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『=かくれんぼ= 』
レビヤ・シャズル2683)&W・1106(2407)

「いーち、にーい、さーん、しー、ごー、ろーく…」
 神社の境内に幼い少女が数を数える声が響く。
まだ夜が明けたばかりで、にごりのないさわやかな空気がその声を運んで行く。
「じゅーご、じゅーろく、じゅーしち、じゅーはち、じゅーく…」
 ゆっくりと、しかしはっきりと数えて…
「にじゅう!」
 少女はしゃがんで俯いていたぱっと顔を上げて、叫んだ。
目の前に広がるのは誰もいない神社の景色。
強いて言うなら、朝の散歩に来ている老夫婦が階段を下りて行こうとしているところだった。
少女はとたとたと可愛らしく音をたてて走り始める。
石の地面から土の地面を駆け抜けて砂利を踏みしめながらきょろきょろと周囲を見渡す。
あまり視界を遮るものがないその空間で…”それ”を見つけるのは実に簡単だった。
 少女は階段の脇にある、大きな石に一応隠れるようにしてもたれている”それ”を視界に捕らえると、
嬉しそうに満面に笑みを浮かべて指差した。
「バルガー見〜っけ!!」


=かくれんぼ=


「この俺が子供相手にかくれんぼか…」
 W・1106=バルガーはどこか遠くを見るような目をして小さく呟いた。
無造作に下げている右手には、手を握っているのか手に抱きついているのかの微妙な状態で、
少女…レビヤ・シャズルがにこにこと笑顔を浮かべながらバルガーを見上げていた。
「バルガーったらかくれんぼ下手なんだから!」
「俺は別に隠れる気など…」
「たまにはバルガーも鬼やって!レビヤばっかり鬼はいやだもん」
「なんで俺が…」
 断固として却下するバルガーではあるが、レビヤは一切受け付けないという表情で、
ただ「ね?」とだけ告げて彼を見上げる。
仕方なく、バルガーは「好きにしろ」とだけ答えて。
「やったー!じゃあね、バルガーがレビヤを見つけやすいようにおまじないしてあげるからね」
「おまじな…?」
 聞いた事も無い言葉に首を傾げるバルガー。
レビヤは相変わらずにこにことしたまま、バルガーの手を取った。
「こう見えても、レビヤは頭がいいんだから」
 バルガーに両の手の平を上に向けて開かせて、その上に自分の両手をかざすように添える。
そしてそっと目を閉じ、小さく口元だけで魔力を発動させる”呪文”を唱え始めると、
ぼうっと淡く青白い光が、バルガーとレビヤの手と手の間に生じ…突然の事にバルガーは手を引こうとする。
しかしレビヤは顔を上げていつになく厳しい眼差しで彼を見上げてそれを制止した。
 レビヤによって生じられた”光”は、まるでバルガーの身体に染み込むように吸収されていく。
温かい湯の中にじっくりとつかるような感覚が彼の全身に広がっていく。
それと同時に、何か…ある種の”言葉”のようなものが脳裏に浮かび始めた。
それは、どこかレビヤの声に似ていて。
「―――レビ…」
「今、バルガーの中にある『千里眼』の能力を解放したからね…
これで今度からバルガーはどんな遠いところにいる者でも見つけられるようになるから」
 声をかけようとしたバルガーより先に、レビヤが微笑みながらそう告げた。
彼女はそう言うと、再び目を閉じてさらに何かを呟き始める。
今度は淡く赤い光が生まれ…同じようにバルガーの全身へと広がった。
「次はね『接近戦の心得』よ?何かあった時に、レビヤを守ってもらわなきゃ!」
「お、おい…勝手に…」
「それから最後は『家事の心得』!レビヤ、まだ小さいから出来ない事いっぱいあるの…
だからバルガーにやってもらえるようにしたいから!」
「家事だと?!」
 戦闘に関する能力ならまだしも、家事などという能力など目覚めなくても…と、
バルガーは差し出していた慌てて手を引っ込める。
瞬間、二人の手の間に生まれていた光は消え去ったのだが…。
「もう終わっちゃった」
 レビヤは嬉しそうに微笑んで小首を傾げながらバルガーを見上げた。
「どうせならもっと役に立つような能力は解放できないのか…」
「役に立つよ!だって『千里眼』でかくれんぼでレビヤを探して、
何かあったときは『接近線の心得』でレビヤを守るの!それから『家事の心得』でレビヤのお世話!」
 さも当たり前のように言うレビヤに、バルガーは開いた口が塞がらない。
お世話という事は…ずっと自分について身の回りのことをしろと言う事で…そんな行為は彼の辞書になく。
「待て!」
「待たないもん!」
「せめて攻撃に関する能力は…」
「攻撃なんてしなくてもいいもん」
「戦うなら攻撃は必要だろう!」
「いいの!バルガーはレビヤを守るための力だけあればいいんだもん!」
「俺は納得いかん!」
「レビヤはいいから、いいの!!」
 首を思いっきり左右に振って否定するレビヤ。
別に攻撃力増加の能力の一つや二つくらい、とバルガーは思い、食い下がる。
しかし二人のやり取りは平行線のまま話題が進む事も無ければ下がる事も無く…
かなり無意味な時間だけが流れていった。



