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『『ocean blue ― 海賊旗に命をかけた気のいい奴ら ― 』 』
如月・縁樹1431
「こら、待て。待ちなさい」
『いやだ。いやだよぉーーー』
「待て待て待て待ちなさぁーーーい」
 うららかなある初夏の日、縁樹はボクを笑いながら追いかけていた。鬼ごっこかって? 違う。違う。散歩の後に突然、縁樹のくすぐり魔の虫が目覚めたのだ。
「こら、逃げてちゃいつまで経っても道具整理が終わらないでしょう」
『だって縁樹ったらくすぐるんだもーん』
「くすぐらない。くすぐらない。全然くすぐらない」
 立ち止まった縁樹はひらひらと真顔で右手を振っている。同じく立ち止まったボクはそれをよくテレビのコントなんかでやってるみたいに半分だけ振り返って見ているんだけど………
 ――――アッシュグレイの髪に縁取られた縁樹の顔にはものすごく悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。そんな顔を見せられてその言葉を信じるほどボクはお人良しじゃない。だからもちろん、ボクは再びくすぐり魔の縁樹から逃げようとしたのだけど、
「あ、ひどぉ。僕はちゃんと道具整理をしているだけなのに、その僕の言葉を聞いてくれずに逃げようとするなんて」
 しゅんとした縁樹の顔。
 ―――そんな顔をされたら縁樹LOVEのボクとしては………
『ごめんよ、縁樹。うん、道具整理にきょうりょ…うわぁ』
 ボクのセリフの後半が悲鳴に変わってしまったのは縁樹がボクを両手で捕まえて掲げ上げたからだ。とてもほんの数秒前までしゅんとしていた人物には見えない。
『う・・・縁樹、なんの罠?』
「ノーノー。罠なんてとんでもない。それじゃあ、道具整理の続きをしようか」
 にこりと笑って縁樹はボクの後ろにある開いたファスナーの中に手を突っ込んだ。ボクはそれが・・・
『うはははは』
 とてもくすぐったくって笑ってしまう。
「あ、こら、暴れないの。もう、いつも道具整理する度にこうやって笑うんだから」
 と、縁樹は怒るけどしょうがない。だってボクはそれがとてもくすぐったいんだから。
「『はあはあはあはあはあ』」
 縁樹とボクはボクの中にある道具の3分の1ぐらいの道具に囲まれながら明るい太陽の下で荒い呼吸を整えながら寝転がる。
「少し休憩」
『賛成』
 青い空を雲が流れていく。雲は旅人なんて事を言った人が確かいなかったっけ?
「あの雲も僕らと同じように旅をしているんだねー」
『うん、そうだね。縁樹』
 ボクはにこりと笑う。だって縁樹もボクと同じ事を考えていたんだもの。そして青い空はボクらに青い海を連想させて、
 そしてばっと跳ね起きた縁樹は虫干しにされている様々な道具のなかから銀製の懐中時計を探し出した。
「覚えている、この懐中時計?」
『うん。これは彼にもらった奴だよね』
「うん、そう。全然海賊らしく見えなかったあの神父さんからね」

