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『「永遠」を造る者 』
海原・みその1388)&海原・みなも(1252)

お父様が、私にこうおっしゃった。
『みその…。みなもとここに、行ってごらん。』
渡された地図の場所。
『お前が何を見て、どう思うか。何をするかは自由…。だが、考えておいで。私が、これをお前に頼む、その理由を。』
そして、私達はここにいる。深い山奥に一軒だけ佇む、この館に…。

ここに来るまでにどのくらいの時間がたっただろうか?
かなりな時が過ぎていたことは、間違いない。
朝に東京を出て、今は、もう周囲が暗くなりかけている。
「お姉さま、ここが、目的地ですか?」
お姉さま、と自分を呼ぶ少女に海原・みそのは「ええ。」とだけ呟いた。
「暗いですね。誰も、いないのでしょうか?」
今度はみそのは「いいえ。」と答える。見えないはずの目で、館を見つめながら…。
「みなも。ここには誰かがいますわ。お気をつけなさい。」
海原・みなもは姉の言葉に小さく、肩を震わせた。
元々、ここに来たのは父に調査を頼まれたからだ。『連続美少失踪事件』の犯人がここにいるらしいから。と。
まだ、警察の調査の手は伸びていない。確証も、無い。
みそのの頭を嫌な予感がよぎった。『美少女失踪』自分で言うのもなんだが、みなもも、そして自分も『美少女』の域に入るだろう。
『失踪』の原因は一体?
『危ないようだったら、帰っておいて。』とみそのに父は言った。
だが、父に頼まれたことなら、なんとかしたい。決してただやられるだけのことは、無いはずだ。自分なら…。
拳を握り締めてみそのは、扉の前に立つ。
「…?あれ?…お姉さま?」
姉の気配を感じず、妹は振り返った。姉は、まだ館を仰いでいる。
「お姉さま?どうなさいました?」
「なんでも、ありませんわ。…行きましょう」
何かを思うように、妹とは違う予感を感じながら、みなもは首を振って歩き出した。
そして、扉を開ける…。

彼女達がその部屋にたどり着いたのは、館に入ってすぐのことだった。
目的地がそこであることは、すぐに解った。迷わなかった。
なぜなら、案内されたのだから。美しい、少女のからくり人形に。
館の地下、最奥の部屋にみそのとみなもは足を踏み入れた。
一人の男性が、彼女らを出迎えた。
「これは、これは…。なんと美しいお客様だ。ご苦労だったな。」
口調から、仕草から彼がこの館の主人であることは用意に想像ができた。
まだ、思ったよりも若い。父と同じくらいだろうか?
(な、なんでしょう?あの視線。異様だわ。それに、どうして突然の来訪者になぜ、このような反応できるの?)
みなもにはその理由が想像できなかった。
だが、他にも解らないことがある。
一つ、彼の側に侍るようによりそう人形達。自分達を案内してきた人形も、こくんと首を前に動かすと彼の横に立つ。
すべて10代に見える、美しい少女の姿を人形達はしていた。
みなもは案内されているときにも思っていた。この人形達はあまりにもよくできている、と。
人間ではありえない。
白すぎて、明らかに作り物と解る皮膚。角ばった動き。感情の動かない、貼り付けられた笑顔だけような…顔。
だが、みなもには聞こえたような気がした。彼女らの『声』が。
(助けて…、ここから、出して…。)
(な、涙?)
動かない顔には何も浮かばない。だが、みなもは感じた。彼女達の仮面の下で、自分の支配する何かが生まれた事を。
(ま、まさか…この子たちは…?)
二つ、暗い部屋の中、数限りない歯車や人形の部品らしきものが溢れる棚。
奥にある黒ずんだ大きな作業台…。そして、部屋中に立ち込める…匂い。気がついたときみなもは気が狂うかと思った。
そう、解る。これは…血の匂い。
「あなたは、あなたは…ここで一体何をなさっているんですか!!」
絶叫と、悲鳴の入り混じったみなもの声に、彼は答えなかった。
ただ、人形達から離れたところに座っている、一体の少女人形に語りかけて…。
「良かったな。また、新しい友達が来てくれたよ。これでまたしばらく、寂しくないな。」
「友達?まさか、本当に…?」
雪と呼びかけられた少女人形に、みなもは一瞬魅入る。
磁器のような純白の肌。闇を切り取ったような漆黒の髪。そして、決してガラス玉ではない瞳。生きているはずは無いのに、人形なのに彼女は生きている?
「……!あっ…。」
次の瞬間、崩れ落ちるようにみなもは床に膝をついた。首筋にチクリとした痛みが走る。
それが、いつの間にか背後にきていた人形が刺した注射針であること知るのとほぼ同時、彼女の意識は遠のいて…消えていった。
「お…ねえ…さ、ま…。」
一緒にここに来たはずの、姉の姿はどこにもなかったことに彼女は落ちる意識の最後の思考で気付いた。
でも、何もできなかった。

