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『必然と偶然のバレンタイン 』
樹神・らいち2677)&鈴岡・月哉(2691)

1.試合開始

 毎年変わらずにやってくる、この日。
 男の子も女の子も、皆そわそわしてる。
(去年までは)
 私は皆とは違う意味でそわそわしていた。
 私には好きな相手がいる。鈴岡・月哉くんという、スラリと背が高く、かっこいい男の子だ。
 中学時代からずっと、私は彼のことが好きだった。でも毎年チョコを用意していても渡せない――いや、本当は渡すつもりなんて、なかったのかもしれない。
(それくらい)
 私は自分が内気であることを自覚していた。
 だから私の”そわそわ”は、いつチョコを渡そうか? ではなく。彼はどのくらいチョコを貰うんだろう? とか、誰か告白するのかな? とか、そんなことだった。
(でも――今年は違う)
 私は友人から、聞いてしまったのだ。
「鈴岡くんさぁ、チョコ、好きなんだって」
 その友人は、もしかしたら私の気持ちに気づいていたのかもしれない。だけどチョコを渡すどころか、ちょっとした会話ですら交わす勇気のない私を気の毒に思って、そんなことを言ったのだろう。
 しかし彼がチョコ好きというのは、本当らしかった。いつも飴をなめっているように見えていたのだけど、実はそれは10円チョコであったようだ。
 それを知った私は、一大決心をした。
(今年こそ、鈴岡くんにチョコを渡そう!)
 気合を入れて、チョコを手作り。
 その想いの詰まったチョコは、今私の鞄の中にある。
 チョコを渡そう。
 そう決心したものの、問題は渡すタイミングだった。ろくに話したこともない私から突然貰ったって、彼はびっくりするだけだろう。それに皆の前で渡すのは、やっぱり恥ずかしい。
 私の性格上、長期戦になるのは間違いなかった。
(渡せるとしたら、いつかなぁ……)
 朝先生が来るまでの間。
 授業の合間の休み時間。
 お昼休み。
 そして放課後。
 鈴岡くんが1人になった時を見計らって、渡すしかない。
 バレンタイン――それは私にとって、チャンスとの戦いの日だった。



2.膠着状態

(――あ〜、またダメだったぁ……)
 この休み時間、鈴岡くんに教室を出る様子はない。既にそれが3回、続いている。
 朝は朝で、彼はギリギリの時間に登校して来た。渡す時間などあるはずがなかった。
「ねぇらいち。なんであんた、休み時間ごとに鞄握ってるの?」
「え?」
 不意に声を掛けられ、視線を移動する。友人が不思議そうな顔をして、私を見下ろしていた。
「あ……ううん。何でもないのっ」
「そ〜お〜?」
 ごまかす私に、疑いの目を向ける。
「ほ、ほんとだって!」
 自然と赤くなってしまう私を、友人は笑った。それから耳元に口を近づけて。
「ガンバレ!」
 そう囁いてくれた。
 思わず視界が歪む。
「あ…りがとう……」
「わ、こんなことで泣かないでよぅ」
「あはは。ごめんね」
 でも気持ちが、すごく嬉しかったから。
(私は頑張れる)
 そう思った。
(頑張ろう!)
 再びの決意を込めて、鈴岡くんにちらりを目をやった。
(え?)
 気のせいだろうか。
 一瞬目が合ったような気がした。
 驚いて瞬き。
 すると彼は、もうこちらを見ていない。
(錯覚、かな……?)
 私の決意が、欲望が。私にそう見せたのだろう。

