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『桃の節句 』
露樹・八重1009)&シュライン・エマ(0086)



 上空でしつこく粘っていた雨雲が風に吹き散らされると、燦々とした光が地上を照らす。
 雨上がりの風は、もう春の香りだ。
 晴れ渡る空に虹の橋がかかっている。
「あかりをつけましょぼんぼりに♪」
 開け放たれた窓から、流麗な歌声がながれる。
 東京都は新宿区の一角、耐久年数ぎりぎりっぽいビルの中、草間興信所という探偵事務所。
 家族経営の小さな事務所だが、アンダーグラウンドではけっこう有名だ。
 ひとよんで、怪奇探偵。
 このあだ名を、少なくとも所長たる草間武彦は喜んでいない。
 まあ、草間がどう思おうが知ったこっちゃなく時間というのは流れている。
 三月。
 臆病な花の女神たちが家々の扉を叩いて歩くのも、もうすぐだ。
「おはなをあげましょもものはな♪」
 少しだけ浮かれた歌声は、だが草間のものではない。
 オトコノコは、ひな祭りなどに興味がないのである。
「子って歳じゃないけどね」
 ぼへーっとタバコなんぞをふかしている所長をからかうのはシュライン・エマ。
 歌声の主である。
 事務所でいちばんの歌い手であり、なんと草間の細君であったりもする。
「それがいちばん信じられないのでぇす」
 草間の頭の上でふんぞり返っている小さな女の子が言った。
 あたりまえの話だが、体長一〇センチメートルの人間などいない。草間的表現を借りるとすれば、
「るせー 不条理妖精」
 ということになる。
 ちなみに名前は露樹八重。妖精とはちょっと違う。
「草間のおっちゃんが、シュライン姉ちゃと結婚できる方が、五六億とんで四九八六二倍くらい不条理なのでぇすよ」
 ものすごい真顔で告げる。
 もう、真剣そのものの顔だ。
「そんな倍率か‥‥」
 がっくりと肩を落とす草間。
「だいぶオマケしたでぇす」
 よしよしと頭を撫でてくれる八重。
 それはフォローなのだろうか。
 やや深刻な疑義を抱きながら、
「まーあれよ。蓼食う虫も好き好きってやつ?」
 シュラインが苦笑する。
 自分で言うあたりさすがである。しかも疑問系だ。
 きゃははは、と、八重が身体を揺らして笑う。
 日本海溝に降り積もるマリンスノーのように、草間が沈んでいった。
「ま、そんなことはともかく」
 かるーく切り捨てる奥さん。
 お見事です。
「武彦さんも手伝って。ひな段つくるの」
「しくしく‥‥俺ってないがしろにされてる気がする‥‥」
「気のせいじゃないでぇすよ?」
 八重がトドメを刺してくれた。
「うわーんっ! 青い空なんかだいっキライだぁー!!」
「近著迷惑でぇす」
 ぶすっと。
 泣きわめいてる草間の頭頂部に爪楊枝がささる。
「はぅぁっ!?」
 ころごろごろごろ。
 転げ回って悶え苦しむ怪奇探偵。結局、近所迷惑なことにはかわりない。
 たかが爪楊枝。
 たいしてダメージがあるわけでもないくせに。
「おおぅ!? あたしも目が回るでぇす!?」
 黒髪にしがみついたまま、八重の大きな瞳もぐるぐるまわっている。
「なにやってんだか‥‥」
 シュラインが肩をすくめた。
 同じレベルのふたりが蒼い瞳に映る。
 こうして草間興信所は、ご近所さまから変な噂を立てられるのだ。
 燦々と輝く太陽が、困ったように笑っていた。


