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『『箱庭に咲く花 ― 無垢なる混沌の闇 ― 』 』
九重・蒼2479
「かしら。かしら。そうかしら」
「なにかしら?」
「【神薙ぎの鞘】が刀を得たんだってさ」
「あらあらまあまあ。なんだってそんな奇異なる事になったん?」
「鞘が刀を得る・・・変だよねー。けどさけどさ、【神薙ぎの鞘】が【刀】を得たのはまた運命」
「そう運命。運命。運命。運命。運命。運命。【神刀】の一族の血を流す者としての運命」
「「けらけらけらけら」」
 広い畳の部屋一面に無造作に転がされた玩具の群れ。その玩具の中にその奇怪な人形はあった。元は二体の日本人形。布で作られたその日本人形はそれぞれ真ん中で切られて、そして断面を縫い合わされている。一つの体を共有する頭二つはけらけらと笑っている。その笑い声はひどく奇怪で耳障り。
 玩具の中で寝転がっていたその狐の面をつけた女はむくりと起き上がると、そのけらけらと笑う人形を無造作に手に取って、壁に投げつけた。
「「うぎゃぁ」」
 部屋は静かになる。
 暗い夜の闇に包まれた部屋でその狐の面をつけた女はまたごろりと寝転がって、寝返りをうった。
 そしてまたけらけらと人形たちが笑い出す。

 ******
「女子高、病院、神社、記念碑、図書館・・・都内にあるかのデザイナーがデザインした建物すべてに奇怪なトリックが用いられて、そこでは怪事件が起こっていた。あなたはこれをどう見る、蒼さん?」
 彼女は地図に×印をつけていたマジックを転がすと、両手の指を組んでその指のうえに形のいい顎を乗せた。
 俺は肩をすくめて、アイスブラックコーヒーのグラスを傾ける。口から喉、胸に落ちた冷たい苦味。だがそれで今、俺が感じている喉の渇きが潤う事は無かった。
「偶然ではない。明らかな悪意。だけどなんのために? 実験」
「わからない」
 彼女はふるふると顔を横に振るとアイスティーが入ったグラスのストローに口をつけた。しかし彼女もまたそれで喉の渇きが潤った風を見せなかった。彼女は小さくため息をつくと、ホットケーキにシロップをかけて、それを慣れた手つきでフォークとナイフで切り分けて、フォークに刺したその欠片を口に運んだ。
 それにしても・・・
「よく食べるね」
 俺はにこりと笑って言う。
「ええ、育ち盛りなんで」
 そして彼女はそれをにこりと笑って受け流すと、ぺろりとホットケーキをたいらげて、通りがかったウェイターにチョコレートパフェと抹茶を注文した。明らかにそのウェイターは戸惑った表情を見せる。当たり前だ。彼女は来店してからミックスサンド、カツサンド、ホワイトクリームスパ、チキンピラフ、そしてホットケーキを食べたのだから。それでまた・・・
 つい俺は失礼ながらも向かい合って席に座る彼女の線の細い体を見つめてしまう。よくもまー、これだけ食べてその体型を維持できるものだ。
「なに?」
「だからよく食べるな、って」
「ふぅー」彼女は小さくため息を吐いて肩をすくめた。
「あたしは燃費が悪いのよ。それにありがたい事にどれだけ食べても太らない体質なもんで。だからあんまり人の体をじろじろと眺めないでくれる。言いつけちゃうわよ」
 にこりと笑う彼女に俺は苦笑いを浮かべた。言いつけるって誰に?
「だけどまー、今度、俺と一緒に喫茶店に入る時は一点に絞ってもらえるかな?」
「あら、そういうケチな事を言ってると、モテないわよ。ちゃんと釣り上げるまで女の子には餌を与え続けないと。ブランド物を強請るお魚さんよりかはかわいいと想うのだけど?」
 俺はまた苦笑いを浮かべる。ブランド物に出費する金額の痛さよりも、今この店にいる女性全員の敵意と憎悪を孕んだ視線の方が痛い。それに充分にそこらのアイドルよりも綺麗な彼女に憧れていた男どもが彼女の大食いを見てげんなりとする姿は見ていて哀れだから。
「ふぅー。だけど蒼さんに想いを寄せる人も大変よね。比べられる人のレベルが高すぎるもの」
 ・・・。
「なんの事だよ?」
 彼女は俺を数秒見つめると、チョコレートパフェの頂上を飾るイチゴを口に放り込んで飲み込んでから大きな大きなため息を一つ吐いた。