     ★

 音楽をやっている時の鈴岡くんはとても活発だけれど、やっていない時の彼はそう活発な方ではなかった。
(昼休み――もダメかな)
 お弁当を食べるために、手を洗いに行く彼を追いかける。彼は寄り道せずに教室へ戻ると、外へは出ずに教室でお弁当を広げた。食べ終わったら終わったで、MDウォークマンを取り出しひとり音楽に浸っている。
 その間にも、何人かの女の子たちが彼にチョコを渡していた。中にはクラスの男子全員に配っているツワモノもいたりして……鈴岡くんは嬉しそうに受け取っていた。おそらく単純にチョコが嬉しいだけで、想いの方はあまり深く考えていないのだろう。
(実際)
 彼にチョコを渡した女の子たちの中に、告白つきだった子はまだいない。もしかしたらチョコの中に、ラブレターなんか入っているかもしれないけど。
「――おい鈴岡! 石Tがちょっと音楽室来いってさ」
 不意に教室へ入ってきたクラスメートの1人が、鈴岡くんに声を掛けた。彼はちゃんと聞こえたようで、ウォークマンをしまうと立ち上がる。
(チャンスかもしれない)
 教室を出て行く彼を、距離をおいて追いかけた。
 石T――石沢先生は音楽教諭だ。きっとピアノが得意な鈴岡くんに、何かの伴奏を頼むために呼んだのだろう。
 前を歩く鈴岡くんが、音楽室へと続く角を曲がった。その隙に、私は走る。
 ――と。
「きゃっ」
「おわ?!」
 角を曲がってきた別の男の子と正面衝突。しかも鞄を強く握りしめていた反動か、蓋が開き中身を廊下にぶちまけてしまった。
「す、すみません!」
 謝りながら急いで拾うと、その人は親切にも拾うのを手伝ってくれた。そしてキレイにラッピングされた小さな箱を目にすると。
「――頑張ってね」
 見ず知らずの私に、そう言ってくれた。
(皆、優しい)
 私の世界は、温かい気持ちであふれていた。
「はいっ、ありがとうございます!」
 いつもなら考えられないくらい、大きな声で告げた。その人は笑うと、「じゃあ」と手を振って歩いてゆく。
 その後ろ姿を見送ってから、私はその場で待ち続けた。
(割れちゃったかな……)
 派手に落としてしまったから。でも割れたって、味も私の想いも変わらないのだ。
(渡さなきゃ)
 励ましてくれた皆と、そしてもちろん、自分のために。
 しかし――予鈴がなっても、鈴岡くんが音楽室から出てくることはなかった。



 ついに、放課後だ。
 家までおしかけていくのは、できれば避けたい。鈴岡くんが家に着くまでに、渡すのが理想だろう。
(でも……)
 ここで問題が1つある。
 彼の家の前は、思い切り通学路である、ということだ。
 つまりたとえ彼が1人で帰っても、周りの野次馬は結構な数存在するということ。そんな中渡すのは、なかなか勇気のいることだ。同じクラスの子だって、見ているかもしれない。
(渡そう)
 そう決心したものの、そんな状況の中で本当に自分は渡すことができるのか。私には自信がなかった。
「らーいちっ。ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」
 不安を感じながら帰り支度をしていると、友人が声を掛けてきた。
「私これから先輩にチョコ渡しに行くんだけどさ、そうするとこれに行ってる時間ないんだよね。だから代わりに行ってきてくれない?」
 そう言って彼女が差し出したのは、商店街の福引き券。期間は今日の5時までになっている。これから行ってぎりぎりだ。
 私は少し迷ったけれど、結局引き受けることにした。励ましてくれたお礼もあるし、結局渡せないんじゃないかって気持ちもあったから……。
(明日でも、いいよね?)
 バレンタインに商店街で福引き――なんて、なんだか味気ないけど。それが妙に、私らしい気もした。



3.ロスタイムにゴール

「あ、あの――これ……っ」
(信じられない)
 今私の目の前には、鈴岡くんがいる。
 私は急いで鞄からチョコの箱を出すと……焦って鞄を地面に落とした。
 彼はそれを拾ってくれて、チョコと鞄を交換するような形になる。
「ありがとう……」
「ありがとう……」
 重なった声に、どきりと胸が高鳴る。
(鈴岡くんが、私を見てる)
 何か言わなきゃと、私は思わず口にした。
「お、同じクラスの子に皆渡してるからっ」
 そんなの嘘だ。内気な私に、そんな大それたことできるわけがない。
 彼も当然そのことを知っているだろう。
「そう……」
 それでも彼はほんの少しだけ笑顔を見せると。
「――でも、いいな。こういうの……」
 そんなふうに応えた。
 喜んではくれているようなので、少し安心する。
(よかった……)
 迷惑がられるのが、いちばん辛いだろうから。



 きっとその出逢いは、偶然ではなかった。
 友人は彼がここを通りかかることを知っていて、私に福引きを頼んだのだろう。この商店街の近くには、ライブハウスがあるのだ。
(そして彼は今)
 ここを通った――。
 いくつかの必然と偶然に助けられ、私はついに、鈴岡くんにチョコを渡すことに成功した。
(ただ――)
 想いはまだ、伝えられなかったけれど。
「なんか……ドキドキするな……」
「え?」
「……この辺が」
 そう言って、鈴岡くんは胸の辺りをおさえた。
 どうやら私のドキドキだけは、ちゃんと伝わったようだ――。





(終)
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東京怪談
2004年02月27日

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