞬間。何故だろう、小鳥と蒼華は、この女の子と男の子の将来の姿が見えたような気がした。この出来事をきっかけに二人は知り合い仲良くなり、そしてそのまま成長して…。
 「……縁結び」
 「…そうだね。あたしもそう思った。この桜の木を介して、今、赤い糸が繋がったような気がしたね」
 小鳥がそう言うと、蒼華もこくりと頷く。帽子を取り戻してご機嫌な女の子は、男の子と手を繋いで、今来た道を一緒に戻っていった。
 「きっと、これがこの桜の木の罪滅ぼしなのよ。実際に断ち切った赤い糸はもう戻せないから、その代わりに新しい赤い糸を繋いでいるんだわ」
 「…ああ、そうだね、きっと。そうしていつかは、この木の罪も消えるんだろう。そん時に待ち人が現われるかどうかは分からないけど……」
 それでも、最初から叶う事がないと分かっている夢よりも、叶うかもしれない可能性を秘めた夢の方が、断然いいに決まっている。
 「…行こうか、蒼華。電車が出ちゃうよ」
 「うん、行こう、ことチャン。乗り遅れたら大変だものね」
 二人はにこり笑い合い、そこで静かに佇む桜に別れを告げ、歩き出した。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月18日

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