 ******
 浜の方から吹いてくる潮風に揺れるアッシュグレイの髪を押さえながら僕は青い空を見上げる。さして広くはない道で向かい合って建っている建物同士で通された洗濯ロープには使い込んだ洗い立ての服が干されていてそれが気持ち良さそうに風に揺れている。まるで青い海を魚が泳いでいるみたい♪
『ねえ、縁樹』
「ん?」
『これからどうするの?』
 それはつい先ほどまで僕も考えていた事。だけどこの青い空を見て気持ちは決まった。
「船に乗ろうよ♪」
『船?』
「うん、そう、船。どーんと大きな豪華客船に乗って、それで船の先端に立って叫ぶんだ。この言葉を…」
 ―――だけど僕がその最高にクールでカッコいい決め台詞を言う前に相棒に制されてしまう。
『えっとね、縁樹。船に乗るのにもお金がいるんだよ。わかってる、ボクら今オケラさんなんだよ?』
「え、今ビタ一文無いの?」
『うん、ビタ一文ありません』
「そんな〜〜〜」
 空はとても澄んだブルースカイだけど、僕の心はどんよりだ。へなへなとその場に座り込んでしまう。
 と、何気なく視線を向けた方で何やらいざこざが起こっていた。
『なんだろうね、縁樹?』
「うん。行ってみようか」
 立ち上がった僕はそちらに向って駆け出した。ちょうどパン屋さんの前を通り過ぎる時に紙袋いっぱいに何本ものフランスパンを入れた婦人が出てきて僕とぶつかりそうになるけど、僕はその瞬間に軽やかに地面を蹴ってジャンプ。まるで背中に翼があるかのように軽やかに空間を飛んで、腰を捻って着地10点満点。
『おわぁー』
 だけど着地点からワンアクションで駆け出すときに相棒が肩から落ちそうになったのは失点対象かな?
 そんな事を考えながら走っていると、件の人込みに到着した。
『前見えないね、縁樹』
「ん」
 前方は僕よりも背が高かったり横幅が広かったりで見えない。
 ―――しょうがない。
「ちゃんと僕に掴まっててよ」
『うん』
 僕は無理やり人と人の間を縫って前に進んだ。
 するとそこにいたのはまたなんともまー、気の弱そうな神父服の青年と五人の憲兵さん。一体どうしたのだろう?
「ようやく見つけたぞ、この海賊め」
「か、海賊なんて滅相もございません。わ、私は見ての通りに気のいい神父でございます。ローマにある教皇庁に問い合わせて下さい。国務政省所属の巡回神父の……あぎゃ」
 神父さんは最後まで言わせてもらえなかった。憲兵の一人に殴られたのだ。どくどくと鼻血を零す鼻を押さえながらその場に尻餅をついた神父さんと今の憲兵とを見比べれば10人が10人とも憲兵の方こそ海賊みたいだと言うに違いない。
『縁樹、どうするの?』
 手に取られた相棒が最大限に首だけを振り返らせて僕に問う。僕はそんな彼ににこりと笑って、
「耳塞いでいてね」
 それだけを言った。

 ******
 野次馬達の声と憲兵の怒鳴り声とでうるさっかったその場所に奏でられたのは昨夜、人魚さんと出会った街で買った爆竹だ。
 その音だけでもその場に驚きが一瞬で広がったのに、次いで僕がその場に放ったネズミ花火が更にそれに輪をかけて人々をパニックにさせる。まるでそこは蜂の巣を突いたよう♪
「さあ、今のうちにこっちに来て」
「き、君は?」
 驚いたような顔を浮かべる神父さんに僕はウインクすると、彼の手を引っ張って道を走った。
「こら、待てぇーーー」
『あ、縁樹。憲兵たちが追いかけてきたよ』
「う、うわぁ、人形がしゃべった」
 ―――こらこら、神父さん。今はそんな場合じゃないでしょう。
 走る僕らは街の大通りから枝分かれする横道に入った。
 ばしゃばしゃとちょっと窪んだ道に出来た大きな水溜りを走って越える時に視界に入った物を見て僕はにこりと笑う。
 水溜りを走り越えた僕は水溜りから5メートルほど過ぎた場所で神父さんの手を放した。走る勢いを殺せずに前のめりに道に突っ込んだ神父さんを他所に僕はくるりとワルツを踊るようにターンして、そのターンしている間に相棒から愛銃のコルトトルーパーMkV6インチを取り出している。
「憲兵さん、止まらないと痺れちゃうよ」
 開いた口からその言葉を発すると同時にコルトにもワンコラース歌わせる。