 それから、しばらくして。
不意にとある事を思いついたのはバルガーだった。
それはある意味、不本意なことなのではあるが、どうせ今の状態とさほど変わらぬ事。
「ならばこうしよう」
「レビヤは嫌!」
「まあ聞け。俺とおまえはまだ主従の関係を結んだわけではない」
「そ、そうだけど…!」
「ならば、おまえが俺の能力を解放するのなら…俺はお前の”使い魔”になる…どうだ?」
「え……それ、ほんとう?」
「俺は嘘は言わん」
 きっぱりと言い放つバルガーを、レビヤはじっと見つめる。
そこにあるのは真剣でいて、確かに偽りの無い瞳だった。
「じゃあ、約束」
「約束?」
「ゆびきり!」
 レビヤはそう言って小さな小指をバルガーに突き出す。
そんな恥ずかしい事できるわけ無いだろう!と、いつものバルガーなら断るところなのだが…
少々、躊躇いはしたものの…バルガーは静かにその小指に自分の小指を絡めた。
と言ってもかなり大きさに差があり、むしろ触れているだけなのだが。
「ゆ〜びき〜りげんま〜ん嘘つ〜いた〜らハリセンボ〜ン飲〜ます!」
 ゆび切った!と、レビヤは嬉しそうにして小指をはなす。
何ともいえない気分になるバルガーは、離れた小指をじっと見つめた。
「これでバルガーはレビヤの”使い魔”になったからね」
「……ああ」
「じゃあ…約束!バルガーの力、レビヤが引き出してあげる」
 にこにこと言うと、レビヤはバルガーにその場に座るように命じる。
大人しくそれに従ってあぐらをかいて座る。
レビヤはその正面に立つと、そっと彼の頭を両手で引き寄せるようにして…
自分の額と、バルガーの額をつくかつかないかの距離まで近付けた。
「お、おい…」
「しっ!黙ってて!すぐに終わるから!」
 レビヤは子供をしかるように厳しい口調で言うと、先程と同じように…
そっと目を閉じて口元で何かを呟き始める。
先程と違い、顔が近い事もあり…その呟きはバルガーの耳にも届く。
はっきりとは聞こえないのだが、それは化学の公式のようでもあり、数学の数式のようでもあり…
まるで何か難しい問題を解答しているような…そんな風に聞こえた。
 そうしているうちに、レビヤとバルガーの額の間に…真っ白い光が生まれる。
先程と同じような感覚が…バルガーを浸していった。
「これはね、レビヤの魔術なの」
 何かの”呪文”を唱えていたレビヤが、ふと呟く。
まるでバルガーが思っていたことを読み取ったかのような様子だった。
「レビヤの力をバルガーにわけてあげる…
それからね、バルガーの中にある”力”の記録をレビヤの能力で”再生”してあげるから」
「再生…?」
 聞き返したバルガーに、レビヤは小さく「うん」と呟く。
そして再び、呪文を続けて。
「―――さあ…これでもう、バルガーは”兵器”の使い方、わかるよ」
 ゆっくりと名残惜しげに額をはなしながら、レビヤが言う。
自覚の無いバルガーはどういうことなのか首を傾げて。
「おい…本当に何か使えるようになったのか?」
「なってるよ!レビヤ嘘つかないもん」
「しかし…」
「まだそれを使うときじゃないもん。だって今は、レビヤと”かくれんぼ”してるだけなんだから」
「待て!それじゃあ一体いつ…」
「その時が来たら、だよ」
「その時って…」
 バルガーがさらに言い募ろうとするのを、レビヤは指を突き出し「し〜!」っと唇に寄せる。
そして、ニコッと微笑みを彼に向けると。
「じゃあレビヤ隠れるから!にじゅう…ううん、30秒数えてから探しに来てね!」
「お、おい!こら!」
「ちゃんと目隠ししてねー!」
 レビヤは一方的にそう告げると、くるっとバルガーに背を向けて神社の境内を走り抜ける。
バルガーには見えないが、その時のレビヤの表情はどこか切なげな表情だった。
 何故ら、レビヤが先程”再生”させた、バルガーの中に眠る”兵器”。
それは『トルス・ピュートン』、”蛇神の白い螺旋”と呼ばれる古の魔弾砲で。
自らの魔力を白い閃光に変えて砲撃することができる、バルガーにとって最後の切り札と言える武器。
 それ故に、レビヤは”その時”が来るまでは使わせたくは無かった。

レビヤはバルガーのことが大好きだから。

”その時”なんてずっと来なければいいのに…

そう思いながら、レビヤはバルガーとの”かくれんぼ”の為に、ただひたすら走っていた。

 そんな彼女の思いに、バルガーは気付くはずも無く…
言われるまま、素直に彼は30秒をきっちり数えてから彼女を探しに出たのだった。





=終=



※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
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東京怪談
2004年03月02日

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