霞か、靄のような意識の中からみなもはゆっくりと覚醒する…。
「…うっ…ああっ……。」
「おや、お目覚めかね?眠っていた方が、君のためにも幸せだったろうに…。」
視界がはっきりとしてくると同時にみなもは自分の状況にゆるやかに気付いていく。
腕も、足も首も細いが頑丈なベルトでほんの僅かな隙もなく固定されている。
弱くないはずの自分の力ですら、一ミリの隙間も生まれない。
いや、指先一本すら今の自分が動かせないことを、彼女はようやく知った。
首以外の感覚が、完全に麻痺している。そして…全裸だ。
「ありがとう、君も娘の新しい友達になってくれるんだね。その代わり私は君に、永遠の美しさをあげよう。悩むことも苦しむことも、変わることも無い幸せな世界を…な。」
「私は…何も…イヤ…。…お願い、止めて!!」
自分を覗き込む館の主に、取り囲む人形達に、みなもは懇願した。
悲痛なまでの願いは、やがて絶叫に変わるがそれを聞き入れる「人間」はそこには誰もいなかった。
「見ていたかったら、見ているがいい。君の身体が美しく生まれ変わるのを…。いつまで君の心が持つかどうかは解らないが、人形には心など不要だからね。」
男はもう一度みなもを見た。あの最初に出会ったときと同じ、異様に輝く視線で満足げに全身を舐めるように見つめると、ためらいなく彼はみなもの乳房と乳房の間にメスを入れた。
「イヤ〜〜アアアッ!!!」
身体が、一度だけビクン!と跳ねた。その後は、目を見開いたままみなもの身体は動かなくなっていった。
「ほおっ。君は普通の…いや、人間ではないのだね。素晴らしい、素晴らしい人形になるよ。」
臓器が切り取られ、握り締められる。自分さえも見たことの無い体の中を触れられる。
それは、痛みなどという生易しいものではなかった。電撃が身体全体を意識の全てを打ちつけて、壊れていく。心も、身体も。
(やめて…、私を…壊さ…ないで。)
完全に麻痺した身体、遠ざかっていく意識。体内を掻き乱され、混ぜられ抜き取られていく。最後の砦。脳の中さえも侵食されていくのを感じながらみなもは唯一の救いを手に入れた。
(みんな…わ・た…し…。おねえ…さ…)
意識の消失。肉体活動の停止。…死と呼ばれるものを…。

