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『例えばこんな Valentine's Day? 』
倉田・堅人2498)&天樹・燐(1957)

【お目付役の不安】

「ええ。そうです。これは、倉田さん夫妻のためなのです。お二人が仲違いをされたままでは、心が痛んで、夜もおちおち眠れません」
 我が主が、何やら、傍迷惑な決意を口走りつつ、良からぬ事を画策している模様である。今更止めても詮無きこととは知っているが、一応、釘刺し発言役としては、黙っているわけにもいかぬ。
 いや、無駄だとは、百も承知なのだ。承知なのだが…………ここは、あえて、制止に挑戦してみよう。
 先日知り合った剛毅な侍殿を、我が恐るべき所有者の毒牙……いや失言……悪ふざけと控えめに評しておこう……に、巻き込むのは、忍びない。
 侍殿の方はなかなかに頑健な人物のようだが、サラリーマン殿の方は、いたって平凡な御仁に見えた。自慢ではないが、性格も職業もかなりぶっとんだ我が主相手では、普通の人間では、明らかに旗色が悪かろう。
「……それは、他人が口を挟むべきことでは……」
「黙っててもらえます?」
 笑顔を見た瞬間に、諦めた。
 倉田殿、申し訳ない……。
 後は、自力で何とかして頂きたい。
 走り出した燐は、もはや、誰にも止められぬ。





【大切なものは】

 事の発端は、例の悪霊退治だった。
 天樹燐(あまぎりん)は、黙っていれば、それはそれは可憐な美女である。無糖となった時の恐ろしさなど、よほど怒らせない限り傍目にはわからないのだから、問題はない。
 その大層な美人と、人気のない夜の道で二人っきりだったところを、倉田堅人(くらたけんと)は、最愛の妻にバッチリ目撃されてしまったのである。
 幸いにして、妻は、浮気したからと言って、鬼のように形相を変え、取り乱す女ではない。ただ、静かに、鬱ぎ込んでいる。その様子が、堅人にしてみれば、また尚更に心配で溜まらないのだった。
「それはいけません! 何とかしなくては!!」
 長刀の制止など何処吹く風で、闘志を燃やした燐が立ち上がる。
 恐らく、本人には、善行をしているという意識があるのだ。意識があるからこそ、全く持って、タチが悪いとも言えるのだが。
「よせ。やめぬか。夫婦喧嘩など馬も食わぬ。お主が入れば、余計に拗れるのは目に見えている。これ以上、話を掻き回してくれるな」
 もう一人の倉田が、長刀に変わり、訴える。
「仲直りには、心の籠もったプレゼントですわ! これしかありません!!」
 しかし、聞いてない。天樹燐。全然、全く、素晴らしいくらい、聞いていない。
 どこから持ってきたのか、バーゲンセールの広告を大量に用意して、燐が、こことこことここがオススメです!と、意気揚々と店の紹介を始める。それにしても、悲しいかな、説明を受けてもサッパリわからないのだ。安土桃山の侍には。
 もう一人の倉田は、早々に退散を決め込むことにした。びらびらと華やかなバーゲンセールの店に、買い物好きな若い女と共に放り込まれては、かなわない。そういう少々恥ずかしい役柄は、謹んで、倉田堅人本人に譲るとしよう。
 ……そもそも、貴奴の問題であるしな。
 うむ。そうだ。
 兄弟を見捨てるような多少の後味の悪さを、拙者には関わり無きこと、と、一人納得すると、倉田侍は、もう一人と、早速交代した。
 そして、宝石店やらブランドショップやら高級ブティックやらに引っ張り回された堅人が、まるで援助交際の財布持ちのように世間様の目に晒され、立派な体躯を小さく小さく縮める様を、心の中で合掌しつつ、遠く、見守ることにしたのである……。
 
 
 
 バーゲンセールの宝石店とブランドショップでは、堅人と燐の二人は、大敗を喫してしまった。
 げに恐ろしきは、バーゲンにかける女たちの執念である。本当に、岩をも砕きかねない一念だ。
 ワゴンの中から、お買い得なスカーフを手にした堅人だったが、身も知らぬ若い女の一睨みで、ものの見事に闘争心をくじかれてしまった。以後は、恐ろしくて、とてもじゃないが、商品を漁りに行く勇気が湧かない。
「これはまずいですね……」
 奥さんにプレゼントを渡して仲直りをしてもらおう大作戦!の計画の実行が、危ぶまれてきた。
 敵は、セール品に群がる女たち。まさか長刀で吹っ飛ばすわけにもいかないし、下手をすれば、悪霊よりも始末に負えない。
「そういえば……」
 この土壇場で、天樹燐は、一つ、思い出したことがある。
 燐は、一生懸命、記憶を掘り起こした。そして、掘り起こせば掘り起こすほど、それは、素晴らしい名案に思われた。
「いっそ、バレンタインに、チョコレートを差し上げれば良いのです!」
 2月14日にチョコレートを女から男に渡すのは、いわば日本の風習だ。アメリカでは、男性でも女性にチョコレートを贈って、何らおかしな点はないという。