 ******
「ここか」
 都内にあるかのデザイナーがデザインした五つの建物。それらが描く図形の真ん中に位置する古いビルがある。
 その古いビルの所持者は【ご隠居様】と呼ばれる人物だ。彼は財政会に強い影響力を持つ人物で現総理大臣すらも彼には頭が上がらないらしい。そして件のデザイナーはなんとその【ご隠居様】の孫娘であった。つまりは今までの事件すべての黒幕はその【ご隠居様】で、そしてこのビルには何かがあるのだろう。
「さて、蛇が出るか鬼が出るか。まあ、やってやるさ」
 俺はビルの中に入った。

 ******
 そのビルはいたって普通のビルだった。怪しい場所など一切無い。どうやら現在は誰も使用はしていないようだが、しかし人が頻繁に出入りしている様子はあった。さて、どうなっている?
「だが別に怪しい場所は無いんだよな」
 俺は顎に手をあてて考える。
 状況から考えればここは怪しい。だが調べた限りでは別に何も無いのだ。それでは?
「俺が見逃しているだけ? でもすべての階を俺は調べたんだぞ」
 そう、1階から4階までをすべて俺は調べ尽くした。だが怪しい場所は……
「待て。1階から4階?」
 何かが引っかかる。
 俺は廊下の端まで走り、窓を開けるとそこから身を乗り出させて隣のビルを睨んだ。
「1,2,3,4,5」
 隣のビルは5階建て。そしてこのビルには4階しかない。だがおかしい。おかしいのだ。そうずっと俺が感じていた違和感。それは……
「じゃあ、なんでこの4階建てのビルと隣の5階建てのビルとが同じ高さなんだよ」
 そう、そうなのだ。このビルは階数が多いはずの隣のビルとしかし同じ階数なのだ。それはつまり…
「隠された階があるという事か?」
 俺はもう一度、外からこのビルと隣のビルとを見た時の光景を思い出す。一階と一階は同じ高さにあった。2階と2階も同じ高さに。3階と3階も同じ高さ。じゃあ、4階と4階は……
「同じ高さにあった…って……」
 頭がどうにかなりそうだ。明らかに矛盾している。
 俺は前髪をくしゃっと掻きあげて唸る。
「どうなってる? どうなってるんだ?」
 考えてもわからない。
 俺は取りあえず1階に戻り、そして階段を使って1階から4階まで駆け上った。だが階段の感覚はやはりすべての階で同じだ。ではどういう事だ?
「だからそれがわからないって」
 俺は階段の頂上に座り込んだ。
 高さは5階建て。でも中身は4階建て。しかし、4階までの高さは隣の5階建てビルの4階までと同じ。
 ・・・。
「あー、ダメだ」
 俺は寝転がる。
 思考の放棄はしてはいけない。それは以前に読んだ本に書いてあった概念。だが俺は思考を放棄してしまった。俺の思考回路は現実の他愛の無い事を人よりも鋭く見抜いて株などで財を成す力はあっても、こうした訳の分からぬ状況を見抜く思考は無いようだ。右脳タイプではなく左脳タイプなのだろう。
「いや、それが普通なんだ。元々が俺は普通の人間なんだから…」
 だが俺は高校時代に自分に不思議な能力がある事に気が付かされた。そしてその能力に気づいてしまったが故にまるでその事が呼び寄せるように俺は様々な怪奇事件に携わるようになってそして……
「【神薙ぎの鞘】って何だよ?」
 俺の刀【桜火】を打ってくれた刀工が何度も口にしていた【神薙ぎの鞘】という言葉。それは一体俺にとって何を意味しているのであろうか?
「くそ」
 俺は腹筋だけで起き上がると、立ち上がった。
「出直すか」
 そう想い【桜火】を持ち階段を下りようとした瞬間、

