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『飾り太刀 』
蓮巳・零樹2577)&御子柴・楽(2584)


 学生の頃がいちばん幸せなのだと、誰が言ったのかは知らないが――
 実際自分は幸せなのだろう、と彼は常々思っていた。彼というのは御子柴楽。幸せなのは自覚していても、暇で死にそうなのはいただけない毎日。学生生活が終わった後に何が待ち受けているのかも、考えようとはしていない。
 楽はここのところ、都内のとあるインターネットカフェに通いつめていた。気がつけば終電が間近になる時間までネットを泳いでいたことも少なくない。
 それでも、自分はネット依存症だと自覚できるうちは幸せなのだ。
 彼は暇な時間の大半を、情報系サイトで流行りの服やアクセサリーをチェックしたり、オカルト系のサイトをまわることに費やした。
 このネットカフェに入り浸っているのは何も御子柴楽だけに留まらない。瀬名雫もそうだ。楽は彼女と何度も会うはめになったし、何度も手伝いを頼まれたことがある。そして楽は、いつの間にか雫のサイトの常連にもなっていた。
 その日雫のサイト『ゴーストネットOFF』のサイトトップを飾っている最新オカルトニュースは、「人斬り人形」に関するものだった。
 ん、と楽は目をすがめる。
 「人斬り人形」の話題自体は2、3日前からサイトのトップに上がっていたが、今さっきニュースが更新されたようなのだ。――どうやら、「人斬り人形」による被害者が出たらしかった。
「ヤバいんじゃあねえのコレ?」
 楽がぽつりと漏らした不用意な発言、
「だよねー、そうだよねー、ほんとだよねーマジだよねー!」
 途端にキラめく星がまぶされた少女の声が応えたのだ。
 楽は振り向いた。そこには星声の主、瀬名雫が立っている。何らかの期待に満ちた光を、その大きな瞳に湛えながら。
「ね、御子柴サン」
「ヤだ」
「……そんなこと言わないでよぅ! 行ってよぅ!」
「俺はあいにくタダ働きほど嫌いな仕事はないの! 残念でした!」
「じゃ、僕が報酬をあげようか。そしたら手伝ってくれるんだよねぇ?」
 雫の後ろから発せられた聞き覚えのある声に、楽はうっと息を喉に詰まらせた。す、と音もなく雫の背後から楽の前に現れたのは――和装の青年。都内で日本人形専門店を経営している、蓮巳零樹といった。
「な、な、なんでおまァがここに?!」
「おかしいか?」
「おかしいとも!」
 はは、と零樹は軽く肩をすくめた。インターネットカフェに、和装の青年。ある程度の自覚はあった。確かに、零樹はここにはあまり顔を出さない。
「まあ、縁に導かれたってやつだよ、たぶん」
「気持ち悪ィこと言うなよ」
「縁は縁でも、腐れ縁ってやつ」
 顔をしかめた楽に、零樹は無情な釘を刺す。しかも笑顔だ。
「で、報酬なんだけど。キミさ、僕に借金あったよね?」
 がくり、と楽はその一言に首を項垂れた。
「もういいもう言うな皆まで言うなわかったよ」


「悪さをしている人形なんだけど、これが実に季節にぴったりなんだよねぇ。店に飾るのにはちょうどいいんだ」
「なんだ、もう居場所まで調べてあるのかよ」
「勿論。放っておけないもの」
 道すがら、零樹は「人斬り人形」の情報を楽に与えた。古びた写真までも手に入れていた。楽が見せられたのは、古い写真の中にあってもなお古い、内裏雛だ。
「おう、まさにタイムリー」
「ま、事情を聞くなり引っぱたくなりして鎮めてあげよう。これ以上人形の評判が落ちるのはあんまり気分のいいものじゃないからね」
「俺はべつにどーとも思わないがなー」
「キミはね。キミはありとあらゆることに無頓着だから。それに比べて僕は何て思慮深いんだろう」
「――テメエ」
「あ、僕にいくら借金してたっけ、楽?」
「あー、到着したようだぞ」
 都合良く視界に入った古い屋敷を顎で指し、楽は逃げた。


 屋敷の主は70代の老婆で、若いふたりの訪問者にははじめこそ訝しげな視線を送っていたが、「内裏雛を供養しに来た」という旨を伝えると、表情は一変した。
「ああ、あなたが『蓮夢』の……」
「はい、そうです」
 楽が知らないところで、零樹は話を進めていたのだ。既にこうして、「人斬り人形」の持ち主との話までつけてあった。
「オイ、どういう……」
「だから言ったでしょう。手伝ってほしかったんだ」
 零樹はそれだけしか言わなかった。楽は口を尖らせたが、歩み出した老婆の後ろに、大人しくついていった。

 「人斬り人形」の噂を聞きつけた零樹が、電話で老婆と連絡を取ったときには、すでに被害者も出ていて、都内の陰陽師が内裏雛をがんじがらめに封じてしまったあとだった。何でも、その雛人形は江戸時代後期に作られたもので、老婆の一族の家宝であったのだが、ここ60年ほど女子には恵まれず、ずっとお蔵入りだったらしい。
 老婆の三人目の孫が、蔵で遊んでいるうちに雛人形をみつけた。
 雛人形たちは、男子ばかりが生まれたせいで陽の目を見られなくなったことを、薄々感じ取っていたのか――
 細く小さな飾り太刀は12歳の男子を斬りつけ、突いて、殺してしまった。
 細くても小さくても、目と喉を突くことぐらいは出来るのだ。
 飾り太刀は飾りものではなく、刀匠が手がけた真剣であったから。