 バングぅ。

 そして続いて一番足が速かった憲兵さんまでもが歌を歌った。
「ぎゃぁーーー」
 水溜りの中でぴくぴくと気絶する彼は仲間の憲兵さんに水溜りから引っ張られている。
「な、何が起こったんですか?」
 眼を丸くする神父さんに相棒が説明する。
『縁樹がアーク塔に電気を送るコードを銃弾で切って、その切れた端が水溜りに落ちたのさ』
「って、し、死んじゃうんじゃないんですか?」
『大丈夫だよ。そんなに強い電流は流れてはいないから。すぐに眼を覚ます。あ、ほら』
 憲兵さんは復活した。しかもなんだかちょっと前よりも顔色がいいみたい。んー、ひょっとして僕、電気治療でかえってその憲兵さんを元気にしちゃった?
「とにかく長居は無用。行こう、神父さん」
 僕は再び神父さんの手を取って駆け出した。後ろで憲兵が何やら騒いでいるけど当然、そんな物は無視だ。
 なんだか僕はものすごく…
「なんだかちょっと今、私楽しいです」
「うわぁ、ほんとに神父さん。僕もすごく楽しいよ」
『おわぁ、この人たちは逃亡者の自覚無い』
 呆れたような声を出す相棒に僕も神父さんも走りながらけたけたと笑った。

 ******
「はい。神父さん、ここまで来れば大丈夫でしょう。ささ、早くこんな港町からは逃げ出した方がいいよ」
『ほんとほんと。それにしても災難だったよね。まさか神父さんによく似た海賊がいるなんて』
 と、相棒がさも哀れそうに言ったらなんとその神父さんは腰に両手をおいて何やら胸を逸らして威張り出した。
「いやいや、実はあの憲兵さんは正しいのです。何を隠そう私こそ七つの海を股にかける海賊の中の海賊、その名もキャプテぇ〜〜〜ン・・・」
「あ、いたいた。船長。何やってるんすかー。出航しちゃいますよー」
『ぷぅ』
 こけた神父に噴き出す相棒。
 ―――取り合えず僕は名乗りの途中でまたしても邪魔された彼に哀れみの表情を浮かべておいた。

 *******
「だからお願い。僕らも船に乗せて。行き先はどこの港でもいいから。とにかく船に乗って旅がしたいんだ」
 僕は両手を合わせて海賊たちにお願いした。
 海賊…自分を船長と言い張る神父さんに、船医さん、船大工さんに航海士さん…どうやらその四人がこの海賊団のトップらしい。
「うーん、だがそう言われても私らは海賊。いつ何時危険な目に遭うのかわからぬ根無し草。そんな私らの航海に縁樹さんのようなお嬢さんを同行させるわけには・・・」
 腕を組んで唸る神父さん。
『何だよ、さっき縁樹に助けられたくせに』
 ぼそりと相棒。
 ―――神父さんは慌てた様子で唇の前に人差し指を立てる。
 小首を傾げる僕に相棒はにこりとウインクする。
「なんでぇー、船長。このお嬢ちゃんに助けられたのか?」
「え、あ、はい、まぁー。・・・・・・・・・・・・・すみませんです」
 頭を下げる神父さんを他所に他の幹部は顔を見合わせると、大きくため息を吐いた。そして航海士さんが代表して口を開く。
「しょうがないな。俺らのキャプテンを助けてくれたお礼をしなきゃならんのだから」
「え、ほんと」
 顔を輝かせた僕に三人はなんだかとても楽しそうににこりと笑った。
「ただしこの船には気の荒い野郎どもが乗ってる。そんな船にお嬢ちゃんみたいなべっぴんさんを乗せるのは、ピラニアのいるアマゾン川に子羊を入れるようなもんだ。だからテストをしてもらう」
「テスト?」
「「「そう、テスト」」」
 三人は本当に楽しそうににこりと微笑んだ。

 ******
「さあさあ、皆さぁーーーーん。今宵はこの町を出航するにあたってそのお別れ会をやるのですが、とても楽しい余興を催しまぁーーーす」
「「「「「「「「「「「おぉーーーーー」」」」」」」」」」」」
「なんだか楽しそうだなー」
『何を縁樹、気楽そうに!!! わかってるの、縁樹。縁樹はこれから海賊と三本勝負するんだよ!!!』
「わかってる。わかってる。だけどさ、僕ら二人に敵う奴なんていると想う?」
『縁樹・・・』
 ―――眼を潤ませた相棒に僕はにこりと笑った。
「さてと、それでは縁樹さん。よろしいですか? ゲームの説明をさせてもらいます。まずはファーストゲームは船医とのナイフ勝負。セカンドゲームは船大工との腕相撲。サードゲームは航海士との知恵比べ勝負です。いいですか?」
「OK」