 りん

 鞘に付けた鈴が鳴った。

『これをあなたに』
『これはなんですか?』
『これは見えぬ何かが放つ気に震える鈴』
『・・・?』
『この鈴が鳴る時、それはあなたが見えぬ何かに触れている時です』

 あの刀工の孫娘がくれた鈴が鳴った。
 俺は刀を体の前に出す。

 りん

 鈴が鳴る。先ほどよりも大きな音色で。
「やってやるさ」
 俺はその音色が大きくなる方へと進んだ。

 ******
 鈴は3階と4階の間にある階段の踊り場でもっとも大きな音色を奏でた。
「ここか?」
 
 りん、と鈴が鳴る。

 すると今の今まで目に見えていた薄汚い壁が消え去っていたのだ。代わりに視界に映るのは大きな扉だった。
 俺はごくりと喉を鳴らして扉のノブに触れた。
 ノブを回そうとする。しかしその手は動かない。動かそうとしてもヘビに睨まれたカエルかのように動かないのだ。それはなぜ?
 心は意味のわからない恐怖や焦燥に襲われる。何だ? 訳がわからない???
 胸からのぼってくる激しい嘔吐感に苦しみながらも俺は全精力を使い切るかのような勢いでその扉を開けた。

 ******
 その部屋はワンフロア―すべてを使って一部屋であった。その膨大な広さを持つ部屋には土が敷かれていた。その土には草が敷いてあり、そして蝶が平然と飛んでいた。
 そうは高くない天井ぎりぎりの高さまで成長した木は枝を広げ、その枝にとまる小鳥は歌を歌っている。

 そこは箱庭。
 美しき花が咲く場所。
 そう、美しく咲く花のために作られた箱庭。

 木の根元には寄り添うように一輪の花が咲いていた。よくRPGゲームに出てくるような美しく咲く花の花びらの内側に上半身を出す女。
 髪は青。瞳はエメラルドグリーン。肌は白。線は細くしかしたわわな乳房を隠しもせずに彼女は呆然と立つ九重蒼を見てくすりと笑った。

 ******
 花の怪異?
 おそらくはそうだろう。
 だが別に邪悪な感じは受けない。
 天井を見上げるとどういう仕組みになっているのかはわからないが自然の陽光が入ってきていて、彼女は気持ち良さそうに光合成をやっている。
「なんだかな。つまりはすべてこの娘のために?」
 そういう事になる。この彼女をここで隠すのか匿うのか、育てるかのために【ご隠居】は多くの人々を不幸にするようなあんな儀式場みたいな建物を造った。当然そんな物を作るぐらいなのだからそこには悪意しかないのだろう。しかし……
「君は何?」
 俺は一歩前に踏み出し、気持ち良さそうに光合成しながら歌を歌う彼女に問う。
 彼女はにこりと笑った。そして俺に向って両手を伸ばす。
「君は何なの?」
 もう一度繰り返した。すると彼女は紫色の唇を動かす。
『あたしは【花の乙女の造花】』
 それは聞こえるというよりも脳裏に響くという感じ。いや、それよりも今彼女は何と言った?
「【花の乙女の造花】だって?」
 それはどういう事だ?
 自分を【花の乙女の造花】と呼んだ彼女は両目を嫣然と垂れさせて笑う。その笑みに俺の体は自然と前に動いていく。
 俺は彼女の前に立った。その俺の頬に彼女の両手が伸びて触れる。ひやりとした冷たい手。そして同じく冷たくざらっとした感触の紫の唇が俺の唇に触れる。

 どくん。
 ―――心臓が脈打った。

 脳裏に浮かぶ映像。
 花のつぼみに似た巨大な水牢の中で笑う女。
 ―――無意識に悟る。これが【花の乙女】。

 その水牢がある部屋に入ってきた傷だらけの男。
 ―――どこかで彼を見た事があったような感じがするのだがそれは?

 そしてその男は手に持つ槍を構えて…
 だけどその男は水牢の中の【花の乙女】をその水牢ごと刺し殺す事ができず………
 ………彼は己の体がぼろぼろに傷つきながらもその水牢から【花の乙女】を連れ出した。
 ―――二人は恋に落ちた?

