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『 SUCCESSOR 』
応仁守・瑠璃子1472)&応仁守・幸四郎(1778)
 
 ―其処は仮の戦場―
 
 とある兵器のシミュレーション戦闘を目的として建造され、公には決して知られることが無いであろう応仁重工所有の超大型屋内訓練施設。さる大都市の一区画を模したかのようなその施設では、現在――実戦さながらの訓練が行われていた。
 参加者は数名、いや数機というべきか。
 皆々、2,5mを軽く越す巨躯を誇る威容。
 わずかな光にも硬質な輝きを放つ、近未来的なカーキ色で統一された一団。
 まるでSF映画の一幕を観るような異様な光景であった。
 彼らは何者か?
「仮称・重防護服」部隊と囁かれた、政府高官においても全貌を知るものは少ないとされる存在があるという。
 強大な財閥である応仁守家の支援を受けて開発された自衛隊の切り札とか…。
 某国政府と合同で局地戦用に研究された近未来的なTAとか…。
 その他にも色々と噂に事欠かなかったが、詳細は一切不明な部隊。

***

 ―自衛隊の実験小隊―
 強大な西洋甲冑を思わせる体躯の内部は大人独りを収容する十分なスペース。其処は精密精巧に造られた電子機器に覆われた操縦席。近代科学の最先端を駆使した技術と霊的な要素を融合させた、対心霊人型兵器。
 その内部に在り、
「――さすがに、速い…」
 と、緊張する幸四郎。彼の微細な筋肉の動きに呼応する機体。両足が軋み、彼は再度細面を歪めた。
 速い、とは熱感知レーダーが捉えた標的の移動速度のことだ。
 が、此方も其れに勝るとも劣らない速度を誇っているはず。追いつき、追い越すことは難しいが、距離を保ったまま追い続けることは可能であった。
(でも、作戦通りこのまま上手く追い込めれば)
 微かに乱れた呼吸を、素早く整えて相手を追いに掛かる幸四郎だった。
 まるで幼少より修練する舞いを踏むように、静かに、滑るように地面を蹴る。
 すると二足歩行の甲冑型兵器も操縦者の期待を裏切らず、驚くほど滑らかに動きだした。そしてそれはスタートから短期間の加速で、陸自自慢の最新鋭主力戦車のスピードを越える。いや、某国はおろか、NATO諸国のどんな重戦闘車両よりも速かった。
 カーキ色の人を模した五本の指が握るのは、巨大な銃器。見た感じ陸自採用の国産自動小銃にそっくりだったが、実際のサイズは二倍近くに膨れ上がっている。
 引金に指先をかければ、
「―――!」
 一発ごとに照準と正確なトレースを済ませ、セミオートで相手を追い詰めていく幸四郎。
 約十メートル先を走る標的のボディを僅かに掠める。
 無論、当てるつもりの攻撃ではなく威嚇射撃に近い。
 実弾ならばこの一発一発が、高層ビルの壁に凶悪な穴を穿つはずだったが、さすがにこれは訓練であった。間違っても施設に被害を及ぼすことはなく。だからこそ経験の浅い幸四郎も集中力を乱さずにすんでいたのだ。
 胸の内では、
(これならば…僕は勝てる?)
 と――、相手を建物の路地裏、袋小路に追い詰めながら。
 が、果たしてそう簡単に行くだろうか?
 相手は――彼女。
 幸四郎は一頻り弾を撃ちつくしたのを見計らい、自動小銃からショットガンへと武器を切り替えた。これもまた普通サイズの散弾銃よりも巨大な代物。実戦での威力は大きさ以上の効果をもたらすはずだろう。
 スライドを押さえる幸四郎の左手が、円筒弾倉の出発地点に戻ってくる。と、初弾が薬室へ送り込まれる独特の響き。スライドと左手はまた前進する。
 合わせるように心拍数が上がっていく幸四郎、
(反応は確か――この場所ならば、幾ら相手があの人だろうと、散弾をまともに喰らうはず、自信を持て…)
 期待と不安、その他、複雑な想いを胸に宿し。

