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『生と死の轍 』
鬼灯1091
生きているとはどういう状態をいうのでしょうか?
肉体があり、血が流れ、体温があり、魂がある。
普通はそういう状態をいうのでありましょう。
では、わたくしは死んでいるのでしょうか?
人に似せて造られた物であるわたくしには魂はあり、呼吸も食事もする。
呼吸や食事は必ずしも必要はありませんが……
一度死にこの偽りの体に込められたわたくしの魂で、わたくしも人に戻れる術を探している――


門番の兵士に丁寧にお辞儀をし、鬼灯はエルザードの大通りへ足を向けた。
以前、エルザードを騒がせた連続通り魔事件の犯人。
愛する女性を失い、愛する女性を甦らせる為、心臓を集めていた男に鬼灯は会ってきた。
男は青白い顔で不健康そうに見えたが、表情は落ち着いていて悲しげに鬼灯に微笑んで頭を下げた。
あの事件の後から、ずっと鬼灯は女性の蘇生方法を探している。
だが、経過は芳しくない。
蘇生などという非自然の法は裏の世界を知らない者が知るはずもなく、それらしいところへ噂で知れば行き、人伝に足を運んだ。
しかし、会う人皆腫れ物を触るように鬼灯を見、口数少なく彼女を追い返すのみだった。
女性の蘇生方法を探している間、その女性にも会ってきた。
女性の遺体は男が女性の家の地下室に安置してある。
ひんやりと昼間でも冷たい地下室の中にガラスケースに入った若い女性がまるで眠るように横たわっていた。
綺麗なものだった……体は。
本当に、肩を揺すれば目を開けるのではないかと思うほどに。
だが、中身がないのは分った。
鬼灯は地下から上がり、部屋の中を見渡した。
独特の雰囲気を持った部屋は中央に丸い小さなテーブルと向かい合うようにイスが二脚。壁は二方に棚と長机が置かれ様々な道具が並べられていた。
仕事部屋、であったのだろう。
鬼灯は長机に無造作に広げられていた本を見た。
当り障りのない薬の作り方が書かれている。
鬼灯はもしかしたら何らかの手がかりがあるのかもしれない、と部屋の本だけでなく家中の本を読み漁った。
「……これでございますね」
それは表紙は黒く何も記されておらず、ニページ目に『ここに記されるは禁呪の法である。心せよ』と読むものへの忠告が書かれていた。
鬼灯はページをめくる。
人を一週間後に呪い殺す方法。不運をふりかける呪。災厄を招く呪。それから人を甦らせる方法など。
そこに書かれている方法は、男が事件を起した方法だった。
『贄となる異なる臓器を六つ集め、そのうち一つは心臓であること。心臓以外の臓器を悪魔との代償に使い、心臓は甦らせる者の心臓と入れ替える』
鬼灯は一言一句瞬きをせず、覚え込む。
蘇生法の最後のところに、こう記されていた。
『この呪により甦りし者は悪魔に魂を委ねし闇よりの使者となる』
「これは、わたくしのように『人』として抑制されてしまうのでしょうか……?」
鬼灯はしばらく座り込み、考え込んでいたが、本を持ち女性の家を後にした。
男のもとを後にして、鬼灯は噂話で聞いた店の前に立っていた。
路地を入ったところにある古臭い表看板は擦り切れ文字が読み取れなくなっている。
扉を開けると、鈍い鈴の音にどうやら道具屋らしき店の主人が緩慢に顔を入り口に向けた。
「……こりゃあまたかわえー客が来たもんだ」
黄色い不揃いの歯を見せ、にまりと笑う店主に鬼灯は怖気づく事は無く歩み寄る。
「こちらを見て頂きたいのです」
鬼灯はあの黒い本の蘇生術が書かれたページを店主の前に広げた。
店主は鬼灯と本とをしばらく見比べていたが、手元にあった眼鏡をかけページに目を落とした。
「へっへ……こりゃまたおっかねー本を持ってるじゃないか、嬢ちゃん」
薄ら笑いを浮かべる店主に鬼灯は尋ねた。
「この呪について詳しいことを知りたいのです。これは、死ぬ前の記憶を残しているのでしょうか?人としての感情を無くしてしまうのでしょうか?」
「まぁ、落ち着きな。こりゃあ有名な呪だな……悪魔を呼び出すって事でよ」
「悪魔?蘇生の法ではないのですか?」
鬼灯の言葉に店主は大仰に眉を上げて本を指で叩いた。
「表向きはそうなってるがな、本当の目的は死人の体を使って悪魔を呼び出す事さ」
「では、死んだ方が甦る訳では……」
「ないね」
あっさり言った店主に鬼灯は肩を落とした。
「……見たとこ嬢ちゃんも『人』じゃあねーみてーだが。嬢ちゃんが生き返りたいのかい?いや、こうやって話をしてるから生きてるって言ってもいいのかね?」
「いえ、わたくしではありません。……わたくしも人に戻る方法を探しているのは事実ですが、今回は別の方です」
「そうかい」
「何か、別の方法はご存知ありませんか?」
藁にも縋る思いで尋ねた鬼灯に店主は下卑た笑みを浮かべた。
「嬢ちゃんは金、持ってるかい?」
「お金ですか。少しばかりなら」
「ふむ……ま、こっちも一応ピンからキリまで用意できるが」
その言葉に鬼灯は少し身を乗り出した。
「本当でございますか?それはどのようなものでしょう」
「嬢ちゃんみたいに、別の入れもんに魂を引き戻すのが一番安いな。入れ物はなんでもいいわけだしよ。やっぱ一番高いのはちゃんとした肉体を用意するのだな」
「肉体ならあります」
小さく下手な口笛を鳴らした店主はしばらく考えていたが、やがて鬼灯の顔の前に手を広げた。
「なら、これでどうだい?」
「これで、とは?」
訳がわからず首を傾げる鬼灯に店主は眉を寄せたが、咳払い一つ自分の意図しようとしてた事を口にした。
「金さ。金貨500で手を打つぜ」
「金貨500枚でございますか……」
到底、鬼灯が払えるような額ではない。
「申し訳ありませんが、そのような大金手元にはありません」
「ならこの話はなかった事にするんだな」
追い払うように手を振った店主に鬼灯は尋ねた。
「もし、お金を用意したのなら……」
「おうよ。勿論それならいつでも引き受けるぜ」
鬼灯の言いかけた言葉も遮り、店主は言った。
「金と肉体さえ持ってきてもらえりゃ儀式の方はこっちですっからよ」
「その、蘇生後は死んだ後と生き返った後とでは何か変化はあるのでしょうか?」
そう、それが重要な事だと鬼灯は考えている。
生き返っても、死ぬ前の出来事を覚えていないのではどうしようもない。
「変化なぁ……蘇生なってーもんはそうそうやるもんじゃないからな。俺も実際蘇生した人間なんてもんは会った事ねーから何とも言えんね」
肩を小さく竦めた店主に小さく鬼灯はそうですか、と呟くと頭を下げ踵を返した。
「金が貯まったらまた来いよー」
閉まる扉から店主の声がした。