 俺の唇から唇を離した彼女はすぐ間近にあるその顔に笑みを浮かべた。
『あなたからはお母さんの香りがある』
 ―――俺から母親の香りがする?

「それはどういう…」
 だが俺は最後までその言葉を紡げない。なぜなら彼女は俺の目の前で枯れていくから。少しの真実と多くの疑問を俺の中に植え付けて。
 そして俺は彼女が枯れ果てて土に還ったのを見届けてから後ろを振り返った。いつの間にか俺の後ろにいた人物達を。

 ******
「ごきげんよう。九重蒼さん」
 にこりと笑ってそう言ったのは20代後半ぐらいの綺麗な女性。しかしなぜか俺はその美に不自然さを感じる。いや、それよりも………
 ――――どうして俺の名前を知っている?
 眉を寄せた俺を見て、女性の隣にいた老人が笑う。皺だらけの顔に相応しい醜怪な表情を浮かべた老人。おそらくこの人物が【ご隠居様】か。
「驚く事はあるまい。これまで五つの怪事件を解決したおまえの事を調べぬ訳がないではないか、九重蒼。くっくっくっく。それにしてもさすがは【神薙ぎの鞘】か」
「くぅ」
 ―――また、【神薙ぎの鞘】か。くそぉ。誰も彼も俺をそう呼ぶ。一体それは何なのだ?
「ふむ。まだ自分の運命を知らぬか、九重蒼よ。ならばどうじゃ? もしも私に協力するのならば、おまえにおまえの中に流れる【神刀の一族の血】について教えてやってもよいぞ。どうじゃ、協力せぬか、九重蒼? 神をも薙ぐ(殺す)力を持つ【神薙ぎ】をも克服する事のできる血の力を持つおまえならば今まで我らが作ってきた【花の乙女の造花】よりもより精巧なモノが作れるはずじゃ。どうじゃ?」
「はぁー。やれやれだな」
 俺はため息混じりにそう言うと、半身の姿勢を取り、体を沈め、必殺の攻防一体の構えを取る。
「居合い斬りの構え。ほほう。それがおまえの答えか、九重蒼」
 老人は右目を大きく見開き、そして左目を細めて笑うと懐から短剣を取り出した。
 孫娘が鼻を鳴らす。
「魔術師にダガーを握らせるとは、どうやら剣の腕はたつが魔術の知識は無いようじゃのう。九重蒼」
「何が。そんな短剣ぐらいで何ができる?」
 間合いが全然違う。
 ―――しかし老人は小ばかにしたように鼻を鳴らした。
「よいか、【神薙ぎの鞘】よ。魔術師にとってダガーとは武器ではない。儀式の道具じゃ」
 老人が言い終わったのが合図。
 俺は居合い斬りの構えのままに老人に肉薄する。そして一瞬でその間合いに入った俺は刀を鞘走らせ……
 ―――だがその過程で老人もダガーを構えて歌うように詠唱を唱えている。「闇に漂う氷の眷属よ。我に従いて、その刃で我に敵対する者を打ち滅ぼせ」
「なにぃぃ?」
 刀を鞘走らせるまえに俺は後ろに飛んだ。予備動作無しでのその無理な行動は俺の体に負荷をかけるが今はそんな事を気にしている間は無い。
「くそぉ。これが魔術?」
 ―――俺が転瞬前までいた場所には巨大な霜柱がそそり立っていた。ほんの一瞬でもそこよりも飛びすさるのが遅かったら俺の体はその霜柱によって串刺しにされていた。
「冗談じゃない」
 老人は笑う。
「守り刀【桜火】。良い刀じゃ。じゃが、おまえには過ぎた玩具のようだな」
「なにぃ?」
「くっくっくっく。おまえにはその刀の持つ力がまるでわかっていない。その刀の名前を聞く事は出来ても、まだ心を通い合わせる事はできてはいないようで。本当にもったいない。火の神はこの世に生まれ出てくるときに母の神を焼き殺した。父の神は怒り狂い火の神を粉々に消し飛ばしたそうだ。この世界のいたる場所に火の欠片が存在するのはそのせいなんじゃよ。そう、【桜火】の刀身に走る緋の線は【桜火】に火の神が宿っている証拠なんじゃ。神をも焼き殺す炎の力を持つ刀…まさしく【神薙ぎの鞘】が持つに相応しいて。しかしおまえはそれすらも知らぬ。ほんにもったいないぃ」
 老人が両目を見開くと同時に霜柱が俺にすごい勢いで差し迫る。俺は無意識に【桜火】の一閃を放っていた。その剣撃によって霜柱は粉砕されたがしかし、
「これでおまえの刀はもはや死に剣。おまえに勝ち目は無い」
「くぅぅ」
 俺は歯軋りしか出来ない。そう、居合い斬りが絶対の威力を持つのはあくまで刀が鞘に収まっている時。居合い斬りの使い手に刀を完全に抜かせてしまえば、それはもはやその者の勝ちを意味する。だけど俺は……
「ほぉー。今度は北辰一刀流か」
 鞘から抜いた剣を中段に構える。目は老人の黄色い目に。
「九重蒼。おまえは剣の修行はしていないな。その剣術は完全に我流。我流でこれまで生き残ってこれたのだからやはりおまえの剣のセンスは最高なのだろう。しかし言い換えれば器用貧乏。すべてができるからおまえはおまえだけの剣が見えない。だから【桜火】とも中途半端にしか心を通わせられない。いや、九重の家族ともか。ふん、所詮はおまえは独りなのだよ、【神薙ぎの鞘】よぉぉぉーーーー」
 迫り来る霜柱。
 もはや居合い斬りの体勢を崩された俺にそれを迎撃する術は無い。この体勢では一陣を撃てても、二陣の攻撃で全身を刺し貫かれて終わりだ。そう、俺はここで…