 え? ここは日本? 乙女の妙案を否定する輩には、死の鉄槌をくれてやらなければなりませんね!
 要は、心なのですから!

 ぐっ、と、燐が拳を握り固める。隣で、堅人が、もはや俎の上の鯉と化して、糸のように目を細めて、ほくそ笑む女子大生を見守っていた。
 矢でも鉄砲で持ってこい、の心境である。
 初めて経験したバーゲンセールの凄まじさに比べれば、矢や鉄砲の方が本気でマシだと考えてしまう、不幸な三十三歳が、そこにいた。
「さぁ、行きましょう! 人気のチョコレート専門店が、この近くにあるのです。奥様に相応しいものを選びましょう!」
「チョ、チョコレート……」

 この時期に?

 時は、2月14日の、わずか三日前。巷は若い女の子で沸き返っているこの時期に、三十路男に、チョコを買えと?
 堅人は、思わず、ぶるぶると頭を振った。駄目だ。恥ずかしすぎる!
「いや。私が、この時期にチョコレートを買うというのも……」
「何を言っているのですか! 奥様と仲直りできるか出来ないかの瀬戸際なんですよ! 正念場です! 今こそ根性を見せなくてはいけません!!」
 応援していると言うよりは、けしかけているに近い感がするのは…………気のせいではないだろう。
「もう、止めてやれ……」
 長刀が、かなり同情的に、忠告をする。
「引っ込んでいて下さい。バレンタインの某も知らない刀は」
 今日の燐は、何時にも増して、ものすごく強い。破術刀は、素直に黙りを決め込むことにした。逆らったら、折られるとでも思ったのだろうか。
「仲直り、出来なくても良いのですか?」
 燐が聞く。堅人には、何よりも効果的な一言だった。
「そんなプライドよりも、奥様の心の方が、大切なはずです。倉田さんが、一生懸命、探して、選んで、そして決めたプレゼント、どんな物よりも価値があると、そうは思いませんか?」
「む……」
「女が本当に欲しいのは、高価な品物じゃないのです。気持ちが伝わってくる物こそが、一番、価値があるのです。倉田さんご自身が、よく知っているはずです。ただ無駄に高い物をもらって、奥様が喜びました? 思い出して下さい」
「む……」
 もう少し。
 空涙すら浮かべつつ、心の中で、燐は、更にぐっと拳を握り固める。
 さすが、テロ鎮圧から猫探しまで請け負うオールマイティな「何でも屋」。演技も抜群に上手い。オスカー像も真っ青だ。
「わかった!」
 堅人が、燐と一緒に拳を空に振り上げる。
 拙者は知らぬでござるよ……。
 疲れきった相棒の心の叫びを聞いたような気もしたが、堅人は、あえて、それを無視することにした。



 店員の若い女の子の好奇の目に晒されながらも、堅人は、無事、チョコレートを購入することに成功した。
 燐に選ばせ、それを遠巻きにしていたのではなく、腹をくくって、全ての商品を自分で確かめ、勘とセンスで贈り物を選んだことに、燐は、密かに、感心した。
「本当に、良い旦那様ですよね……」
 恥ずかしそうに巨躯を縮め、それでも、十分に満足そうな倉田堅人。
 高い宝石やバッグではなく、綺麗に包装されたチョコレートの包みを渡された日は、妻にとっては、何よりも忘れがたい、大切な一日となることだろう。
 バレンタインの当日には、二人きりで、ディナーを楽しむことになっている。この堅物な夫が、ありとあらゆる雑誌を調べ、恥も外聞も捨て去って会社の若い部下に聞きまくり、そうして選び抜いた、一流ホテルの一流レストランだ。
 四十階もの高層から眺める夜景は、まさに絶品。回転展望の施設が整っているので、ゆっくり、ゆっくりと、景色が移り変わる。色が、光が、影が、流れゆく。

