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『見えない月光。 』
季流・白銀2680

 もう何も高望みはしない。
 ただ『僕』はこれ以上の愛情を、失いたくないだけ。
 『あなた』に疎まれるのが、怖いだけ。
 


 じく…と背中が疼いたような気がして、季流 白銀(きりゅう しろがね)は、うっすらと瞳を開いた。時は既に、皆が寝静まっている時間だ。
「………」
 ゆっくりと音を立てずに、白銀は身を起こして、曲げた膝に腕を置き、そしてその腕の上に額を押し付けた。
 周期が巡ってきているのだ。月の光の導きが得られなくなる、新月の夜。精霊使いである白銀は、この期間が訪れると、精霊のコントロールが著しく難しくなり、背中には淡い燐光を放つ翼のような、痣が浮かぶ。それが、疼くのだ。蝕みながら、まるで羽ばたくかのように。
 罰だと。
 白銀は、人知れず心の中でそう繰り返す。
 これは、精霊たちを拒絶した自分への、彼らからの復讐のための痣なのだ、と。数多の精霊たちからの深愛を、受け入れることが出来なかった―――あの日。幼き日の、自分。
 それでも、愛情は欲した。愛されたかった。誰かに、愛されたかった…。
「……ふ…」
 白銀は、そっと思い起こした自分の幼き姿とその想いに、自嘲気味に笑った。小さな、声音で。
 莫迦な子供だったと、思う。
 痣が初めて背に浮かんだのは、12歳の夜。それは、何よりも欲した愛情を、愛されることを、諦めた夜。そして季流家を背負うものとして、厭んだあの力を、拒絶した深愛を、再び受け入れると決意した夜。
 それと同時に、彼は『変わった』のだ。当時、白銀は『僕は【人】じゃなくなった…』とその心の中で繰り返し呟いていた。それでよく、狂わなかったと思うほどだ。
 愛されるために色々な事をした。出来る限りの努力を繰り返した。『賢い子』でいよう。いつか微笑んでもらえるように、『その腕』に、招かれるようにと…。
「俺も、…大概…」
 痣が浮かび上がる夜は、どうしても過去を鮮明に思い出してしまう。頭の奥に、心の奥に、仕舞い込んだはずの、感情と共に。
 『黒髪黒眼』が最も良いとされる精霊使いの一族『季流家』に、白銀は異端として生れ落ちる。名がその姿を表すかのように、彼は『銀髪蒼眼』と言う姿でこの世に生を受けたのだ。
 当然と言い切るには、酷だろうか。白銀は名付け親である祖母には、愛情を十分に得ることが出来なかった。銀髪蒼眼は、精霊たちに溺愛される者の証として季流家に稀に宿る命なのだが、その為に周囲の加護まで全て奪ってしまい、一族には疎まれてしまう。事実、彼の母親は難産で白銀が生れ落ちた直後に儚き人となり、父と祖父は病院に駆けつける途中に事故に合い、また命を散らしているのだ。
 その、幼き時から歴代の『忌子』と同様に周囲から疎まれた白銀を、自分の半生をかけて護り通しているものがいる。
 季流家当主に代々仕える一族の末裔で、白銀より6歳年上の、護衛兼、付き人だ。
 白銀が唯一、心を許しているのがその彼だった。
 誰よりも何よりも、白銀を大切にし、白銀の事を理解してくれている、大きい存在。
 だから、白銀は彼には言えなかった。この痣のことを。これ以上心配かけたくなくて。何より、気味悪がられるのを、恐れて。
「………」
 彼の名字を、誰にも聞き取れない声音で、口の中から零れ落す。そして白銀は膝を抱えた。
 怖いのだ。今は何よりも、彼が自分から離れてしまうのではないかと言う、『漠然とした』不安が襲うのだ。大切に思われているからこそ、その不安に駆られてしまう。
「……、…」
 ちくりとまた、背中が疼いた。精霊たちが、甘えるなとでも言っているのだろうか?
 白銀は、眉根を寄せつつも、どこまでも自嘲的な笑みは崩さずに、自分が心の中で呟いた言葉を喉の奥に飲み込んで、枕元に視線を落した。
 精霊使いとしての能力を制御するための、四つの髪飾りと、銀細工の指輪。それを握り締めると小さな金属音が響き、直後に銀特有の冷たさが手のひらに広がった。
 自然と繰り返される、胸の内の祈り。
 照らされない月の光への願いと、彼の人への、想い。
 どうかどうか、疎まないで。
 嫌わないで。
 離れていかないで。
 この身を、優しき月の光で照らして、彼へと届けてほしい。
「!」
 遠くで、こと、と音が聞こえたような気がして、白銀は思いに耽っていたのを無理矢理引き起こし、扉の向こうへと視線を動かした。
「………」
 それ以上の変化は、何も訪れる事もなく。
 安堵のため息を吐いた白銀は、ゆっくりと冷えた背中を暖めるべく、ベッドの中へと身体を倒し、潜り込んだ。片手には、髪飾りと指輪を握り締めながら。
 付き人が、こう言う白銀の僅かな変化に、気がつきやすいのだ。背中が疼き、夜中に起きてしまったなどと知れてしまえば、また彼の苦労を増やしてしまう。
 嫌な顔など一度も見せずに、仕えてくれている、彼。
 彼の笑顔に、どれだけ自分が救われただろうか。おそらくもう、彼の存在無しでは、落ち着いてもいられないだろうと、思ってみたりもする。
 寝返りを打つと、上掛けの衣擦れの音が、闇夜に響き渡ったように感覚になった。
 目を閉じてみるが、白銀は今夜は眠れないのだろう。新月の夜は、大抵こう言うときが多い。
 それでも、少しでも眠りへと誘われる様、自分を落ち着かせてみる。
 付き人の笑顔を、脳裏に呼び起こしながら。



 確かな現実を掴んでいても。
 『俺』は未だに祈ってしまう。
 月の見えない空に、思いを馳せる。
 あの頃と同じように。

 高望みをしない代わりに、この今の『空間』だけは…。


-了-


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季流 白銀さま

ライターの桐岬です。ご依頼有難うございました。
『彼の人』(笑)のシチュノベ同様、とても楽しく書かせていただきました。
シチュノベシングルは指定されているPC以外、第二者、第三者の名を出すことが出来ないので『彼の人』を表現するのに少しだけ悩んでしまったのですが…ご期待には応えられているでしょうか?
そして、文章表現のほうは、『彼の人』のシチュノベとあえて同様の形を取らせていただきました。
きちんとご依頼どおりに、表現できていればいいのですが…。

白銀さんと『彼の人』には、とても楽しい時間を桐岬に与えて頂き、嬉しく思っています。

それでは、またお会いできることを祈りつつ、この辺で筆止めとさせて頂きます。
この度は有難うございました。
※誤字脱字はチェックをかけておりますが、見落としがありましたら、申し訳ありません。

桐岬 美沖。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月09日

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