 死ぬかの?
 ―――いやだ……俺には帰れる場所があるのだから…………

 その時、どくんと心臓と【桜火】が同じリズムで脈打った。
 死を感じた瞬間にすべての音が俺の世界から消える。
 ――――いや、ノイズの無い世界でただ一つだけ真に世界に響く音…声があった。そう、その声を正位相とするのならこれまで俺の中にあった慢心や油断といったノイズが逆位相となって、その正位相の声を打ち消していたのだけど、しかし俺の世界から死という響きによってノイズが消え去って、世界がクリアになったからだからその声が聞こえた。

 声が―――――『我は桜火。神をも殺せし火の神の力を持つ刀。我を振るえ。使い手よ』

「【桜火】一の型 一剣炸裂。【桜花爛漫】」
 叫んだ瞬間、俺は目を見開く。
 その言葉は【桜火】から聞こえた声をなぞっただけだ。
 そして体も無意識に動いていた。まるで自分の体ではないように勝手に動いて、【桜火】の一閃を放っていた。
 そして俺の視界に映るのは、火の力を孕む【桜火】で虚空を薙いだ事で空気中に漂う可燃物質が燃え盛り、そしてその燃え上がった可燃物質が更に剣撃より打ち出される俺の衝撃波と合わせ重なる事でそれはまるで桜の花びらが風に舞い…薄紅の嵐を成すようにまさしく【桜花爛漫】という言葉が似合うぐらいに桜の花びらによく似た炎の花びらは舞い散って迫り来る霜柱をすべて打ち砕いたのだ。
「な、なにぃぃぃぃ?」
 部屋に上がる老人の声。だが俺はそれでは済まさない。そう、俺は【桜花爛漫】を放つと同時に前に飛んでいる。もちろん、刀は鞘に収めて。そう、もはや魔術師に呪文の詠唱の時間など一秒も与えない。
「な、九重蒼ぉ」
 氷と炎…二つの相反する属性がぶつかり合って発生した水蒸気の海から掻き現れた俺を見て、老人が目を見開く。早口に彼は何かを囁くが、
 ――――しかし、俺はもう怖くない。【桜火】の声はこんなにも綺麗に聞こえているのだから。
「【桜火】二の型 一閃炸裂。【破蕾】」
 最強の居合い斬りの形【破蕾】。花のつぼみが開くという意味である【破蕾】。鞘から刃が鞘走る事がつぼみが開くという事にかけられ、そして実際にそれは血の花を咲かせる。故に居合い斬りである二の形は【破蕾】。
「お、おのれ、【神薙ぎの鞘】…」
「だから俺を【神薙ぎの鞘】と呼ぶな」
 がはっと老人が口から血塊を吐き出しながらよろよろと崩折れていくが、俺はそれに構わずに無慈悲にそう言い捨てる。だがもちろん、俺は人殺しになるのは勘弁だ。故に剣撃は最小限にその威力を弱めていた。そしてその甘さのツケを俺は己の身を持って払う事になった……
 ――――なにぃ? 腹部に走った灼熱感に俺は思わず自分の腹部に眼を落としていた。そこには刃が突き刺さっていて、
 そしてその刃は老人の胸から生えていた。つまり……
「どうして、お母さん……?」
 ―――老人の本当に何が起こったのかわからないという声。
「使い方はあたしの自由でしょう」
 ―――せせら笑うような声。
 驚愕に両目を見開く俺に向って老人の後ろにいた孫娘はにこりと純粋無垢に微笑んでみせた。

