▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『laugh play 』
湖泉・遼介1856

 もっと殺伐とした世の中であれば、命の遣り取りも安易に行われるのであろう、或いは本格的な戦争の真っ只中であれば、己の業を誇示するが為のコロシアムも開催されているだろうが、今はまだそこまでひっ迫した世の中ではない。先日、聖都エルザードで行われた闘技大会も、互いの技を磨き合うのが目的と言う、至って健康的な内容のものだった。
 …が、その時の事を思い出すたび、遼介はがっくりと肩を落とし、暫く話し掛けられない程落ち込んでしまうのだった。
 それは、何日か前の事……。

 「年齢制限ナシ、経験実践の有無関係ナシ、しかも武器制限ナシに魔法制限ナシ!…すげェ、なんでもアリなんだな……その上、賞金賞品まで出るってか。太っ腹〜」
 出場者募集の広告の前で腕組みをし、遼介が感心して何度も首を縦に振る。既に参加希望者は、受付窓口の所に列を成しているようだ。その尻尾の一番最後の位置を確認してから、遼介は再び募集広告の方に視線を戻す。
 「誰が出場するかはわかんねぇけど、日頃の修行の成果を試すには丁度いいよな。道場の仲間相手だと気心知れちまってるし、それに…」
 編み出した新技を試すにも丁度いいかも。と遼介がニヤリ口元で笑った。救護班の治療術師も待機してるそうだし、多少怪我を負わせても大丈夫だろ。
 勿論、そんなルールであれば、己も怪我を追う可能性がある訳なのだが、意気揚々とする今の遼介には、そんな可能性は全く考えていなかったどころか、思い付きもしなかった。
 「さて、ンじゃ俺も参加を……って、うわぁ」
 振り返り、さっき確認した一番最後の列に並ぼうとした遼介だが、その一瞬の間に更に列が長くなっている事に驚き、思わず眼を瞬いた。


 久し振りの闘技大会とあって、参加人数も多く、会場は幾つかのゾーンに仕切られて同時進行で幾つもの試合が行われていた。遼介の出番が近付き、案内板で確認をしてその場所へと赴く。第一回戦とあって、リングと言っても地面に白い粉で四角の枠を書いただけの質素なものだ。会場の中央には数段高い大理石造りのエリアが作られているから、恐らくもっと上の階層まで勝ち続ければ、そこで戦う事が出来るのであろう。遼介の思考は既にその、人の注目を浴びる事が出来るリングへと飛んでしまっている。審判に数回名前を呼ばれても気付かずに、危うく不戦敗にされる所であった。
 『…やべェ、もう少しで恥掻く所だったぜ……』
 「…俺の相手は、本当にコイツなのか?」
 試合場で向き合った遼介を見下ろし、対戦相手の男が審判に尋ねる。審判は頷いてそうだと認め、遼介も憮然とした表情で大柄な男の顔を見上げた。
 「なんだよ、俺が相手でなんかモンクあっか?」
 「文句はねぇが、おめぇ、ソレで本当に剣を使うってのか?」
 男が鼻でせせら笑う気配がする。ソレとは遼介の着ていた魔法学院の制服の事を言っているらしい。学校からの帰り道だったから必然的にそうなっただけで、遼介としては深い意図は何も無かった。それに、遼介としては魔法は勿論得意な分野ではあるが、今回は剣の腕試しに来ているのだから、剣技で戦おうとして何か可笑しいのだ、と言った所だ。
 「べっつに、魔法学院の生徒が剣を使ったっていいじゃねぇか。ルールにはどっちを使っても構わないって書いてあっただろ?」
 「書いてはあったが、別に不慣れな剣をわざわざ使わなくったっていいんだぜ?無理はすんなよ、ボーヤ」
 ボーヤ、の部分を強調、男は大声で笑いながら最初の位置に付く。男は、明らかに遼介の事を舐めて甘く見ているようだ。その態度に、思い切り不機嫌を表情に表しながら、遼介も審判の促しに従って定位置に付く。舐め切った態度の男を、キッとキツい視線でねめつけた。
 「はじめッ!」
 審判の威勢のいい声が掛かる。の、途端、遼介は地面を蹴って男の方へとダッシュで駆け寄る。剣は未だ鞘に収めたままで腰の辺りで柄を掴んで固定したまま、目にも留まらぬ速さで男のすぐ傍まで駆け寄ったかと思うと、剣を抜きざま、男の鎧の繋ぎ目の部分を的確に切って落とした。
 「…な、何!?」
 あまりの速さに何が起こったのかとうろたえながらも、そこはそれなりに実戦を積んだ戦士か、反射的に自分が受けた攻撃の位置から遼介の今居る位置を瞬間的に割り出し、大きな剣を振り被った。それを遼介は上空へと飛んで避け、ついで男の手首を踏み台にして更に高く空へと舞い上がる。一回転して男の背後に回ると、また剣を風に舞う木の葉のように扱い、同じように鎧の繋ぎ目を次々と落としていく。
 がしゃん!
 鎧はついに遼介の手によってバラバラにされ、男の足元に転がり落ちた。げっと言う顔をする男だが、それしきの事では怯みはしない。ならば、と遼介はニヤリ口元で笑った。剣を逆手に持ち変え、男の周りを超高速で走り出す。端から見れば、男の周囲で何かが拘束で回る軌跡だけが見え、時折キラリと反射する白銀色の弓形の軌跡が分かっただろう。やがて風が止み、遼介が一番最初の位置まで戻る。剣を両手で頭上に翳し、そのまま真一文字に垂直に叩き降ろした。その勢いで巻き起こった風が、男を凪ぐ。すると、男が鎧の下に着ていた衣服が全部バラバラになり、風に乗って散り散りになってしまったではないか。パンツ一丁の情けない格好にされて、うわっとさすがに男が焦ったその時。
 再び空中高く飛び上がった遼介が、剣を振り翳して男目掛けて落下してくる。太陽を背にした遼介は逆光でその表情などは様として知れない。引かれる重力以上の勢いで持って男に襲い掛かった遼介の、剣の柄が男の額のど真ん中に炸裂した。致命傷にはならないが。男の意識と暫くの健康体を奪うには充分な攻撃だった。地響きを立てて仰向けに倒れ込んだ男を見下ろし、遼介が高らかに笑う。
 「見た目で人を判断すっからそうなるんだよ、オッサン!」
 オッサン呼ばわりされたら確実に怒り出しそうな年齢の男であったが、勿論、怒り出す事などなく、ただ白目を剥いて空を仰いでいた。