ジーーーーッ。
かすかな起動音がする。しかし、手術に集中している男は気がつかない。
姉は、みそのはどこに行ったのだろうか?
妹の、みなもの言葉は…届いていなかったのだろうか?
そうではなかった、みそのは、その場にちゃんといた。みなもの声も聞いていた。
彼女は部屋の中央に立っていた。手にはビデオカメラを持って…。
「フフフ…。みなもさん、これはいいお土産になりますわ…。」
手術台に向けてレンズを向けながらみあおは、クスクスっと笑ってそう呟いた。
風と、空気の流れ、屈折率の変化を利用してみあおは姿を隠した。
そして、みなもを男に託したのだ。この男が何を、しているのか、みそのには最初から解っていた。
みなもに何をするのかも、感じていた。
だが、止めなかった。そして、ビデオカメラを回したのだ。
身体が切り開かれ、ほのかな桃色の命の中心がぜんまいに入れ替えられた。白い骨が取り出され作り物と入れ替えられる。
頭蓋を切り開かれ、脳の横に埋め込まれたのは何かの機械だろうか?
ほんの数時間前まで暖かな笑顔を見せていたピンクの頬はすでに血の気を失っている。流れ落ちた血が台の下のくぼみに溢れるように注がれていく。
身体全体には人工の皮膚のようなものが貼り付けられた。
「…素晴らしいですわ。」
人形達を助手にしているとはいえ、先端の医療設備も無い作業場でのたった一人での人体改造は神業と言える。
いや、おそらく彼自身も異能の力を持っているのだろう。
そうして、さらに数時間後、数本目のビデオテープが終わろうとした頃、彼が全ての傷をふさぎ小さく息をついた。
作業台のその上には海原・みなものからくり人形が、生きていたときと寸分違わぬ姿で横たわっていた。
みそのは、その全身をビデオでくまなく撮影すると、ニッコリと、微笑んだ。

黒き褥に横たわる純白の身体。
「さあ、目覚めるがいい。」
命令の口調に、一番新しい人形の目は開いた。ゆっくりと台から身体を起こした人形は自分に命令を下した創造主に深く礼をする。
「新しい人形よ。わが娘に、挨拶をするのだ…。お姉さまと呼ぶのだよ。」
彼が指差した先にある美しい人形に、みなもは跪いた。
「…おねえ…さ…。」
「みなも!私以外のものを姉と呼ぶなど、許しませんわ!!」
人形達は動かなかった。動いたのは主である男と、新しい人形だけ。
「き、君は一体?」
質問に答えず、ツカツカ、カツカツと歩くとみそのは、みなもの頬に触れた。
すでに凍りつき、滞ったみなもの命。
まるで、ソロモンの首に口づけたサロメのように、みそのは愛しげにみなもの唇と、自分の唇を重ねた。
意識と、生命力と、力が空っぽになったみなもの中に注ぎ込まれる…。
その時、何が起きたか解るものはいなかった。一瞬のフラッシュバックの後、彼らは見る。
「お初にお目にかかります。ご無礼を、お許しください。」
長い長い髪で飾られた頭を垂れ、ゆっくりとお辞儀をする少女と、その背後でまるで、双生児のように並んで横たわる人形と娘を…。

「そうか…海原の娘か?君らは…。」
「みそのと申します。あちらは、みなも。妹ですわ。」
作業台の横の小さなテーブルをはさみ、彼らはお互いを見つめていた。
「お茶を…どうぞ…。」
人形の一体が二人分のお茶をテーブルにおいていく。
玉露の香りは部屋中に立ち込めるつん、とした匂いにかき消された。
だが、彼らは気にしない。平然と茶をすすると、また顔をあげる。
目と目が合う。
「意外、でしたわ。あれを見たら、必ず自分の娘にもやってくれとおっしゃると思っていました。」
先に言葉を出したのはみそのだった。彼女の言葉に男はかすかに唇を動かした。
「何をやっても、あの子が戻ってくるわけではない。時間が巻き戻せるわけでもない。私は…解っているよ。」
「あら?でも、私は…。」
反論しようとするみそのの言葉を男は柔らかく封じ込めた。
「君の能力は解ってる。彼女は、確かに元通りだろう。だが…それでも元には戻らないのだよ。一度、損なわれたものは、ね。」
彼の言葉、姿に少女を平然と改造し、人形とするマッドなイメージは無い。彼には本当に全て解っているのかもしれない。
「あの子は、死んだ。もう戻ってこない。だが、あの子と離れてなど私は生きてはいけない。」
その上でやっているのだ。娘を人形に封じ、生きた少女を「友達」として人形にする。
「あの子が永遠に私から離れないように人形にする。あの子が寂しくないように友達を作る。すべてはあの子のためだ…。」
(それが、この方の…愛の形?)
不思議な親近感を、感じずにはいられない。何故だろうか…?
「警察が、ここに目をつけているようです。お早めに場所を変えられた方がよろしいかと…。」
みそのの言葉に男は頷いた。
「そうだな、少し派手にやりすぎたかもしれない。場所とやりかたを変えるとしよう。海原は…相談に乗ってくれるかな?」
おそらく。みそのはそう答えた。自分達がここにいるのは父の意思なのだから…。
立ち上がり、準備を始めようと動き出したであろう男は、ふと横たわるみなもと、その人形に目をやり振り返った。
「もし、できるなら娘以外の少女達には、あれをやってくれないかね。例え偽物であろうと、帰してやれば私は非合法でなくなる。」
「あれは、偽物ではありませんわ。れっきとした…。」
はは、と笑い男は手を振った。みそのは反論するチャンスを失い彼の背を見送る。そして深い息をついた。
(あれは、疲れるのですけどね…。)

