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『薄紅 〜父と娘の朝〜 』
弓槻・蒲公英1992)&月見里・豪(1552)

 いつもと違う――豪にはすぐに分かった。
 整えられた室内。出かけた時とほぼ変化のない状態にしてあるが、微妙に違う。あえて言うならば、室内に流れる空気が違っていた。
「はぁ〜。こりゃ、なんかあったんやな……」
 玄関を入るなり、豪はため息をついた。変化の証拠はどこにでもある。いつもなら主の帰宅を喜んだ愛犬が足元に纏わりつくはずなのに、今日はいない。蒲公英の部屋を覗くと、彼女を守るようにベッドに寄り添い眠っている彼らの姿が見えた。
「はぁ〜〜」
 再び深いため息をついた。
 豪は生業としてホストをしている。六本木のナイトクラブ「侍国(しこく)」のナンバー1だ。昨夜も「同伴」を希望する女性と一緒に出勤して、
帰宅した時はすでに早朝。朝もやに煙る街を楽しみながらだった。
 とりあえずは、蒲公英が起きるまで待つことにしてスーツを脱ぐ。楽な恰好になると、ソファに身を鎮めた。弓槻蒲公英に対してはあくまで保護者として立ち振舞っている。けれど、彼女は豪を父と呼んだ。真の意味も知らずに。

「……おはよう…ございます。とーさま……」
 しばらく待っていると、時間ぴったりに少女が目を覚ました。目を擦りつつ、豪の元へとやってくる。ソファから動くことなく、頭だけ反らせて目を合わせる。と、豪は少女の頬に気になるものを見つけた。
「おい、蒲公英。泣いてたんか?」
「……え?」
 蒲公英の頬には涙の跡。豪の指摘に少女は目を丸くした。そっと指先で触れ、首を傾げた。本人も理由が分かっていないらしい。スリッパの音を立てて洗面所へと駆け込んでいく。豪は無言で少女の後ろ姿を目で追った。
「あ、あの…顔……洗ってき…ました。とーさま、朝ごはんにします…から」
 何ごともなかったように、オープンキッチンで卵を焼き始めた蒲公英。豪は綺麗にされて置いてある灰皿を引き寄せ、ケースからタバコを取り出した。缶入りのショートホープ。もらいものだが、キツイ煙と香りがアルコールの抜け切れていない頭の芯をはっきりさせてくれる。
 くゆる灰色の煙。豪は胸に湧き出てくる苛立ちを一緒に吐き出したい気分だった。

 ――くそっ……何者なんだ。俺に無断で入り込んだ奴は!

 蒲公英が挽きたてのコーヒーと目玉焼きを運んできた。彼女は今日も学校へ行く日だ。豪はこれから休みだったが、見てもいない来訪者に気を取られて寝られそうにもない。
「蒲公英、ブラシ持ってこいや」
「――? どう…して……ですか」
「まあ、いいから」
 不思議そうな顔で洗面所へと再び少女が向かう。帰ってきた手に握られたブラシを奪って、豪は蒲公英の足首にまで達しようとしている黒髪を梳き始めた。艶やかでまっすぐな髪。過去の面影を思い出す――。
「あ、あの……ありがとう…ございます」
「せっかく、女の子に生まれたんやから綺麗にせんとな。ホレ、なんか絡まっとるし」
 豪の珍しい行動に蒲公英はますます困惑した顔になり、恥ずかしそうに下を向いた。おどろくほど白い頬は薄紅色に染まっている。
 できるだけ、構わないでおこうと思っていた少女のこと。けれど、人知れず誰かと出会っているとなると、途端にムカムカが零れ出す。それは蒲公英にではない。もちろん「豪のいない間に上がりこんだ誰か」――だ。
 直感的に男だと分かってしまうのは、商売柄だと思い込みたかった。
 が、

 ――こんな小さな子を泣かせるたぁ、どういう了見なんや!
   俺の娘になにしてんねん!

 無意識に呟いていた。
 豪は男に不信感を抱きつつ蒲公英を学校へと送り出した。髪を梳いてやったせいか、消えない涙の跡と一緒に嬉しそうな笑顔で出かけていった少女。そして、やってくるひとりの時間。
「今度は、絶対に顔を拝んでやるから……くそ、俺も疎くなったもんやなぁ」
 犬相手に文句を言ってしまうのも無理はない。幼いと信じていた蒲公英は、もうすっかり恋をしても可笑しくない女の子になっていたことに、一緒に住んでいたのに気づかなかったのだから。店のナンバー1として女性の心は手に取るように分かる――その自負も自分の娘には発揮できないのかもしれない。
 豪は近い未来、蒲公英が男を連れてくるのを想像して軽く身を震わせる。ショートホープをクリスタルの灰皿に捻じ込んで、寝室へと背を向けた。細い残煙が見送るが如く、立ち昇っていた。


□END□

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 大変、大変お待たせして申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。
 決してプレイングが難しかったわけではありません。ひとえに私のコンディション不良です……。すみません。
 物語としてはどうでしたでしょうか?
 すっかり豪視点の話になってしまいました。娘を思う父の気持ちは、きっと蒲公英を娘と認めていなくても、湧き上がってくるものなのでしょうね。
 今回はありがとうございました。未刀くんを連れてきた日の豪さんの行動が楽しみでなりません。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月01日

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