 第一回戦の勝利で味を占めたか、遼介はその後も順調に勝ち進んでいった。見た目で遼介を判断して舐めた態度を取る対戦者もどうかと思うが、それもまた戦いにおける戦術の一つ。相手の怒りを煽って冷静さを失わせる手段でもあるのだが、それにまんまと嵌る遼介は、テンションの高さのままに様々な剣技をお見舞いし、必要以上の重傷を負わせたり先程のように恥を掻かせたりしていた。それが評判を呼んで、遼介の対戦時には大勢の観戦者が集まるようになった。無責任な観戦者達はやたらと遼介を煽り立て、騒ぎ立てるものだから、遼介もついうっかりその声援に乗ってしまう。既に優勝したかのような気分で鼻高々になる遼介の、次なる対戦はと言うと、とうとう準々決勝で、しかも先程遼介が仰ぎ見ていた、メインスタジアムでの対戦であった。
 「それでは準々決勝の第一試合を行います。両者、前へ!」
 審判に呼ばれて遼介が前へと進み出ると、場内からは大きな声援が沸く。それに両手を振って答えながら、遼介が己の対戦相手を確認しようと視線をそちらへと向けた。ゆっくりと階段を昇ってくるその人物を見た時、思わず我が目を疑って両手で自分の目を擦った。
 「……あんたが、俺の対戦相手?」
 「そうじゃよ。何か不思議な事でもあるかね?」
 穏やかな声でそう答えた相手は、杖をついた白髪の老人だ。曲がり気味の腰を空いた方の手で撫で、ヤレヤレ…と声を漏らす。目深く被ったとんがり帽子の鍔の影から、優しい瞳が遼介を見た。
 「いやはや、賑やかな声に誘われて来てみれば、元気な生徒が居るのぅと思うてな。儂が教鞭を取っておった頃には見掛けんかったがの…」
 「教鞭?って、あんた、もしかして…」
 「魔法学院で教授なぞと言うのをやっておったよ」
 遼介の言葉遣いを咎める様子もなく、老人はほっほっと静かな声で笑った。今まで、いきり立った対戦相手ばかりと対峙してきた遼介だったので、この老人の穏やかな雰囲気には毒気を抜かれたような気分になる。それでも油断なく、剣は構えたままで老人の方を見た。
 「まぁいいけどさ…でもじーさん、剣はナシか?魔法だけか?」
 「魔法より剣の方が強いと思うておるのかな、おんしは」
 「どーかな。でも、俺の剣は早いぜ。魔法を唱える前に、終わっちまうかもな?」
 遼介が笑う。実際、今までの対戦相手の中には魔法使いもいた。が、確かに遼介が言うように、相手が詠唱を追える前に、遼介の剣が煌いて相手を叩きのめしていたのだ。それを老人も見ていたのだろう、ゆっくりと深く数回頷くと、手にしていた杖でトンと足元を突いた。
 「遠慮は無用じゃ。今までおんしがしてきたように、するが良いぞ」
 その言葉を合図にしたよう、審判の声が掛かる。遠慮無用だと本人が言うのなら、と遼介もその気になって、今までと同じように地面を蹴って老人の方へとダッシュを掛けようとした。
 が。
 「…………え?」
 足が動かない。遼介が恐る恐る己の足元を見てみるが、そこには何もない。ただ、靴の裏が何か強力な接着剤か磁石でくっ付いてしまったかのよう、引こうが押そうがびくともしないのだ。
 「……な、なんだこれは!?」