 さて、草間興信所というのは、住居兼事務所である。
 昨今ではなかなか珍しい。
 いまは商店もテナントに入る時代だから、昔ながらの商店街というものはどんどん姿を消している。
 これも時の流れなのだろう。
 ともかく、事務所の奥の扉を開けると廊下になっていて、その先には部屋が四つある。
 草間の私室とシュラインの私室と義妹の私室。そして居間だ。
 去年までは三部屋だったのだが、改装したのだ。
 ちなみに、夫婦の寝室が別なのは仲が悪いからではない。けっこう仲良く一緒に寝たりもしている。にもかかわらず寝室を分けるのは、その方が緊張感が保たれて関係が腐らないからだ。
 良い意味で距離を保つことが夫婦円満の秘訣である。
「と、雑誌に書いてあった」
「‥‥典型的なニッポン人でぇすねオッチャン‥‥」
 ひな段を組み立てながら言う草間を、呆れたように八重が見つめた。
 どうして日本人は、こう報道に踊らされやすいのだろう。
 そういえばなんとかという家庭アニメの一家も、やたら踊らされる。雑誌どころか電車の中吊り広告にすら影響を受けるのだからたいしたものだ。
 もう少し、自分の考えというやつで行動した方が良いだろう。きっと。
「よし。こんなもんだな」
 骨組みのうえに布をのせる。
 さすがにここまでは力仕事なので、草間がやらないといけないのだ。
「つぎは飾り付けよ」
「頑張るでぇす」
「がむばれー」
 女性陣のやる気に反比例して、草間がどっかりと居間の床に腰を下ろした。
 すでに白酒のボトルをゲットしている。
「いきなりくつろぎモードでぇすかっ!」
 憤慨する八重だったが、
「良いのよ。ここからは役に立たないだから。この宿六は」
「宿六でぇすか?」
「そう。去年のひな祭りもねぇ」
 説明を始めるシュライン。
 もともと、このひな飾りは草間の義妹のために、昨年購入したのだ。ここまでなら草間はけっこう良い兄貴である。
 ところがそこで終わらないのが草間の草間たる所以だ。
「もっとジオラマっぽくしようぜ」
 などと馬鹿なことをいって、お内裏さまに剣を抜かせたり、三人官女を隅に寄せて怯えさせたり、五人囃子に謀議を開かせたり。
 あげくアイテム類を改造してしまったものだから、義妹は泣くわ、当時は婚約者だったシュラインは激怒するわ。
 大変な騒ぎだったのである。
「そんなことがあったんでぇすね」
「そそ。だからこいつはお酒でも呑んで寝ててくれた方がいいのよ」
「手伝う方が邪魔になるってやつでぇすね」
「しどいね‥‥お前さんがた‥‥」
 床の上から抗議する草間。
 わずかに頬が染まっている。
 照れているからではなく酒精の仕業だ。
「右大臣みたいね。武彦さん」
「そんなにえらくないでぇすよ?」
 小さな美少女が、さらっと酷いことを言った。


 良い具合に酒も入り、ぽかぽかと暖かく。
 眠りの精霊が振りかける粉に瞼をふさがれ。
 居間に転がって草間が寝ている。その身体に毛布が掛かっているのは、細君の愛情の証だろう。
「まったく。まだ寝てるでぇすか」
 戻ってきた八重が、ぷんぷんと怒っている。
 ひな段の飾り付けも終わり、シュラインや義妹とともにご馳走を作っていたのだ。
 その間、所長閣下はこの通りぐーすかと寝ているだけだった。
 八重でなくとも憤慨したくなるところだが、奥さんも妹も苦笑しているだけで責めようとはしなかった。
 このあたり、ちょっと甘すぎるような気もする。
 矯正せねばなるまい。
 にやり。
 ぱたぱたと羽を動かしながら少女がほくそ笑み、爪楊枝を掲げた。
 聖剣エクスカリバーみたいに。
「うりゃうりゃうりゃっ! 起きるのでぇすっ」
 つつきまくられる草間の身体。
「ぷげっ!? おにょっ!? そこはいやんっ!?」
 くだらない悲鳴があがる。
 むろん、一顧だにされなかった。
「起きるのでぇす!」
「うにゃはははは。わかったわかった。ぎぶぎぶ」
 掲げられる白旗。
 それはある意味で誇りの証。
 敗北は、それを従容として受け入れるものにのみ与えられるのだ。
 受け入れぬとすれば、その先には何もない。
 ただ死の荒野が待つだけだ。
「ふ‥‥」
「なにをくだらないことを言ってるのでぇすか」
 ぷす。
「はぅあ!?」
 ふたたび怪奇探偵の脳天に爪楊枝が刺さった。
 やがて、たくさんの料理が居間に運び込まれる。
 もちろん草間も奴隷労働者のように手伝わされた。
 ごくごくささやかな、ひな祭りパーティー。
 乾杯の声が唱和する。
 いまさら確認するまでもないことだが、シュラインは料理が上手い。それを毎日食べられる草間は、幸せ者を通り越して、
「犯罪者でぇすね」
「それはひどいな‥‥」
 草間の箸が煮物に伸び‥‥一瞬はやく爪楊枝がかすめ取る。
「あ‥‥」
「美味しいでぇす♪」
 気を取り直して今度は揚げ物を‥‥。
 ひょい。
 ぱく。
「美味しいでぇす♪」
「おーまーえーなー」
 またしてもタッチの差でご馳走を奪われた三十男が、ぴきぴきと青筋を浮かべている。
「なんでぇすか?」
 しれっと応える八重。
 その間も休むことなく爪楊枝は動き続ける。
 したがって、草間が食べるべき料理も減り続けていた。
「この不条理妖精がっ! その身体のどこに入ってるんだっ!!」
 地団駄を踏む怪奇探偵。
 子供みたいだった。
「美味しい? 八重ちゃん」
 苦笑を浮かべつつ、シュラインが訊ねる。
 夫には、あとでべつに何か作ってやろうなどと考えながら。
「はいでぇす」
 満面の笑みの八重。
 美味しいものは、気持ちをも明るくする。
 みんな幸福だった。一人を除いて。しかしそれも夜中には解決することだろう。
 宴が続く。
 一年ぶりに外に出た人形たちが、にぎやかな晩餐を見守っていた。













                         おわり

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東京怪談
2004年03月01日

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