 ******
 ボクとしてはこんな男臭い船に大切な縁樹を乗船させるなんて冗談じゃなかった。ここはわざと負けて縁樹にはこの船に乗るのは諦めてもらおう。
「さてとそれではファーストゲームは縁樹さんの相棒さんと我らが船医とのナイフ投げ勝負だぁーーーー」
「「「「「「「おおぉぉーーーー」」」」」」」
 ああ、うるっさい。
「ふむ。人形が俺の相手とは舐められたものだな」
 むぅ。
「あら、そのお人形さんに負けても、舐めていたから負けましたー、な〜んて負け犬の遠吠えは言わないでね、船医さん」
 ボクの頭を撫でながら縁樹。見上げると彼女はボクにウインクした。
 ―――やれやれ。縁樹にそう言われたら負ける訳にはいかないじゃないか。
『縁樹。任せておいて』
「ん。任せた」
 そしてボクはナイフを構える。
『先にボクがやらせてもらう』
「ああ、好きにしろや」
 そして勝負。
 勝負方法はこの船の甲板から隣り合う船の甲板にある的にナイフを命中させること。海は穏やかだがしかし的は当然に揺れている。でも・・・
「「「「「おおぉぉーーーー」」」」」
 上げられる歓声。
「これは驚いたぁーーー。縁樹さんの相棒さんが見事に的中させたぁぁぁぁーーー!!! しかもど真ん中ぁーーーーー」
 ボクは得意顔。
「やったね。楽勝じゃん」
『当然だよ』
 そしてボクは相手に視線を向ける。
 船医はこちらを睨んでいる。まあ、当然。自分でこう言うのは嫌だけど人形が先に的にナイフを…しかもど真ん中に的中させたんだから♪
 ―――そして船医は・・・・・・・
「おっとーーー。これはどうした我らが船医。的を外したぞぉぉぉーーーー」
『プレッシャーに負けるようじゃ、まだまだ修行が足りないかもね。ん?』
 ファーストゲームはボクの勝ち♪


 ******
「さあ、次はセカンド・・・」
 司会進行役の神父さんを僕は手で制した。
「どうしました、縁樹さん?」
「ん、あのね、ゲームよりも船の整備を先にした方がいいんじゃないかなと想って」
 僕がそう言うと、航海士さんはなにやらご機嫌そうな顔で、
「どうしてだ?」
 と、訊いてきた。だから僕はカモメを指差す。
「カモメがね、騒いでいる。あの騒ぎ方は変だよ。それにこの大陸を取り囲む海流や気圧…」
 などと僕はあの暗闇からこの世界に浮かび上がるように現れた瞬間に僕は覚えた記憶は無いのにしかしちゃんと僕の中に記憶…知識としてある情報を音声化させて、やがて嵐が来るからそれを迎えるに当たっての準備をした方がいいという事を話した。
 しーんと静まり返った皆。船長である神父さんは大きく広げた眼を瞬かせている。
「え〜っと、嵐ですか? でも嵐なんて来るはずが・・・」
 と、神父さんが言った瞬間にその彼の頭を航海士さんが叩いた。
「ったく。仮にも海賊船の船長なんだからちゃんと天気などは読めるようにしておけと言っているだろう。なあ、お嬢ちゃん」
「え、あ、じゃあ・・・」
 眼を瞬かせる神父さんに航海士さんは大きく頷いた。
「次の港町に寄港するまでの仲間となった縁樹の言う通りだ」
 そうして彼は僕にウインクする。
「わわ。乗せてもらっていいの?」
「ああ。憲兵を追い払った度胸、射撃スキル、そして最高のナイフ使いの相棒。いくらお嬢ちゃんがべっぴんさんでもそれで手出すようなバカはいねーよ、うちのクルーにはな」
 甲板の上の皆を見回すと、皆は大きく頷いた。
「っていうか、それは船長さんである私のセリフ・・・」
 そしていじけた神父さんに皆は笑って、僕も笑う。どうやら豪華客船の船旅よりも楽しい航海になりそうだ。