パチパチパチ…。
何かが爆ぜる男に、みなもは目を覚ました。
「…う…あっ…何が…? あ!お姉さま!!」
「ここにいますわ。みなも。お目覚めですか?」
赤く燃える炎の塊を見つめていたみそのが、こちらを向いて微笑んだ。
まだ、頭の大部分に靄がかかったようで覚醒しない。だがみなもは懸命に首を振って立ち上がった。
はらっと胸にかけられていた白い布が落ちる。
一糸纏わぬ生まれたままの姿。慌ててしゃがみこみ手で胸を押さえたとき、自分を目覚めさせたあの音が目の前の館が燃える音だと彼女は始めて気がついた。
「…何があったのですか?…私は…何が…。」
「気にすることはありません。終わったのですわ。すべて…。」
周囲を見回すと少し離れたところに少し前の自分と同じように横たわる少女達がいる。
「お姉さま?」
みなもの声に、みそのは答えなかった。
彼女は自分におきたことを覚えてはいまい。おぞましい記憶はすでに忘却の彼方に埋めた。
覚えている必要も、思い出す必要も無い。

自分を見つめる瞳。炎を映し朱に染まる肌。生きたみなもは紛れもなく美しい存在だった。
だが…。
(あの台の上のみなもも、…美しかったですわ。愛しすぎるほどに…。)
生きた愛すべきものが、「物」に変わっていく。背徳な、決して許されない光景にみそのは、何かを感じていた。
それは、「愛」なのか?それとも…「欲情」と言えるものだったのかもしれない。
『君は、私と同種の人間だよ…。君も、いつか、私のようになるのかな?』
自分の館に火を放って消えた『彼』。別れ際、笑いながら言ったその言葉をみそのは思い出していた。
(私は、あなたのようにはなりませんわ。 必要ありませんもの。みなもを失わせたりしませんから。永遠に…。ねえ、お父様…。)
「どうしたんですか?お姉さま?」
言葉に出して言った訳ではない言葉に、いや、考える表情をするみそのを気遣うように問いかけるみなもに、みそのは微笑んだ。
「なんでも、ありませんわ。…さあ、帰りましょう。」

「行方不明の女の子たちが見つかって、良かったですね。」
「ええ、本当にここに来て良かったですわ。」
(興味深い歓談もできましたし、何よりいいおもちゃも手に入りましたものね。)
木の陰に向かってみそのはウインクをする。
かさっ、と揺れる音に少女達の世話をするみなもは気がつかない。

(新しいマスターはこうおっしゃった。)
「私達が帰ったら、私の元に来るのです。そのカバンを無くしてはいけませんよ…。」
青い影は、手に持ったカバンを抱きしめたままそこに何時までも佇んでいた。

「ご命令を、お待ちしています。」

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2004年03月16日

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