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『天井裏に願いを 』
丹下・虎蔵2393)&本郷・源(1108)


「ここで会ったが百年目! 今日こそお縄を頂戴するのじゃ!!」
 その日も、あやかし荘【薔薇の間】住人、本郷・源は槍を手に大ハッスル――もとい、鼠駆除に精を出していた。

 ざくっ どかっ バキッ

 源の連撃により、天井にいくつもの穴があけられていく。
 その華麗な槍さばきは、あやかし荘住人である座敷わらしの賞賛を受けたほどだ。
 小柄ながらも身長以上もある槍を振り回すその姿は、もはや可愛らしいを通り越して頼もしい。
 鼠駆除と称したこの儀式は半ば日常化され、管理人の頭を痛めていた。
「源ちゃん、鼠駆除ならこの間業者を呼んでちゃんとやったでしょ? 天井裏を見に行ったけど何もなかったし……」
「しかし相変わらず鼠の気配がしておるぞ。放っておいたら柱をかじられて大変なことになるのじゃ!」
(その前に源ちゃんの槍攻撃で家が壊れそうなんですけど……)
 とは思ったが、あえて口には出さず黙る管理人。
 源が悪意があって槍を振り回しているのでないことは、管理人とて百も承知である。
 極論を言ってしまえば、天井は壊れても修理すればいいのだ。
「とにかく、怪我だけはしないようにね」
 やれやれと笑ってそれだけ伝えると、管理人は天井を見上げ、修理費を目算して部屋を出て行った。
(あとで帳簿につけておかなくちゃ……)
 管理人としてぬかりはない。
 源はそんな少女の背中を見送ると、再度槍を持つ手に力を込めた。


 一方、源の頭上では虎蔵が必死に源の攻撃を避け続けていた。
 既に【薔薇の間】の天井は連日の鼠駆除儀式によってボロボロになっている。
 虎蔵は補修された箇所を踏み抜かないように、持ち前の身軽さで足場を選んでいく。
 一見それだけの行動を苦労なくこなしているように見えるが、彼の内心では色々な思惑が渦巻いていた。
(守るべきお方に槍を向けられるなど何という醜態……!)
 虎蔵は回避を続けつつぐっと拳を震わせる。
 彼は側近として彼女を守るよう、源の祖父より命を受けていた。
 その存在は雇い主の面目にかけて極秘。絶対の秘密なのである。
(ああ、いっそ全ての制約を振り切って源様の前にこの身を晒すことができたな――)

 ぷすっ

 物思いにふけっていたあまり、集中力が散漫になっていたようだ。
 源の一撃が虎蔵にヒットした。
 続いて、足場を失い身の沈む感覚。
 うっかり床板(正しくは天井板)を踏み抜いてしまったらしい。
「らーーーーーーー!?」
 虎蔵の体は重力に従って下へ落ちていった。
 そのまま源の居る【薔薇の間】へ墜落する。
 突然のできごととはいえ、虎蔵とて影の端くれである。
 床に叩きつけられる前に体勢を立て直し、綺麗に着地する。
 遅れて、踏み抜いた床板がバラバラと落ちてきた。
 自分はかすり傷を負いはしたが、源はホコリを被った程度で怪我はなさそうだ――と、彼女の顔を見て思わず固まる。
(……しまった!)
 望んだこととはいえ、守護対象者に姿を見られるなど影としてあってはならないことだ。
 本来ならば落ちた次には身を隠す算段を考えるべきであったのだが、いつも遠くから見守っている源の顔が目の前にあったせいもあり、つい行動が遅れた。
 源はというと、落ちてきた虎蔵を驚いたように見つめている。
「え、ええと、わたくしめは、その……!」
 しどろもどろになっていると、ふいに源が動いた。
 きゅっと眉をつり上げ、片手を腰に、持っていた槍をドッと床に打ち付ける。
 その槍の先で天井を指し示す。
「おぬし鼠駆除業者の者じゃな!? まだ鼠が残っているのじゃ! 早急に駆除せい!」
 どうやら彼女は盛大に勘違いしたらしい。
 いつもながらの尊大な態度で声を張り上げた。
「は、はいっ。すぐに対処いたします!」
 虎蔵は思わず額を床にすりつけて土下座していた。
 条件反射とは恐ろしいものである。