 ******
 腹部に突き刺さった氷剣は血混じりとなった水になって俺の足下に大きな水溜りを作った。そしてただの骸となった老人はその水溜りに沈み、俺は左手でどくどくととめどなく血が溢れ出してくる腹部の傷口を押さえながら後ずさった。右手の【桜火】で彼女を牽制しながら。しかし一体この状況……
 ―――理解できない。彼女は彼の孫娘ではないのか? なのに彼は彼女を母親と呼び、そして彼女に殺された。どうして?
「わからないという顔ね、【神薙ぎの鞘】」
 【神薙ぎの鞘】と俺を呼ぶ彼女。それは明らかに嫌がらせだ。なんとなく彼女に似ているなどと危機感の無い事を想ってしまう。
「どういう事だ?」
「聞きたい?」
「だから訊いている」
 彼女は血塗れの右手を口元にあてながらくすくすと笑った。
「そうね。答えは簡単。あたしがこいつよりも上という事。こいつは言ったわよね。あたしを母と。そうね。あたしはこいつの母親だった。もちろん、血の繋がらない育ての母だけどね。孤児であったこいつを拾い、こいつが子どもの時は母として。こいつが青年の時は妻として。こいつが中年となったら娘として、そしてこいつが老人となったら孫娘として。そうやってここまで来たの」
「なんのために?」
 ―――決まっている。決まっているのに思わず俺がそう訊いてしまったのは、それはおそらくはどうする事もできないそれが俺のすがりたい物だから。
「決まっている。ただの戯れ。親の愛に飢えている孤児を拾いあたし色に染めて暇つぶしに遊んでいたのさ。そう、【花の乙女】をこの手に入れて我が願いを叶える時までの」
 ―――ぷつんと頭のどこかで何かが切れる音がした。
「きぃさまぁぁぁぁぁぁぁぁああああああーーーーーーーーー」
 そして俺は突進すると同時に突きを放つ。
 だがその突きは彼女に紙一重でそれをかわされ、そして俺のすぐ間近にあるその顔はにたりと嫣然と微笑み、
「バカな子。魔術を扱う人間の言葉に耳を貸すなんて。さようなら、【神薙ぎの鞘】」
 かぁっと俺の目が見開かれる。その視界に映るのは彼女が持つ氷の刃。それが真っ直ぐに俺の頚動脈めがけて………
 ―――くそぉ
 だがしかし・・・
「なぁにぃ???」
「????」
 視界に映るのは俺の頚動脈に突き刺さる寸前で砕け散った氷の刃だった。

