▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ハルウラウラ。 』
向坂・嵐2380)&相澤・蓮(2295)&櫻井・雛子(2461)

 「風邪ぇ?!よりによって、この春先にか。…あーあれか。馬鹿が引くって言う、季節外れの風邪だろ?」
 とある土曜日の昼下がり、微妙にでもなく、酷い事を大声で喋っているのは、定食屋『さくらい』でいつもの親子丼待ちな蓮さん。勿論、アヤしい独り言なのではなく、周囲の迷惑顧みずに携帯電話で話しているのだ。
 電話の向こう側に誰が居るのかは分からないが、少なくとも男であると言う事だけは分かる。女性や子供相手なら、もっともっと物言いが優しくなっている筈だからだ。
 「あー、分かった分かった。分かったからそう咳き込むな。俺にまで風邪が感染るだろ。…はいはい、お大事にネん。バーイっ」
 「…蓮さん、電話越しで風邪が感染るとは思えないんですけど」
 蓮の前にことりと親子丼の丼を置きながら、雛子がぼそりと突っ込んでおく。早速とばかりに割り箸を割って親子丼の蓋を取る蓮の表情は、その整った容貌からは想像が付かない程に嬉しげに崩れ切っている。そんな常連客の様子に、雛子まで釣られて笑顔になりながら、丼の隣に味噌汁のお椀を置く。そのまま、胸元にお盆を抱えたまま、蓮が座る席の傍らに立った。
 「ところで、どなたが風邪を引いてるんですか?」
 「んぁ?…ああ、嵐だよ。折角、この蓮さんがパチンコ屋出陣のお誘いをしたのに、風邪引いて寝込んでんだってさ。今日は、新台入荷の店が多いから、稼ぎ甲斐があると思ったのになぁ…」
 「パチンコで稼ごうって言う方が間違いなんじゃないですかー?…そう言えば、蓮さんはパチンコはするけど、競馬とか競輪はしないんですね」
 立ち位置のお陰?で長身の蓮を見下ろすと言う、珍しい視点に内心密かに喜びつつ、雛子が首を傾げる。蓮は、箸を持つのとは逆の手を、人差し指を立ててチッチッと振った。
 「ばーっか、競馬は走るのはお馬さんだろ?競輪だって走るのは他人だ。んな、貴重な銭を人任せでやってられるかってーの。パチンコは、頼りになるのは己の指のみ!だからこそ、勝った時の喜びは一入なんだって」
 で、負けた時の悲しみも一入なんですね。とはさすがに言えない看板娘。
 「まぁそれはともかく、嵐も間が悪いっつうか何つうか…何も、こんな春先に風邪を引くこたぁないのにな」
 「春先っても三月の頭じゃまだまだ寒いですよぅ?花冷えって言う言葉もありますしね。それに、元々は春先の話じゃ無かったんですしね?」
 謎な話に、蓮も頷く。ナメクジ並みに遅筆な奴が居るからだ、とついでに付け足した。
 「ま、いっか。…ところでピヨ子よ、この後どーせ暇だろ?日曜の午後に『さくらい』がそんなに客を呼べるとは思えん」
 「さり気なくヒドイ事言ってますねっ、蓮さん!…でも、暇なのは事実です……」
 でも店が暇なんじゃなくって、ちゃんとしたお休みですっ、と反論する雛子を適当にやり過ごし、蓮がにやりと口端で笑んだ。
 「んじゃあ、オッチャンとデェトしようぜ?ひっなこちゃーん?」