 ******
「ご苦労様、縁樹さん」
「神父さん」
 見張りをやりながら星空を見ていたら、神父さんが温かそうな湯気を上らせるコーンスープが入ったマグカップを持って、やってきてくれた。
「どうぞ」
「わわ、ありがとうございます」
 受け取ったマグカップに口をつける。ものすごく美味しい。
「それにしても本当に美しい星空ですね。余計な光りが無い分本当に星が綺麗に見える」
「うん」
 僕はマグカップを両手で持ちながら神父さんの横顔を見る。この船の上で7日彼と一緒に過ごしたのだが、彼は本当に海賊船の船長なのかと疑いたくなるぐらいにドジで間抜けで、そしてものすごく優しい人だった。
「一つ訊いてもいいですか?」
 手を伸ばせば触れられそうな満天の星空を見つめる彼の横顔をぼぉーっと見ていた僕は、突然彼がこちらを見たので少し驚いてしまう。ちょっと愛想笑い。
「なんですか、神父さん」
「ええ。縁樹さんはどうして旅を?」
「え、あー、えっと・・・」
 僕が口ごもると、神父さんは慌てた。
「やや、すみません。立ち入った事を訊いてしまって」
「あ、いえ、それは別に。えと、僕は・・・・別に旅に意味はありません。ただ楽しそうだからという理由で。最初はなんの目的も無く旅に出たんですけどね」
 ―――笑われるだろうか?
 そう想いながら上目遣いで神父さんを見ると、彼はとても優しそうに微笑んだ。
「素敵な旅なのですね。ええ、旅は時には危険な事もありますが、しかしやっぱりそんな危険ぐらいへっちゃらになってしまうぐらいに楽しい事がたくさんです。珍しい物を見られたり、美味しいご飯や御酒を食せたり」
「うん。今だってこんな降るような星空が真上に」
 僕と神父さんは顔を見合わせてそしてくすくすと笑いあった。
 今すごく楽しい。

 ******
 ボクはすごく不満顔。だって縁樹ったら絶対に今、ボクの存在を忘れている。ちぇ。
 ―――と、いじけていたボクの視界にそれは入った。
『ちょっとちょっと、縁樹、神父さん。光が見えるよ』
「光?」
「あれは!!!」
 神父さんは見張り台から体を乗り出させると大声で叫んだ。
「敵襲だ。敵の海賊が来たぞぉーーー」
 その叫び声一つで静かだった海は一変に装いを変えた。
 ―――これからどうなるんだろう? 僕の体がぶるっと震えた。

 ******
 真っ暗な闇から飛来した海賊船。
 飛び交う砲弾の嵐。
 そして横につけた海賊船からこちらの海賊船に敵方の海賊がやってくる。
 状況は混戦している。
 ―――コルトは使えないな。
 僕はそれを判断すると、相棒から取り出したレイピアを腰のベルトに帯びて、剣を鞘走らせた。
「ひゃっほうーーー。上玉の女だ」
 ―――うげげ。頭が悪そう。
 僕はその海賊の剣撃をレイピアで捌いて、そして手首を翻らせて、相手方の海賊を打ち負かす。
 後ろから迫り来る海賊は無視。だって、
『ボクの縁樹に何をするんだぁー』
 ひゅんとナイフが空を切る音。そして悲鳴。
 僕は肩をすくめてどこかにいる相棒に感謝する。
 海賊を倒しながら僕は状況を見回した。どうも分はこちらが悪いみたい。だったら、
「敵方のキャプテンを倒すか」
 僕は視線を巡らす。こちら側には敵方のキャプテンは来ていない?
 ―――だったら向こうの船に。
 僕は敵の海賊がこちらに渡ってくる時に使ったロープを逆に使って、あちらの船に乗り込んだ。
 そして乗り込んだ瞬間に僕は敵方の海賊に銃口を突きつけられた。
 ・・・。