***

 確かに一号機の性能は上がっていた。
 また乗り手である幸四郎の技量も、それに後れを取らないほどレベルアップしているのも間違いない。
 自らを追い立てる者の原型となったORGを、手足のように操縦する瑠璃子だったが、今のところミドルレンジの射撃戦では幸四郎に後れを取っている。市街戦を想定した模擬戦でこれほどの成果を上げるとは、自衛隊戦闘指揮車両のオペレーター及び指揮官の驚く顔が目に浮かぶ。
 直ぐ背後への注意は相変わらず。
「―――っ、威嚇にしては随分正確じゃないの?」
 背後から追い立てるセミオートはこれで何度目だろうか、機体を掠った弾数も軽く10を越える。
 そして薄々あることにも気づく。
 背後からの威嚇射撃が加わるごとに、自分の逃走ルートが巧妙に修正されていることだ。
 モニタに映る地図を目で追えば、やがて逃げ道のない袋小路へと導かれるのが分かり。
(私としたことが、半ば気づかないうちに意図的に追い込まれていたなんてね。…思ったよりもやるじゃないの?)
 相手の計画通りに袋小路に追い込まれた瑠璃子。
 唸る機体を素早く反転させて片手に構えた短機関銃。迫る敵を見越し備えるも、してやられたにしては嬉しそうに唇を綻ばせ。
(でもね、少しツメが甘いわよ?)
 内心でそう呟くと、何を思ったのか腕に装備していた武器を地面に落とす。
 徐々に近づく敵の反応。
 そして――敵は武器を変えたのだろう。
 いかに周囲で銃撃音が鳴り響いているとは言え、標的の近くでスライド・アクションの音を奏でるなんて。
(使用する武器と、出現するタイミングを私に教えるようなもの)
 本人は極力配慮して動いているつもりだろうが、此方に近づくその様子は、呼吸を整えた瑠璃子に手に取るように感じられた。そして本来ならば敵に対して焦りと恐怖を与えるはずの装填音も、瑠璃子には通用しない。彼女はほんの数秒だけ瞳を閉じ。
 直ぐに思案は決まった。
 外装に施されたカメラ、小さなモータ音を響かせ上空を覗く。
 四方を囲まれた狭隘なその袋小路で一体何を求めるか…。
「少し、高いかしら?」
 カメラ・アイ越しに左右の建造物を見上げ零す瑠璃子。
 その直後に唇を吊り上げて不適に微笑する。
 
***

 幸四郎の一号機は完成度が増し射撃等では確かに勝る。
 が瑠璃子が扱う原型機ORGの反応速度は格闘戦で想像を絶する性能を有していた。あるいはパイロットとしての熟練度の違いなのだろうか?
 兎に角、幸四郎は相手の反応を確かめてから、狭い路地の入り口に武器を構えて飛び出した。飛び出し際に容赦なく発砲。無論これは威嚇射撃とは違う必殺を期した留めの一撃にするつもりで。
 実弾ならば行き止まりの壁ごと粉砕する威力の攻撃である。
 これで勝ちを収めたと確信する。
 が、併し――
「――えっ?」
 其処には確かな熱反応が示すにも拘らず、相手の姿は見当たらなかった。幸四郎は敵をロストしたことに一瞬戸惑う。
 それは戦闘中には大きな隙となった。
 見計らったかのように一号機の背後に大きな地響き。音よりも振動を感じ取り反射的に振り向こうとする幸四郎。
「少し、性能に頼りすぎよ」
 其処に機体の内部で嗜めるように呟いた瑠璃子がいた。
 彼女はどのような手段を講じたのか頭上に機体を持ち上げ、高低差を利用し熱源反応を逆手に取ると、戸惑った幸四郎の隙を狙って背後へと落ちたのだ。
 兎に角、瞬時に背後を取られた幸四郎の一号機は、瑠璃子の操る原型機ORGに致命的な隙を与えた。
 それを逃がす瑠璃子ではない。
 原型機ORGが流れるような動きで肘打ちを振りかぶる。
 武道を嗜む瑠璃子、機体とのシンクロ率は素晴らしかった。
「――破ァ!!」
「うわぁ――!?」
 瑠璃子の気合と、幸四郎の悲鳴のズレは0.1秒。
 まったくの間を与えることなく、肘打ちを落とす瑠璃子のORG。そして狙いは違うことなく命中した。幸四郎は激しい炸裂音とともに背後から襲い来る衝撃、神経と筋肉を襲う苦痛に唇を噛む。
 さらに、衝撃を受けて武器を取り落とした一号機の腕を掴んだORGは、間接を極めるように押さえると、一号機をそのまま地面へと叩きつけた。
「――ッ!」
 またも一号機と幸四郎を襲う衝撃。操縦席に固定した体が裏目に出て、胃が浮くような気持ち悪さを体験する。
(――っ、う、動けないっ!?)
 腕を極めて一号機を押さえつけるように圧し掛かる原型機ORG。
 もがこうとする度に、機体が無茶な悲鳴を上げる。
 勝敗は明らかであった。
 幸四郎は人を模すような甲冑兵器のなかで、敗北――土の味を噛んだような気がした。
「降参する?」
 クールが信条な瑠璃子の言葉。
 彼にはそれが何故か、労わりを多く含んでいる様に聴こえた。