 ******
「自然に氷の刃が砕け散った? いや、違う。これは音波による攻撃。くそぉ」
 彼女は俺の胸元を鷲掴むと、女の細腕一本で俺の体を振り回し、180度回転すると共に俺を投げつけた。
 だが俺は彼女が狙って投げつけた人物に当たる事は無く壁に激突しそのままずり落ちた。
 ―――血塊と一緒に詰まった息を吐き出しながら最後の力を振り絞って背を壁に預けると、そのままその場に座り込んだまま首は上げて半分血の闇に染まった視界に彼女の後ろ姿を映した。腰まである黒の髪に覆われた彼女の後ろ姿を。
 再び手に出現させた氷の刃を構える女と、リュートを引きながら対峙する彼女。
「邪魔な娘。もう少しで【神薙ぎの鞘】を殺せたのに」
「残念ね。彼をあなたに殺させるわけにはいかないの」
「ふん。言ってなさい」
 笑う女の周りに氷の刃が幾本も浮かび、そしてそれは彼女に向かって襲い掛かる。
 だが彼女は慌てない。リュートの旋律を操りその氷の刃を音波による攻撃で砕く。だが…
「危ない」
 先ほど俺がやった手。女は彼女に氷の刃を撃つと同時に自分も彼女に肉薄していて、そして彼女はそれに対応するのにほんの少し遅れて、
 ………酷薄に笑った女の手の中にある氷の刃が今度は彼女の頚動脈めがけて、
 ―――くそぉ。
 だが彼女はそれでもリュートを掲げてなんとかその一撃を弾き返し、女はそれ以上の深追いはしない。
 後ろに飛んで、
 そして着地すると共に地面を蹴って、彼女に氷の刃を振り上げて肉薄する。女の顔が笑っているのは、先ほどの攻撃でリュートの弦が2本切れているからだ。しかもその弦は彼女が攻撃をする時の基点となる音階を出す弦。しかし女は忘れていた。
「【桜火】一の形 一剣炸裂。【桜花爛漫】」
 叫んだ俺。
 そして炎の衝撃を喰らって後方に吹っ飛び、壁に直撃した女はものすごい表情で【桜火】を構える俺を睨んでいた。
「九重蒼。どうして、おまえ?」
 俺はそれに誇るでもなく答える。
「彼女の旋律が俺の傷を治してくれたのさ」
 それを聞いた女はものすごく悔しそうな顔をした。
 俺は【桜花爛満】を撃ったせいで再び開いた傷から血を流しながらその場に跪いた。
 彼女は壁にめり込んでいる女の前に立ち、そしてものすごく意地悪そうに鼻を鳴らした。
「残念ね。もしも今、あなたの前に立ったのが蒼さんならばこんな目に遭わずとも済んだのでしょうが、生憎あたしは優しくないのでね」
 そして彼女は、女の顔に手をかけて彼女の顔に付けられていた極薄のマスクを剥いだ。そこにあったのはひどい爛れがある女の顔だった。
「くぅ、キサマぁぁぁーーーーー」
 女は深い憎悪を音声化させた声を発し、
 ………突如、天井を突き破り女を打った暗黒色の光りの中に溶け込んで消えていった。

 ******
「大丈夫?」
「なんとか」
 俺は小首を傾げる彼女に笑ってみせた。まだそれぐらいの力はあった。
「とにかく病院に行きましょうか」
 彼女はちらりと枯れ果てた【花の乙女の造花】があった場所を一瞥した眼を俺に向けると、そう言った。

 ******
「かしらかしらそうかしら」
「なにかしら?」
「【無垢なる混沌の闇】が【神薙ぎの鞘】に負けたんだってさ」
「あらあらまあまあ、【無垢なる混沌の闇】が【神薙ぎの鞘】に負けたんだってさ。それじゃあそれじゃあ【無垢なる混沌の闇】は【神薙ぎの鞘】の守り刀の【桜火】の錆びになっちゃったんだわさ?」
「いえいえいえ、そうじゃくって」
「かしらかしらそうかしら。どうなったのかしら?」
「あのねあのねあのね。【無垢なる混沌の闇】は・・・・」
「「ぐぅえ」」
 うっるさい人形を踏み潰した【無垢なる混沌の闇】は玩具の山にうもれながらあぐらをかいて座る狐の面をつけた女を睨みつけた。爛れた顔を覆い隠した手の指の隙間から覗く赤い目で。
「どういう事、【顔無し】。なぜにあなたがあたしを助けるの? あたしとあなたは敵対する者のはず」
 狐の面を付けた女はくすりと笑った。
「私の敵は【神薙ぎの鞘】。【神薙ぎの鞘】の敵はあなた。敵の敵はお友達」
 そして【顔無し】は狐の面を外した。その狐の面の下にあったのはもう一つの狐の面。そして彼女はその手に取った狐の面を【無垢なる混沌の闇】に投げて寄越した。それを受け取った彼女は顔に狐の面を付けた。不思議な事にその狐の面はその瞬間に彼女の爛れの無い顔のマスクとなり、そしてそれは最前まで彼女が付けていた精巧なマスクよりもより精巧で不自然さを感じさせなかった。
 彼女はそれを確かめるように様々な表情を浮かべた後で、【顔無し】を見て言った。呪詛を吐き出すように。
「あなたに協力する条件を二つ出す。【花の乙女】とあのリュート弾きの小娘はあたしの物よ。【花の乙女】と契約し、その種を食すのも、あのクソ忌々しいリュート弾きの小娘を八つ裂きにして…そう、飢えた男どもに人格崩壊するまで弄らせた後に野良犬どもの餌にして、そうしてその魂を引き千切って無限の闇に捨てるのもこのあたしよ」
「うん、いいよ」