 ちっと舌打ちして遼介が力任せに何度か足を引く。が、結果は同じ事。苛立った遼介が、息を溜めて今までの渾身の力を籠めてくっついたままの足を引っ張った。すると、今度は先程までの硬直が嘘のよう、するりと足の裏は外れてしまったのだ。勢い余って遼介の身体はごろごろと前のめりに転がっていく。ようやく回転が止まってうつ伏せになった遼介の鼻先には、老人の靴先があった。
 「…まさか……」
 「ほほ。魔法の使い方にはいろいろあるのじゃよ。剣も魔法も、使い方次第という事じゃな」
 目を細めて笑う老人だが、遼介には老人が何時詠唱をしたのかも気付かなかった。
 「儂がいつ詠唱をしていたのかと不思議に思うておるようじゃな」
 図星を刺されて、遼介はうっと言葉に詰まる。老人がまた笑うと、その杖の先がトン、と遼介の肩先を軽く突付いた。
 「詠唱と言うのは、その者の精神力を高める為にあるようなものじゃ。その気になれば、詠唱などなくとも魔法は使えるのじゃ。…このように」
 老人がそう言うと、ひゅっと見えない糸に吊り下げられるように、遼介の身体が宙に浮いた。
 「うわぁッ!?じーさん、何をした!?」
 驚く遼介に、老人はただ口元で笑うだけだ。どうやら、先程、杖で遼介の肩を突付いたあの一瞬で、遼介の身体にパペットの魔法を掛けたらしかった。
 老人の杖の動きにあわせて、遼介は空中でぐるぐる回転させられたり倒立させられたり、果ては間抜けな踊りを踊らされたりして、場内は爆笑の渦だ。さすがに恥ずかしさで顔を真っ赤にして、遼介はなんとか魔法を解こうとするが、老人の魔法は強固で、なかなか効果が切れない。しぇー!とポーズを取らされたまま、遼介の身体が硬直した。
 「じ、じーさん…こりゃあんまりだ……」
 「何を言う。おんしは先程まで、似たような事をしていたではないか」
 「ええ!?」
 「ここは、互いの技を競い、高めあっていく為の闘技大会なのではなかったのか?それなのにおんしは、日頃の成果を試すと言う本体の目的も忘れて悪乗りし、必要以上の怪我を負わせたうえ、それを楽しんでおったではないか。確かにおんしは強い。剣のみならず、魔法の腕も相当なものなのであろう。じゃが、それに甘えて切磋琢磨を怠っていては、遠くない将来、おんしは…こうなるぞ」
 老人の目が、光った。杖の先をほんの僅か、くいっと捻ると、宙に浮いていた遼介の身体に絡まっていた見えない糸がぷつんと切れ、落ちた。落下速度以上の力で床面に叩き付けられた遼介の身体は、どごんと大理石を割ってめり込んでしまった。


 後で聞いた話だが、あの時の老人は、学院内では未だにその能力を抜く者がいないと言う逸話を持つ程の能力者だそうだ。能力的な事はともかく、自分の五倍以上も生きた元教授相手では、遼介も分が悪かったのだろう。この事の次第は暫くの間、魔法学院でも話題のひとつとして語り継がれる羽目となり、その度に遼介は、教室の床面に穴を掘って埋まりたい気分にさせられるのであった……。

 まぁこれも、強くなるための試練だと思えば。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年03月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.