 結局、虎蔵はその日一日源の命令に従ってあやかし荘の天井裏を走り回り、鼠駆除ついでに掃除や修理も片づけてしまった。
 良く働くと源に感心されたのはもちろん、管理人に感謝されまくったのは言うまでもない。
「ほんと助かったわ。色々と経費がかさんでいてどうしようかと思ってたの」
 虎蔵は管理人からお茶と菓子をもらい、手をつけることなくじっと正座していた。
 今まであやかし荘の天井裏に(無断で)生息していただけに、こうも真っ向から歓迎されると居心地が悪い。
 そんな虎蔵の気も知らず、管理人と源は虎蔵に興味津々のようだ。
 ちなみに、管理人も虎蔵を鼠駆除業者の人間と信じて疑っていないらしい。
 虎蔵にとっては都合が良いことこの上ないが、こうも誤解されるとどこか複雑である。
「おぬし名はなんと言うのじゃ?」
 虎蔵の向かいに座っていた源が、何気なく虎蔵に問いかける。
 姿を見られただけでも致命的だというのに、名前を教えるのは影としてどうなのか――と迷いもしたが、結局自分の名前を教えることにした。
「虎蔵、と申します……」
 このことが雇い主の耳に届いたら、虎蔵はどのみち解雇されるだろう。
 そうなればもう源の傍にはいられない。
 ならば、一度でも良いから自分の名前を呼んで欲しいと思ったのだ。
「虎蔵か。良い名じゃな」
 そういって微笑む源の笑顔は、いつか見たそれと少しも変わらない。
 少女が微笑んでいれば、虎蔵はそれだけで幸せになれる。
「ありがとうございます」
 少年は破顔すると、後の処遇を忘れてひとときを満喫した。


 さて、後日。
 虎蔵の失態は雇い主へ伝えられることとなったが、虎蔵の予想に反して彼が解雇されることはなかった。
 その代わり――。
「本当に天井裏でいいの? まだ部屋に余裕はあるから、そこに入ってもらっても構わないんだよ?」
 管理人が困ったように虎蔵に問いかける。
 虎蔵は静かに首を振り、「お構いなく」と笑い返す。
 彼は正式にあやかし荘【薔薇の間】の天井裏で暮らすことになった。
 一応の名目は「派遣鼠駆除専門員」である。
 どうやら雇い主が手を回したらしい。
 虎蔵の面は割れてしまったが、影としての任務には気づかれなかったのが幸いしたようだ。
 引き続き源の傍で彼女を守るようにと命じられた。
「やったのじゃ! これで鼠から解放されるのじゃ!」
 一方源は、鼠駆除の専門員が天井裏の住むとあって喜んでいる。
 喜ばれる方としては微妙な心境ではあったが、ともあれこれからも源の傍にいられるのだ。
 何故普通の部屋でなく屋根裏に住まねばならないのか、という問いは雇い主に聞かないでおくことにした。
 これからは堂々と源の傍にいることができるのだ。
 これ以上は贅沢というものである。

 虎蔵はふと源の前にひざまずくと、頭を下げる。
「源様。源様はわたくしの命に代えましても、必ずやお守りいたします」
 どんな立場にあろうと、境遇が変わろうとも、この気持ちだけは決して変わらない。
 それを、伝えておきたかった。
 源はそんな虎蔵をきょとんと見下ろしていたが、ふいに虎蔵の前にしゃがみ込んで微笑む。
「うむ。あやかし荘住人の為にも、日々鼠駆除に精を出すとよいのじゃ!」
「……はい」
 虎蔵は源の笑顔を傍で見ることのできる幸せをかみしめつつ、とりあえずひきつり笑いを浮かべた。

 若き影の想いが守り人に伝わるのは、まだまだ先のことになりそうである。



To Be Continued...?
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2004年03月01日

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