 「…蓮さん、店の中でデートだなんて言うから、皆、誤解してたじゃないですかっ。嵐さんのお見舞いならお見舞いと、ちゃんと言ってくださいよぅ」
 「誤解かぁ?俺には、おこちゃまピヨ子にもとうとう春が来たのかと、皆、喜びの涙に噎せていたのかと思ったんだが」
 他人事のように(実際他人事だが)のほほんと言う蓮の後から付いて歩く雛子が、がくりと肩を落とす。誤解も誤解、雛子の親は、蓮だけは止めておけと涙ながらに娘を説得し掛けたと言う事実は内緒にしておいた。
 そんな蓮と雛子が向かったのは、嵐のアパートだ。昔ながらの街並みが残る下町の一角にある、これまた最近では珍しい安アパートだ。ギッギッと金属が軋む音をさせながら屋根すらない階段を昇り、嵐の部屋をノックする。暫く待ってみたが返答は無い。ただ、部屋の奥で何かが蠢く気配がするだけだ。
 「これは、もしや……?はっ!何か危険な地球外生命体がこの奥に潜んでいるのでは!?」
 「…何言ってんですかっ。きっと、嵐さんが寝込んでて返事する気力もないだけですよ。ちょっと失礼して、上がらせて貰いましょう」
 「…おお、ピヨ子もオトナになったものよのぅ…一人暮らしのオトコの部屋に勝手に上がりこんで寝込みを襲いに行くとは」
 妙に感動した口調で、蓮は小柄な雛子を見下ろし、うんうんと頷いてみせる。蓮の言動はどこからどう見ても冗談だったのに、雛子は真面目に受け止めて真っ赤になり、両手を振り回した。
 「な、な、な、何の話ですかッ!あたしはただ、嵐さんが起きられない程重症なら、って…」
 「起きられない程重症ならこれ幸い、喜び勇んで襲いに行くんだろ?」
 「ちっがいますぅ〜〜〜!!!」
 「………てめぇら、ヒトんちの前で何騒いでんだよ…」
 ぎいっと安普請の扉が開き、やつれた嵐が顔を覗かせた。確かにかなり重症なようで、開けた扉のノブに寄り掛かってぐったりしている。ただでさえ体力的にキツいのに、部屋の前で大騒ぎされて、嵐の機嫌は絶不調だ。が、そんな嵐の様子はさくっとスルーし、蓮はにこやかな笑顔で片手を上げた。
 「や。折角の新台入荷日、一儲けのお誘いに来たぜー」
 「蓮さんッ、嵐さんに、そんな余裕ある訳ないでしょっ! ごめんなさい、嵐さん。あたし達、嵐さんのお見舞いに…」
 「来てあげたんだよん♪」
 到底そうとは思えない、お気軽な声でそう言われて、嵐はますます身体の力が抜けていくのであった。