静かに暮れかける夕日に照らされる町並み。
鬼灯は路地に積み上げられた積荷の上に座り、夕餉時の活発な通りを眺めていた。
皆、笑ったり話したり急ぎ足で駆け抜けたりと動いている。
それをただ眺めていた鬼灯の顔が陰る。
ふっと視線を上げると目深に白いフードを被った女性が悲しげな表情をして鬼灯を見下ろしていた。
「何か御用でしょうか?」
「貴方は何を求めているのですか?」
静かな問いに鬼灯は女性の瞳を見つめ返した。
「人を蘇生させる方法を探しています」
「一度死んだ人をこの世に引き戻す事は自然の摂理に反します。また、その人の輪廻の輪も乱すことになる。新たな悲しみが生まれる事もあるのです。それでも良いのですか?」
膝を曲げ、鬼灯と視線を合わせて尋ねた女性に、鬼灯ははっきり答えた。
「わたくしは約束したのです。蘇生方法を探し出すと」
その答えに女性は青い瞳を悲しげに揺らし立ち上がった。
「誰かが生き、誰かが死ぬのには理由があります。もう一度、良く考え直してみて下さい。それでもまだ甦らせたいというのなら……」
そう言葉を切った女性は鬼灯の手に一枚のカードを握らせた。
「私に会いにいらっしゃい」
女性は立ち上がり、優しく鬼灯の頬を撫でると夕暮れの雑踏へ消えて行った。
残されたカードには女性の名とある場所が書き記されていた。


生きて、死ぬ事には理由があるという……
ならば、わたくしがこうして動いている事にも何か理由があるのでしょうか?
分りません。
しかし、これであの方の大事な方を蘇生させる事は出来るでしょう。
………………もう一度あの方にお会いしてお話をしましょう。




























PCシチュエーションノベル(シングル) -
壬生ナギサ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年03月09日

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