「何だか、昔に戻ったみたいね」

 結婚してから、確かに、外出の機会は減った。まだ一歳の娘は手がかかる時期だし、いつ火が付いたように泣き出すとも知れないので、静かな公共の場には、あまり連れ出せない。だからと言って、自分たちが楽しむために、子供を知人に預けるというのも、この夫婦の人柄を考えるに、難しい問題ではあった。
 本当に、久々に巡ってきた、二人きりの時間なのだ。
「えー。あー……。今日は、その、渡す物が、あってだな……」
 照れ臭さから、つい、歯切れが悪くなる。
 妻は、にこにこと微笑んで、途切れがちな堅人の言葉を、ただ黙って聞いていた。
「その……アメリカでは、バレンタインに、男からチョコレートを贈っても良いという話で……えー……」
 夫が、下手な演説のような説明を終えないうちに、妻は、差し出されたチョコレートを、受け取ってくれた。言葉は要らない、と言うのだろう。心遣いが、ただ、嬉しかった。

「ありがとうございます」

 これからも、ずっと、一緒にいてね。
 メッセージカードを添えたチョコレートを、彼女の方からも差し出す。
 驚くべき偶然だった。二人とも、同じチョコレートを買っていたのだ。

「どちらかのチョコレート、取っておこうかしら」
「腐るぞ……」
「残しておきたいじゃない? 何時までも」

 お互いに、ワイングラスを、少し高く掲げる。チョコレートなど取っておかなくても、大切な物は残ると、二人ともに、知っていた。

「あの子が、いてくれるから」





【一件落着?】

 ホテルの片隅から、夫婦を見守る、二つの人影。
 一人は、天樹燐。もう一人は……一流ホテルの高級レストランに一人で入るなんて不毛すぎるわ!と、ただそれだけの理由で燐が強制連行した、哀れな弟。
「本当は、こんなあれこれと画策しなくても、仲違いなんて、するはずもないのですけどね」
 たまには、罪の無い悪戯も、良いだろう。
 最初は止めろと渋っていた長刀も、これはこれでと、同意してくれた。
「オールマイティな何でも屋に、不可能はありません。夫婦の絆もより一層深まって、めでたしめでたし、ですね」
「…………ちっともめでたくない」
 弟が、何かほざいているようだ。
「何か言いました?」
 とりあえず、笑顔で黙らせることにした。
「…………いや」
 素直が一番である。
「私も、彼に、渡してきましょうか」
 堅人だけをけしかけて、自分が知らぬふりは、ずるいだろう。
 燐は、手作り、という無謀な挑戦を試みたバレンタインデーのチョコレートを、鞄の一番奥深くに仕舞い込み、これを渡したら、彼がどんな顔をするだろうかと、ほんの少し、想像を膨らませてみた。
「……劇的なドラマは、生まれそうにありませんね」
 いや。
 思いも寄らぬ方向に、ある意味、劇的と言えば劇的な病人を出したりもするのだが、それは、ここで語るべきことではないだろう。
「それでは、倉田さん、お幸せに……」
 そして、彼女は、不幸なチョコレートの犠牲者を出しに、旅立ったのであった。
 




【後日談】

「実はですね。奥様の誤解、バレンタインデーの日には、もう解けていたのですよ」
「え!?」
「嫌ですね。私が、奥様を、誤解させたまま放っておくと思いますか? そんな非人情なこと、出来るはずもありません」
「そ、それじゃ……」
 あの、とんでもなく恥ずかしい、バーゲンセール品漁りと、チョコレートの買い出しは、一体……。
「奥様、とても喜んでいたではありませんか。万事めでたしめでたしです」
「はぁ……」
「どうです? 倉田さん。毎年、チョコレートを買って渡すことにしては」
「考えておきましょう……」
「あら。即決して下さると思いましたのに」

 ともかくも、バレンタインデーのちょっと楽しいイベントは、大成功を納めたと言って、間違いは無いだろう。
 騙されたからと言って堅人が怒るはずもなく、天樹クンにはかなわないなと、苦笑するばかりである。

「この時代の女は、怖いでござるな……」

 思わず本音を漏らして、睨まれる、倉田侍。
 倉田堅人の奥方が、現代女性の中では、いかに大和撫子然としているかを、ほんの少しだけ悟って……しばらくの間、彼は、堅人を捕まえて「尻に敷かれすぎでござる!」とは言わなくなったという話である。

 万事、めでたしめでたし?

 例えばこんなValentine's Dayも…………きっと、悪くはないのだろう。

 
 
 
 
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東京怪談
2004年03月08日

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