 嗚呼、日を見たい。
 橙の夕べ。
 赤い朝。
 嗚呼、日を見たい。


 こちらです、と老婆が示した襖には、10枚近くの札が貼りつけられていた。腕のいい術師の仕事だったようだ。人間すらも襖を開けることは出来ない。
「でも、何の解決にもなってない」
 零樹は呟いた。
「念が強くて、手の施しようがないと――」
「ただ面倒臭かっただけじゃないかな」
 かぶりを振ると、零樹は大事に携えていた風呂敷包みを開いた。出てきたのは、ぞっとする風貌の和人形だ。老婆が顔をしかめて息を呑んだ。
「『薊』」
 ところどころが焼けた黒髪を軽く撫でて、零樹はその耳元に唇を寄せる。
「よろしく」
 囁きを聞き、楽は襖に近づいた。
「で、俺は開ければいいわけか」
「ご名答」
「札が『鍵』になってるだけだもんな」
「キミがそう思うなら」
「思うさ」
 楽は微笑した。
「だから無意味だ」


 札などまるで意味を成さない。楽は、まったく普通に襖を開けた。ぴりぴりとした殺気と敵意が、古い部屋の中に渦巻いていた。
 けれども、内裏雛は動かなかった。そっと女雛に寄り添っているようにも見えた。ただその瞳の中に、大きな渇望を抱いているばかりに――ふたりには、見えた。
 嗚呼、日を見たい。
 走り回る子供たち。
 首を折るまいと、そうっと我らに触れるものたち。
 嗚呼。
 すべてが懐かしい。
「懐かしむのは、罪かな。どう思う?」
「それが罪だったら、俺たちがやることは全部悪いことだろ」
「薊も、そう思う?」
 しかし零樹の腕の中にある人形は、何も答えない。薊は人形を喰う人形だ。その薊が沈黙している限りは――
「おぅ!」
 楽が声を上げた。
 ふたりが黙りこむ薊に気を取られているうちに、雛人形は動いていた。見ている限りは動かない、ただの人形なのだ。「だるまさんが転んだ」か、或いは「坊さんが屁をこいた」と同じだ。見ている限り、人形は人形のままである。
 しかし今や内裏雛は太刀を抜き、立ち上がりさえしていた。
 ごとり、と室内で物音。
 思わず零樹と楽がそちらに目を向け、太刀は振りかぶられた。
「目を離しちゃだめだろ」
「ンなこと言われても、オイ――」
 ごとり、ごと。
 ごとり――
 じり、とふたりは後ずさる。
 すべての人形を同時に視界におさめておくことは出来なかった。
 そう、すべての。
 雛人形は、内裏雛と女雛だけではないのだ。
 零樹の隣では右大臣が弓に矢を番えているし、楽の隣では囃子方のひとりが脇差を抜き放った。背後に仕丁がまわりこんでいるらしい。
「あー、ったく、開けンじゃなかったマジで!」
「話し合いの余地はないのか……」
 零樹が、ふうと溜息を漏らす。彼は、ただ動く人形を成敗する気など毛頭なかった。もし自分でよければと、人形たちの声なき声に耳を傾け、その心を鎮めてやろうと考えていたのだ。
 だがしかし、それは願いにすぎなかった。

 不意に薊が、ぐわッと口を開けたようだった。
 見ている限りでは、薊はもの言わぬ、動きもしない、人形だというのに。

 願いと心が、薊の中に吸い込まれていく。
「薊!」
 零樹が声を上げた。
 彼にはわかっている。薊は、喰おうとして喰っているのではない。
「悪いな」
 楽が呟いた。
「人形の口だって、扉なのさ」


 古い家の古い部屋に残されたのは、そこかしこに倒れた古い雛人形だ。全部で15体あった。今の雛人形よりも一回り小ぶりだったが、着物には絹が使われ、髪は人毛だった。
 零樹は憮然とした表情で、飾り太刀を抜いたまま単なる人形に戻った内裏雛を抱き上げた。
「……何だよ、怒ってんのか?」
「べつに。不可抗力ってこともあるからね」
 ぱちん、
 零樹は内裏雛の腰の鞘に太刀を戻して、振り向いた。口元には微笑があったが、視線は憎々しげな色を含んだものだった。楽は思わず一歩退く。
「ただ普通ドアを開けるときは家の主人とかに許可取るものじゃない?」
「人形にどうやって許可下ろしてもらえと!」
「僕を通じてとか、色々あるだろ。ほんとにキミって――」
「バカとか言ったら地獄に叩き落すかんな!」
「バカだよね」
「あァ!! 言いやがった!!」


 『蓮夢』が開いている。
 ゴーストネットOFFのトップページから、「人斬り人形」のトピックスは消えた。「人斬り人形」の話は、雫が手馴れた調子でまとめあげ、現在『過去の怪奇事件ファイル』コンテンツに移動されている。
 楽は何気なく歩いていて、無意識のうちに寄ってしまった人形店の店先に、古ぼけた雛人形を見た。人通りはさほどではないが、『蓮夢』の前を通る人々は必ず足を止めていく。古い雛人形に、興味深げな視線を送り、また歩き出す。
 『蓮夢』に日の光が当たっている。
 嗚呼。
 楽はかぶりを振った。彼は、何も聞かなかったし、何も理解できなかった。だがあの雛人形たちを見たときには、どういうわけか、ほっとしたのである。
 雛人形たちが自分と同じくくらい幸せであればと、彼は願った。
 そして、あの持ち主ならばけしてかれらを不幸にはしないとも、思っていた。



<了>
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2004年03月01日

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