 ******
 病院に運ばれた俺は全治3週間と診断された。
 その3週間という時間は今回起こった事柄を整理するのに丁度良い時間に思えた。
 それにしても一体俺の運命とはどうなっているのだろうか?

 何かが複雑に絡みついていく?
 ―――それとも絡み付いていたものが解けていっているのだろうか?

 わからない。
 だがこれだけは確かだ。それはもう止まらない……
 ―――俺が壊れるか、俺がそれらを壊すまで…。

「怖い?」
 そう言った彼女に俺は顔を横に振る。
「やってやるさ」



 **ライターより**
「かしらかしらそうかしら。こんにちは九重蒼さん」
「かしらかしらそうかしら。ライターの草摩…」
「「ぐぅえ」」
 ―――裏で草摩が踏み潰した人形を手に取って、捨てています。
 

 ごほん。失礼しました。こんにちは、九重蒼さま。
 今回も本当にありがとうございます。
 ライターの草摩一護です。

 連載形式シチュノベ第二話『箱庭に咲く花 ― 無垢なる混沌の闇 ― 』どうたったでしょうか?
 色々と突っ込みどころも満載でしょうか?^^
 でもやはりバトル物の主人公は必殺技の名前は叫ばねばいけませんよね。ちなみに草摩はこれを書きながらああ、声優の緑川光さんに蒼さんをやってもらいたい、そして「【桜火】一の型 一剣炸裂。【桜花爛漫】」「【桜火】二の型 一閃炸裂。【破蕾】」「やってやるさ」「俺を【神薙ぎの鞘】と呼ぶな」をあのクールな声でやってもらいたいなどと考えてしまいました。(笑い え、あ、でもすごく似合うと想いませんか?
 PLさまもやはりご自分のPCさんのイメージ声優なんかは決めていたりするものなのですか?

 それでは今回のお話なのですが、まずは次回で【花の乙女】についてわかります。その回でもう一つの勢力が出てきますので。
 敵側は【顔無し】と【無垢なる混沌の闇】…あと一人出します。

 技ですが、
『【桜火】一の型 一剣炸裂。【桜花爛漫(おうからんまん)】』→これは遠距離用の技です。衝撃波と炎が敵を直撃するのです。

『【桜火】二の型 一閃炸裂。【破蕾(はらい)】』→そしてこれが直接攻撃用の技。直に【桜火】を叩き込まれる事で炎を打ち込まれますし、後は居合い抜きによって発生した真空の刃も同時に敵を襲っています。

 ふっふっふ。居合い斬りをする蒼さん、存分に楽しんでもらえましたか?
 作者としましては、この↓言葉を気に入っていただけていますとすごく嬉しかったりします。

 何かが複雑に絡みついていく?
 ―――それとも絡み付いていたものが解けていっているのだろうか?

 これはこの物語の原点のような気がします。
 それでは今回はこれで失礼させていただきますね。
 本当に今回もありがとうございました。
 失礼します。

「かしらかしら。ありがとうございましたかしら」
「かしらかしら。そうかしら」
「「ぐぅえ」」

PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年03月01日

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