***

 自衛隊の実験部隊が施設から撤収して数分、瑠璃子はささやかな疲労感を感じつつ、整った容貌に冷えたタオルを当てクールダウンの一心地にあった。
 彼女から少し離れたところでは、施設の研究員やら作業班やら右往左往し、その多くは先ほどの模擬戦の収集に当たっている。そんな様子をちらりと眺めやる。
 胸の内に一抹の寂しさを感じるのは、自衛隊の者たちとともに幸四郎が去ったからなのだろう。
「………はぁ」
 紅に濡れた唇から、聊か似合わない疲れた溜息が零れる。
 理由は――やはり幸四郎。
 まだまだ未熟で不安定だけれど、年々成長していく可愛い義弟でもある。
 彼女のしなやかな指先には、未だ少し彼を抱きしめたときの温もりが残っていた。
 あの模擬戦終了後、心地好い疲労感で生身に戻った瑠璃子とは対照的に、幸四郎の方は激しい焦燥と悔しさを残していた。
 彼の気持ちを愛おしむようにそっと抱き寄せた瑠璃子。
 鬼神党の事を告げる日、彼はどう思うだろう。
 そっと瞼を伏せてそのときの様子を想像してみる。
 瞳を閉じたまま顔を振った。
「お爺様、お父様…幸四郎は期待通り成長しているわ。もうそろそろ…なのかしらね?」
 既に確定している宿命。併し瑠璃子には何処と無くやりきれない思いもあり。
(あの子は…)
 眼差しを開くと、自らの側に佇む重防護服の原型機に、ORGと名付けられた其れへと手を伸ばす。
「ORG…ねぇ?――あなたは、どう想う?」
 『鬼鎧』は応えない。
 瑠璃子は微苦笑を交えた溜息を吐いた。
(何を考えているのよ…私はっ)
 最近弛んでるぞっ、瑠璃子。自分に活を入れる。
 そんな折だった。
 施設内に響いた一種独特のサイレン音。
「―――っ!?」
 はっとした瑠璃子が周囲を見回すと、同様に何事かと浮き足立つ人々。そして彼らを叱る様にしてこちらの方へ急ぎ足で歩み寄ってくる男性が目に留まる。白衣姿の年配だった。瑠璃子とも面識があり、確かこの施設の責任者の一人だったはず。その顔は微かに緊張を宿している様子。
 瑠璃子は相手の近づくのを待たず、自分から歩み寄った。
 彼女は何が起き、何をするべきなのか、独特のサイレン音と相手の顔色を見て逸早く悟った。
 美しい黒髪が彼女の波立つ心境とは逆に、さわさわと和やかに空気に靡く。
(慈善事業も楽じゃないわ――) 


***

 其処は――某市、市街地の一角。
 路上を司法機関の車両が埋め尽くしていた。
 治安維持の制服に身を固めた者達の誰もが、事態の進展に対して、焦燥、苛立ち、激しい不安を感じている。
 一部政治家に庇護された組織の悪行。
 最近マスコミ連中が取り沙汰する、厄介な犯罪組織。
 とある建築途中のビル付近に追い詰め、包囲したまでは良かったのだが…。
「警部っ!」
「何だ…」
「機動隊が敵の発砲に後退を始めましたっ!――裏手に廻した装甲車両も効果がありません!」
「ちっ――」
 現場の指揮官と思しき40代半ばを過ぎる年配の男が舌打ちする。
 結局は武装火力の差か。虎の子の最新鋭装甲車も敵のRPGを喰らい派手に火を噴き、貧弱な装備しかもたない機動隊も、某社の誇る最新鋭アサルトライフルに無力すぎた。
「敵さんはあんな代物、一体何処で手に入れてんだよ…。たくっ、司法機関が情け無いぜ…」
 ぼやく男、その声を掻き消すように背後が騒がしくなった。
 怪訝な顔で後ろを振り向く男。
「あん?――何だあの車両は」
 目にしたものは大型トレーラー数台。侵入を拒む警官たちの抑止をどんな権限をもってか黙らせ、此方に近づいてくる。
 車両は各自、止まって直ぐに、後方の扉を一斉に開いた。
 其処から機敏な動作で現れた異様な一団。数は数十名。
 男は首を振った。
 車体の綴りに意味を悟ったらしい。彼の隣でその様子を不思議がる若い警部補はまだ訳が分からない。
「あ〜、噂の正義の味方の登場らしい…」
 疲れたようなこの言葉のきっかり3分後、現場の指揮権は男の手から謎の一団へと移ったのだった。
 
 瑠璃子はサポート隊員たちが車両を降りるのを確認すると、既に鬼鎧へと換装済みのORGの傍らに立ち大きく深呼吸する。
 彼女の繊手には「鬼」の面。即ち其れは秘密結社鬼神党の戦闘隊長を示す証。
 今の瑠璃子は財閥の令嬢、明朗闊達な女子大生、それらとは余りにもかけ離れた存在だった。均衡の取れた身体を、無骨かつ重厚な武者装束で包み、二つ指で挟む鬼の面で、そっとその美貌を覆う。
 彼女はゆっくり車両から降りると、外に整列した鬼神党戦闘隊員の前へ立つ。さっと緊張する隊員たちの気配。
 非戦闘員たちが「鬼鎧」及び各種機材を迅速に外へと運び出す。その様を面の奥の瞳で眺め、瑠璃子はもう一度小さく息を整えた。
 警察も手を出せない相手を壊滅する存在。
 彼女は鬼神党の指揮官として、凛とした声で言い放った。
「鬼神党、出陣!」
 ―――と。
 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
皐月時雨 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月02日

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