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『月下の狂宴 』
城田・京一2585)&橋掛・惇(1503)

「急患です! 道をあけてください!」
 声と共に辺りが騒がしくなる。
 この時ばかりは、「廊下を走るな」とうるさい看護婦たちもバタバタとせわしない。
 先ほどから鳴り響いていたサイレンの音からして、救急車で患者が運ばれてきたのだろう。
 病院では一日に何度も見られる光景だ。珍しいことではない。
 患者はすぐに手術室へ運ばれた。しかし、その後間もなく死亡。手術室から出てきた執刀医は、青い顔で首を振ったという。

「よっぽど状態が悪かったんでしょうね。あの先生、腕は確かだもの」
「出血多量で死亡だったそうよ。輸血も間に合わなかったとか」
 本人たちは小声で話しているつもりなのだろう。
 しかし、巡回から戻ってきた城田にも、看護婦の噂話はきちんと耳に入っていた。
 廊下まで声が漏れていたのだ。
「こらこら。患者に聞こえたらどうするんだね」
 噂の真偽はともかく、これから手術を受けるかもしれない患者がいるような場所ですべき話ではない。
 声をかけた城田に気づき、看護婦たちはあわてて口を閉じた。
「もうすぐ昼休みだろう。それまでは仕事に勤しむように」
「はーい」
 若い看護婦達は揃って返事をすると、笑いながらそれぞれの仕事に戻っていく。
「でも先生、気になることがあるんですよ」
 その様子を見ていた婦長が、彼女らの背中を見送りながらぽつりとつぶやく。
「気になる。……何がかね?」
「執刀に立ち会った看護婦が、おかしなことを言ってたらしいんです」
 城田は婦長を見つめ、言葉をうながす。
「患者の体から、血が、一滴も出なかったって」

 その日、城田は勤務時間が明けるなり先日の急患を執刀した医師の元へ立ち寄った。
 親しいとまでは言わないが、病院内では何かと顔を合わせる医者だ。
 これといって大がかりな手術を行った功績はないが、安定した手腕が評判の男だった。
 男は城田の姿を見て事情を察したらしい。部屋に居た看護婦に声をかけ、少し席を外してくれと告げる。
「まだ仕事中でしょうに、申し訳ない」
 謝る城田に、男は片手を上げて制する。
「構いませんよ。私も話を聞いて欲しかったところです」
「では単刀直入に聞きましょう。患者の体から一滴も血が出なかったというのは、どういうことですか」
 その問いに、男は苦笑する。
「どうもこうもない。言葉通りの意味ですよ」
 患者の状態は無惨なものだったと聞いている。
「しかし――」
「ねぇ城田先生。“キャトルミューティレーション”という言葉をご存じですか」
 城田のセリフをさえぎって男が発した言葉は、病院という場所にはあまりにも似つかわしくない言葉であった。
「1960年代前半から、アメリカを中心に報告されている家畜虐殺事件のことです。体から綺麗に血が抜かれているというアレですよ」
 その話なら、城田も何度か聞いたことがある。
 一時期UFOや宇宙人などの話題が流行ったことがある。その時に聞いたのだ。
「宇宙人が血を抜いてるんだという説がありますけどね……。あの患者を見た時、私はそれを思い出しましたよ」
 男の言葉に、口をつぐまざるを得ない。
 城田は患者のカルテを見せてもらい身元だけ記憶すると、男に礼を言い病院を後にした。


 その日の夜。
 橋掛・惇も城田同様事件を追っている最中だった。
 数日前、橋掛の店近くにあるライヴハウスのオーナーが死んだ。
 にも関わらず、そのライヴハウスでは連日連夜馬鹿騒ぎが繰り広げられているというのだ。
 近所の人間が警察に通報したが、活力を持て余した若者達の仕業だろうと真面目に取りあってはくれないらしい。
 たまりかねて様子を見に行った人間は、数日たった今も未だ戻ってきていない。
 知らせを受けて捜査に行った地元の警官二名も連絡がないままだ。
 この様子では、警察が動くのも時間の問題だろう。
「店主の居ない店で好き勝手か……。死んだオーナーも浮かばれないな」
 橋掛はふーっと煙草の煙をふかすと、首を鳴らしてライヴハウスへ向かった。
 店は地下にあり、ライヴハウス内へ続く経路は地上と地下をつなぐ階段一つしかない。
 入り口は一カ所のみ。退くも進むも橋掛次第だ。
 もちろん、彼は退くつもりなど毛頭ない。一歩一歩、確実に階段を下りていく。
 据え付けられた蛍光灯は叩き割られ、不規則な点滅を繰り返していた。
 扉までたどり着き、中へ入ろうとした瞬間、かちりと無機質な音が響く。
「動くな」
 銃を突きつけられたらしい。その声には聞き覚えがある。
 橋掛はふうっと息を吐き出すと、背後に立つ人物を振り返る。
 先にこちらを認識したのは相手の方だった。
 透き通るようなアクアマリンの瞳を持つ男――城田だ。
 銃を下ろし、あきれた声で言う。
「何だ、きみか」
「そりゃ俺のセリフだ」
 顔を見合わせ、何の連絡も取り合わず同じ事件を追っていたことに気づく。
「きみの能力を疑うわけではないが、全部一人で片づけようと思っていたのかね?」
 言いながら、城田は手持ち無沙汰にH&KUSPカスタム拳銃に銃弾を装填させた。
「まさか医者の先生がライヴハウスに来るとは思わないだろ?」
 くわえていたタバコをその場に捨て、念入りに火を踏み消す。
 城田はその様子を見ながら、橋掛の横を通って扉に手をかけた。
「医者とて、たまには気分転換をするものさ」
 その声を合図に、二人はライヴハウスの中へと身を躍らせた。