 嵐は本当に酷い風邪を引いているらしく、咳き込む度に身体を海老のように丸めて苦しげな息をしている。熱もあるのだろう、目許はぼんやりと赤く染まり、口が渇くのかしょっちゅう舌で舐めて潤そうとしている。が、元より水分自体が不足しているのか、潤いの無い舌先がガサガサの唇に擦れて痛い思いをするだけだったのだ。
 「嵐さん、病院に行ったんですか?寝てるだけじゃ、長引くだけですよ」
 「…ンな勿体ねぇ事するかよ……風邪ぐれぇで……」
 「そりゃな。日々のメシより酒と煙草に注ぎ込んぢまうんだから、病院に払う金なんぞねぇよなぁ」
 「蓮さんと一緒にしないで下さいっ!」
 雛子が小さなキッチンから顔を出して、きぃっと蓮の方を睨みつける。が、顔立ちもサイズも性格も、元より可愛い雛子では迫力に欠けるようで。そうでなくても、恐いものナシの蓮には通用する筈もなく、ただハイハイと気の無い返事で受け流されただけだった。
 「っつうか、ムダ口叩いてる暇があったら、さっさと作れよ。卵酒」
 「蓮さんの為に作ってるんじゃありませんっ!」
 キッチンでは雛子が、初挑戦の卵酒作りに四苦八苦している。作り方はちゃんと聞いてきたし、雛子自身、料理が出来ない訳ではないが、なにしろ病人に飲ますものだ。ヘタなものは作れまい、と妙な気合いは入りまくりで、さっきからキッチンに篭りっぱなしなのである。勿論、時間が掛かっているのは雛子の慣れない手際もあるだろうが、それ以前に、片付けた様子どころか、湯を沸かす以外に使った試しも無いような男住まいの台所では、使用に耐える鍋すらまともになかったから、と言うのが最大の原因であった。
 「ったく、そんなんじゃ、いつまで経っても嫁の貰い手がねぇぞー」
 「…って、そう言うおめーは何をしてんだよ」
 嵐が半目で蓮の方を窺う。部屋の隅に居た蓮は嵐の方を振り返り、うん?と無駄ににこやかな笑顔を向けた。
 「いやぁ、若いオトコの部屋だモン、エロ本の一冊や二冊あるんじゃないかって思ってね?」
 妙な声色で妙な言葉遣いでそんな事をあっけらかんと言う。部屋の隅で何をごそごそしていたのかと思えば、そんな事をしていたのか。
 「…ある訳ねぇだろ、ンなの……」
 「えええっ、ないの?そんな馬鹿な。…まさか嵐、女に興味ないとか……?」
 イヤン、と何故かしなを作ってお姉さん座りをする蓮を横目で見、嵐は何か物でもぶつけてやろうかと思うが、そんな体力もないらしい。ただ、アホウと一言呟いて、重そうに瞼を閉じた。
 「はいっ、嵐さん!出来ましたよ、卵酒!これ飲めば熱もきっと下がりますよぅっ!」
 ようやく、キッチンから雛子が戻ってきた。お盆に大きな湯飲みが一つ乗っかっている。如何にも熱そうな湯気を立てる、雛子会心の作・卵酒は、初めてにしてはなかなかの出来なようだ。嵐は掠れた声でさんきゅ、と礼を言うと、だるそうに身体を起こして布団の上で胡坐をかいた。
 「熱いから気をつけてくださいねっ?……って、蓮さん!?」
 「ん〜?」
 お盆ごと、嵐の方へと湯飲みを差し出した雛子だったが、湯飲みは嵐の手に辿り着く前に横から蓮に攫われたのだ。何でもないような声で返事をしてから、にっこりと微笑んで雛子の方を見る。
 「作ったの、初めてなんだろ?俺が最初にお毒見してやらぁ」
 「毒見、ってそんなとんでもない材料は使ってませんっ!それを言うなら味見……って、ああああ〜…」
 雛子が慌てて手をわたわたと振る。味見だと言った割には、蓮が湯飲みを傾ける角度は何故か深く、勿論それに伴って中身の卵酒は……。
 「…卵酒をぐびぐびイッキで飲み干すヤツがあるかよ……」
 「ああっ、もう!蓮さんが飲んじゃってどうするんですか〜っ!」
 そんな二人の声を他所に、蓮は見事に一気飲みをして湯飲みを空にした。口元を手の甲で拭い、雛子に向けて湯飲みを差し出す。
 「ぷはーっ、旨い!もう一杯!」
 「ありませんよっ、と言うか、蓮さん病人でもないのにー!」
 「いや、俺も病人だよ?この胸のトキメキ、眩しいヒトミ、ヒトはこれを恋の病と言う…」
 両手を自分の胸元に当て、なにやら祈るような表情をする蓮に、嵐がぼそりと「アタマのビョーキだろうがよ…」と突っ込んだ。すると、その格好のまま、蓮が片眉を上げて嵐の方をねめつける。
 「…何を言ってんのかなぁ、嵐くん?こんなに繊細で可憐なボクを捕まえてその言い草は…」
 「蓮さん、風邪引きさんにヒドイ事しちゃダメですぅっ!」
 先に釘を刺され、蓮はしょうがないなぁと引き下がる。その残念そうな表情を見ると、冗談でなく本当にヒドイ事するつもりだったらしい…。