 ******
『縁樹ったら!!!』
 ボクは慌てる。まったく、なんて事を。
 ボクは彼女を追いかける。
 するとそのボクを捕まえる手。
「待って。ひとりで行くのは危険です。縁樹さんを助けるどころではなくなりますよ」
 そう言ったのは頼りない神父。頼りない神父のはずなのに・・・
『どうすればいい?』
 ボクは素直に彼のそのエメラルドブルーの瞳に宿る鋭い光に気圧されながらそう訊いていた。

 ******
「彼女を助けてくれると誓うのなら、私達は降伏する」
「ふははは。さすがは元教皇庁きってのエリート神父だな。枢機卿を約束されていただけの事はある。本当にお優しい事で。そうさ。だからこそ、俺はおまえを殺してやりたかったんだ」
「ええ、いいでしょう。縁樹さんを助けてくれるのなら私の命はあなたにあげましょう」
 神父さんはそう言うと、味方は誰もいないこちら側の船にひとりやってきた。そして六人の海賊に囲まれて、蹴られて殴られて床板に這いつくばらされる。
 ―――僕のせいで。
 僕は歯を食いばしって顔を逸らした。
 ―――だけどそんな僕の耳に、
『縁樹。縁樹』
 相棒の声。そして僕の両手を腰の後ろで縛るロープが切られる。渡されるコルト。
 そして僕は、
「Thank you ever so much」
 コルトが歌を歌う。
 ガァーウン。
「動かないで、海賊の皆さん。動くと、あなた達のキャプテンを撃つよ♪」
 完全に神父さんをいたぶる事に気を惹かれていた海賊たちは誰も彼もショックそうな顔。
「あなた達の負けよ」
 先ほどの発砲によってコルトから吐き出された銃弾に削られた右頬に赤い血の横線を描いているキャプテンは悔しそうに歯を食い走り、
「いいか、誰も動くなよ」
 キャプテンはそう言ったが、しかし・・・
 ―――ナイフが空気を裂く音。
 ―――ガウゥン。
 奏でられた銃声は僕のコルトが歌ったんじゃない。
「な、なな・・・」
 ナイフが刺さった手から拳銃を落とした海賊はとても不思議そうな顔で僕を見つめる。
 そして僕は歌うように言うのだ。
「もうあなた達に勝ち目は無い」
 正体不明のナイフ使いに海賊達は完全に恐慌していた。一気に形成逆転だ。
 僕は銃口をキャプテンに照準したまま神父さんに近寄る。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
 神父さんは起き上がり、鼻と口から出ている血を拳で拭う。
 その神父さんに、
「待てよ。おまえと俺。双方の海賊のキャプテン同士で勝負だ」
 ―――そんなのに乗る理由は無い。だけど………
「いいでしょう」
「神父さん」
 神父さんはにこりと笑うと、海賊の一人から剣を借りた。
 そして向かい合う神父さんとキャプテン。
 ゆっくりと昇っていく朝日。
 それをバックに対峙しあう二人の男。
 僕は銃口を空に向けてトリガーを引く。
 転瞬、二人は同時に床板を蹴って肉薄する。
 ぶつかり合う鋼と鋼。
 澄んだ音色はまるで歌を歌うように。
 神父さんは長身痩躯。対して相手方のキャプテンは大柄で筋肉質。外見だけでは神父さんの方が圧倒的に弱そうに見えるけど、だけど・・・
 しなやかな腕の振りでキャプテンの放った一撃を神父さんは捌き、そして少しバランスを崩したキャプテンに出来た隙を見逃さずに神父さんは足を前に一歩出し、ギリギリの間合いに勇気良く踏み出して必殺の突き。剣の切っ先はキャプテンの喉下にほんの軽く突き刺さり、彼のいかつい日焼けした肌に血のビーズを飾った。