 中は混沌とした有様だった。
 音とも振動ともつかないリズムが場内を支配している。スピーカーはびりびりと悲鳴を上げ、今にも壊れそうだ。
 その上場内の明かりはことごとく叩き割られ、ステージ場のライトアップだけが唯一の光源になっていた。
 もっともその光も演出用のものなので、点滅したり色が変わったりと視力が落ちそうな代物だ。
 ステージ上では幾人もの若者達がマイクを取り合っている。
 若者――とはいっても、彼らは明らかに人間とは雰囲気が違う。
「下級吸血鬼の狂宴……ね」
 城田は皮肉混じりにつぶやき、入り口付近に立っていた吸血鬼を見やる。
 相手もこちらに気づいたようだ。
 だが"それ"が行動を起こすより早く銃を構え、撃つ。
 銃弾は吸血鬼の眉間を綺麗に貫いた。
 それを見て橋掛が口笛を吹く。
 もっとも、この騒音では城田には聞こえないのだが。
「さあ、最期の晩餐だ」
 言うなり、城田は懐からおもむろにもう一丁の銃を取り出すと、他の吸血鬼を撃ち殺し始めた。
 異変に気づいた吸血鬼が城田と橋掛に襲いかかる。
 しかし城田の銃の扱いは見事だった。彼に向かう吸血鬼は、ことごとく彼の前で倒れていく。
 橋掛は城田の傍を離れ、未だ場内の異変に気づいていないステージ近くの群衆の元へ走った。
 彼に向けられた攻撃は、黒い刃となってことごとく攻撃者に跳ね返されていく。
 吸血鬼は一様に橋掛に敵意を向けて襲いかかる。
 彼の能力は確実にその敵意を跳ね返した。
 やがて吸血鬼もその能力に気づいてか、橋掛を取り囲むように手を出さなくなった。
 下級吸血鬼とはいえ、こうも仲間が倒れると少しは学習するらしい。
「どうした。もう終わりか?」
 橋掛はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 その挑発に乗って何体かの吸血鬼が彼を襲うも、憎悪にまみれた攻撃は橋掛には届かない。あっけなく撃沈する。
 しかし、敵が攻撃してこなければ橋掛の能力も意味をなさない。
 何か手はないかと思案していると、橋掛を取り囲む吸血鬼の壁が崩れた。
 銃声と悲鳴に紛れ、城田が姿を現す。
 入り口付近の吸血鬼をほぼ殲滅したらしい。
「受け取りたまえ」
 言うなり、持っていた銃を一丁、橋掛に投げてよこした。
「どうやらここには六十六体の吸血鬼がいるらしい」
 続いて補充用の銃弾を投げ、ステージを示す。
 そこには、首領格とおとぼしき一体の吸血鬼が立っていた。
 城田と橋掛を見下ろし、出方を待っている。
「なるほど。あいつが宴会の主か」
 橋掛は銃を装填すると、遠巻きに見ていた吸血鬼に向かって試し撃ちする。
 攻撃は彼が狙った吸血鬼とは違う一体を昏倒させたが、結果的に六十六体全てを倒すことを考えれば問題ない。
「彼には、せいぜいわたしたちのもてなしを楽しんでもらおう」
 城田は橋掛と背中合わせに立ち、再度攻撃を始める。
 橋掛の能力は城田にとって強力な助けだ。
 彼の傍に立っている限り、背後からの攻撃はありえない。
 うかつに手を出せない橋掛が銃を持ったとわかり、吸血鬼達は躍起になって二人を襲った。
 しかし、吸血鬼が彼らに敵意を抱けば抱くほど城田の腕は冴え、橋掛の能力は威力を増していく。
 やがて夜が明ける頃には、場内はすっかり静まりかえっていた。
 周囲を埋め尽くす吸血鬼の死体の山を見渡し、ステージに目をやる。
 ステージ上にいた首領吸血鬼はすでに逃亡していた。
 配下の吸血鬼をあっさり切り捨てて逃亡を図る辺り、少しは機転がきくらしい。
「やれやれ。とんだ宴会だったな」
 特殊能力の使用によって血だらけになった腕を見、橋掛。
「わたしはこのまま出勤かな……」
 つぶやく城田の声は更に情けない。
 城田と橋掛は顔を見合わせて苦笑すると、ライヴハウスを後にした。


 数時間後、現場に足を踏み入れたIO2要員は、その惨状を見て言葉を失った。
 病院から出た変死者とライヴハウスの噂を聞きつけ解決に出動してみれば、事件はすでに終結していた。
 ともあれ、問題の吸血鬼は既に始末されているのだ。
 彼らは全ての後始末を片づけ、事件の真実が世間の明るみに出ることはなかったという。



End.
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年03月01日

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