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『途上の夢。 』
丘星・斗子2726

 声、声……声。

 何を言うべきで、何を言わずに封じ込めておけるのか。
 言葉は――言ってしまえば、もう取り返しがつかない。
 後悔なきように、前を――進める様に。
 父から、受け取ったものを、何時か咲かすことが、出来る様に。


(何時来ても、凄い声……)

 そう、思いながら私――丘星・斗子はぐるりと辺りを見渡した
 様々な商品の言葉が行き交う骨董品店―『アンティークショップ・レン』。
 賑やか過ぎて、此処には人があまり来ない店だと言うことを忘れてしまいそうになる。

「相変わらず、アンタは此処に来るのが好きなようだねえ?」

 ぷかり…と、煙管(キセル)をふかしながら此処の店主である蓮さんが薄く微笑う。
 煙は長く白く、尾を引くように天井へとのぼり――やがて消える。

「ええ。此処に来るの――大好きなんです。……お邪魔ですか?」
「とんでもない。お客さんなら何時でも大歓迎さ。まあ、最も……」
 客って言うのは何かを買ってこそ客って言う奴も居るだろうがね――と、口を歪める。
 ぷかり。
 ――また、煙管から煙がのぼる。

 確かに買わなければ「客」とは言えないかも知れない。
 けど、私が此処にある骨董品達の声を聞いて少しでも何とかしてあげたいと思うのも確か。
 中にはとても哀しそうに泣き続ける骨董品もあるくらいなのだから。

「蓮さんは……例えば…どう言う方の事をお客だと思っているんですか?」
「そうさねえ…来る奴は皆、客だね。客にならない奴ってのは居ないさ」
「私、でも?」
「さっきから言ってるだろ? 客は、大歓迎だと。――それに商品の声を聞いてもらえてるんだ、追い出す道理が何処に在るんだい?」

(――ああ)

 解っててくれているのだ。
 私が何故、この店に来ているかを……この人は。

「有難うございます。でも私が――この能力に気付いたのは皮肉にも」

 ――両親が事故で死んだ、小学生の時だった。

 泣いても泣いても枯れない涙があることを、本当に皮肉にも私はその時に知ったのだ。
 そして。
 どんなに待ち望もうとも帰って来ないのが「死」と言うものだという事も。

 ……私の家は能楽師小鼓方のプロを多く輩出しており、父も家元である祖父に恥じぬ実力の持ち主だった。
 どれだけ、多くの人が早すぎた父の死を悔やんでくれただろう。
 私に遺されたのは――父が使っていた小鼓、それだけだった。

 葬儀が済んだ後、私は部屋にこもると父が使っていた小鼓を手に取り、打ってみた。

 ポン!と言う張り詰めた響きが耳に懐かしい――けれども、父の音じゃない。

(……これは、私の音だわ)

 哀しくて、また涙が溢れ出す。
 もう聴けない――聴くことが出来ない、父の小鼓の音。

『…駄目』

(……え?)

 室内には私しか居ない筈なのに声が聞こえ、私は辺りを何度となく見回す。
 が、誰も居ない。
 あるのは…私だけ、なのに。

(…声がする……何処から?)

『……駄目だよ、泣いちゃ』

 今度ははっきりと小鼓から声が聞こえた。
 じっと、私はそれを見つめ――瞬きを、繰り返す。

(私の頭は……どうかしてしまったの?)

 両親が死んでショックが頭に来てしまっているのだろうか…いいや、これは願望なの?
 繰り返しても出ない答えに思考だけが意味もなくぐるぐる回る。

 ――けれど。

『君のお父さんが哀しむよ』

 その、言葉に私は自分の頭がどうにかなったわけでないことを知って。
 再び瞬きを繰り返すと。
 ……涙が左の瞳から、音を立てずに流れ、頬を伝ってゆく。

「父さんは…死んでしまったのよ。もう、居ないの」
『君が居るから。居ないわけじゃないよ』
「………そんな事、言わないで」
『でも本当だから。君が居れば――君が彼を継げば……彼は生きる、君と一緒に』
「生きる!? どうやって!? もう――居ないのに!」

 居ない。
 居ないのだ。

 どれだけ私が息をしていても。
 これは私の息で――父さんや母さんの息じゃない。

 姿が無いのだから。
 もう――触ることもできないのだから。

『僕を使うといい。……彼は能を愛して、小鼓方であることを何より誇りに思っていた。そして、何時か――』
 途切れる声。言うものか言うまいか迷ってるような…僅かな沈黙。
「……何なの?」
 それでも問い掛ける私に、息を一度吐くと言葉を続けてくれた。
『――娘である君と、小鼓を一緒に打つのが彼の夢だった』

(どうして)

 涙が、また溢れる。
 けれど哀しいからじゃなくて――凄く、凄く嬉しいから。

 父さんが私のことを思っていた。
 そう言う夢を持っていてくれたことが嬉しくて、私はもう一度小鼓を打った。

 ポン!

 音が響く。
 でも、今度は不思議と――哀しくない。

(父さんが遺してくれたのなら)

 ……引き継いで、見せるから。
 だから、待っていて。

 何時の日か、小鼓方を私自身の力で職業と出来る日が――、来るのを。

「……それから?」
「それからは色々と……勉強、勉強の日々でした。祖父や祖母も小鼓の事となれば私の事を孫扱いせずに、きちんと弟子扱いしてくれて……」

 物に宿る声を聞く、というのもどんどんと感覚が研ぎ澄まされていくかのように鮮明に聞こえるようになっても居たけれど。

 でも――きっと。

(私を独りにしないために)

 この能力も両親が私へと遺してくれた力なのだろうから。

「なるほど、それで後は自分の時間を物の声を聞くということに費やしている…訳なんだね?」
「ええ。出来る限り…何とかしてあげたいって思うんです。でも…良く解りましたね…私の能力のこと」
「何。カマをかけてみただけさ……色々とうちの商品見つつ話し掛けてるように見えてたし、ね」

 にっ、と唇の端だけをあげて微笑う蓮さんに私は半ば――驚きながらも「やられました」と一言、呟くことにした。

 能の歌を、そして小鼓の音を聴き、遺された物の声を聞き、話す。

 それらはきっと私がしなくてはならないこと。
 義理とか、義務とか……憐れみや同情ではなく、私自らの意思ですべきこと。

 もし、この能力がなければ進む道も……未来さえ――私はきっと見失っていただろうから。

 だからこそ、悔やまないように。
 ――出来うる限りの事をしようと思い、様々な声を、音を聞き、歩み続ける。
 私自らの進むべき道を違えずに目指していくためにも。

 


・End・
PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月05日

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