 ******
『だけど本当に良かったの、あの海賊達を逃がして?』
「ええ。私達は別に人殺しの集団ではないし、海賊潰しがやりたい訳でもない」
 神父さんはまるで神の教えを信者に説くかのような顔でそう歌った。
『ねえ、あなた達もキャプテンを縁樹に差し出した海賊達みたいにこの神父を縁樹に差し出して革命を起こしたら?』
 その相棒の意見に三人の幹部は至極真剣に悩む表情を浮かべて、そして神父さんはすごく焦った表情。それを見て僕は笑ってしまう。
「縁樹さん」
「ん?」
 目じりの端に溜まった涙を手でぬぐいながら神父さんを見ると、彼はにこりと笑って僕に僧服の内ポケットから取り出した何かを差し出した。彼の手の平の上に眼を落とすとそこには懐中時計があった。
「これは?」
「これは私の友人の形見の懐中時計なんです。よければもらってやってください」
「え、でも、そんな大事な物を・・・」
 神父さんはにこりと笑う。
「私は彼がいたから…彼が自分の好きな事をやれと私の背を押してくれたから、だから聖界を飛び出して海に出られた。そう、彼は私の大切な友人なんです。だからこそこの懐中時計をあなたに持っていてもらいたいのですよ、縁樹さん」
 躊躇う僕の手に彼は懐中時計を握らせた。そしてとても優しい陽だまりのような笑みを浮かべる。
 だから僕は・・・
「ありがとうございます。大事にします」

 ******
「では、この賞金首をよろしくお願いします」
「はい、ご苦労様。この書類を換金所に持っていってください。そうすれば賞金が入るはずですから」
「『はい』」
 僕と相棒は敬礼をしてその憲兵さんと別れた。
 僕は両手の指を組み合わせて空に向けてうーんと伸びをする。
「あー、気持ちのいい空だなーー。だけどこの3週間ずっと海の上だったからなんか変な気持ち。まだ体が揺れてるみたい♪」
『あ、縁樹も。実はボクもなんだ』
 僕等は顔を見合わせてそして笑いあう。
 そしてなんだか笑ったら・・・
 ぐぅー。
 お腹が鳴った。
 僕はお腹を押さえて相棒に提案する。
「まずは賞金を換金して、それでご飯を食べようか?」
『了解、縁樹』
 そして僕はポケットの中の懐中時計を握り締めて大きな街の通りを走るのだった。


 **ライターより**
 こんにちは、如月縁樹さま。
 ライターの草摩一護です。
 ご依頼ありがとうございました。
 今回も本当に楽しんで書けました。
 どうですか? 縁樹さんと神父海賊団の航海は?
 さすがに神父さんは元が神父なだけにすごく優しい人になってしまいましたが、やはり海賊のキャプテンなだけに本当はすごく切れ者で強いようです。^^
 そしてこっそりと彼は縁樹さんに惚れていたようですね。
 
 プレイングを読ませていただいて今回の旅は船の旅となっていたので、それならばやはり星空は出したかったのです。
 よく船の見張り台から主人公が星空を眺めるシーンがありますが、そういうシーンを見るのが大好きなのでそれを書けた事が嬉しいです。
 後は密かに縁樹さんと神父に焼きもちを妬くノイさん。なんか書いていてかわいいなーなどと想ってしまいました。^^
 彼は本当に縁樹さんLOVEなんですね。
 でもノイさんのように楽しくって頼りになって、そしてどんな物でも無限に収納できる相棒さんがいたら本当にいいですよね。^^
 ああ、そうそう。もちろん、縁樹さんが豪華客船でやりたがっていたのは「タイタニック」の言葉です。
 ちょうどこれを書いている時に、「タイタニック」は実は偽物だったとやっていました。確か以前も歴史番組で同じネタをやっていましたね。結構、草摩はこれを信じていたりします。

 それでは今回はこれで失礼させていただきますね。
 本当にご依頼ありがとうございました。書かせていただけて嬉しかったです。^^
 失礼します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月01日

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