 「って、蓮さん!?何してんですかっ」
 「ん〜?何って、さっきの続き。秘境探検。♪何が出るかなっ、何が出るかな〜っ♪」
 サイコロ振る勢いで楽しげに歌いながら、蓮は部屋の隅に積んである布の山を崩し始める。それに気付いた嵐が、何とか蓮を止めようとするも、気持ち程には回復していない身体は全く言う事を聞かない。布団の上で這うようにして蓮に近付き、片腕を伸ばす様は、砂漠でようやくオアシスに出会った旅人のようだ。
 「待てっ、…てめ……いい加減に……」
 「………おおっ、これは!おたからはっけーん!」
 ぽい、と空へと投げた何かの布が、ひらりと雛子の膝の上に舞い降りる。何?と雛子がそれを手に取り、開いて見ようとした。嵐の断末魔の片腕は、今度は雛子に向けて伸ばされるが…。
 「…………。き、きゃーっ!」
 真っ赤になって雛子が放り投げたソレは、ひらひらと空気抵抗を受けながら嵐の目の前に舞い落ちる。予想通り、それは嵐が溜めた洗濯物の一部、よりによってパンツだったのだ。使用済みのそれを妙齢の乙女に見られたかと思うと、如何な嵐でも溜息のひとつも零れようと言うもの。ちらりと元凶の蓮を見れば、発掘したおたから…もとい、洗濯物をいちいち丁寧に開いては分類しているではないか。
 「だから…何してんだっつうの、さっきから……」
 「うーん?いやぁ、さすがに独身男性のパンツを、ジョシコーセーに洗わせる訳にはいかないからね?だから、ピヨ子でも出来る洗濯物とそうでないのと…」
 「余計なお世話だ…」
 がっくりと脱力して布団に臥せった嵐が、げほごほと激しく咳き込む。はっと目の色変えた蓮が、洗濯物を放り出して嵐の元へと慌てて近寄る。…もしかして、心配の余り?
 「おとっつあん、お粥が出来たわよ!」
 そのコントがやりたかったんかい!
 …とは、嵐の性格ではツッコめる訳がなく。ただ、溜息と共に、ますます深く枕に顔を埋めただけであった。
 そんな嵐の赤茶の髪を、大きな手がふわりと撫でた。嵐は顔を枕に埋めているから、それが誰の手かは分からない。今この場に居る人物で、雛子の手ならもっと小さくて柔らかいであろう。だが、優しく嵐の頭を撫でるその手は、大きくて暖かく、乾いた質感の男のものであった。嵐は、顔を埋めたままで思わず口元で笑う。

 向こうでは、何故かきゃーとかわーとか言う雛子の声が聞こえる。結局、嵐が溜めた洗濯物を全て雛子が引き受けて洗濯し始めたらしいのだが、洗濯機に放り込む時に手にしたものがパンツだったりすると、思わず悲鳴を上げてしまうらしい。いちいち叫ばないと洗濯出来ないのなら止めておけばいいのに、何事も一生懸命な雛子にとって、それしきの苦難?でやり掛けた事を途中で放り出す訳にはいかないのだ。
 傍らでは、相変わらず蓮が何やらごそごそ物色している気配が伝わってくる。おたからおたから〜♪等と適当な歌を歌いつつ、楽しげに作業している蓮だったが、どうやら本人的には起き上がる気力もない嵐に代わって、多少なりとも散らかった部屋を片付けようとしているらしかった。尤も、今の嵐では片付ける体力は勿論の事、散らかす体力も殆どないのだから、この室内の散らかりようは無駄に発掘作業を進める蓮の所為だ、とも言えるのだが。
 「………」
 嵐は顔を横に向けて枕に片頬をくっつける。顔は蓮や雛子からそっぽを向く方向だったが、聞こえてくる不揃いの物音が何故か妙に心地よく、人が傍に居る事の安心感を、久し振りに感じた。そっと眼を閉じれば、洗濯に四苦八苦している雛子の様子や、部屋を荒ら…もとい、片付けている蓮の楽しげな様子が眼に浮かぶようだ。そんな二人の様子を想像していると、自然と笑えてくるようであった。


 「…あれ、嵐さん。寝ちゃったんですか?」
 洗濯を終えて雛子が戻ってくると、丁度蓮が寝てしまった嵐に布団を掛け直してやっている所だった。
 「良かったですね、風邪には安静が一番……って、何やってんですかっ!」
 雛子が小声で叫ぶ。蓮はと言えば、ぐっすり寝入っている嵐の布団を捲って、その隣に潜り込もうとしていたのだ。
 「え?何って…病気になると、人肌が恋しくなるって言うだろ?だから」
 「言いませんっ!…お、男同士で…添い寝なんて…」
 「イヤッ、フケツー!」
 自分で言わないでくださいっ!不気味な裏声をあげる蓮を、雛子が布団の上からばしばし叩いた。



 ………この騒ぎで、嵐が目覚めてしまっていた事は内緒。



☆ライターより
はじめまして、ライターの碧川桜です。この度はシチュノベの発注、誠にありがとうございました!
…と言う訳でまずは、風邪ネタなのにこんな春先になってしまってすみません……(涙)
ああ、でもまだまだ寒い日が続きそうですから油断は禁物ですよね!(←自己弁護)
皆様も、風邪など召されぬよう、ご自愛くださいませ。
では、またお会いできる事をお祈りしつつ……。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月03日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.